95.修行 研修 スキル実験
教室を出てガイア師匠、ミューラと三人で講堂前まで移動する。元伝説の農民像があった場所の前で、セバスさんが立ったまま待っていてくれた。
表情はいつもと変わらないように感じるが、微動だにせず仁王立ち、あきらかに怒っておられるご様子。
「え~ミューラ、ちょっと来なさい」
「お兄ちゃんごめ~ん」
「え~すぐに連れて来ると言ったのは、どこのどのエルフですかな?」
「だからごめんってば~。ちょっと盛り上がっちゃったの~」
ミューラが甘えてすり寄るが、お兄さんは微動だにしない、さすがセバス兄貴。
「かっかっか。迎えに行って正解じゃったわい」
「え~ガイア様、お手数をかけましたな。それではスズキ君、ちょっと頼まれてもらえますかな?」
「ああ、はい。まだなに一つ聞いてませんが、セバスさんの頼みなら何でも受けますよ」
「ミューラ・・お前は何をしに行ったのですかな?」
「だからごめん~」
近くに止めてあった馬車にセバスさん、ガイア師匠、ミューラの4人・・2エルフ、1ドワーフ、漁民で乗り込む。講堂前からエルミタージュ内の白い石畳の道路を馬車が正門へ向かって進む。
「え~ではまったくもって初めから説明した方が良いのですなミューラ・・」
「兄さんごめ~ん」
「・・まったくお前は。明日の4大陸4学院合同の選抜試験の話は聞いてますねスズキ君?」
「ええ、そこはちゃんと覚えてます。まだどうするかは決めてませんが」
「スズキ君はトーナメント出ないの?」
「僕が闘技場に出たところで、1秒かからず瞬殺ですよ、瞬殺」
「やっぱそうだよね~。ジャンヌ様はライン=ハート様と一緒にすぐにエントリーされたわよ」
「それは良かった、そういう情報は早めにお願いします。絶対にトーナメントには出ませんから。他の聖女はどこへ?」
「なんで避けようとするのよ?」
「野獣に襲われるからに決まってるじゃないですか。毎日薬草の補充代金も馬鹿にならなくなってきたんですから」
「え~最近ギルド1階の自動販売機の薬草が売り切れているようですが・・」
「ああ、さすがセバスさん。ちゃんとギルド会館の情報把握されてる、頭良いな~やっぱり」
「かっかっか、そろそろ本題に入ったらどうじゃ?」
「え~ごもっとも・・。スズキ君、今日は君の『上位昇進』についてある実験に付き合ってもらいたいのです」
「え?『上位昇進』ですか?まあ、セバスさんが僕に用なんてそれくらいしか無いでしょうし」
「え~それだけでもないのですが・・2日後に迫る闇の侵攻作戦。敵はかなりの数のゴブリン魔導兵を進軍させる予定です」
「あの『マドリード』で見た機械みたいなやたら強そうなゴブリンですよね・・。あんなのたくさんいるなら、2日と待たずにさっさと攻めてきそうですけど・・」
「え~ゴブリン魔導兵の稼働にはそれなりの準備が必要ですゆえ、奇襲は逆に考えにくい。あらかじめ72時間の予告を行なったのも、先方の作戦の1つかと・・。我々の調査で、通常のゴブリンに比して、ゴブリン魔導兵の戦闘能力は3倍」
「さ、3倍!?・・って、これまでこっちの聖女が両方木っ端みじんに浄化してきたんで、特に能力差って言われてもピンときませんが・・」
「え~それは君だから言える発言なのですぞ」
「そうなのよスズキ君。ゴブリン1匹倒すのに、どれだけ大変か分かって無いでしょ?」
「知りませんよ。聖女ルナ様が1人いれば見える範囲のゴブリンなんか瞬殺ですよ瞬殺」
「かっかっか、今回の敵の戦力はざっと10万じゃわいて」
「じ、10万!?」
「え~対してこちらの兵は4大陸の冒険者を合わせても、まともに戦える戦力は4万いくかいかないか・・」
「たった4万・・でもサンダース様がいれば一騎当千ですよね?」
「スズキ君、ゴブリン魔導兵は私たちと違って疲れる事を知らないの。混戦になれば疲弊するのは目に見えてるわ」
「なるほど・・長期戦になるほど不利ってわけですね・・それでエルミタージュまで・・学徒動員ってわけですか・・」
「え~国が滅んでは勉強どころでは無くなりますゆえ」
「かっかっか、しかし若いもんが残っとれば、老兵は死して悔いなし。今回は『アリゾナ』の『ハーバード』におった全学院生300名が全員生き残っとる。同郷の戦士と共にとむらい合戦と行こうかいの」
