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5番ピンの呪い

作者: 傀儡納言
掲載日:2022/02/09

先日ボウリングに行った際(まん防以前)、四フレーム連続で5番ピンだけが残る、という怪奇現象を体験しましたので、ここに小説として置いておきます。怖かったです。


*ホラーっぽいですが、完全にコメディです。

これはさすがにストライクだ。

ボールが手から離れた瞬間に、俺は感覚でそう確信した。


氷上でスケートをするように、あるいは舞台でバレエを踊るように、11ポンドの球が優雅にレーンを滑る。

球はレーンの半分を過ぎると、右側のガターの際の際で奇麗な弧を描いた。滑らかなカーブでガター墜落を回避した球は、吸い寄せられるように、1番ピンめがけて転がっていく。

俺は、それ以降はレーンから目を逸らし、踵を返して、彼女の奈緒が待つ座席に向かってゆっくりと歩みを進めた。

これで、本日五本目のストライクだ。三ゲーム目にして、ようやくこのレーンの滑り具合に腕が慣れてきたな。


カランコロンカラン、とピンの弾け飛ぶ音が響いた。

「あー」

終始レーンを眺めていた奈緒が、掠れた声でそう洩らした。

「あれ? まじ?」

振り向くと、一ピンだけポツンと残っていた。

それは、正三角形に並んでいる十本のピンの、ちょうど真ん中に佇む5番ピンだった。

「おしい! 連チャンストライク、ここで途切れる!」

奈緒はなぜか嬉しそうに、ニマニマとほくそ笑みながらそう言った。


おかしい。

あの理想的な軌道で、一ピン残った。端の8番ピンや10番ピンならまだしも、よりにもよって、ど真ん中の5番ピン。

なぜだ? なぜそこが残る?


俺は再びレーンの前に戻って、今度はカーブをかけず、5番ピンを真っ直ぐ狙って二投目を投げ放った。

だが、緊張で腕がブレてしまい、球は5番ピンの左横スレスレを通過した。


5番ピンが残った。


「あっはっは。ざーんねーん!」

奈緒が背後ではしゃぐ。

ま、まぁいい。そういうこともあるだろう。

連続ストライクが途切れてしまったことは勿体ないが、なんせまだ三ゲーム目だ。奈緒の疲労次第だが、まだまだパーフェクトを狙う猶予はあるだろう。




8ポンドの球を抱えた奈緒が、レーンの前に立ち、ヘコヘコと助走をつけた。

そして、レーンの直前でギュッと立ち止まり、溜めに溜めた助走の勢いをゼロに振り戻してから球を投げ放った。投げた、とういうより、落とした。初心者も初心者だからとはいえ、すさまじく不細工な投球フォームである。

レーンの左端に落ちた球は、ノロノロとよろめくように転がっていく。とりあえず、ガター転落は回避、と言ったところか。と思ったのも束の間、球はゆらゆらと揺れながら、レーンの真ん中へと、1番ピンへと向かい始めた。

