2・領都から街へ。街から町へ。
護衛を一人とメイドを一人。そして荷物を載せた馬車がリディス公爵邸を発って一時間が経過した。領都も見えなくなり、辺り一面に草原が広がっている。ふと、馬車から顔を出して辺りを見渡した。
「カオリ様危ないで……おえ」
「ねえ、キャシー。双眼鏡とかはある?」
キャシーは手元にあった双眼鏡を私に投げ渡した。主人に向かって乱暴だと思うが、かなり馬車酔いがきついらしくなりふり構っていられないみたいだ。
私は飛んできた双眼鏡を使って、遠くに見える馬車を見た。領都を出てからずっと私たちの後ろをまったく同じスピードでついてきている馬車だ。私たちの馬車は比較的ゆっくりに進んでいるらしいのに、まったく距離は縮まらない。
「怪しい……」
カレンシー・ジャンヌの最初のイベントは、暗くなった森の中で山賊に襲われ、隣国に王子様に助けられるという定番もの。まあ、でもいくら夢の中と言ってもわざわざ自分から山賊に襲われる理由もない。
「護衛さん。スピードあげて!」
「いいのか? そうするとメイドさんが大変なことになるぞ」
何でわざわざ暗くなった森の中を進むのかというと、キャシーに配慮してゆっくり進みながら休憩を何回も取るためだ。つまり、普通に進めばなんの問題もない。しいて言うなら、隣国の王子ルートに進めなくなることだが、起きてからゲームで楽しめばいい。
「カオ、リお嬢じゃま……どうかご慈悲を。お嬢様の前で嘔吐なんてしてしまったらもう解雇されるに違いありません。そしたら明日からどう食べていけばいいのか……うぇ」
「だとよ。まあ、まだそんなに急ぐことはないし、ゆっくりしていけばいいさ。なによりメイドさんがかわいそうだ」
今後裏切ることが分かっているメイドと、自分の精神的安定どっちが大切かと言われたら考えるまでもない。というより、NPCの気持ちなんてしらない。
「キャシーなら平気です。公爵家のメイドがそんなに軟なわけありません」
「お、じょうさま……?」
「言うねー。ではこれまでの遅れを取り戻す為にも少し早めに行くか!」
「あの、すいません。本気できつ──」
キャシーが最後まで言い切る前に馬車が加速した。
「護衛さんって意外と鬼畜?」
「お嬢さん。あんたがやれといったんだがな……」
「うっぷっ」
飛び降りたら怪我しそうなくらいにスピードが上がったところでもう一度後ろの馬車を見る。
「あーやっぱりついてきてる」
「お嬢さんどうしたんだ?」
「いや、なんか後ろからずっとつけてきている馬車がいるんですよね。怪しい」
「ああ、あれはお嬢さんの護衛だな。いくら何でも公爵家の令嬢の護衛を一人に任せるわけにはいかないだろ。ああやって見えないところからお嬢さんを見守ってくれているんだよ」
「ばれてますけどね」
「お嬢さんは手厳しいね。仕方ない。気になるなら、あの馬車から逃げきってみるか?」
「そうですね。本当に護衛なら、行き先も同じでしょうし。振り切ってください」
馬車のスピードがさらに上がった。自動車並みのスピードで馬車が駆け抜けていく。
馬を操る護衛さんが楽しそうにしている。本当は馬車をかっ飛ばしたかっただけでは?
「護衛さん。これはどうやって? そんなにすごい馬なの?」
「まさか。馬に強化魔法と、荷車に軽量化魔法をかけたのさ。これほどの強度でこの二つの魔法を併用できる魔法使いなんて世界広しと言えど俺ぐらいだろう。実質これが世界最速の馬車っていうわけさ」
「はあ、それはすごいですね……でもうちのメイドのことも少しは考えてくれると」
キャシーはついにこらえきれなくなり、馬車の後ろに朝ごはんをまき散らしていた。
「護衛さんって本当に鬼畜ですね」
「あ、悪い。また僕なんかやっちゃいました?」
「護衛さんついたら殺す。絶対殺す……おええ」
キャシー? 素が出てるよ。王子様ルートで私を殺すときにしか見せなかった素が駄々洩れだよ。
「ちなみになんだが、空気抵抗をなくす魔法ってのがあってだな。それを使えばさらに早くなるぞ。ほれ」
「ヒェッ。こ、殺す、なにがなんでm……おぇぇ」
なんやかんやで一人の犠牲を出しながらも日が高いうちに中継の街につくことができた。
しかし入る前に門番に止められた。
「ごめんねぇ。いまこの街に大規模な傭兵が来ていてな。まあ、こういっちゃなんだがなんか柄が悪い感じでこの街の治安がよくないんだ」
言外に来るなと言っているようなもの。しかし、こちとら公爵家の令嬢だぞ。
まあ、馬車に公爵家だとわかるようなものはないから仕方ないのだけど。
「そいつらを追い出すことはできんか?」
護衛さんが何とかして説得を試みるがあんまりうまくいっていないようで、結局私たちは次の町へ移動することになった。
「さっきの街で公爵家の名前を出せば傭兵団ごとき追い出すことできたんじゃないですか?」
次の街へ移動する道中、護衛さんに聞いた。
「俺は公爵家から情ちゃんの安全を預かっている身だからな。万が一にも備えなければならない。あそこで名前を出して襲われたとして、大勢の傭兵を相手に君を守るのは難しいからな」
「でも、キャシーがまだ旅が続くと分かった瞬間の青ざめた表情を見ましたか? 一人でもこの街にいるって泣いてすがってましたよ」
「あ、ああ、それは意識の外にあった。すまん。と言っても隣の街まで一時間もかからない。それくらいは我慢してほしいものだな」
実際護衛さんの言う通りで、日が傾く前には次の町へついた。先ほどの街は領都と王都をつなぐ中継都市。この町はその両都市をつなぐ中継地点の一つだ。人口も百人といないような町だったが、護衛さん曰く、休憩場所としてかなり人気が高いらしい。実際、建物の多くは木材でできており、落ち着く雰囲気だ。
「いいですね。こっちの方が休められそうです」
「お、お嬢ちゃん分かってるね。この町は街道から少し外れてるからな、意外と穴場で治安も良いんだ」
「どうでも良いですから早く休みましょう」
キャシーに肩をかしながら馬車を降りた。馬と荷車は町の預かりどころに預けてくるらしく、その間にキャシーを介抱しながら、宿を借りた。
「長い夢だったなぁ」
部屋に入るなり爆睡したキャシーを横目に独り言を吐く。
「まあけど、流石に寝れば覚めてるか」
私は夢の内容をすぐに忘れてしまうタイプだ。ちょっと楽しい冒険だったけど、それもすぐに忘れてしまうと思うと眠ってしまうのがもったいない。しかし、旅の疲れから来る眠たさには勝てずについ瞳を閉じてしまった。
ども。閲覧ありがとうございます! 水雪です。
三回目にして書くことないです。
それではいい夢を。おやすみなさい。
まあ、ちなみに水雪はこれから仕事なんですけどね。
では次回もよろしくお願いします。