11 旅立ち
「俺はこれから、神の言葉を授ける旅に出る!」
イエスは軽やかに机の上に立つと、そう高らかに声明を出した。
これには人間も獣人も驚き、どよめきがの声があがる。その中でもひときわ動揺を見せていたのは、熱心にイエスの話を聞きに通っていた彼の弟子たちであった。
「イエス!? た、旅に出る、ってどういうこと?」
弟子たちの中にから、リルが手をこねくり合せて聞く。
「言ったとおりさ。俺ァこの国を回って、苦しんでる奴らに御言葉を届けてやるんだよ!」
イエスは周囲を一瞥すると、今一度語りはじめた。
「この世界にきてから思い知ったぜ……、この国にゃくだらねぇ関係や慣習があるってな。そして、そうなのはここだけじゃねぇ」
「それで、旅を?」
「そうだ。俺ァそいつから皆を放ってやりてぇんだ。はっきり言うが、関係や慣習のために俺たちがいるんじゃねぇ、俺たちのために関係や慣習があるはずだろ」
リルはとっさに言葉を返すことはできなかった。確かに、その指摘は無碍にしづらい。この国にはいささか遺恨やしがらみが多すぎる。それぞれの種族が他種族をさげずむだけでなく、同種族でもさらに煩雑な階級の差があるのだ。それを解消し、人々の心を繋げることができる者がいるとしたら、それはこの不可思議で魅力的な神の子に他ならないだろう。
リルは幼心にイエスに対する期待を感じていた。
「……じゃあ、俺もついて行くよ。他の人も連れて、皆で一緒に行こう!」
リルは周りの大人たちを見渡す。皆はリルに同調しているようで、各々が伝道の旅への意欲について話していた。
「いや、オメェらはこの町に残れ」
「な、何でだよ!」
「オメェらにはこの町で、まだ神の言葉を知らねぇ奴らに教えを授けてやってほしいんだ。そいつらも放っておけねぇからな」
「イエス……」
「こいつァ誰彼に頼めることじゃねぇ。……やってくれるな?」
イエスは優しげな声で語りかける。弟子たちは何も言えなくなり、ただ下唇を噛んだ。彼の優しいまなざしで見られると、言葉が出てこなくなってしまう。思わず願いを叶えたくなってしまうのだ。
イエスはそれを納得の印と受け取り、微笑んだ。
「でも、一体どこに行こうというんですか?」
ベルナデットはイエスを見上げて言う。
「あ? そりゃあ国中のあちこちを回って……」
「まずはどこに行くつもりですか?」
「……さぁな」
「は?」
「実を言うとなァ、どこに何があるのか、全然知らねぇ!」
イエスは気恥ずかしい様子で机からおり、頭を掻いておどけた。
ベルナデットはため息をついた。まったく、さっきの威勢はどこから出てきたというのか。もし誰も突っ込まなかったら、また別の奴隷商に捕まっていたことだろう。
「じゃあさ、サンのおうちがあるところに来たら良いわ!」
サンは二人の間に割り込み、そう言った。
「おうちって、獣人族の里ってことか?」
「うん! ねっ、いいよね?」
「うむ、それは良い案であるな」
ソールが頷く。
「我らが故郷。『イル』の里はここからさほど離れておらぬ。その上、他の町に続く道も多い故、次の行き先も選びやすかろう」
「それに、里まではサンたちといっしょに行けるから道に迷わないで済むよ?」
「なるほど……、聞く限りは悪くねぇ」
イエスは二人の話を聞き、そう返した。これは渡りに船だ。行く当てもなく大地を彷徨うのも嫌いではないが、旅をするからにはある程度の道しるべも必要だろう。
彼らの暮らしぶりが気になるという気持ちもある。
「キリストよ。里の衆にそなたの話を聞かせてやりたいのだが、良いか?」
「馬鹿野郎! 望むところだぜ!」
イエスはサンが置いてきた未開封の酒瓶を開けると、丸々飲み干した。瓶の中身は流れるよう彼の喉に入っていく。イエスが瓶を上げると周囲は歓声を上げた。
