15 栄誉の問答
「よく来たね、ナザレのイエス。……また会えて嬉しいよ」
「おう、神の言葉を聞きてぇって奴ァ大歓迎だ」
その翌週、イエスはエルフ族の代表、エレツの屋敷を訪れた。エルフ族の町はイルの里から西に馬で二〇分程度の場所に位置する。山から連なる森の奥に彼らの住処があった。
その街の中でもとりわけ大きく、装飾も立派な宮殿がエレツの屋敷であった。屋敷は派手ながらも、景観あった重厚感のあるものであった。イエスはエレツと彼の使用人に連れられ、客間に入った。
客間には透き通るようなガラスの机とがあり、その上にはもてなしの料理が並べられていた。その料理は獣人族の里では見られなかったきらびやかなもので、酒瓶が何本もある。イエスが聖職者にもかかわらず飲み食いを好むと言うことを先んじて調べていたエレツの考えであった。
エレツはイエスの顔をのぞき込む。だが、イエスはどこかしらけた顔をしていた。
「ところで、従者はどこに?」
エレツは聞く。迎えの際にはイエス一人であったが、護衛がいるはずだろう。
「連れてねぇよ」
「何だって?」
「俺以外が来たって仕方ねぇ。オメェが呼んだのは俺だけだろ」
「……その通りさ。僕は君に用があるんだからね」
エレツは含みのある笑みを浮かべ、椅子に腰掛ける。まさか一人で来るとは少々予想外であった。だが、むしろ好都合だ。
そう、イエスの名を地に落とすのには、好都合なことだ。
信者がいなければ神の子も所詮はただの人間に過ぎない。いつも連れている騎士の女もいないのだから、場合によっては少々手荒な手も行使できるだろう。
話しによればイエスという男は異なる神を大衆に信仰させ、『皆、神の前の元に平等である』とうそぶく危険人物だ。その上、この前の個人的な借りもある。名誉にかけて、絶対に潰す。
エレツたちエルフ族はイエスを囲うように座り、彼に注視する。イエスが失態を起こさないか、ぼろを出さないか今か今かと待ち構えている。
「さぁ、イエス。座りたまえ」
「あぁ、かけさせてもらう」
イエスは下座に座り、エレツの方に体をかたむける。
「では、まず聞きたいがイエス、君は何の権限があって救世主を名乗っている?」
エレツはイエスに問う。
「そうじゃ、思えば身勝手な者じゃろう。一介の人間が神の子を名乗るなど……」
「そうね、たかだか魔法で病気を治したり、食べ物を出すだけが取り柄でしょ?」
エレツに続き、取り巻きのエルフたちが口々にイエスを詰める。今、ここにいるのは自分の味方のみ、さぞイエスは肩身の狭い思いだろう。
エレツはニヤリと口角を上げた。
「じゃあ俺もオメェらに聞こう」
イエスは彼らに指を向け、言葉を続ける。
「この国の王、エドワルド王は誰から王の権限を受けた?」
「ハッ、何を聞くかと思えば馬鹿馬鹿しい、そんなもの……」
エレツはイエスの問を鼻で笑い、答えようとする。しかし、とっさに言葉を止めた。
まずい、これは罠だ。エレツは下唇を噛んだ。ぷっくらとした唇に歯が立つ。この質問、どう答えてもこちらの不利益になってしまう。
もし、神から権限を受けたと言えば、イエスは『自分もまた神から権限を受けたのだ』と言い張れる。それを防ぐためには、人から権限を受けたと言うべきだろう。だが、それは言えない。このマキミリア王国において王は神の子孫であり、神託を受けて王になったと主張されているのだ。もしそれに反する発言をすれば、国家に対する反逆についての罪を科せられる。ここまで苦渋を嘗めながら集めてきた王国の信頼を無に帰す、愚行中の愚行だ。
エレツは淡い期待を込めて周囲を見る。しかし、誰も気の利いた返しを思いついてないようだ。
「教えてくれや、誰の権限なんだ?」
「それはっ、……答えられない」
「じゃあ、俺も答えられねぇな」
「……待て! 今度は私の問に答えていただきたい」
従者の一人が手を上げる。
「言ってみな」
「イエスよ、そなたは救世主を名乗っておきながら、一つの神殿も作らないのは何故だ?」
「神殿……、だと?」
「そうだ、我々でさえ神を祀るため多くの神殿を建てているというのに、そのような体たらくで神の子をどうして名乗れよう!」
従者はいきり立ち、イエスに指を突きつける。
しかし、イエスはひるむことなく言い返す。
「オメェらは豪華な神殿を建ててそれに見とれているみてぇだが、虚しいもんさァ。その一つの積み石だって残ることなんかねぇってのによ」
「何を言うか!?」
「そりゃそうだろ、石もいつかは風化する。木もいつかは枯れ果てる。生き物もいつかは死ぬ。オメェらが神の身代わりに作った神殿だって、時の流れや人の意志で滅ぶもんだろ」
