第二話 地獄! その名は日本!!
「地球外生命体の本格侵攻が始まる」
「誠に遺憾ながら、今世界は未曽有の危機に瀕しているという他ない」
「侵攻開始は今より162時間後」
「残念ながら為す術は無い。162時間後、この国は『終末』を迎えるだろう」
「我々に出来ることは後にも先にも一つだけだ」
「祈りを捧げよう。救いがあると信じて」
「以上だ」
第二話 地獄! その名は日本!!
20XX年。某日。
全世界で衝撃の事実が発表された。
今から7日後に、エイリアンによる地球侵略が開始される。
人々は驚き、戸惑い、逃げ惑った。世界が混迷を極めた。
ただ、一つの国を除いて。
その国の名は日本。
自国民の避難指示を出す他の国々の中、日本だけは「祈ろう」と、それだけで発表を終えた。そして、国民はあろうことか、それを受け入れたのだ。
最期の7日を、大切な人と、あるいはたった一人で、国民全てが祈りを捧げながら日々を過ごした。
日本は狂っていた。
しかし、仕方のないことかもしれない。
地球侵略の発表がされるより先んじること6年前。
既に日本はエイリアンの侵略を受け、国家としてはほぼ『滅亡』といってよい状態になっていたからだ。
人口は7000万を切った辺りから測定不能となり、国交はおろか都市間の交通網すら断絶。人々は都市部に各々で防壁を築いたり、エイリアンが現れにくい山奥の田舎などで、ひっそりと暮らしていた。
世界からも見捨てられた今、最早侵略者の暴力への対応は限界である。その判断を下した当時の内閣は、信じられぬような政策を実行する。
『国民総坊主化計画』
仏道に帰依し、祈りを捧げることで、全ての人々が救われる。政府が全会一致の元、それを可決したのである。
教義も小難しいものは全て取っ払い、『頭を丸め』、『救いを信じて祈る』ことさえすれば良い。信じるか信じぬかは己が決めろ。政府はそれだけを国民に伝えた。
馬鹿馬鹿しい。こんなものは政策でも何でもない。
嘲笑。しかし、一部の国民には受け入れられた。『せめて心だけでも救おう』という政府の意志であると理解したからだ。
始めの賛同者は少数であった。だが、賛同した者達の安らぎに満ちた顔……例え死しても……を見た人々は次々と『坊主化』した。暴力を背景に好き勝手に暴れていた野蛮な者、全てに絶望して自棄になった者ですら。
気付けば、『坊主化』は全国民へと波及し、世間は再び安寧を手に入れたのだ。
今の日本にとっては、『滅び』もまた『救い』かもしれぬ。
*
現在。首相官邸・閣議室。
突如の闖入者に「殺す」と宣言された久瀬総理であったが、特に動揺することもなくゆっくり立ち上がり、後ろ手を組んで胸を張った。
凄まじい威圧感。久瀬総理の身長はプロフィール上180cmだが、3mを超える巨人と錯覚すら起きる。
「用件は分かった。では、名前と……理由を聞かせてもらえるかね」
総理はゆっくりと語る。ボロを纏った男は忌々しげに口端を下げた後、攻撃的に笑った。
「……偉そうな野郎め。だが、いいぜ。教えてやる。何も知らん馬鹿を殺してもスッキリしねぇからな」
男は総理へと向けていた手を折り曲げ、親指で自身を指す。
「俺の名は『伴上 大牙』。テメェを殺す理由は一つ。奪われた……『怒り』だ」
怒りだけが映る瞳に、一瞬、哀しき影が落ちた。
*
2年前。
畑仕事をしている青年に、麦わら帽子を被った白いワンピースの女性が手を振る。
「大牙く~ん!」
「唯」
大牙と呼ばれた優しげな青年は仕事の手を止めると、首にかかったタオルで顔と坊主頭の汗を一通り拭 う。唯は笑顔で彼の元へ小走りで駆け寄ってきた。
大牙21歳の夏。
彼の妻である唯はふくらみが目立ってきたお腹を抱えて息を弾ませる。
「はぁはぁ。ちょっとした運動だよぉ」