「え~ガイア様、そう焦っては事もなせません。そのためのスズキ君なのですぞ」
「おお、そうじゃったのうセバス、かっかっか」
「ここまでの話で何も見えてきませんが、僕が最前線に行ったら真っ先に狙われるのがオチじゃないですか?この前『ベネチア』で、「数を減らす」とか奈落に言われて真っ先に狙われたの僕なんですからね」
「そうなのスズキ君。あなた、弱いでしょ?」
「ええ、弱いスズキ君ですけど、今さら何か?」
「そこで兄さんが、今回の実験を今後の作戦立案に生かそうとしているの」
「作戦?なんで僕なんかが作戦に関係あるんです?」
「え~おおありなのですぞ。君は我が4大陸側の切り札、今日の成果いかんによって、作戦の成功率はおおかた5割」
「たったの5割?すでに今回の戦争、勝てる確率五分五分って事ですか?」
「え~君がいなければ2割・・いや、それ以下には・・」
「え~それは言い過ぎですよセバスさん。サンダース様を最前線に立たせて戦いましょうよ。兵の士気も上がりますし、嫁と娘を背中に付ければ10万ゴブリンくらい、ちゃちゃっと・・」
「え~その試算では、全軍で5万8千程度沈めたところで力尽きますな・・」
「ええ~残り4割ちょっとどうするんですか・・」
「その残りをどうするか、今日の実験で兄さんが考えるの」
「また僕、最前線に放り投げられるんですか?『マドリード』の『テムジン』防衛戦の時なんか両足駄目になって、クラウドにおんぶされながら『上位昇進』ですよ。敵が僕なら、真っ先に僕から潰してますって」
「え~ですから、君には最初に死なれては困るのです。そこで今日は、君のスキルがどの範囲まで適切に発動して有効なのか、確認させてもらいたいのです」
「スキルの・・実証実験って事ですか?」
「え~そうなのですぞ」
「・・こんな1日1回3分しか使えないスキルに頼らないといけないくらいヤバいって事です?」
「え~そういう事になりますな」
「大ピンチって事ですね・・」
話を続けていると、馬車はエルミタージュから市場を経由して、大衆浴場『ウインダム』近くへ差し掛かる。ミューラが外の光景を見て絶句する。
「なんて数の近衛兵たち・・あれって、全部王宮兵士団じゃないの!?」
「かっかっか、一体なんの警護じゃろうな?通れるのかセバス?」
「え~この馬車はギルドより特別な許可が出ておりますゆえ」
「この馬車どこに向かってるんですか?」
「ねえスズキ君、最初に私たちの出会った場所、覚えてる?」
「覚えてますよミューラ、美人と先生の言う事はちゃんと覚えてますから」
「はい結構。今日はその浜辺に行って実験します」
「なんでまたそんなところへ・・」
大衆浴場『ウインダム』を過ぎ、洋服屋、宿屋前を通り過ぎる。今日宿屋の食堂では、サンダースパパと三聖女が食事会をする予定。
これでこの4人の関係も固まって、アイリスママの暴走も少しは落ち着いてくれるといいのだが・・。
馬車はさらにギルド会館を通り過ぎ、浜辺沿いにある店のあたりまで進み止まる。
「スズキ君、ここからはクリスタルの加護が無いから、歩いて進むわよ。えっと・・」
「ちゃんと自分の足で歩きますから、もう騎馬戦は勘弁して下さいよ」
「え~大丈夫なの~」
「石ころ1つ、つまづいただけで死にますから、ちゃんと石の無いところを案内して下さい、レンジャーさん」
「は~い。あっ、さっそくそこ注意ね」
「(ごつっ)危ない!?そういう情報は早くお願いしますよ!」
「はいはい、もう私から離れないでよね」
「はい・・」
「かっかっか、仲が良いのお前さんたち」
「ガイア師匠、僕は命がかかってるんですから。特にクリスタルのバリアーの外では、僕を最優先で守ってください」
「なんじゃ、そのバリアーって?」
セバスさんを先頭に、ガイア師匠が続いて歩く。ミューラのすぐそばを、体力1を削る気満々の石ころたちをミリ単位でかわしながら一緒に進んで行く。
「(ざっざっ)え~このあたりでよろしいでしょう。ではさっそく、ミューラ」
「はい兄さん、ガイア様、宜しいですか?」
「おお、こっちは準備できとるぞ。ほれ、発光弾じゃな」
