12 イルでの宴会
「着いたぞ。ここが我々の住処、『イルの里』じゃ」
出発から二日と少し、そう時間もかからずにイエスたちは獣人族の本拠地であるイルの里にたどり着いた。連なる山々の麓にあるこの里は、イエスが前にいたメルグの町と比べれば町の発展は遅れているように見える。しかし、町の中に入ると、思いのほか多くの獣人族が往来を闊歩していた。
「ここはいわば獣人族の首都のようなものでな。周りの村からの出入りも多いのだ」
そう言って、ソールはイエスに里の様子を見させた。里の中を見ると、至る所に植物が自生している。
また、大地が肥沃なのだろう、畑には根菜のような作物が豊かに実っていた。
気温は穏やかで、息苦しくない。イエスは久々に体が癒やされる感覚を覚えた。
「俺の故郷、ガリラヤに似ているな」
「そうであったか?」
「あぁ、……ここは良いところだ」
「気に召したようで何より。さぁ、まずは我が屋敷へ……」
「族長様っ! お戻りになったのですか!」
突然、ソールの元へ一人の獣人族の男が酷い顔で走り込んできた。その男はソールの顔を見ると一瞬安堵した後、もう一度青ざめる。
「その様に慌てよって、いかがした」
「じ、実はつい先ほどエルフ族たちが屋敷に贈り物を持って訪れたのです!」
「……それは、厄介なことになったのう」
「へ? それの何が厄介なんですか?」
ベルナデットは厳しい顔をしている二人の間に入り、問う。
「いや、これは我らの種族の問題。そなたに話すことではない」
「固ぇこと言ってんじゃねぇ。話してみな」
「……我ら獣人族には贈り物を持ってきた相手を客として盛大にもてなす慣習がある。しかし、エルフ族の者はそれを利用し、以前より儂らのもてなしをけなそうとしているのだ」
「それはイヤな人々ですね……」
「それだけにあらず。奴らは儂らのもてなしの不出来を理由に、王国へ『獣人族に謀心あり』と伝えることもできよう」
「そんなことができんのかよ?」
イエスの言葉にソールは苦々しい顔でうなずく。
エルフ族は早いうちから王国に帰属し、言うことを聞いていたため信頼も厚い。獣人族と比べても人間と良い関係を築こうという意志が強かった。そのため、讒言も通りやすいのだ。
事実、ソールたちはこれまでも謀りによって不遇な目に遭っていた。獣人族と人間との対立が中々解けなかったのも、それが原因の一端であるとも言える。
「族長様……」
「ふむ、ともかく急がなくてはな」
ソールたち獣人族は駆け足で館のある北部へ向かう。イエスとベルナデットは訳も分からないまま、彼
らのあとを追った。
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木々の並び立つ道を駆け抜け、それから数分後にはイエスたちはソールの屋敷にたどり着いた。里で最大の規模を誇るその屋敷の敷地には、特別の食料庫が備え付けられている。そこではたらく獣人族たちはそこに入り、中の食糧をあるだけ集めていた。
「食糧はいかほどあるか?」
「ここにある備蓄がすべてで……。他には瓶の中に水が入っている程度です」
「……そうか、ではこの中で最上の酒を盛ってくるのだ」
ソールは臣下の男にそう言うと、エレツは屋敷の食料庫から応接間に向かっていく。顔にこそ出さなかったが、内心は考えがまとまらず追い詰められていた。
彼の背中を見送ると、臣下の男はがらんとした倉庫の中から瓶を取り出し、中身を確認する。中には向こう側が見えるほど透明な液体が入っており、蓋を開けるとほのかなアルコールの香りが周囲に漂った。
「くっ。これがこの中では最高の物か」
「ちょっともらうぜ」
すると、イエスは誰も止める隙も与えず瓶を取り、口をつけた。周りの皆が声にもならない声を出して、絶句している。
「うぇ、まっず」
「な、はぁ!? 貴様、なにするかぁ!」
臣下の男は突然のことに息を荒くさせ、イエスを責める。
