13 侮蔑の心を抱いて人を見る者
「よっす! お持ちしましたぜ!」
ソールの呼びかけに応じて来たのは、獣人族の臣下ではなかった。
それはイエスであった。イエスは両手で瓶を抱え、エレツたちの元に置く。何か言いたげな様子のソールに、イエスは黙っているようにシーッと口元に一本指を立てた。
「に、人間!? なぜこんなところに!」
「まぁまぁ、いいじゃねぇですかよ。まずはこの上質な酒を味わってみろってんだ!」
イエスは快活な笑みを浮かべながら、エレツのコップに瓶の中身を注ぐ。
「くっ、良いだろう。飲んでやるよ!」
困惑の表情を浮かべながら、エレツはコップを傾ける。そして、そのまま注がれた酒を意地半分で一気に飲み干した。
ソールはそれを戦々恐々としながら見ていた。この館に、そこまで自信満々で客に出せる物などはなかったはずだ。ただでさえ無駄に舌の肥えたエルフ族を満足させうる酒などそうそうに見つかりはしない。せいぜい高級品の澄み酒があった程度だったが、それとイエスの持ってきた瓶とは入れ物が違う。そもそもあれは水瓶ではないのか。まさか、あの中は水ではないのか。
何か考えあってのことだと信じ、改めてエレツの顔を伺う。
「さぁ、どうだ?」
イエスはあぐらをかき、エレツに問う。エレツは何も言わず、下を向いたままであった。無言で固まる状態が数秒続く。
「き、貴様、まさかエレツ様に毒でも盛ったのか!」
側近のエルフたちは立ち上がり、怒鳴りつける。
しかし、エレツはそれを無言で制し、座らせた。
「どうした?」
「……」
「なぁ、感想くらい言ってくれても良いだろ?」
「……わ、悪くは、なかった」
「な、何と……」
ソールは驚愕した。あの性根の曲がったエルフ族の代表のエレツがこのような素直な態度を取るなど、今まで見たことがない。一体全体どうしたことだろうか。
エレツは気まずそうに視線を泳がせている。
「控えの方々と族長殿も、さぁ飲んでくれや」
「あ、あぁ。いただきましょう。……うまい!」
従者たちは口をそろえて褒めそやしている。ソールの耳にはその言葉には偽りはないように思えた。
その様子を見て、ソールも意を決して注がれた酒をちびり、と口に含む。
その瞬間、口中にみずみずしい果実の風味、そして頼もしいほどにどっしりとしたアルコールの風味の両方が広がった。果実の甘みがあるが決してくどくはない、素晴らしいバランスの上に成り立っている味わいだ。最高級の酒であるに違いない。
「な、何じゃ。この酒は」
「うめぇか?」
イエスは嬉しそうな顔で問う。
「旨いなどと言うものではない! これをどこで……、はっ」
ソールはとっさに口を閉じる。どこから持ってきたのかは分からないが、これはイエスが用意してくれたワインである。しかし、客であるエレツたちはこれを獣人族が用意した物だと思い込んでいるだろう。そうであればこの場はいさかいなく終わらせることができる。
うかつにこれに驚いていれば彼らに怪しまれてしまうだろう。
「……如何だろうか、我らが用意した酒の味は」
「実に素晴らしいワインでございます! 良ければもう一杯いただけますか」
従者のうちの比較的素直な顔つきのエルフが称賛の言葉を述べた。そのエルフはイエスの方にコップを渡そうとするが、エレツはそれを目で咎めると申し訳なさそうに引っ込めた。
「エレツ殿はどうであったか?」
「……まぁ、あれだ。これくらいのものだったら僕らの森でも流通している。決して珍しいものではないさ」
「ほう、そなたらの飲む酒と同じような物であるならば、さぞ良い物だと言うことになろうか」
ソールはわざとらしく声を弾ませて、エレツに言った。エレツは何も言えず、ただ己の大きな目をさらに大きく見開いてソールを睨んだ。
まずい、予定は総崩れだ。このもてなしを徹底的にこきおろして挑発しようと思っていたのに、ここまでの酒を出されてはケチの付けようもない。ここで無理にでも批判しようとすればそれこそ良い嘲笑の的になってしまう。エルフ族の代表は酒の善し悪しも分からないのか、と。
「……では、僕たちはこれでおいとましよう」
「うむ、気を付けてお帰りになられよ」
ソールはそう言いながら安堵した。これ程やってやれば、奴らもしばらくはちょっかいをかける気にもなれないだろう。それにしても、ワインを飲んだ時のエレツの顔といったら傑作であった。イエスがいる手前今ここで嘲りはしない。しかし、これまでされた嫌がらせの仕返しができたことにほくそ笑んでしまう。
ソールがそう思っていた、その時だった。
「おい、謝れよ。ソール」
イエスは憤りがこもった声でソールに言い放った。その一言で、応接間に痛いほどにピリピリとした緊張感が走る。
「何だというのじゃ、キリスト?」
「何だじゃねぇ。オメェ今このエレツってガキのことを内心ばかにしていたろ」
ソールは図星を突かれて思わず体を硬直させてしまう。たしかにイエスの言うとおりだ。しかし何故分かったと言うのか。神の子は心も読めるというのか。
