18 エレツ、戸惑う
「いくぞ……、大渦潮っ!」
エレツの頭上に現われた水流は、その詠唱と共に飛散する。放たれた水流は細かい粒になり、彼の正面にあった畑に降り注いだ。乾ききっていた土は程よい量の水を浴び、作物に行き届く。
エレツはそれを見届けると腕を下ろし、ほっとした顔持ちでエルフ族の農民たちの方を向いた。
「これで良い?」
「ははぁっ、これで雨が降らなくても作物が育てられそうです」
農民の一人が申し訳なさそうに頭を下げる。
ここ数週間近く雨が降らず、土が痩せてきて困っていたところであった。そんな時、自分たちエルフ族の代表、エレツが手助けを申し出てきたのである。
これまで一度として庶民の暮らしに関心を持ってこなかった彼がこうして接触してくるのは意外であっ
た。だがそれ以上に、こうして本当にちゃんとエレツがはたらいてくれたことが農民たちに衝撃を与えていた。
聞くところによると、余所でもこのようなことをしているとのことらしい。住民たちは官舎の姿勢こそしているものの、内心困惑していた。
「頭を下げないでほしい。これは僕が好きでやってることだから」
「エレツ様には誠に感謝が絶えません……」
「それより、他にできることはないかな?」
「いえいえ! これで充分でございます」
「別に何だって良いんだ。足りない物があったら金も出すよ」
「そんな、尊き方にこれ以上は申し訳ありません、結構でございます!」
「そっ、そっか……」
エレツは納得したような姿勢をとりながらも、少しばかり落胆していた。
「それに、エレツ様はご多忙の身、あまりこのようなことはなさらぬ方が」
「くっ! どうしてそう言うんだ……!」
思わずエレツはかんしゃくを起こし、地面を足蹴にする。農民たちは突然機嫌を悪くしたエレツに怯え、一層へりくだって腰を低くしている。
その様に気付き、エレツは急いで冷静さを取り繕う。
「あっ、あの、どうなさいました? エレツ様」
「っ! いや、何でも無いよ」
「では、もう私たちは大丈夫ですのでお帰りになられては……?」
「……そうだな。すまなかったね。もう帰ろう」
そう言ったエレツの緑色の瞳には、酷く居心地悪そうにもじもじとしている農民たちが映っていた、明らかに、彼らはエレツを帰ってほしそうにしている。
エレツはそれがたまらなく苦しかった。
「じゃあ……」
エレツは下を向きながらとぼとぼと去って行く。農民たちはエレツが見えなくなるまで令をし続けていたが、エレツ自身は気付かなかった。
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「はぁ……」
道の端に生えている大樹の下、エレツはそこでうずくまりうなだれていた。
あの日以来、多くの人々と助け合い、立場の垣根を越えることで真の名誉が得られるということを知った。あの男、イエスの言うことは個人的には納得のいく物であった。
だからこそ、こうして領内で困っている者に積極的にかかわろうと決心したのだ。
そう考えてから数日が経つ。だというのに、住民は依然としてどこかよそよそしい態度のままであった。こんな調子が続いていては、奴のように真の名誉を得ることなどできるはずがない。
「おいおい、不義な(シャバい)ツラしてんじゃねぇぞ。エレツ」
そうしていると、正面から声が響いた。エレツはとっさに前を向く。
「いっ、イエス!?」
エレツは驚きのあまり声色を乱した。そこにはこちらの前に立ち、手を差し伸べてくるイエスの姿があった。
エレツの視線は一気にイエスの方へと向く。
「具合でも悪いのか? だったら俺に任せておきな」
「違うっ! ただ座っていただけだ」
エレツは反射的に強がる。
「ふーん、なら俺も一休みするかな」
「……好きにしたらいいんじゃないか」
イエスはエレツの隣に腰掛け、木に背を預ける。
話をすることもなく、無言の時間が五分、一〇分と流れていく。そのゆっくりとした時間の中で、エレツはイエスの一挙手一投足を眺めていた。
イエスは不思議な男だ。仮にも大勢の弟子を抱える師であるというのに、そばにいても窮屈な思いをしない。大声で叫んだり突然怒ったりするのに、そばにいると安心する。
イエスの中には、自分にはない何かが確かにあるのだ。
「あっ! イエスさんだ、こんにちはー!」
「今日はどうしたんですかー?」
ふと、道を進んでいた若いエルフ族の女たちがイエスに声をかけてきた。
「昼寝してんだよ。今日は天気も良いしな」
「だったら私たちもそうしよっかな?」
「……いや、先客がいるからよォ、また今度にしてくれや」
イエスはそう言うと、となりのエレツに目を向ける。言わんとしていることを察した女たちは軽く会釈をして去って行った。
イエスは楽な姿勢のまま、女たちに軽く手を振る。
「……皆から好かれているんだね」
エレツは皮肉っぽくイエスに言い捨てる。
「そうだな。オメェが布教を認めてくれたおかげで、エルフ族にも神の教えがだいぶ広がってきたぜ」
「そんなに人気なら、君が代表になったら良いんじゃないか?」
「あ? 何言ってやがる」
「あっ……! 何でも無い!」
無意識に出たその言葉に、エレツはうろたえる。自分の口からこんな言葉が出るなんて信じ固いことだ。
「何でもねぇってことはねぇだろ。あんなにエルフ族の街を大事にしているオメェがそんなこと言うなんて、おかしいぜ」
「何でも無いと言っているだろう! 口が滑っただけだ!」
「……オメェ、何か悩み事があるな?」
イエスのその言葉に、エレツは顔を背けて黙りこむ。図星を突かれた恥ずかしさから、エレツは手に汗をかく。
だが、今抱えている問題を相談するのにこれ以上適任な存在はいないだろう。イエスのようになりたいと言う悩みをイエスが解決できるのは当然のことだ。
「……少し長くなるけど、聞いてくれる?」
腹からあふれ出る恥をこらえながら、数瞬の後にエレツは口を開いた。
それからはするすると、今までの失敗について話すことができた。時々話の中で客観と主観がごちゃ混ぜになることもあったが、イエスはただうなずきながら黙って耳を傾けていた。
話は長く続き、昼過ぎの温かな太陽は西に傾きかけてきた。
「ねぇ、イエス。僕はまちがっているのかな?」
話のさなか、エレツはイエスにそう問いた。だが、答えは分かっていた。きっとイエスはこんな自分を強く叱るだろう。よこしまな気持ちで人助けをする自分を怒鳴るだろう。
「いや、正しいと思うぜ」
しかし、帰ってきた言葉は想定外のものであった。
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