第六話 激突! 巨獣対巨人!!
我が友へ。
この手紙を君が見ている頃には、私はこの世にはいないことだろう。
自身の責任を何一つ果たさずに世を去ること、申し訳なく思う。
すまない。本当にすまない。だが、私はもう、この重苦に耐えきれぬのだ。
今、日本が、いや、世界が進めている『T・O・S計画』。その中枢である『U.P.エンジン』。私はこのエンジンの、致命的な欠陥……作為的に仕組まれた欠陥と言った方が良いかもしれない。それに、気付いてしまったのだ。
詳細は省くが、簡単に言ってしまえば、敵は遠隔によって『U.P.エンジン』を『任意に停止出来る』。対策は、不可能だ。
敵の技術など利用すべきではなかった。先代の総理達の言う通りであった。
気付くのが遅すぎた。もう計画を見直すような時間は無い。この計画は既に人類の最後の希望なのだ。これを今、止めることは出来ない。私の手で人類を絶望の淵に落とすことなど、到底出来ない。
だが、あぁ……人類は、負けの決まった戦いへと赴くのだ。
それを思うだけで、私の気は狂いそうになる。
最早、この事実を知るのは君と私だけだ。あの『ヴィクトル藤本』ですら、このことは知らぬし、これからも気づくことは無いだろう。この発見は、あまりにも偶然が重なった結果なのだから。
卑怯者と罵ってくれて構わない。ただ、誰かに知ってほしかった。すまない、本当にすまない。私はこの事実を抱えて一人死ぬことすら出来なかったのだ。『誰かに伝えた』という事実が無ければ、死を選択することすら出来なかったのだ。
すまない。すまない。
君には本当に酷いことをしたと思う。久瀬、本当にすまなかった。さらばだ。
第六話 激突! 巨獣対巨人!!
大牙は開放的な広い空間に立っていた。
まるで宙に浮いているかのように360度全ての視界がクリアで、外の様子がはっきりと分かる不思議な空間だ。
左手を見る。ほのかに赤く光る謎の紋様が腕中に刻まれている。まるで秘境の部族の戦化粧のようだ。そして、この紋様は体中に刻まれていることだろう。
上を見る。自分の真上には太陽を象った像が浮かんでおり、中心は赤く輝いていた。
右手を見る。手には刀身が赤く輝く長剣となった『トツカノツルギ』が握られていた。
大牙は落ち着いていた。
なぜなら、もう全て理解っているから。
自分の立つ場所がどこなのかも。自分の身に何が起きたかも。『これ』が一体何なのかも。久瀬の言葉の意味も。
全て理解っている。
<クカカ……小童が。制御しおったか>
ふいに、亡者のうめき声のような、恐ろしく低い声が響く。大牙の手前の空間が歪み、出来の悪い顔だけのホログラム映像が現れた。
ぼけた顔の口元がモゴモゴと蠢く。
<しみったれた面をしておる。まるで世界一不幸なのは自分だとでも言わんばかりよ>
「『ブレイン・ユニット』の統一人格か」
当然、大牙はぼけた顔の正体を理解っている。
目の前の存在は『マヤ機関』をサポートする47のデバイス、通称『ブレイン・ユニット』が生み出した統一人格。
『マヤ機関』とは生者の祈りを動力に変える『太陽』と、死者の無念を力に変える『剣』の二つから成る。自分の頭上にあるものと、トツカノツルギだ。
『太陽』と『剣』に力を伝える器が『御子』たる者、つまり自分である。この三つを取り込み顕現した『巨人』が……
統一人格の目元が歪んだ。
<まぁよい。もうお主のものだ。この『禍星断ツ修羅菩薩』は>
「ケッ、長ったらしい名前つけやがって」
<どうするどうするどうする? 『今の日本国』ならば何もかもが思いのままよ>
「決まってんだろ」
大牙は剣先を遠くに見える巨獣へと突き付ける。
「全部ぶっ潰す」
狂喜するように、大牙の周囲を赤き稲妻が明滅した。
「行くぜ。マガツシュラ」
*
日本最終基地『八咫烏』にて、久瀬総理は周囲に指示をしている。
「何をしている。すぐ『マザー・カイト』より、映像を全国に回せ!」
「はっ……ハッ!」
巨大モニターに釘付けになっていた黒服達は短く返事をすると、己の前にある機材に向かってそれぞれが慌ただしく作業を始めた。
『マザー・カイト』。それは上空10kmの高度に浮かぶ面積が990平方メートルにも及ぶ巨大な『凧』である。巨大凧は日本上空の偏西風という世界一強いと言われるジェット気流によって滞空しており、浮かぶためのエネルギーは一切使われていない。反面、凧の上面にはソーラーパネル、正面には風車が配置されており、それらが安定した電力を生み出して、凧の糸(強化繊維製)を伝って日本本土へと供給してくれるのだ。更には高高度に浮かぶ天候の影響を受けにくい巨大な電波塔としても機能する。