「見て! すごいすごい!」

奈緒が両腕をパタパタさせながら、ぴょんぴょんと跳び上がった。

天才的な軌道を描いた球が1番ピンに当たると、コトン、コトン、と控えめな音が鳴った。そしてピンはゆっくりと、ドミノのように倒れ始めた。

左側の2、4、7番ピンと、中央の5、8番ピンが残った。

「いいねぇ! だいぶ上手くなったじゃん!」

実際、奈緒はかなり上手くなった。ガター続きだった一ゲーム目が嘘みたいだ。

「へっへー」

奈緒は腰に手を当て、威張るように胸を張った。うん、可愛い。

「スペア狙ってこー!」

「えー、無理無理。絶対無理!」

奈緒は同じような投球フォームで、同じように二投目を落とした。だが、球はさっきよりもよろめくことなく、真っ直ぐレーンの真ん中を転がった。

あのフォームで、あの球の軌道。ああ、奈緒は天才なのかもしれない。

5、8番ピンが、ドミノのようにポテン、ポテン、と倒れた。

「んー、おしい! まじで!」

奈緒は、上機嫌にスキップをしながら座席に戻ってきた。


“5番ピンは”倒れた。




再び、俺はレーンの前に立った。

ストライクが途切れて、少しだけやる気は削がれたが、やることは変わらない。さっきと同じ感覚で投げればいいだけだ。

助走をつけて、球を投げる。

よし、理想的だ。

球は緩やかな放物線を描いて、1番ピンに当たった。

ピンが爽快に弾け飛ぶ。


5番ピンだけが残った。


「はぁ?」

今度は思わず声に出た。

なんだ、これ。まじで。

「おーい、それさっきも見たぞー! 再放送かぁー!」

背後の座席から奈緒が囃し立てる。

「う、うるせぇ!」

俺はヘラヘラしながら奈緒に応えた。若干の怒りを込めて。


俺はムカついて震える右手を誤魔化すように、5番ピンめがけて力任せに二投目を放った。

だが、手が滑った。反射的に、チッ、と舌打ちをした。

球は右側のガターにボテンと落ちた。


5番ピンだけが、残った。


背後で奈緒の笑い声が聞こえたが、俺は上手く笑い返せなかった。




その後も、5番ピンは奈緒が投げれば倒れ、俺が投げれば残った。


投げる。5番ピンだけが残る。

投げる。5番ピンだけが残る。

投げる。5番ピンだけが残る。


奈緒はまだまだ嬉々としているのに、俺はすっかり疲れていた。

右腕はどんよりと重くなり、さっきまでの好調な感覚は遠い思い出のようだった。


投げる。5番ピンだけが、残る。

投げる。5番ピンだけが、残る。

投げる。5番ピンだけが、残る。


投げても投げても、5番ピンだけが残った。5番ピンだけが、だ。


投げる。5番ピンだけが……残る。

投げる。5番ピンだけが……残る。

投げる。5番ピンだけが……残る。


……おい、おいおい、なんだこれ。何が、起きてんだよ。

二の腕が痛い。手首が痛い。腰が痛い。加えて謎に頭も痛い。




……投げる―――5番ピンだけが……残る。


さすがの奈緒も、とうとう苦笑いすらしてくれなくなった。

これはまずい。ほんとにまずいぞ。

かっこ悪すぎだろ。こんなの、冗談じゃない。いや、むしろなんの冗談だよ。

おい、おい5番ピン。俺がお前に何したってんだよ。俺は、俺は―――。

「いやいやいやいや、不思議なことってあるもんだよなぁ」

頭上で俺の声がして、自分がレーンの前で項垂れていることに気がついた。

ぐらつく視界の中、顔を上げると、レーンの向こうには5番ピンがいた。

「よぉ、彼氏くん」

5番ピンはそう言うと、ギョロリと飛び出た大きな一つ目をギラリと細めた。あんなに遠くにいるのに、声は真上から降ってくるように聞こえた。

「は、はあ?」

なんだ。なんだなんだ。どういうことだ。5番ピンが、喋ってる。

「な、なんだよ、お前」

「何って、見たらわかるだろ。5番ピンだよ」

「そうじゃなくて!」

「まあまあ、そう怖い顔すんなって。ほら落ち着け。肩の力抜けよ」

5番ピンはそう言うと、ネチャッ、という音が聞こえそうなほどの瞬きをした。ただの瞬きなのに、そのあまりにもキモい見た目も相まって、ぞわりと鳥肌が立った。

一つ目小僧かよ。気持ち悪いバケモンだな。

「おい、聞こえてるぞ。気持ち悪くて悪かったな。だがよ、あんな小心野郎と一緒にすんじゃねぇよ」

5番ピンは声を荒げて言った。

どうやら、5番ピンは俺の心の声が聞こえているらしい。

「ああ、聞こえてるさ」

「なんでだよ」

「なんでって、そらぁ、俺はお前だからなぁ」

5番ピンは鋭い眼光で煽るように言った。

「はあ?」

5番ピンが俺? わけが分からない。何言ってんだ、こいつ。

そう思った途端に、5番ピンから腕と脚が生えた。5番ピンは、よっこいせ、と腰を落として胡坐をかき、ギョロギョロと動く一つ目の下で腕を組んだ。

「うわっ……」

「ふん、悪かったな。ますますキモくなって」

「ほんとだよ。気持ちわりぃな……ってか、今まで立ってたんだな」

「ああ、立ってないと避けれないからな」

「……は?」

今こいつ、なんて言った? 避ける?

