7・独り
このまま行くとどうやら私は殺されてしまうらしい。
「ってどういうこと!?」
翔の身体を揺さぶって、情報を聞き出す。翔は頭をグラングラン揺らしながらも答えてくれた。
「えーっと。ここで俺と仲間になって世界を旅すると殺されることはない。でもそうしないと、物語の中盤で暗殺される」
「なんで」
「たしか、この世界で真っ黒な黒髪黒目は、こっちの王家の先祖返りの証なんだ。このことを知っているのはこっちの王家だけなんだけどね、それでも隣国の公爵令嬢にもその血が流れていることが分かったら大問題なわけ」
「それはつまり、髪を染めろってか?」
「いや、もうこっちの一部にはばれているみたいだから、染めても意味ないだろうし、というよりそもそもこの世界に髪染めなんてないだろ」
「確かに」
えーっとつまり、私は翔についていくしかないってこと? 自国の王子様に優しく甘いキスをしたかったという淡い欲望があるんだけど……。
まあ、でも? 翔がどうしても私についてきてほしいというのなら、ついていってあげあなくもないんだけど。
「でも、俺は俺で調べたいことがあるんだ」
「うん」
「それに、どっちのゲームの展開に元の世界に戻る鍵があるか分からない以上、まずはお互いにゲームの展開に乗っ取った動きをした方がいいんと思う」
「う、お、おう?」
「待てまて、このままじゃ私は殺されちゃうんじゃないの?」
「こっちのゲームの展開だとそうだけど、それは俺が防ぐから安心して。そっちの展開では死なないんでしょ? そしたら無理に俺と一緒にいるよりそっちの方が安全かもしれないし。こっちのゲームは戦闘も多いしね」
うーん? いや、多分翔は嘘はついていないと思うのだけど、おかしくない? 普通異世界とかで幼馴染と再開したら一緒に行動するでしょ。何で離れて行動するっていう発想になるわけ?
「……何か隠してない? 翔がたくさんのことを一気に話す時っていつも何かやましいことがある時だよ」
ジト目で翔を見つめると、その視線から逃れるようにそっぽを向いた。
「ナニモカクシテナイヨ」
「何言っても怒らないからいってみなさい?」
「怒らない約束だけじゃなくてドン引きしない約束もほしい」
「分かった」
「それじゃあ。えーっと話は長くなるんだけど」
「手短にお願い」
「えっと、ゲームには出てこなかったキャラがなんか居て、それがもとの世界に戻る鍵かなって」
「そのキャラって?」
「俺の妹。ゲームでは登場しなかったけど、この世界にはいるんだよね。しかも結構話すこと多い。」
「なるほどね。妹とイチャイチャか」
現実に妹がいる身としては鳥肌ものだけど、翔には妹がいないからなぁ。妹がいない人にとってはそんなに抵抗なんて無くて、あわよくばイチャイチャとか考えているのだろうか。
「うわぁ」
「おい、ドン引きしない約束はどうした」
「いやだって」
「ほ、本当の妹ってわけじゃないからな? あくまでゲーム内での設定としての妹だ。そもそもイチャイチャなんてしない」
確かに、と思った。傍から見れば妹でも、翔にとっては学校の後輩ぐらいの感覚なのかもしれない。
「……分かった。それで、私はどうすればいいの?」
「香織はご自由に? 別行動で情報を集めてほしいかな」
俺についてくんなってか?
「集めた情報はどうやって交換するのさ」
「それはほら、アイラティス王国の銀行とも言われるリディス公爵家の令嬢さんなんだからどうとでも」
「うんまあ、家は国内の郵便業務を殆ど独占しているから、それを使えばできなくは無いけど」
うーん、なんか引っかかる。どうして翔はそんなに私と別行動したいのよ。良いじゃん別に一緒でも。
「それじゃあ、お互いに手紙でやり取りをするってことで決まりかな」
むう。いいよ? 翔がそうしたくて、それが現実に戻る為にどうしても必要ってなら良いけど。
私は翔と一緒にいたいの! これを行ってしまったら負けな気がするから口には出せないけど、何で察してくれないのよ!
渋々といった雰囲気を醸し出しながら頷いた。
それから、ふたりで日が出るまでたくさんお話をした。と言っても、お互いのゲームについての情報交換みたいな感じでムードもなにも無い会話だ。
いくら元の世界に戻るのが最優先だとしても、もっとこう、なんていうか情熱的なのはないの?
翔はさっきから、ずっと空を見上げていて、こっちを見てくれないし。
「元の世界に戻らないとな」
翔が心の底からこぼれおちたように呟いた。
「そんなに? 私は別に急ぎ過ぎる必要も無いと思うけど」
この世界には翔がいるから。
このセリフは心の奥底にしまった。
「俺は好きな人がいるからなぁ」
正直ハッとした。そうだ、翔は彼女を元の世界においてきているんだ。すっかり忘れていた。そして、翔の心の内を想像してしまう。翔はどうしても戻らないといけない理由があって、こんな世界には一秒たりとも長いしたくないんだ。
私は翔さえいればどこでもいいとさえ思っているけど、翔は違う。
「絶対に戻ろうね」
このセリフを言うのは少しつらかった。本心ではないからだ。いや、戻りたいというのは本心だけど、それよりも翔と一緒にいたいという方が強い。
ここなら、翔を独り占めできるのになあ。
「ああ、絶対だ。なにが何でも戻ろう」
翔の言葉には私のとは違う、心の底から出てきたような強さがあった。
気が付けば朝日が翔だけを照らしていた。
読んでいただきありがとうございます。水雪です。
ちょっとシリアスになりました。次はもっとシリアスです。でもそのあとは楽しい楽しい学園編です。
できればこの先も読んでいただけると幸いです。