尚、台風などの一部特殊な天候においてのみ、ソーラー電力の一部を用いてマザー・カイト特殊な動きをするが、現状において特に重要でないので説明はしない。
マザー・カイトはクリーン・エネルギーが叫ばれた時代に作られた革新的な装置であり、このおかげで文明崩壊レベルのダメージを受けた日本においても、国内における電気や通信等のインフラが何とか死なずに機能しているのだ。
黒服の一人が声を張り上げる。
「東京マザーより、各拠点のマザーに接続確認! 号令と同時に一斉切り替えを行います!」
久瀬総理は頷くと、左腕を振り払った。
「映像、繋げ!」
*
マガツシュラは崩れては再生を繰り返す顔を僅かに上げると、足を引き摺るように動かす。緩慢で活力の無い動き。ようやく、一歩。唸るような地響き。このような調子では、先を行く巨獣にはまず追いつけない。誰が見てもそう思うだろう。
しかし、見よ。巨人の足元を。
踏み出した先にある、瓦礫や砕けたアスファルトを凄まじい勢いで吸収しているのだ。
それだけではない。吸収したものを再構成しているのか、あっという間に脚部が白と黒の装甲で覆われていく。
二歩目。腕が白黒の装甲で覆われる。
三歩目。体が白黒の装甲で覆われる。
四歩目。顔が突如巨大骸骨へと変貌し、それを面頬と歪な兜が覆う。
兜の奥。骸骨の眼窩が紫色に怪しく光る。
後頭部に赤く輝く髪のような光糸がぶわりと広がった。
その姿、現代に蘇った戦国武者の如き。
瞬間、巨武者は深い前傾姿勢で風をも追い抜かんと走り出した。
*
突如の地震に人々は驚いた。
突如の咆哮に人々は慄いた。
終末が来たのだと人々は諦めた。
人々は祈る。どうか我々をお救い下さい。
でも、何に? 一体何に祈るのだ?
人々は突如分からなくなった。一体何に、今まで、救いを求めていたのだろう。
ビルに設置されたひび割れた液晶モニターに、突如映像が映る。
それは冒涜的な巨獣に向かう、巨人武者の姿。
「救世主……」
誰かが呟いた。
「救世主」「救世主だ」「ありがたや」「あれが」「救世主様」
一人の呟きをきっかけに、さざめきが人々の間に広がっていく。
そして、みな一様に祈り始めた。
救世主よ、どうか我々をお救い下さい。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏、ナンマイダナンマイダナンマイダ……
*
ナンマイダー
ナンマイダー
ありがたや
大牙を何千万という祈りの念が突き抜ける。
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
南無妙法蓮華経
うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ。
苦しい
憎い
憎い
大牙を何千万という無念が突き抜ける。
恨めしい
恨めしい
悔しい
うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ。
常人ならば一秒とすら持たずに発狂するであろう思念の奔流を大牙は耐える。
これが超進化の精神力。地獄を生き抜くために得た力。
そんなことは、どうでもいい。
俺はただ、俺の怒りで、俺の敵をぶっ潰すだけだ。
大牙は剣を握ったまま、拳を振り上げた。
誰の代わりでもない。俺の俺の俺だけの!
*
瓦礫を砕き散らし疾駆するマガツシュラ。
終末の獣も異様に気付き、四対の目をギョロギョロさせながら振り返る。
遅い。
獣が振り向く頃には、既に武者は眼前。体を弓の如くしならせ、右腕を引いて拳を握りしめている体勢。
渾身のオーバーハンドブロー。躊躇はない。
マガツシュラの拳は攻城兵器から放たれた巨岩を彷彿とさせる円弧の軌跡を描き、終末の獣の横っ面へと吸い込まれていく。
めりこむ拳。潰れたいくつかの目玉から体液が飛び散る。拳は更にめりこむ。不揃いの牙が数本折れ飛ぶ。拳にひび割れが走る。
そして、マガツシュラの拳が粉々に砕け散った。
*
マガツシュラ内部。
<小童が! 素手喧嘩では分が悪いと言うたろう!>
統一人格が大牙の横で騒ぎ立てる。
大牙は面倒そうに息を長く吐いた。
「すぐ元通りになんだ。別にいいだろ」
<タダでは無いのだ。無駄なことは極力やめい>
「無駄? ケッ」
グジュグジュと潰れた横顔を編み物のように再生させる終末の獣を見て、大牙は毒づく。
「こいつを一発殴らなきゃ、俺の気が済まねぇ。そういうことだよ」
<子供のようなこと言いよってからに>
「ガキで結構」
大牙は自分の足元に、トツカノツルギを乱暴に突き立てた。
「俺は俺のやりたいようにやる。文句があるなら、引っ込んでろ!」
【激突! 巨獣対巨人!! 終わり】




