19 一番愛される者
「いや、正しいと思うぜ」
しかし、帰ってきた言葉は想定外のものであった。その言葉はエレツを肯定する言葉だった。
「……え?」
「悪いことをするより、良いことをする方が正しいことだろ?」
さもそれが当たり前であるかのように、イエスは問いかける。そのまっすぐな瞳にあてられ、エレツは何も言い返すことができなかった。
「今はうまくいってねぇかもしれねぇが、いつかは神もオメェの行いを理解ってくれるさ」
「でも、さっきも農民の態度に腹を立ててしまって……」
「別にいいじゃねぇか。腹くらい、誰だって立てらァ」
イエスはカラカラと笑い、言葉を続ける。
「だいたい、オメェは他人の顔色を気にしすぎなんだよな」
「僕が?」
「あぁ、自分がどう思われているかってことばかり考えていたら、正しいことも分からなくなってしまうだろうよ」
「……確かに、そうかもしれないね」
エレツはふと気付かされた。そうだ、そもそも今まで獣人族に対して酷い振る舞いをしてきたのも、獣人族と人間の目を恐れていたためだったのだ。エルフ族の高潔さを守るため、多種族を下げなければ気が済まなかった自分が心にいたのだ。
エレツは目を伏せ、己を省みた。
「ツッパれよ、エレツ」
「……」
「神を信じて、そして神を信じる自分を信じ信じるままに突き進め」
「……それで、迷惑をかけたらどうする?」
「その時は謝って許してもらおうぜ」
「何それ、勝手じゃない?」
そう言いつつも、エレツはこらえきれず笑い出す。花のような笑みがこぼれながら、その目には涙がたまっていた。
「でも、そんなイエスだから好かれるんだろうね」
「……一応言っておくがな、俺ァ何回もエルフ族の奴らと話をしたが、一回もオメェの悪評なんか聞かなかったぜ」
「え?」
「それどころか、誇り高い立派な長だって言っていたくらいだ。こんなに民から好かれてる長はそういはしねぇよ」
「じゃあ何であんなよそよそしい態度をっ!」
エレツのその様子に、イエスはため息をつく。
「当たり前だ。オメェは長なんだから。外から来た俺と接し方が違うのは当然だろ。……オメェはオメェなりに愛されてるよ」
イエスのその言葉に一切の嘘偽りはなかった。獣人族での悪評に反して、エルフ族の民衆からは代表であるエレツを信頼する声が多く挙がっていた。それは、布教をする際もエレツを褒める話で盛り上がるほどであった。だというのに、当の本人は嫌われているなどとふかす。こんなにおかしなことがあるだろうか。イエスは失笑した。
「ほっ……、本当?」
エレツはか細い声で聞く。
「あァ、信じろよ」
「……それなら、君はどうなんだ」
「何だと?」
「それならっ、君は僕のことをどう思っているかと聞いているんだっ!」
「愛してるぜ」
「んなっ!?」
エレツは途端に顔を赤くし、全身が熱くなる。エルフ族らしい白い肌は耳の先まで茹だったタコのようになり、目線はおぼつかなくなる。
愛している、そんな素朴な愛の言葉をかけられたのは、彼にとって初めての経験だった。
「エレツ、オメェは本当に偉い奴だ。メンツもあるだろうに、俺を信じて今までのことを悔い改めるなんて中々できることじゃねぇよ」
エレツは病的なほどに高鳴る胸を押さえながら、イエスの話を聞いていた。彼の言葉の意味を理解すると共に、どんどんと平静を保てなくなっていく。
「……それ、皆に言ってるんじゃないの?」
「ククク、そうかもな」
その言葉にエレツは一気に気分を落とす。内心は分かっていたことだが、残念に思う気持ちを抑えきることはできない。エレツのその緑色の瞳が潤み。エメラルドのように輝いた。
そんな中、イエスは言葉を続ける。
「だが、俺個人としてはオメェのことはすげぇ好きだぜ」
「フン、今更取り繕わないでくれ」
「嘘こいてるわけじゃねぇよ。……苦しいくらいに目一杯頑張ってるエレツの姿を見ちまって、嫌いになれるわけねぇだろうが」