こうして、かつて敵だった二つの種族の宴会は夜が明けるまで続いた。そのため、誰も翌日起きることができず旅立ちの日は遅れることとなった。
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「ではイエス様、お達者で」
「イエス! 町は俺たちに任せとけ!」
「心を込めて、先生の教えを広めます!」
宴会から二日後、イエスたちは多くの弟子たちに見送られて町を後にしていた。獣人たちの列に混じり、北西にある山の麓の里、『イル』の里を目指す。幸い転向は良く、日光が心地よい。
イエスは深く息を吸い、行き先の山を見据える。山はここから見る限りでも自然豊かで、自然的な力が感じられた。
自分が旅に出た後でも、町での布教はラムザを中心に行われるだろう。心から悔い改めたあの男ならば何も心配はいらない。イエスはそう考えた。
「なぁ。ベルナデット」
「あぁ、ベルで良いですよ。これから長い旅になるでしょうしね」
ベルナデットは馬上からイエスにそう言った。
彼女もイエスの旅に同行する一人である。本来の彼女はあまり遠出を好むタイプではない。それでも、イエスを見張る任務を遂行するにあたって、ついて行かない訳にはいかなかったのだ。
しかし、気の良い彼を騙すのも忍びない。せめて旅の間は気楽に楽しくすごそうとベルナデットは考えていた。
「じゃあベル、オメェは獣人族の里ってのに行ったことあるか?」
「いえ、ないですね。山道だと馬を降りなくてはいけないところもあるので」
ベルナデットは答える。
「ていうか、本当に馬に乗らなくて大丈夫ですか? 後ろ乗れますよ?」
「他の奴らが歩いてんのに馬に乗っていたら示しが付かねぇからな」
「救世主も大変ですね」
「それに、なぁ……」
イエスは下に視線を下ろす。
「おい、サン。手ぇ離せよ。オメェも歩きづれぇだろ?」
「えー? 歩きづらくないけど?」
イエスがそう苦い顔をするのを気にもとめず、サンは嬉しげに手を握っていた。町に出てからずっとこうであった。獣人の戦士たちはその様子を微笑ましく見ている。
せっかく父と再会したのだからソールの元に行けば良いのに、イエスは先頭を歩くソールのどことなくさみしそうな背中を心苦しく思った。
「サンちゃん、でしたっけ? 良かったら私の馬に乗りませんか?」
「イヤ」
サンは目も合わせず、冷たく言い放つ。
「ていうか、アンタなんで着いてきたのよ。騎士だったら町にいなきゃいけないんじゃないの?」
「……市民を守るのは、騎士の勤めですから」
「ふーん、何でも良いけど、あんまりイエスと話さないでよね」
ベルナデットはサンの扱いに困り、思わず閉口してしまった。これくらいの年頃の女の子は色々と面倒くさくて嫌になる。
「これ、サンよ。ベルナデット殿に無礼であろう」
そうしていると、ソールが歩く速度を落とし、イエスたちに合流してきた。
ソールは二日前の宴会とは異なり、落ち着いた様子であった。そもそもにして彼自体は族長という身分にふさわしい、思慮深い性格をしているのだろう。ベルナデットは安堵した。
「……ベルナデット殿よ。この前はすまなんだ。あれしきのことで怒るなど、儂も修行が足らぬわ」
「いっ、いえ。私もすみませんでした」
「それとキリストよ、あの時はまた助けられたのう」
ソールはイエスに言う。
「やはり、儂含め獣人族にはそなたの導きが必要であろう。これからもよろしく頼むぞ」
「まかせなァ。その心さえあれば天の国も近ぇだろうぜ」
イエスはそう言ってソールを励ました。
それを見ていたサンは、父とイエスが仲良くしていることのみを理解し、満足げに笑っていた。
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