91.美しい馬
突然の『ヘルヘイム』帝国からの宣戦布告、ギルドカードを持つ全冒険者へこの事実は伝わっているに違いない。ギルド会館10階のギルド長室から、エレベーターもどきに乗り下の階へ、1階へ降りると冒険者たちのあわただしい動きが目に付く。
「おい、72時間後だってよ」
「雷の国『トロント』だろ?やめとこうぜ」
「だが報酬も当然破格、ここはひと稼ぎできるチャンスだろ?」
戦争とは兵隊が動く、つまり金も動く。聞こえは悪いが、戦闘系の冒険者にとっては稼ぎ時なのかも知れない。日本でも戦国時代、普段農民は田んぼを耕し、合戦になると自前で装備を整え合戦にはせ参じていたようだ。
オルレアンが『トロント』に援軍を出す、当然『闇属性』に対抗できるのは『光属性』だけ、つまりあの三聖女・・嫌な予感しかしない。ただでさえさっきまで宿屋で昼飯なんか一緒に食べてしまった、自分は最前線に立つ彼女たちの最後方で、ふたたび農民に転職し田んぼを耕さねば・・。
「スズキ君」
「えっ?ああ、リンダさん」
「ちょっと良いかな?2番窓口に」
「ええ、ぜひお願いします」
1階フロアで冒険者を眺めていると、2番窓口のリンダさんが声をかけてくる。1番窓口のサリーさんは、別の冒険者の対応中のようだ。
「さっきはビックリしたね?」
「ええ、リンダさんがギルド長室入って来た時、何事かと思いましたよ。『トロント』の援軍要請って、そんなに珍しい事なんですか?」
「雷の国『トロント』は歴史上、独立以来、軍事国家として他国と同盟を結ぶ事は行ってこなかったの」
「リンダさんもエルフですから・・相当以前から独立国家だったんですね」
「女性の歳には触れない、エルフの耳にも触れない」
「大変失礼しました・・」
「陸続きだった土の国『アリゾナ』や、かつての3国同盟があった頃はオルレアンとも民間レベルでの交流は盛んだったわね」
「いまエルミタージュにハート兄弟って『トロント』の伯爵家が来てますけど、彼らみたいな留学生も来てたんでしょうね」
「ハート家は雷の国『トロント』においても、有数の名門の血筋。王族ともつながりが深くて、スズキ君が15年前にエルミタージュ通ってた時にライン=ハルトっていたでしょ?」
「ええ、いました・・今は、行方不明なんですよね・・」
「そう、『トロント』から国交断絶されたのも、もとはと言えば、『トロント』出身の伯爵家、ライン=ハルトが失踪した事が原因だったの」
「ええ!?ライン=ハルトって、アイリスの許嫁でしたよね・・最年少で伯爵に上り詰めたとか言ってたけど、元々オルレアンの人間じゃ無かったのか・・そういえば、雷の必殺技をエルミタージュで使ってましたし・・」
「ハート家はハルト家の分家。今回の聖女様お二人へのご婚約の話も、援軍要請なんて蜜月の関係になるようなら、この分だとすんなり通りそうね」
「えっ・・婚約?」
「えっ、知らなかったの?今日の食事会、その話してたんじゃないの?」
「全然知りませんよリンダさん、食事がおいしいって盛り上がってただけですよ」
「ふふ、随分仲がよろしい事で」
「なにが仲が良いですか、婚約するなんて話、一言も言ってませんでしたよ」
「あら、やきもち?」
「おめでたい話じゃないですか。あの雷兄弟と聖女2人が婚約すれば、僕の安全は保障されたも同然ですよ、ぜひそれでいきましょう」
「なによそれ~面白くないな~」
「勝手に泥沼の展開に持っていかないで下さいよ。「ちょっと待った」なんて絶対ありませんからね」
「そうなの?じゃあお姉さんと仲良くしちゃう?」
「借金が金貨500枚の男でよければ、いくらでも面倒見て下さいよリンダさん、嫁さん絶賛募集中ですよ」
「なんで結婚するのに借金生活から始めないといけないのよ?」
「ですよね」
リンダさんといつもの雑談を交え、2番窓口を後にする。
1階ホールの冒険者の動きはいつもより慌ただしい。今日は三聖女の接待に全エネルギーを使い切った、早くも足が宿屋に向く。ギルド会館を出るころには、もう日が地平線に沈みかかっていた。
先ほど三聖女に拷問を受けたギルド会館前宿屋に到着、ここの宿屋は素性が割れてしまった、朝起きたら聖女が目の前にいるわ、昼間っから聖女が襲撃してくるわ、とんでもない思い出しかない聖女ホットスポットと化している。
早く聖女の目の届かない、馬車ではたどり着けないような辺境の宿屋に拠点を移さねば。宿屋に到着。
「あっ、お帰りなさいませ旦那様。お1人ですか?」
「もちろんです」
「その・・あいにくなのですが、昼間兵士の方が来られて、誰も宿泊できないように全室抑えられてしまいまして・・」
「ええ!?・・そ、そういえば・・本当に鍵全部閉めちゃってます?」
「そうなんです」
「そんな・・」
聖女と宿泊できないように、そういえば鍵を全部閉められていたんだった。どうやら全室満室にされてしまっている模様。
「・・あの旦那様、いつものあそこで宜しければ・・」
「ええ、もちろんそこでお願いします。銀貨は」
「お代はすでにいただいていますので」
「ああ、そうでしたね。となりのブースは今日はどの子です?」
「はい、今日は『ベネチア』から魚を運んできたペガサスちゃんです」
「素敵な名前ですね」
「ではお食事券を・・」
宿屋の奥の食堂へ向かい、昼間三聖女との接待を思い返しながら食事を1人で済ませる、宿泊客は誰もいないが、食堂だけは外からの客でにぎわっていた。
食事を済ませ、宿屋裏手の馬小屋を目指す。草のベッドが漁民を温かく迎えてくれる。
「ひひ~ん」
「やあペガサス、お前毛並みが綺麗だな。魚運んだんだって?今日もお疲れ様」
「ひひ~ん」
同僚に挨拶、魚と馬、相性が良いらしい、お前も今日頑張ったんだな。それにしても毛並みが綺麗、月が夜空に浮かび、外からの月明かりで毛並みがキラキラと輝く、なんて美しいんだ。
「ブルルッ・・」
「美しい馬・・美しい・・馬・・みま・・はは、なつかしいなこの名前」
美馬・・かつて僕が愛した、かけがえのない女性の名前だ。