「あんまり無理するなよ」
「元気な子、産みたいもん。こもってばかりいられないよ」
唯は腕まくりをすると、へにゃへにゃの力こぶをつくって見せた。
その眩しい笑顔に、大牙は顔を少し曇らせる。
「こんな時代に、こんな場所で産まれるの。申し訳ないんだけどな」
大牙達がいるのは山間部にある完全自給自足の閉鎖的な田舎町だ。殺人エイリアンは人が集中している場所に現れやすいため、人口が少なく人の往来も無いこの田舎町は襲われる可能性は低い。ただ、低いだけで襲われない保証は無く、襲われたとすれば、まず間違いなく全滅するだろう。何も守ってくれるものが無いからだ。
唯がふくれっ面で大牙にデコピンをした。
「いてっ」
「もう、そればっかり。大牙くんとこの子に出会えた大事な時間と場所。仏様のおぼしめしなんだから。明日には無くなる平穏かもしれないけどさ、ちゃんと生きなきゃバチ当たるよ!」
「……そうだな。それに、死んでも最後まで祈ることが出来れば、きっと輪廻転生して平和な世で一緒になれるか。この子とも」
大牙は愛おしそうに唯のお腹を撫でる。唯は嬉しそうに何度も頷いた。
「そうそう。だから今は祈りましょ! 神様仏様、今日をありがとうございます。私達の明日を御救い下さい。ね」
「そうだな。祈ろう。どうか、私達に救いを」
二人は突き抜けるような青空の下、手を合わせて静かに祈りを捧げる。
大牙は、死というもの受け入れていた。大牙だけではない。唯もきっとそうだろう。
「うふふー。ねぇ、子供の名前。どうしようか?」
「そうだなぁ……そろそろ候補を考えとかないとね」
エイリアンに襲われるのは天災のようなもの。それに文句を言って、何が変わる。ならば全てを受け入れ、『その時』が来るまでを心穏やかに過ごそう。
覚悟は十分していた。特別なことじゃない。それが『この国』では普通だった。
普通だと思い込んでいたのだ。『その時』が腕の中に訪れるまでは。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
喉が裂けても叫び続ける。腕の中の唯は冷たくなっていく。
いや、これは唯じゃない。祈りながら死んだのだから、唯は『この子』と一緒にもう浄土へと向かったはずだ。
これは唯じゃない。
だから祈らなくては。祈らなくては、救われない。次の世で唯達と一緒になれない。
「あ゛あ゛っ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
みんなも祈っているではないか。
祈りながら死んでいく。安らかな顔だ。泣いていてはいけない。祈らなくては。
「あ゛あ゛あ゛」
なぜ、抵抗しない。なぜ、抵抗しなかった。どうして、俺は。
大切な者が、引き裂かれている間、俺は、お前は、てめぇら、何してやがった。
唯? 天災? 目の前のこいつが? 祈りが?
これが、
救いだと?
ふ
ざ
け
る
な
祈るな! テメェら! 怒れ! 立て! 逃げろ! 執着しろ! 祈るな! 祈るな! 祈るな!
誰がみんなをそうさせた。
何が怒りをみんなから奪った。
目の前が赤く染まる。
「あ゛あ゛あ゛ッッ!!!!!!!」
村人の死体に醜悪な触手で覆われた口を突っ込み貪り食っていたエイリアンの一匹が大牙へと振り向いた。口からは赤い血と粘液が混ざったものがドロリと垂れる。
ゆっくりと体を起こしたその一匹は黒一色の瞳を少し歪ませた後……猫科の動物が獲物を捕らえるかのように大牙へと襲い掛かった。
漆黒の爪が迫る。
瞬間、何かが弾けた。
触んじゃねぇ。これは、唯だ。
歪な腕が歪にねじれ上がり、緑の血飛沫をまき散らす。
これは唯だ。唯なんだ。唯も、この子も、ここにしかいなかったんだ。こんな当たり前のことが、どうしてわからなかった!!!
