第五話 合顕! マガツシュラ!!
なぜだ、起動はしているはずだ!
なぜ、私を拒む!?
一体何が足りないというのだ!?
『お前』のために私は何もかもを捧げたというのに!!
無理だというのか? やはり、まがい物では、駄目なのか?
ふ……
ふふふ……
ふふははははははは!!!!
ならば! ならば用意してやろう!!
『お前』に相応しい、『本物』の『導き手』を!!
例え……この国を地獄に落とそうと!!!
第五話 合顕! マガツシュラ!!
規格外の巨獣エイリアンが地表へと現れてから、どれだけ経っただろうか。
数分? 数秒かもしれない。
突き出た角と強靭な尾であらゆる建造物は破壊され、巨大な足で大地は踏み均される。
最早港区はほぼ壊滅。日本の象徴の一つである東京タワーも無残にへし折られていた。
あぁ、世界が終わっていく……
大牙は無力感で立つことすら出来ない。
「はは……あんなん、どうしろってんだよ……」
口から出るのは乾いた笑いだけ。
もうどれだけ死んだ? 終末の獣? 俺が倒す? 久瀬は本気で言っているのか?
「無理だ……ふざけるな……ふざけるなぁぁぁ!!!!」
握りしめた両手を地面へと打ち付ける。舗装のコンクリートが砕け、大きな亀裂が周囲に走った。
大牙は睨みつける。自分から何もかもを奪った男を。
この男が語った全ては無駄骨だ。死ぬ。今日ここで誰も彼も死ぬ。
ならば。
なぜ、『終末の日』までを人間らしく生かしてくれなかった。
どうして、唯は、あの子は、あそこで死ぬ必要があったのだ。
「テメェの妄想に付き合わされて、みんな死んだ!! テメェだけは殺す! 俺の手で、惨たらしく殺してやる!!」
「……そろそろか」
しかし、久瀬は剥き出しの殺意には見向きもせず、空を見上げた。
*
激昂の大牙が久瀬へと飛び掛かり、地面へと組み伏せた。
久瀬総理は特に抵抗はしない。
抵抗の必要が無いのだ。なぜなら、計画では自分は『既に死んでいる』。それがただの右腕一本で現状は済んでいる。僥倖という他無く、何をされようが文句は無いし、大牙を導く以外に余計な力を使うつもりも無かった。
大牙が握りしめた拳を振り上げた時、何かに気付き、手を止めて空を見上げた。
「今度は何だよ!?」
甲高い音を立てて飛来してきた『それ』は、大牙の背後へと墜落した。
地面に突き刺さった黒い直方体の物体……大きさも相まって、一見すると黒塗りの棺桶にしか見えない。しかし、『それ』こそ久瀬総理が待っていたもの。自分の上に馬乗りになって『それ』を怪訝に見る大牙へと声をかける。
「あれは私が呼んだものだ」
「黙れ! テメェはもう喋るんじゃ」
「確かに、君だけの力では『終末の獣』には勝てないだろう」
怒鳴り散らす大牙を久瀬総理は無視した。彼の言葉に今従うことには何の価値も無いからだ。
無視された側の大牙は額に血管を浮かべ、総理の首筋へと前腕を押し付ける。
「あぁ!?」
「だが、あの中にあるものを手にすれば、君は勝てる」
「……ッ!?」
息を飲む大牙の背後で、圧縮空気を排泄しながら黒き棺が開いた。
*
大牙は振り返る。
地面に突き刺さっていた棺桶が、スライド式観音扉の要領で開いていた。
更に機械音を響かせながら、『中身』がせり出てくる。
剣だ。淡く赤に発光している、石の剣。
昔に教科書で見たことのある、縄文時代の石器に酷似している。
大牙は不可思議な赤の光から何故か目が離せなかった。
「それは『鍵』だ。『トツカノツルギ』。手にすれば、全て分かる」
久瀬の言葉。
震えが止まらない。
全細胞が警告している。あれは危険だ、と。
でも、目が離せない。
恐怖しながらも、吸い寄せられるようにフラフラと足が勝手に動く。いつの間にか、『石剣』はすぐ目の前にあった。
「繋がる」「常人では」「全ては」「祈り」「耐えられず」「人類を」「強き意志」「発狂」「器」「生き残らせる」「進化した者ならば」
「今までの犠牲に意味を持たせられるとすれば、君が『それ』を手にすることだけだ」
朦朧とする頭に響く久瀬の声。酷く断続的で曖昧であったが、最後の言葉だけははっきりと聞き取れた。
手を伸ばす。
これを掴めば、お前達の死が報われるのか? 唯……
大牙は石剣の柄を握りしめた。
瞬間、巨大な手が地面より突如現れ、大牙を握りつぶした。
*
久瀬総理は突如現れた目の前の物体を感慨深く見る。
巨大な手は地面から現れて大牙を握りつぶした後は全く動きがない。表面のザラザラした石のような質感も相まって、まるで元からあった大きな握り拳のオブジェのようにすら思える。
港区の方へと目を向ける。最早あの一帯は壊滅してしまったのか、巨大四足エイリアンは地響きを轟かせながら移動し始めていた。
犠牲者を悼む気持ちは湧かない。そんな資格は自分には無いのだから。
だが、その死は決して無駄ではない。
