憧れの人
「生まれ変わりってホントにあったんすね」
流行りの小説でそんな話は山ほどあると聞いたことあったけれど、まさかそれが正真正銘真実だなんて思ってもみなかった。なにしろ俺の前世が生きてたのは、こことは違う異世界で。その頃の俺は、騎士としてドラゴンを駆っていたのだ。
子供のころからたまに、そんな夢を見ることはあった。
けど、俺は夢だと信じて疑わなかった。
なにしろ、前世の記憶を持ったまま生まれ変わるとか、生まれた世界がどう考えても何百年も未来で、しかも魔法とかドラゴンなんて空想の世界にしかないだとか──そんな良く訳の解らない事態になるだなんて、むしろちらっとでも考える方がおかしいだろ。いやマジで。
「そうだね」
しかも目の前には、前世で憧れ、恋い慕い続けた人。
顔も声すらもほとんど変わってない──いや、声は若干甲高くなっているかも??相変わらず平坦な喋り方するから解り辛いけど──ともかく、ほぼ記憶にあるままの姿で、俺の尊敬する憧れの人は、興味なさげにスマホを片手で弄っていた。
「……………」
にしても、これはさすがに『まさか』の事態だ。
「……………」
俺は黙ったまま、だいぶ下にある少女の姿を、まじまじと見つめ観察する。
背中まで伸ばした艶かな長い黒髪、くっきりとした細い眉毛と大きな黒い目、筋の通った鼻と小さな口。華奢な体格と前にもまして低い身長と、どこをどう見てもそこにあるのは、特徴をそのままほとんど何も変えていない彼の姿だ。
竜騎兵『暁の師団』副団長ナイトーリア・アルヌ
下っ端団員だった俺の、憧れの人。
そして、密かに想いを寄せた少年。
前世の俺、ティド・クオンは、同性である彼に男として憧れ、同時に男として彼に恋をしていた。
現世での男同士、女同士の恋愛は、ようやっと認知され始めたばかりだけど、前世の俺達が住んでいた異世界でも、そこらへんは実際の話あまり違っていない。結婚できないこともなかったが、やはり少し奇異な目で見られたというか…少しくらいの差別はどうしても存在していたのだ。
それは良いとして、少し修正しておこう。
俺は先ほど彼は『前世のままの姿』と言ったが、実は、1つだけ大きく違っている。
ていうか、最大にして唯一の問題はそこだ。本人はまったく何も気にしていない様子だが、俺は2時間前に再会してからずっとそこが気になって仕方がない。つーか、最初見た時は『夢か幻か??』と別の意味で困惑したりもした。というのが、
「…………なに、見てんの」
「あ……いや、ナイトーリア様、今、女の子なんすね……」
そう。目の前にいるその人は、どこからどう見ても『女の子』であったのだ。
「性別代わるとか……あり得るんっすね……」
「…………は?」
俺の呟きを耳にした『彼女』が、いかにも不審そうな視線を俺に向ける。俺は慌てて『なんでもない』と誤魔化したが、それでも縫い付けられたみたいに視線は彼女から離れない。
『な……なんか、スゲエ……な…』
俺の素直すぎる目線の先には、学校の制服に包まれたナイトーリア様の胸。しかしそれは、記憶にある彼のモノとは違い、布地を持ち上げて豊かなふくらみの存在を主張していた。
『デッケえ………』
ロリ巨乳ってこんな感じのことを言うのだろうか??小さくて華奢な体躯に見合わず、大きくかつ美しい、釣鐘型をしたナイトーリア様の隆起した胸。男らの視線を釘付けにし、惹きつけるには十分すぎるそれは、前世の彼には決して存在しえ無かったものだ。
「男が男に生まれ変わるとは限らないんだな…」
「みたいだね。それが?」
「あ……いえ。別に」
俺の独り言にナイトーリア様は事も無げにそう答え、すぐに視線をスマホの画面に落として再びなにごとか操作し始める。それからふと、思い出したように、
「ふーん?ああ…あとさ、前世名で呼ぶのやめて?」
「あ…す、すみません莉愛様」
「様も要らない」
「あ、は、はい」
と、至極当然なことを注意された。ま、そりゃそうだよなと反省し、俺はさっき聞いたばかりの彼女の名前を口にする。
現世の彼女の名は志鷹莉愛というらしい。さすが女の子らしい可愛い名前だし、ちょっぴり前世の名残もあるから馴染み易い。身長は目で測った感じ150センチくらい。3サイズはどれくらいか俺には解らねえが、制服越しでも凄いスタイル良いってことだけは解った。
「…………??」
ところで、さっきから何してんだろ。気になって上からそっと覗き込むと、莉愛さんはSNSで誰かと会話している様子だった。相手誰なんだろ。ちょっと気になる。
「………師団長っすか?ひょっとして」
「うん。そう」
あ、やっぱり。なんとなくそれ以外ない気はしたが、素っ気なく肯定されると少しだけガッカリした。この世界でもやはり、莉愛さんの近い場所に『あの人』はいるんだ。そう思うと何故だか俺は、自分で思うよりもずっと深く気が沈み込んでしまう。
「……………ッ」
きっと今は恋人同士なんだろうな。
なにしろ前の世界での莉愛さんと師団長の間には、他人が入り込めない深く強い絆があった。男同士でもそうであったのだから、男女に生まれ変わった今世なら、誰憚ることなく愛し合う関係になっていてもおかしくない。
ここでも入り込む隙がないのか。
尊敬する莉愛さんへの憧れが、いつしかほのかな恋心に変わっていた俺としては、突きつけられた事実は正直かなりショックだった。もちろん、そんなこと莉愛さん本人には言えないし、言う気もないけれど──でも、やっぱりちょっと…いや、すげえ残念だ。