5番ピンは俺の間抜けな面を見るや否や、たっはっはっはっは、と大声で手を叩いて嘲笑った。それは紛れもなく、酒に酔って夜通し馬鹿騒ぎしている時の俺の嗤い声だった。

「やっぱ面白いな、お前」

「……俺はお前じゃなかったのかよ」

かろうじてそう言い返す。

「ああ、だから俺は面白い」

5番ピンは相当ツボに入ったのか、ククッククッ、とまだ必死に笑いを堪えている。

「おい」

俺は5番ピンを睨んだ。

「なんだ? 二つだけ答えてやるよ」

腕を組みなおした5番ピンは、煽るように、俺を見下すように、首を傾げて仰け反った。

訊きたいことは山ほどある。脳が追いつかないほどある。

状況を説明しろ。お前は何者だ。なぜ喋れる。なぜ倒れない。俺がお前に何をした……。

酩酊する視界の中で、ハッとして振り返る。

「おい……奈緒は、奈緒はどこだ!」

背後の座席に、奈緒がいない。持ち物も靴も、奈緒がいた形跡が丸ごと消えている。

「お前、奈緒をどうした!!」

「それがひとつ目だな。いいだろう。答えてやる。周りを見ろ」

5番ピンに言われて、俺は周囲を見回した。

「あれ……?」

いない。隣のレーンも、その隣のレーンも、客がいない。スタッフもいない。

「いなくなったのは、お前だよ。こんなに俺を外し続けちまったから、お前が外されちまったってわけ」

「はあ? どういうことだよ」

「おぉっと、いいのか? 次が最後だぞ?」

「くっ……」

「そう焦んなよ。もう少ししたら、すぐ帰してやるからさ」

5番ピンは、何やら含みのある笑みを浮かべて言った。

どうして二つしか答えてくれないのかは知らないが、俺は慎重にふたつ目の質問を考える。

「じゃあ、どうして……どうして、俺の球は避けるんだよ」

もう何連続5番ピン残しだ? 奈緒から笑顔が消えるまで、何回も何回も何回も。奈緒の投げた球にはちゃんと当たって倒れてくれるのに、なんで俺の番だけ……。

「それがふたつ目だな。いいだろう。答えてやる――」

5番ピンはそう言って咳払いをすると、ヌッと前のめりになった。


「別に、俺は避けてないぞ?」


「……は?」

「だから、避けてない。っていうか、ピンが球を避けるわけないだろ」

「……え、でも、だって、お前さっき、立ってないと避けられないって……」


「ん? 言葉通りだろ。座っていたら避けられないに決まってんじゃねぇか。ただ言ってみただけだ。何も別に、本当にお前の球を避けていたわけじゃない」

5番ピンはそう言うと、俺が一番嫌いなしたり顔で、にちゃぁ、と笑った。


……。

…………。

………………。


「くそがぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!!」

馬鹿みたいに叫んだ。それ以外の言葉が見つからなかった。

その瞬間、脳がぐるりと回るような錯覚を覚えた。視界はさらに霞んで、嘲笑う5番ピンが二重にも三重にも重なって見える。

「あっはっはっは。実に良い余興だった。お前はもういい。愛しの恋人の元へ帰してやる」

「おい待てや。このくそ野郎。今のは取り消しに決まってんだろ!!」

「馬鹿言うなよ。質問は二つまでって、そういう約束だったじゃねぇか」

「うるせぇ。まじでキモいな、お前。死ねよ」

「まぁまぁ、落ち着けよ。お前も気づいてるだろうが、もうあまり時間がない。ここいらで失礼させてもらうぜ」

「おい、それだ。なんだよこれ。なんでこんなゆらゆら揺れてんだよ……」

「こっちにはこっちの事情ってもんがあんだよ。じゃあな、なかなか楽しかったぞ」

世界が回る。吐き気も頭痛もひどい。

「はあ?」

俺はもう、煽ってくる5番ピンに反応する余裕すらなかった。




「おーい、それさっきも見たぞー! 再放送かぁー!」

奈緒の声にハッとして、意識が戻された。額や背中に、べったりとした厭な冷汗をかいていた。

振り向くと、奈緒は腕を組んでニタニタと笑っていた。

周囲を見回すと、当然、ボウリング場は馬鹿騒ぎする客たちで賑わっていた。

レーンの前方には、5番ピンだけが佇んでいた。当然、目も手足も生えていない、ただの5番ピンだった。

「う、うるせぇ!」

俺は、ヘラヘラしながら奈緒に応えた。


そして、俺はわなわなと震える右手を誤魔化すように、5番ピンめがけて力任せに二投目を放った。

九本のピンに囲まれた、ど真ん中の5番ピンだけが残る。しかも連続で。

まじでなんだったんだろう。お祓い、行っとこうかな(震え声)。

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