「はい、たしかに」
「あ!?それ、青い花火と赤い花火ですよね?師匠~それこの前お願いしたやつですよね?」
「かっかっか、バレてしもうたか。小僧が大型モンスターに対応だの言っとったやつを参考にして作った発光弾じゃよ。見てのとおり青い発光弾と、赤い発光弾じゃな」
「え~わたくしから。スズキ君、あの地平線にわずかに見える島、何だか分かりますかな?」
「ええ、『ベネチア』ですよね?この前ミューラの授業で習いました」
「あらスズキ君、ちゃんと覚えててくれたのね?先生感激しちゃった」
「はいはい、今日も天気最高ですし・・あのちょっとエメラルドグリーンに光ってる海も特徴的ですよね?」
「ええ、『ベネチア』の話は授業でも言った通り『水のクリスタル』の加護で誰でも安全に漁ができるの。『グレートバリアリーフ』っていう『世界遺産』で、自然の漁場が、豊かな海産物をはぐくんでいるのよ」
「『グレートバリアリーフ』・・なんだか神秘的ですね。あっ、でもその『ベネチア』と今回の実験、なにか関係でも?」
「え~『トロント』の隣国『マドリード』と、このオルレアンと『ベネチア』の『グレートバリアリーフ』はほぼ同距離なのです。そして・・ガイア様」
「かっかっか、ではちと『瞬足』といこうかいの」
「私もすぐに出ます。着いたらまず青い発光弾で合図します」
「ええ!?もしかしてミューラは『ベネチア』に!?」
「さすがスズキ君、頭良い~」
「師匠は?」
「わしはここから、浜辺にある、あの赤い旗があるところが見えるか小僧?」
「ええ、見えます。ここからそう遠くはないですが、微妙に遠いですね・・」
「え~スズキ君。では君は『上位昇進』の準備を」
「はいスズキ君、私のスキルカード」
「小僧、ほれっ」
「え、ええ?もしかして・・この浜辺から見えるギリギリの遠さと、はるか先の『ベネチア』で『上位昇進』かかるかの実験するつもりですか?」
「その通り!」
「かっかっか」
「え~スズキ君。出来る事ならこの仮説、隣国『ベネチア』にいるミューラに対しても発動させてもらいたい」
「なんとなく意味は理解しましたが・・要は長距離でも『上位昇進』かかるなら、僕はこのオルレアンからベッドでごろ寝しながらでも『上位昇進』指示があった時に発動させれば良いんですよね?」
「え~そのような~少し違うような~」
「えっ、え?」
「スズキ君、全然違う!あなたを守るためなの!」
「え?ああ、なんとなく・・これまでみたいに、敵の幹部クラスみたいなやつの目の前じゃなくて、銃後の安全な場所で確実に『上位昇進』をかける実験って事ですね」
「え~その通り。君に先に死なれては困るのですぞ」
「いや~セバスさんにそう言ってもらえると照れるな~」
「はいはい、もう私行くから、ちゃんと青い発光弾見逃さないでよ!打ち上げてから10秒したら、『上位昇進』・・じゃなくって、今は『二重上位昇進』だったわね。ガイア様と一緒にお願いねスズキ君」
「どれ、今日はわしも神様になれるんかの~」
「師匠なら間違いなくエンタの神様になれますよ」
「なんじゃそのエンタってのは?」
「まもなく消えそうな芸人が最後に断末魔の叫びをあげるステージの事ですよ」
「ほらスズキ君、どうせつまんない事言ってるんでしょ?私、王宮の『転移結晶』使う許可貰ってるから、もう行くね」
「はい、『ベネチア』の方を向いておきますね」
「じゃあわしも行こうかいの」
「ガイア師匠、神様になったら僕に何か作って下さいよ」
「おお、ええぞ小僧。何が良い?」
「どこにでも移動できるドアとか、頭に付けると空を飛べるやつお願いします」
「そんなもん知らんぞ」
「ですよね」
ミューラは『瞬足』を使って一瞬でその場から消えていなくなる。ガイア師匠も海岸線の浜辺にそって、ギリギリ見える位置まで遠く移動する。
そんなに時間が経ってもいないのに、眺めていた『ベネチア』の手前に広がるエメラルドグリーンに染まる『グレートバリアリーフ』の方から音がこだまする、青い発光弾が撃ちあがっていた。セバスさんが、片手にゼンマイ時計を持ちカウントを始めていた。
「え~スズキ君」
「はい。準備します」
スキル、スタンバイ。