「な、何話してたんっすか?」
「ん?…ティドと……貴由と会ったよって。それだけ」
貴由というのは現世の俺の名前。
フルネームは小旗貴由。今年16歳。この春から高校1年生だ。
身長だけは180センチと高い方だけど、顔も頭もスタイルもごくごく普通。親も普通のサラリーマンだし、俺自身の取り柄と言ったら運動がちょっと得意なことだけ。泣きたくなるほどスタンダードだ。でも、前世もそうだったから、そんなの今更だった。
「よし……と」
会話を終えたらしい莉愛さんがスマホを鞄に仕舞い、軽く腰掛けていた柵から立ち上がった。すると、改めて今の莉愛さんの全身が、俺の視界の中に飛び込んでくる。
『……腰も足も、細ぇ…』
短めのスカートから零れる素足は、人目に晒すのが勿体ねえくらい細くて綺麗だった。そのくせ、キュッとくびれた細い腰と、そこから丸く曲線を描くお尻はそのギャップが激しい。それらに加えて豊かに隆起した胸だ。
女の子としてこの世に生を受けた莉愛さんは、本当に女の子らしい凹凸を持つ身体となっていた。これは、整った可愛らしい顔と相まって、贔屓目無しに魅惑的な少女なんではなかろうか。や、前世の頃から女顔で可愛かったけども。より色っぽいというか愛らしいというか。
「……さっきから、なに」
「え…や、莉愛さん、女の子になっても可愛いなぁ…って……アババ!?」
ぽうっと見惚れているところで急に話し掛けられ、俺は、ついうっかり本音を口から零してしまっていた。ハッと気付いて大慌てで口を塞いだけれど、まあほとんど手遅れで。
「ななっ、そのっ、な、なんでも、ねえっす!!??」
「……………」
無言でじろりと見上げてくる黒い目が怖え。ホント、こういうとこ全然変わってねえんだな!?
正真正銘女の子として生まれて来てんのに、性格が男だった頃と同じだなんて、中身と外見のギャップに苦しんだりしないんだろうか??…って、しないんだろうな。たぶん。なにしろ莉愛さんだし。
「可愛い……?」
ナイトーリア様だった頃から、この人は細かいことは気にしなかった。それが莉愛さんに引き継がれているなら、性転換も『繊細なこと』として気にしなさそうだ。つか、実際、気にしてねえみたいだけど。メンタル鬼強なのか、単に無頓着なだけなのか。たぶん、両方だな。きっと。
「ふうん。そっか、貴由は私みたいなのが好みな訳だ?」
そう言っていかにも不思議そうに自分の姿を見下ろす莉愛さんは、案の定、自身の魅力がまったく理解できていない様子だった。やっぱりね。
にしても、あーあ、勿体ねえ。こんな素材がイイのに。つか、今の莉愛さんなら、ちょっとオシャレするだけで、『振り返らない男はいないだろう』くらいには魅惑的だ。何度も言うけど、マジ贔屓目無しで。でも、俺としては──
「そういうとこも莉愛さんらしくて好きなんだよなぁ…」
「…………は?」
「ふわっ!?あばばばば!!」
って、また口滑らせた!!なにやってんだ、俺!!
真っ直ぐな視線に射られて動揺し、自らの犯した失態で無様に慌てるが、しかし、ここまで来ると俺の心は逆に図太く開き直ってきてしまった。
莉愛さんに何と思われようと、彼女の魅力は本物だし、女として魅惑的なことには違いない。もし、彼女がそんな自分の魅力に気付いてないなら、気付かせてやらなければ絶対損だし、変な男にだって目を付けられかねないと、そう危惧したのだ。
「えと、あの、俺なんかが言うのもなんですけど……」
ばくばく言う心臓の音を無視して、俺は素直な感嘆の言葉を口にする。
黒髪の艶やかさ、肌の白さときめ細かさ。可愛らしく整った顔の魅力と、女子らしい身体の均整のとれた美しさ。それらがどれだけ世の男にとって魅惑的で、誘惑的かと、俺は思いつく限りの言葉で語り尽くしたのだ。しかし、
「莉愛さんは女の子なんすから、そーゆーのきちんと解ってないと…!!」
「……女の子だから、ねえ…?」
男の魔の手の危険さをアピールしたつもりが、何故か俺自身がヤバい奴と判断されて身を引かれてしまっていた。ちょっ、ええと、なんでこうなる??
「あ、やっ、俺は別に変なことしねえっすよ!?」
「……へーえ」
「ほ、ホントっす!!信じてください、莉愛さん!!」
「ハイハイ。解ったから、それ以上、近付かないで」
さっきまで手が届く範囲に居ることを赦されてたのに、気が付くと莉愛さんは2メートルくらい俺から離れてしまっていた。しかも、近付こうとすると同じ距離だけ遠ざかる。ううう…これ絶対、信じてくれてねえ。
「莉愛さぁん……ッ」
「なにその情けない声……まあ、いいか」
「……莉愛さん?」
「なんの偶然か、今日からクラスメイトな訳だし…また、よろしく」
我ながら情けない半泣き声で取りすがったお陰か、莉愛さんは仕方なさそうに俺を許してくれた。つっても、やっぱ微妙に距離を置かれたまんまなんだけども。
でも、まあ、イイか。
「………はい!莉愛さん!!」
もう会えないと思っていた莉愛さんと、こうしてもう1度会えたんだから。
生きて、動いてる莉愛さんを、その姿を見ていられるのだから。
それに明日から俺と莉愛さんは、この平和な世界で、同じ学校に通学して、同じクラスで一緒の時間を過ごせるのだ。そう考えただけで、なんだか人生が薔薇色に染まる気さえした。