エレツたちがひるむ中、イエスは話を続ける。
「だが、決して滅ばねぇもんもある。それは言葉だ。神からの言葉を授け、受け継いでいく。それことが本当の信仰だぜ。覚えときな」
「ぐっ……」
男が二の句を継げずにいるのをよそに、イエスは盛り付けられた料理に手を伸ばす。
「何でも良い、気になることがあったら聞きな。まだ時間はいくらでもあらァ」
「おい! お前ら、何か言うことはないのか!」
「いえ……、すみません、エレツ様」
「我々にはとても……」
エレツは従者たちに話を振るが、もはや彼らは諦めを付けていたようであった。エレツはその様子を見て、さらに焦りと怒りを募らせる。
「馬鹿者! エルフ族の誇りはないのか!」
「で、ではエレツ様がおっしゃれば良いではないですか!」
「な、何だと……?」
エレツはめちゃくちゃに困惑した。絶対的な権威を持つ自分に、どうして従者たちが逆らうのか。未だかつてこのようなことはなかったというのに。自分は見捨てられたというのか。
エレツは知らなかったのだ。力で他者を押さえつける人間のその行く先を。
「そうだ! 貴方の個人的な嫌がらせになぜ付き合う必要があるというのか!」
「わたしたちは帰らせてもらいます!」
「ふざけるなっ!」
エレツは激昂し立ち上がる。そして、取り巻きをにらみつけた。役に立たない馬鹿どもめ、イエスを追い詰めるどころか、いいようにやられているではないか。こうなれば手段は問わない。
「大渦潮っ!」
エレツはそう叫び、腕を上げる。
それと共に、腕の周りに水の輪が集まっていき、体の何倍ものサイズになった水流の塊が浮かぶ。流れは激しく、客間の窓がすべて割れ、壁に飾られていた数多くの装飾品が吹き飛んでいく。
「エレツ様! おやめくだされ!」
身の危険を感じた従者たちはエレツをいさめようとするが、一足遅く、激しい水の流れに飲み込まれてしまう。
エレツは腕を回し、水流を暴れさせた。部屋は暴力的なエネルギーによって、半壊寸前に陥る。
「どうだ、イエス! 君にこんな力があるか!」
目をギラギラと輝かせ、エレツはイエスに迫る。
「……さぁ? できねぇんじゃねぇかな、ククク」
「そうだろう! さぁ、認めろ! この僕よりも、自分が劣った存在と言うことを!」
「興味ねぇな。そんなことは」
イエスは水流の圧を意に介せず歩き出し、エレツの胸ぐらを掴んだ。エレツの軽い胸部がぐっと持ち上げられる。
馬鹿な、特大級の水魔法を前に何を考えているのか。巻き込まれれば死ぬのだぞ。
エレツはイエスの顔を見上げる。彼の顔は、今まで見たことがないほどに怒りに滾っていた。そして、その怒りの奥の悲しみがひしひしと感じられた。
「力なんてもんは所詮『印』でしかねぇ。大切なのはそれをどう使うか、じゃねぇのか? こんな力があったって、人の為に使わなきゃ意味ねぇんだよ……!」
「そんなのは甘ったれの世迷い言だ!」
「いいかげんにしろっ!」
イエスはエレツの胸ぐらをさらに締め上げる。エレツは抵抗するが、まったく敵いはしなかった。かといって、魔法を使おうにもこの距離では自分も巻き添えを食らってしまう。
ギリギリと喉が締まって苦しい。エレツは顔を苦と恐怖で歪ませる。
「どうだ。こんな、人を押さえつけて偉ぶるための力なんてくだらねぇだろうが!」
「ぐっ……、は、離せ」
エレツが大渦潮を解くのを見て、イエスは手を離す。巨大な水流の輪は消え、エルフの従者たちやガレキが辺りに散らばった。幸いにも、巻き込まれた従者たちは無事のようだった。エレツは安堵すると共に、己を恥じた。イエスに止められなければ、同胞を殺していたかもしれない。
エレツは尻餅をつき、自分の首元を押さえる。まだ心臓がどきどきと鳴り、起き上がれない。
だが、それ以上に何か心のざわつきを感じていた。
「俺は帰る。用事があるからな」
「まっ、待て!」
客間から出て行こうとするイエスに、エレツは声をあげる。
「何だ」
「……救世主だったら、なにか高説を垂れてから帰ったらどうだ!」
「フン。ならひとつ、最も簡単で大切な律法を教えてやるよ」
イエスは仕方なしに語る。
「『隣人を貴方自身のように愛せよ』それくらいは覚えときな」
「『隣人』……? それは一体誰のことなんだ?」
「おいおい、やっと聞く気になったのかよ」
イエスは苦笑し、エレツを指さす。
「着いてきな。俺とオメェの隣人を見せてやる」
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