17 王に知られる
「では、この件に関わった農民には翌年倍額の税を納めさせ、領主は死刑に処す」
王都の宮殿に冷徹で無機質な声が鳴る。比類無きほどにきらびやかな部屋では、どこか冷淡な雰囲気のある短い金髪の男が執務を行っていた。その男はマキミリア王国国王、エドワルド王その人であった。
その若き王は国で起こっている数々の問題を自らの手でひとつずつ審議し、取り調べている。
「し、死刑でございますか……?」
彼の真っ正面で令を受けていた、宮廷貴族の男がうろたえる。
「当然だ。領主が税を国に送る役目を不正に放棄することは重罪であり、死刑が妥当だろう」
「しかし、その領主は飢饉で飢えに苦しむ民を想うがために税を集められなかったのですよ? どうかその良心に免じて減刑を……」
「黙れ!」
エドワルド王は持っていたペンをへし折り、いきり立つ。
「私が王である限り、法は絶対だ! 『良心』などという頼りないもので国の取り決めができるか!」
「ひ、ひいぃっ!? 出過ぎた真似を、どうかお許しください!」
貴族はひどくおびえ、命乞いをしているかのように跪く。いや、しているかのように、ではなかった。まさに命乞いそのものであった。貴族は命の危険をひしひしと感じ取っていた。
五年前に先代の王が崩御し、エドワルド王が即位してからこの国の仕組みは大きく変わった。それは良い意味でも、また悪い意味でもであった。
エドワルド王は法律による厳密な統治をめざし、街の隅々まで司法の目が行き届かせた。また、今まであやふやに定められていた罰則と構成条件を明らかにし、市民に徹底させたのだった。その甲斐あってか犯罪や不正は急激に減少し、身ぎれいな国となった。
しかし一方で、その法治はあまりにも厳密であり、そして非情であった。法を犯す者はたとえそれがやむにやまれぬ事情を持つ者でも徹底的に処され、即位してから五年の内に刑死者は以前の一〇倍にまで増えた。
その刑死者の中には、刑死するにはいささか惜しいと思えるような者も少なからずいた。未だに刑罰に
不満を持っている遺族も多い。
それを咎めようにも、この国において王は絶対的な権力者であり、神聖不可侵な存在として法に明記されている。下手に逆らえばそれは国家への反逆であり、死刑になりうる。
「……その程度の発言なら見逃そうではないか」
「ははぁっ! 大変、大変申し訳ございませんでしたっ!」
「だが、私への反逆は国家全体の反逆だと思うが良い。良いな」
エドワルド王はそう言って貴族を冷たい目で見下ろす。
少しでも視界から外れなければ、我が身が危ない。貴族は目前にいる、神にも勝る力を持つ者にひれ伏し、そして逃げるようにその場を後にした。
「ご執務の中を失礼つかまつります。陛下」
それとすれ違うように、たくましい体の中年男が入室してくる。
「メルグの騎士団長のクロードでございます」
クロードは深々と礼をする、
「クロードか、では報告を頼む」
「はっ、ではこちらをどうぞ」
そう言うと共に、クロードはエドワルド王に数枚の書類を渡す。そこにはイエスが旅に出てからの行動の子細が記されていた。その丁寧さ、綿密さにエドワルド王は満足げに頷いた。
「監視からの報告によれば、『ナザレのイエス』は獣人族の族長のみならずエルフ族の代表とも交流を持っている模様です」
「奴の信者の数はどうなっている?」
「多種族にも受け入れられ、一層奴の信者は増えるかと。メルグの街でも弟子たちが布教に励んでいるようですし」
「ふむ……」
「以前変わらず、奴は王国であがめられている神とは異なるものを信仰させようとしておりますが、いかがいたしますか」
「なに、神など所詮はただの権威付けの道具に過ぎない。法に則ってやっている限りは放っておけ」
クロードは何も言わず、話を聞いていた。
「それに、奴の信者どもがその『信仰』とやらにかまけて国の不満をさらけ出さなくなるのなら、むしろ利用価値があるだろう」
エドワルド王はまるで能面のような顔でそう言った。自分にとって、凡ての存在は国家を強くするための道具に過ぎない。それは、今の報告でもあったイエスと言う聖職者もまた同様である。今までの様子を見る限り、国家に仇なす思想を説いている訳ではないようだ。
それなら放っておけば良い。せっかく、金ももらわずに懸命に働く馬鹿がいるのだから。
「しかし、いつよからぬことをするとは限らない。引き続き見張りの任務に励め」
「はっ」
「……それとひとつ聞くが、この報告書を作った者は誰だ」
「は? ……それは勿論、見張りの任務についている者ですが。私の部下の……」
クロードは怪訝な表情で答える。
「ならば伝えるが良い。報告するのは事実だけで良い。その時に『楽しかった』だの、『とても驚いた』だの、個人的な感情は記す必要はない、とな」
エドワルド王は書類を手でバシバシと叩いた。書類にはたしかに事細かい記録がなされていた。しか
し、それはどちらかといえば報告書というよりかは日記のようであったのだった。
見張りの任務をしている騎士は若い女なのだろう。愚痴のようなものも多く記されていた。
「これは失礼いたしました。きつく言い聞かせておきます」
「もう良い。今日のところは下がれ」
「はっ、失礼いたしました」
クロードはその言葉を受けると静かに下がり、王の間から出て行った。
クロードは王宮を出る道を歩く中思った。はっきり言って、エドワルド王は少しばかりイエスのことを見くびりすぎている、と。このままではどんな形であれ、この国は大きく変化することになるだろう。それを王に対して強く言うこともできたが、クロードはあえてそうはしなかった。
あの冷淡な王に情けをかけようという気持ちがわかなかったのだ。クロードは自らの頬を軽くはたいた。
__________
______
___
「おい、ベル。なにしてやがる?」
ソールの屋敷の客間、イエスは何か書き物をしているベルナデットに声をかけた。
「日記ですよ。日記」
「ほぉ、結構マメだな。見せてみろよ」
「いやですよ!? 恥ずかしいじゃないですか!」
イエスは日記を覗き見しようとするが、ベルナデットは胸に抱えて隠す。
「ちょっとくらい良いじゃねぇか!」
「乙女の秘密を覗こうなんて、デリカシーがないですよ!」
「乙女って年かよ!」
「最近は三〇過ぎでも乙女なんですから、私もそう言っていいでしょう!」
「ガタガタ言うな!(神を試みるな) 見せろ!」
「絶対駄目です! ほら、今日はエルフ族の代表に会いに行くんじゃなかったんですか!?」
「おっと、そうだった! 早いところ行かねぇとな!」
イエスは手ぶらのまま、駆け足で屋敷から出て行く。まったく、今日はあの一悶着あったエルフ族の元に向かう日だというのに、彼は相も変わらずのお気楽だ。もう少し緊張しても良いだろうが、そんな様子のイエスを想像しようにも中々難しい。
「やべぇ! どっちにあるのか分からねぇ!」
そう考えていると、ふとイエスが戻ってくる。ベルナデットはとっさに日記を隠した。
「……地図ならここにありますよ」
「助かったぜ、ありがとな!(ブレス・ユー)」
イエスは地図を受け取ると、再び部屋を飛び出していく。その慌てた様子を見ながら、ベルナデットは楽しげに笑った。
【お願い】
もしよければ、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけるとありがたいです!
そうすることでこの小説は多くの方に読まれるようになり、最終的にローマ教皇の元に届いて国際問題になります!
バチカンと日本のガチ喧嘩が見たいと思った方は、どうかよろしくお願いします!