久瀬総理は握り拳のオブジェにそっと手を当てた。そうしていると瓦礫を踏みこえながら装甲車が走ってきて、久瀬総理の前へとドリフトしながら横付けされて止まる。
車両のドアが勢いよく開いた。運転席にいたのは迷彩服に身を包んだ巨体の坊主頭……今回の首相官邸防衛リーダーを任せていた『力道 斬鉄』だ。
「総理! その腕は!?」
狼狽した様子の力道。
ここで死ぬであろうことは伝えておいたはずだが、厳めしい顔に似合わず優しい男だ。久瀬は「大事ない」と言いながら、装甲車へと乗り込んだ。
「無事だったんだな、力道君」
「えぇ、ボコボコにはされちまいましたが、今の官邸と総理ほどではないです。他の連中も避難済みですよ」
頭に巻かれた包帯を軽く摩った後、力道は装甲車を発進させる。
「基地に向かいます。そこで治療を受けてください」
「あぁ、わかっている」
頷く久瀬総理。生き残ったからには命を無駄にはしない。出来る限り日本最後の内閣総理大臣として責務を果たさねばならぬ。
力道は運転しながら、横目で外に視線を向ける。その先には街を破壊しながら進む巨大四足エイリアンの姿。
「しかしまぁ、聞いちゃいましたが……実際目にすると、とんでもないですなぁ。あの男、大丈夫ですかね」
「……人類の命運は彼に託された。滅ぶにしろ、生き残るにしろ、それは確かッ」
言葉の途中で車体が大きく揺れて止まる。突然の急ブレーキ。久瀬総理は力道の顔を見た。
「どうした?」
「……総理。今からの運転はちと荒っぽくなりますぜ」
力道は口元には笑みを浮かべているが、眉間には深い皺が寄っている。
久瀬総理も悟った。エイリアン共に囲まれたか、と。
しかし、総理は表情一つ崩さずに答えた。
「この『久瀬 明王』。腕が一本無くなった程度で並みのエイリアンには遅れを取らん。全速力で目的地へ進め」
*
闇だ。
闇に、沈んでいた。
憎い憎い憎い。私俺僕儂を殺したあのケダモノが憎い……
恨めしい恨めしい恨めしい。今でも生きているお前彼奴アイツが恨めしい……
悔しい悔しい悔しい。彼女彼あの子あの人を守れなくて悔しい……
辛い辛い辛い。何も出来なかったのが、とても辛い……
ありとあらゆる負の念が絡みつく。
怨嗟が体を蝕み、食いつくしていく。
だが、抵抗出来ない。
ただ、ただ、沈んでいく。
ここは一体どこだろう。
どうして自分はここにいるのだろう。
自分は一体、なんだったのだろう。
自分が無くなっていく。
きっともうすぐ、ここに渦巻く負の念の一つになるのだ。
負の。
自分は何を憎悪していたのか。
自分は何を後悔していたのか。
自分は……
……
……光が……。
大切な……、……をかき集……手を伸……
手を。
「大牙くん」
灼熱。
灼熱が全身を駆け巡った。
ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな!!
死んだ後にメソメソ泣きわめくだけのテメェらに、俺を、この俺を、誰がやるものか!
俺は俺の怒りで、大切な人達を壊したクソ共を、全部ぶっ潰す!
テメェらは何がしたい?
俺と同じことが、してぇんじゃねぇのか!?
だったらよぉ!
「黙って全部を、俺に寄越せぇぇぇぇぇ!!!!」
*
闇の中、大牙が手にしたものは、赤く光り輝く長剣であった。
*
首相官邸跡地。
大牙を握りつぶした拳の周囲に幾筋もの大きな亀裂が走る。突風が渦を巻くように吹き荒れ、拳を土煙に隠す。
激しい土煙の中、ゆっくりと拳のシルエットが上がっていく。
大地を揺らし周囲の全てを破壊しながら、何かが地より這い出てくる。
腕……頭……体……足……その影はまるで……
唐突に風が止み、土煙が晴れた。
立ち尽くす『それ』の姿が露わとなる。
異様に細長い手足、崩れ再生を繰り返す顔、やせ細った体の胸がぼんやり赤く光っている……
『それ』はまるで人だった。
土くれと泥と石と瓦礫とで出来た、人だった。
異様に巨大な、気味の悪い、巨人だった。
*
日本最終基地『八咫烏』。
壁一面に大小様々なモニターが並んでいる。中でも中央に鎮座する一際大きい400インチはありそうな巨大モニター、その前に久瀬総理はいた。失った右腕には太さだけ合わせた雑な義手が雑に取り付けられている。
久瀬総理は目前のモニターに釘付けになっていた。
総理だけではない。隣に立つ力道も。他のモニターの前で作業をしていた黒服の坊主達も。皆、言葉を失って、注視している。
巨大モニターには、不気味な巨人が大きく映し出されていた。
たっぷりの沈黙の後、ようやく久瀬総理が口を開く。
「人と神秘が合わさり顕現した、戦いによって人類を救世する偶像……」
大きく息を吸った。
あれこそ、日本の全てを賭けてでも求めたもの。まさか自分の目で見ることが叶うとは。
「あれこそ、『禍星断ツ修羅菩薩』」
*
ケッ、長ったらしい名前つけやがって。
行くぜ、『マガツシュラ』。
【合顕! マガツシュラ!! 終わり】