「すっかり古くなってやがらァ。これなら雨水飲んだ方がマシってもんだ」
イエスは顔を歪ませてそう言った。元は良い酒だったのだろうが、随分と酸化が進んでいた様であった。
「黙れ、人間風情が!」
「人間も獣人も関係ねぇ。今はこの問題をどうするかって話だろうが」
「……仕方なかろう。それ以外に出す酒はないのだぞ!」
「だがよォ。オメェらはエルフとか言う奴らをもてなさなきゃならねぇんだろうが。こいつじゃあ満足しねぇと思うぜ」
「だが、どうすれば良い良いと言うのだ! 酒を買いに行く時間も無いというのに……」
「こいつをやればいいじゃねぇか」
そう言ってイエスが指を差す先には、水がなみなみと入った瓶があった。意図が読めず戸惑っている臣下たちをよそに、イエスは瓶を持ち上げた。
「何だい、この酒は? 獣人族の方々は、客人にこのようなものを出すのかな?」
「いや、それは・・・・・・」
「まっ、君たち獣人族の用意する物だ。あまり高望みはするべきではないだろうなァ!」
族長の屋敷の応接間、そこには上座に座っている三人のエルフ族と縮こまっている獣人族の男がいた。後ろに従者を従えさせているエルフ族の少年は、嘲るような態度で男を責め立てる。
彼が身にまとっている赤と白を基調とした絹の狩衣のような衣装は彼の生まれの高貴さをいやらしいほどに表していた。
その少年は緑色の長い直髪にくっきりした目鼻立ちと、少女のような麗しさを持っている。しかし、彼の目の前の男は心臓を握りつぶされんばかりの恐怖を覚えていた。
「しかし、こうしてエルフ族の代表である僕が直々に来たというのに何故族長は顔を出さない? もてなしの礼儀を知らないのかね?」
「族長は今、外に出ておりまして……」
「数日前に来た時もそう言っていたね。その日からずっと外出している、とでも?」
「う、ぐっ……」
「まさかとは思うが、何か良からぬことでも……」
「お待たせし申した。エレツ殿」
ソールは横戸を開け、応接間へと入る。今までこの場を受け持っていた男は安堵の表情を浮かべ、族長の席を用意する。
エレツ、と呼ばれたエルフ族の少年は内心舌打ちをした。これでひとつ、獣人族を責める要因がなくなってしまったではないか。
「これはソール殿、臣下をほっぽり出して今までどこにいたのかな?」
「何、わざわざ言うほどのことではござらん。そこまで儂の動向が気になるか?」
「いや、ただ聞いてみただけさ」
「ならばお気に召されるな」
「……まぁ、そんなことはどうでもいい」
エレツはそっぽを向き、言葉を続ける。
「しかし配下の教育はしっかりしてほしいものだね。客人たる僕らに対してこのような質の悪い酒と料理を出そうというんだ。まったく、酷い話さ」
「これはかたじけない。宴というものは段々と良い酒を出すのが倣いだが、エルフ族の方々には気に入らなんだようであるな」
ソールは涼しい顔をして、これまでの失態を上手く言いつくろう。
エレツたちはその言い草に少しばかりいらだちを覚えるが、あえて口には出さなかった。互いに慣習を重んじる種族のため、『倣い』と言う言葉を出されては口が重くなる。そんな倣いなど聞いたことはないが、彼らの傲慢さがそれを言わせなかった。
「フン、それなら君の言う『良い酒』とやらを出してもらおうじゃないか」
「無論、そうさせていただく」
「言っておくが、それが大した物でなかった場合は王国に君たちの悪評が広まることだろうねぇ」
エレツは威圧をかけるが、ソールはそれを冷ややかな目で見下ろす。
「是非も無し。……持って参れ」
「よっす! お持ちしましたぜ!」
ソールの呼びかけに応じて来たのは、獣人族の臣下ではなかった。
来たのはイエスだった。イエスは両手で瓶を抱え、エレツたちの元に置く。何か言いたげな様子のソールに、イエスは黙っているようにシーッと口元に一本指を立てた。
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