イエスはエレツの顔を両手で包む。エレツは一層顔を熱くさせ、その熱が手に伝わっていく。
他人とは心理的にも物理的にも距離を置きがちなエレツだったが、何も言わずただ目を閉じていた。
「言っておくが、他の奴らには言うなよ? 今のは神の教えでも何でもねぇんだからな」
「……うん、言わないよ」
エレツは上目遣いでイエスを見る。安堵と興奮、その背反するふたつの感情にエレツは飲み込まれていた。いっそもっと包み込まれたい、自然と彼はそう思った。
辺りはすっかりと暗くなり、日も落ちかけていた。空気も肌寒くなってくる。
「もうこんな時間か……。それじゃあ、そろそろ帰るとするかな」
イエスはぱっと手を離し、立ち上がろうとする。今から走って帰れば、日をまたぐ前にはソールの屋敷に着けるだろう。
その時、イエスはグイと手を引っ張られる感覚を覚える。
「ま、待て」
「どうした、エレツ?」
「き、今日は……、あー、何だろう……。相談を聞いてくれてありがとう。おかげで助かったよ」
「あァ、気にすんな。じゃあ俺はこれで……」
イエスは優しく手をほどき、場を去ろうとする。しかし、再びエレツはイエスの腕を掴む。
「……」
「どうしたどうした、まだ何かあんのか」
「……」
「いや、ないなら離せよ。帰れねぇだろうが」
「……いや、ある」
エレツは言葉を続ける。
「思えば僕は余り君の説く話をじっくり聞いたことはなかった。それでうまくやろうとしていたのが間違いだったんだ。神の教えというものを聞かせてほしい」
「そりゃあまた今度ゆっくり話してやるよ。だから今日は帰らせてくれ」
イエスは少し乱暴に腕を振りほどこうとするが、エレツは手を離さない。
「いや、今日は……、うちの屋敷に泊まっていけば良いよ」
「あ?」
「ぼっ、僕は今! 今君の話が聞きたいんだ! ……それともあれかい? 僕に福音を届けられないと思って怖がってるのかな?」
エレツは混乱でしどろもどろになりながらも、イエスをたきつけようとした。強い言葉に反して、エレツは不安げに自分の長い緑髪を撫でながら視線をそらしている。
さすがにこんな言葉に乗せられるわけがない。イエスはエレツのその挑発には昂ぶることはなく、むしろ精神的に一歩引いてしまった。
「……」
イエスは困惑した目でエレツを見つめる。
「あうぅ……、何だよぉ……」
「……そこまで言われちゃあ、帰る(イモ引く)訳にはいかねぇな」
その言葉にエレツの表情は太陽のように明るくなる。
「今からじっくり聞かせてやろうじゃねぇか! 福音をよォ!」
「あっ、ありがとう! さぁ、うちに案内するよ、ここからそう遠くないから……」
「あぁ、よろしく頼むぜ」
イエスはうきうきと手を引くエレツに対して、仕方なさげに苦笑した。こんなにも寂しそうな、切実な目で見られてなんとも思わないほどイエスは鈍くなかった。
飢えている者にパンを、凍える者に服を与えるのが義だとしたら、寂しがる者に一緒にいてやるのも義であるだろう。イエスはそう自分を納得させた。
「部屋なんだけど、その……、あいにく部屋が空いてなくて、僕の部屋で寝てもらうんだけど良いよね?」
「宿を貸してもらう身だ。文句ねぇよ」
「そ、そっか……!」
エレツは控えめに照れ笑いをする。そんなにも自分といれて嬉しいのか、そう思うと、どこか息子か弟ができたかのようでこちらも嬉しくなってくる。イエスはそう思った。
しかしイエスは、エレツが自分に向けている感情のすべてを理解してはいる訳ではなかった。
「ねぇ、イエス……」
「なんだ?」
「僕、君の一番の人になりたいんだ」
「よく分かんねぇけど、つまり『一番弟子』になりたいってことか?」
「……それでいいよ。今は」
エレツはそう甘い声で、ささやくように答えた。
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