14 虎穴に入る
「悔い改めろ! そうすりゃあ、天の国は俺たちの元に訪れる!」
里で最も広い広場の中心、そこで声を張り上げて語っていたのはイエスであった。イエスが話をしめくくると、周囲からは盛大な拍手が巻き起こった。イエスを取り囲んで話を聞いている獣人族の中には、イエスの言葉に勇気づけられる者、発破をかけられる者、涙を流す者の姿が見られた。
エレツの件から数日後、イルの里におけるイエスの布教は極めて順調に行われていた。元々族長であるソールの太鼓判があった上、例の件での活躍だ。イエスが神の子であり、自分たちの救い主であることを信じさせるには十分すぎるほどであった。
「救世主様、説法の直後に申し訳ありませぬ」
イエスが座る横に、老いた獣人族の男が寄ってくる。
「わしは隣の村から来た者です……。イルの里にどんな病でも治すお方がいらっしゃるとお聞きしました」
「そいつァ間違いねぇ。俺のことさァ」
イエスがそう言うと、老人は跪いて懇願する。その体は病のためか、小刻みに震えている。
「ど、どうかわしを癒やしてくだされ……」
「おいおい、顔を上げてくれよ。……思い悩むな」
イエスは彼の胸に手をかざし、天に祈る。
「オメェの罪は赦された! さぁ行きな」
その言葉と共に、老人はスックリと立ち上がる。老人は自身にみなぎる力が信じられないような様子であった。
「な、何というっ、まるで若い頃に戻ったようじゃ!」
「自信持っていきな、オメェは神に赦されたのさァ!」
イエスが笑いかけながら背中を押すと、老人は今一度イエスに礼をして去って行った。周囲の人々は、その様子に一層驚愕のざわめきをあげる。
「あ、あの、イエス様。あっしらにも祝福をしてもらえることはできますかね……」
「わたしも、持病のしゃくが」
イエスの奇跡を垣間見て、聴衆の中からもその祝福を求める者が現われる。
イエスは彼らの声に築くと、眉をしかめてにらみつけた。先ほどの陽気で優しげな表情とは打って変わり、声をあげていた聴衆は声を落とす。
「オメェら、気軽に治療しろ治療しろって言うけどなぁ……!」
「す、すみません! お話だけでもありがたいというのに、欲張りすぎました!」
「お許してくだされ! 少し、言ってみただけでさぁ!」
彼らは視線を上下左右に揺らしながら、懸命に謝る。しまった、調子に乗りすぎてしまった。先ほど声をあげた者たちは縮こまって反省する。
それは、端から見ているだけでも心苦しいほどであった。
イエスはそれらをしらっと聞き流し、こわばった顔のまま言い放った。
「……全然オッケーだぜ! いくらでも来いや!」
イエスは一転、おどけた振る舞いではじける。聴衆はその変わりようにずっこけ、そしてイエスの懐の広さに安堵した。
「並べ並べ! 今日受けられなかった奴は明日に来い! いいか、はっきり言うが神はオメェらの内の一人だって見捨てねぇからな!」
「ありがてぇ! さすが神の使いだ!」
「そうだ、決して見捨てねぇ。例えそれが、厚かましく持病のしゃくを治してもらおうなんざ考えている奴でも、だぜ?」
「ゲっ!? ……神の子も根に持つんですね」
「うるせぇ! 手ぇ抜くぞ!」
イエスがツッコミを入れると、周囲の聴衆から笑い声があがる。そうして、聴衆は楽しげな気分のまま、イエスの治療を受けるために一列になった。イエスは一人一人から病状を聞き、それが些細な物であったとしても喜んで治療した。
「あぁっ! 上がらなかった腕がこんな自由に! これで家族を養えます!」
治療を受けた者は口々にイエスの奇跡を称え、家に帰っていく。その様子をイエスは嬉しく見守っていた。幸福に喜ぶ人々を見ることが、彼にとって何よりの喜びであり慰めであった。神がどうこう、すくいがどうこう、その前には常に『人を喜ばせたい』、その一心が彼にあったのだった。
「しかし、この里は怪我人と病人が多いな」
「仕方の無いことでございます。この里にはおおよそ医者と呼べる者はおりませんからね」
「そうなのか?」
獣人族の女の言葉にイエスは反応する。
「えぇ、先生。……王国も酷いものです。私たちに税や移動の制限を強いる割には、医者のひとりもよこさないのですから」
「俺がいるじゃねぇか、それで充分だろ?」