いや、違う。イエスはこの自分の醜い視線に気付いていたのだ。自分がエレツに向けた視線に。
「はっきり言っておくが、侮蔑の心を抱いて人を見る奴ァ、心の中でそいつを踏みにじったようなもんだ。……オメェの目はこいつを踏みにじっていたぜ」
「な、なんだ君は! 何を言っている……?」
エレツは訳も分からない様子でイエスを見つめる。
そんなエレツの元にソールは目前まで近づき、目を合わせた。エレツは緊張で喉を鳴らす。
「エレツ殿、すまなんだ。この者の言う通りであった。……儂はそなたを疎んじる余り、そなたを侮辱しておった」
ソールはあぐらをかき、エレツへ深々と頭を下げる。先ほどの顔を合わせた際の形だけの礼ではない。それは心からの礼であった。エレツは怒りを吐露することも当てこすることもできず、ただただ無言を貫いていた。今まで幾度となくソールを屈服させようと躍起になっていたエレツだが、ついにその機会を得たというのにそれを喜ぶことができない。
ふとエレツは自分の記憶を遡る。思えば、自分は心から謝られたことがなかった。
「テメェもだ、エレツ!」
「なっ!?」
エレツは突然に自分の方を向いて怒鳴るイエスに驚く。
彼は歯をむき出しにしてエレツに迫った。
「グダグタ人の粗ァ探す真似しやがってよォ! 情けねぇ野郎だテメェは!」
「やっ、やめぬか!」
イエスの喝をソールは止めようとする。確かに、イエスの言うことは分かる。同じ気持ちであると言っても差し支えない。しかし、強い権限を持つエレツにこのような暴言は危険すぎる。
イエスはソールの意図を汲み、落ち着いた様子で話しかける。
「こうして形上は仲良くしてんだ。だったら心から仲良くしたら良いじゃねぇか。形だけの礼なんてくだらねぇだろ?」
イエスはエレツの膳にあった汁椀を持ち、彼に渡そうとする。中の汁物は少し冷めているものの、具が多く入っており実に食欲をそそられる。
イエスはエレツにはにかみかけた。
「っ! ふざけるな!」
エレツはイエスの手を払いのけ、立ち上がる。イエスの持っていた汁椀は飛ばされ、中身はすべて床にぶちまけられた。イエスはさみしげな表情を浮かべ、中腰のままエレツを見上げる。
「こんな、卑しい獣人族どもと同じ飯など食べられるか!」
「おいおい、ひでぇことしやがる……」
「……フン、さっきの君の無礼は先ほどの酒でチャラにしようじゃないか。帰るぞ!」
エレツは少しばかりの罪悪感を覚えつつも、応接間を飛び出すように出て行く。 ズカズカと屋敷を出て行くエレツを追いかけるように、二人の従者も屋敷を後にした。
応接間はソールとイエスのみになり、数瞬沈黙が流れる。
「首長様! 大丈夫でしたか!?」
そうしていると、食料庫で控えていた臣下の男が部屋に入ってきた。彼はソールの表情を見るなり、そこまで悪いことにはならなかったということを推察する。男はほっと一息ついた。
臣下の男はほぼ手が付けられていない膳を持って行こうとする。すると、先んじて片付けをしていたイエスが目に入った。
「お、おい。アンタ何している」
「ごめんな。オメェらが作ったメシ、こぼされちまった」
そう言ってこぼれた汁物をすくい上げようとしているイエスの背中に、彼は無性にいじらしさを感じた。そうだ、まず言わなければならないことがあったはずだ。異なる種族だというのに、この窮地を救ってくれた彼に言うことがある。
「なぁ、俺たちを助けてくれてありがとな」
「構わねぇよ。これくらい」
「……どうして俺たちを助けてくれたんだ?」
「隣人だからに決まってんだろ」
イエスは素っ気なくそう答えた。そのそっけなさがソールとその臣下の男を嬉しくさせた。
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「くっ! 何という屈辱だ! 許せない!」
館からエルフ族の森への帰り道、エレツはかんしゃくを起こしながら歩いていた。二人の従者は懸命にエレツをなだめようと試みるが、彼の怒りは停まるところを知らなかった。
「エレツ様……。どうかお怒りをお鎮めください」
「これが落ち着いていられるか。この僕が! エルフ族の代表であるこの僕をだぞ!」
エレツは長い袖を振り回しながら怒りを発露し続ける。
「大体なんだ、あの人間は! 何者だ!?」
「あの男……、まさか!」
従者の一人が何かひらめいたような様子で声をあげる。
「なんだ、行ってみたまえ」
「はい、エレツ様。近頃、人間で自らを『神の子』や『救世主』を名乗り神の教えを説く者がおるそうでございます。おおそらくあの者がその者かと……」
「そいつの名前はなんだ!?」
「『ナザレのイエス』と、名乗っておるとか……」
「ナザレのイエスめ……。この屈辱、必ず返してやるよ!」
エレツは天に向かって、弦が震えるような怒声をあげる。しかし、その声は決して館のイエスに届くことはなかった。
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