怒り、怒り、怒り。渦巻く怒り。自分のものだけではない。
『この国』から奪われた全ての怒りが、自分へと流れてくる。
目尻は吊り上がり、眉間には消えることのない深い皺が刻まれた。
口元は金剛力士像の吽形のように歪み、柔和な笑みは永遠に失われた。
もうどこにも優しげな青年の姿は無い。
いるのは血の涙を流す修羅一人。
大牙は激情に任せ、村を襲った全てのエイリアンを肉塊へと変えた。
そして、唯の亡骸を抱え、夜の闇へと消えた。生きている者は村からいなくなった。
この日からだ。
生身の人間が、エイリアンを殺しまわっているという噂が人々の間で囁かれるようになったのは。妄想、誇張、救世主。人々は好き勝手に人物像を膨らまして語る。
ただ、その人物に実際に助けられたという者は怯えるように言った。
あれはまるで、怒りがそのまま形になったような男だった、と。
*
「何が祈り! 救われたもんなど一つも無ぇと、俺に流れ込む怒りが訴える!! 無念の怒りが!! 俺の怒りが!!! テメェの全てを許さねぇ!!!!」
久瀬に向け、大牙は吠える。もう、これ以上の問答は不要だった。
後は相手の口から出る言葉が、怯えだろうが、詫びだろうが、祈りだろうが、それを合図に襲い掛かって首を捩じ切って終わり。そのつもりでいた。
だが、久瀬の放った言葉は意外、かつ、
「素晴らしいな」
大牙を激昂させるには十分なものであった。
「久瀬ぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!」
大牙は吠えながら獣のように飛び掛かる。
助走無しで閣議室の円卓を軽々と飛び越す跳躍力。人間の域を遥かに超えている。
「この国を! 地獄に落とした野郎の台詞かぁぁぁ!!!!」
握られた拳がメキメキと音を立てる。同時に、大牙の周囲にあった机や椅子がひとりでにひしゃげ潰れた。さながら、見えない巨大鉄球が進路を阻むもの全て圧し潰しているかのごとくだ。
だが、超現象を前にして、久瀬は眉一つ動かさない。
後ろ手に組んでいた手を解き、右手をスッと顔の前に掲げる。動きはそれだけだった。
超常の力纏う大牙が、怒りのままに拳を振るう。
拳と開手が、合わさる。
*
首相官邸が、揺れた。
*
「ば……か、ぶへなぁッ!?」
驚愕の顔ど真ん中に拳が打ち込まれ、子犬でも蹴っ飛ばしたかのように人が吹っ飛ぶ。
勢いよく床に衝突した体は激しくロールしながら三度バウンド。壁に激突してようやく止まる。
殴り飛ばしたのは久瀬総理、殴り飛ばされたのは大牙であった。
そう。大牙の怒りの拳を久瀬は片手で受け止め、反撃までしてみせたのだ。
久瀬はワイシャツごとスーツの前腕部分が裂け、肌が露わになった右腕を見ながら「ふむ」と頷く。
「流石にこの場に立っただけのことはある」
床に這いつくばった大牙は口端から血を流しながら、下から久瀬を睨みつけた。しかし、顔色から戸惑いを隠すことが出来ない。
「な、ぜ……!?」
「君は君の力が君だけのものだと思っていたのかね」
久瀬は一歩踏み出す。
瞬間、凄まじい重圧が閣議室を包んだ。
「第一試験は合格だ。では、第二試験を始めよう」
久瀬はそう言いながら首元に手をやり、ネクタイを緩めた。
【地獄! その名は日本!! 終わり】