イエスは女の手を握り、そう言う。彼女は想わず赤面し、言葉に詰まる。そのため、言うつもりだった生活の不満が行き場を失ってしまった。自分で渦巻いていたネガティブな言葉の数々が、頭の中から抜けていく。
「そうだ、心の中の憎しみを空にしな」
イエスは自らの身をさらに寄せ、語りかける。
イエスは思い出す。今から数週間前にベルナデットに拾われた時、この国では国や国王の批判は御法度であると彼女に口酸っぱく言い聞かせられた。
国民でない自分でさえ気を付けなければならないのだから、国民である彼女らは尚更だろう。世知辛いことに、この里にも数人ほどとはいえ王都から来た騎士がいる。イエスはこの地の住民が反骨を理由に逮捕されることを避けたいと思っていた。
反骨を示し、逮捕されるのは自分だけで良い。
「でも先生、憎しまずにいるのは大変なことですね……」
「その時ァ俺に言え。オメェの憎しみ、背負ってやっからよ」
イエスは決意に満ちた目で彼女を見つめた。
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「キリストよ、今日もご苦労であった」
その日の晩、イエスとベルナデットはソールの屋敷で夕食を取っていた。囲炉裏を囲み、全員が一つの鍋から具を取って食べる。こうした暖かい料理と囲炉裏は、夜の山村の寒さから人々を守る役割を果たしていた。
特に、冷え性のベルナデットは火の粉がかかりかける距離まで近づき、暖を取っていた。イエスは彼女に自分の上着を一枚かぶせる。
「はい、イエス。 どんどん食べてね!」
「おっと、ありがとな!」
イエスは並々に盛られた具材をサンから受け取ると、さじで口の中に運んでいく。獣の肉の脂と野菜のうま味が喉を通り抜ける。イエスの食べる手は一向に止まらなかった。
「ウメェ! オメェら、いつもこんな良いもん食ってんのか!」
「うん! 良いでしょ!」
サンはもじもじと、言葉を続ける。
「……ねぇ、イエスがサンと暮らすようになったら、いつでも食べれるのよ?」
「そんな暮らしも悪くねぇかもな! ハハハ!」
サンの言葉を、イエスは適当に受け流す。イエスは三杯目のおかわりを終えたところで、鍋が空になったことに気付く。
「今日はごちそうになった。恩に着るぜ」
「良い良い、そなたの気の済むまでずっといてくれて構わぬ」
「これで明日も張り切って頑張れるってもんだぜ」
「……すまぬが、少し話がある」
ソールの表情がわずかにこわばる。イエスも気を入れ直し、話を聞く姿勢を作る。
「何だ?」
「実は、エルフ族の代表からそなたを招待したいとの誘いがあったのだ」
「代表って、あのエレツって子供のことか」
「エルフ族は長寿ゆえ、エレツ殿もそなたより年上なのだが……。まぁ良い」
ソールは話を続ける。
「救世主の教えを聞きたい、と申しておった。だが、この前の諍いを考えればそなたを貶めようという魂胆は明らかであろう」
「まぁ、あんなにしてやられたら普通はそうでしょうね」
ベルナデットが口を挟む。
「左様。今回は丁重に断っておくが、奴らが何をしてくるか分からぬ故、そなたには用心してほしいのだ。キリストよ」
「いや、受けようじゃねぇか。その誘い」
イエスは膝を手で叩き、軽々と言い放った。
「それはいかん! 奴らの根城に行くなど、見え透いた罠にかかるような物ぞ!」
「そうですよ! 殺されるかもしれないんですよ!」
「そいつらが何を企んでるか、なんて関係ねぇ。だが見過ごすわけにはいかねぇんだ。神の言葉を聞きてぇって奴らのことはな」
イエスはフッと笑い、ソールにウィンクをした。
なんたる覚悟だろうか。例え嘘である可能性があったとしても、そしてそのために自分のみが危うくな
るとしてもイエスは人を信じ、救おうとするのだ。敵視してくる者にすらも仲間のように気をかけるその度量は底知れないものだ。
この漢に遠慮や心配は無用。ソールはつられて笑みを浮かべ、立ち上がった。
「良かろう! だが、決して死ぬでないぞ!」
「当たり前だ。俺ァ死ぬ気はねぇぜ」
「……今はまだ、その時じゃねぇからな」
イエスの最後の言葉は、誰にも聞こえることはなかった。
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