89.接待(せったい)
聖女ルナ様とジャンヌ様、そして自分を乗せた馬車がエルミタージュを出発する。
一路、ギルド会館前の宿屋を目指すのだが・・大衆浴場『ウインダム』を過ぎた辺りから、何やら普段見ない金ぴかの鎧を装備をした兵士が、大通り一帯を通行止めにして、隊列を組んで歩いている、凄く物々しい雰囲気・・魔物の襲撃にでも備えているようだ。
「あんた・・ヘマしたら死ぬわよ」
「不吉な事言わないで下さいよ」
「そうですよジャンヌ、そうならないように、わたくしたちがちゃんとお母様をお守りするのですよ」
「は~い」
「ですから、一体誰から何を守るんですか?」
「あんたからお母様を守るに決まってるでしょ?」
「たかだか食事一回するだけで、何ですこの兵士の数・・」
「お母様、凄い人気だねお姉ちゃん」
「王宮で手が空いている近衛兵に声をかけただけで、まさかこのような数の兵士が集まるとは・・」
「お姉ちゃん、私たちの警護って、こんなに来た事あったかな?」
「そういえば・・規模が全然違うのです!」
「それって、2人がやたら強いから兵士いらないんじゃないですか?」
「まるで化け物みたいに言わないで下さい!」
「それか人気が無いからじゃ(ごふっ)ぐふっ!」
「あんたは黙ってなさい」
「ううっ・・(ふらっ)」
「ちょっとジャンヌ!ここでスズキ様に逝ってしまわれては、この後のお食事会はどうなるのですか!?」
「そうだった・・ちょっとあんた、まだ逝かないでよ(ごそごそ)ほら、これ食べて!(ぐぐっ!)」
「(うぐぐっ!)・・(むしゃむしゃ)・・・はっ!は~は~・・死ぬところだった・・」
「お母様にお会いになるまで、死ぬことは許しません!」
「この馬車に乗らなければ、こんな事態には・・」
「何よあんた!私たちのせいだって言いたいわけ?」
「ちょっとジャンヌ、お口」
「ううーー・・は~い」
「薬草の残りが・・」
「一日中それ食べてるでしょあんた?」
「なんでそれ知ってるんですか?」
「ずっと監視してるからに決まってるでしょ?」
「ちょっとジャンヌはお黙りなさい」
「なんなんですか、あなたたちは・・」
馬車が進む、聖女号はほどなく宿屋前に到着。馬車を降りると、ギルド会館の方から、兵士団に護衛された1つの輝く馬車が近づいてくる。
「あっ、お母様の馬車」
「ほらジャンヌ、隠れますよ」
「・・なんだかあきれてきますね」
「なによあんた、ちゃんとやりなさいよ!」
「分かりましたよ。こんな事毎日やってたら国が滅びますから、今日はちゃんと本人にガツンと言ってやりますから。夜中に一緒に寝てるんですか2人は?」
「土曜日は3人で一緒に寝たんだよ」
「ちょっとジャンヌ、バラさないで。そういうの恥ずかしいのですよお姉ちゃんは」
「・・今日はきつい事言いますから、お母様、ちゃんとフォローしてあげて下さい」
「本当に言うの、あんた?」
「スズキ様、お手柔らかにお願い致します」
「ほら馬車来ましたから、早く隠れて下さい2人とも」
「分かった。お姉ちゃん早く!」
「はい・・」
2人が馬車にふたたび乗り込むと、『ウインダム』の方へ消えていった。そのまま宿屋前に待っていると、アイリスが乗っているであろう聖女号が目の前に到着。昼飯1つでこの騒ぎ、一体何を考えて・・。
「えっ!?」
馬車の扉が開くと、昼間修道服姿で登校していたアイリスは、透き通るような絹の洋服を着て馬車から降りてくる・・この気合の入れ具合・・。
辺りの雰囲気は一変、緊張感に包まれ、取り巻きの兵士は無言で槍を天に向かってクロスさせ、宿屋までの入口を兵士の人の道が出迎える。
「お待たせ致しましたイチロウ様」
「・・行こうか」
「はい」
絶世の美女の人妻が登場し、もう訳が分からなくなって来た。
もうこの子は、自分の知っている人では無いと考える事にする、そう、接待だよ接待。
社長令嬢をお迎えして、粗相の無いよう食事してお返しする、ただそれだけの簡単なお仕事、もう考えるな、脳みそがパンクする。
宿屋に入る、宿屋の受付のお姉さんが、もはや硬直して微動だにせず、ひきつった顔でこちらを見ている。まず食事券が欲しいので声をかける。
「・・あの。食事だけいただけますか?」
「は、はは、はい・・な、な、なんめいさま・・」
「今日は2人で、この人と」
「せ、せ、聖女様と!?」
「銀貨で良いですか?2枚で足りますかね?」
「イチロウ様、ここはわたくしが」
「女性には払わせません、男のマナーですからお構い無く」
「・・はい」
「お、お、おだいは、け、けっこうで・・」
「タダ飯はダメですよ、はい銀貨2枚。おつりがあれば今晩宿泊しますから、差額は夜に払いますね」
「ええ!?せ、せ、聖女様と!?」
(ジャキ!ジャキ!ジャキ~ン!!)後ろからついて来ていた複数の近衛兵が一斉に剣を抜き、ミリ単位で自分の体を剣で包囲する。
「ひっ、違いますよ!ここ、僕の定宿ですから!アイリス様はいつも王宮で寝泊りでしょ?この子と泊まろうなんてくだらない勘違いしないで下さい!」
「・・わたくしはそれでも」
(ジャキ!ジャキ!ジャキ~ン!!)ふたたび複数の近衛兵が一斉に剣を抜き、ミリ単位で自分の体を剣が突き刺さる。
「ちょっと刺さってます、刺さってますって!(ばっ!)薬草を・・(むしゃむしゃ)・・・はっ!はーはー・・薬草がもたない・・アイリス、お願いだからちょっと黙ってて」
「・・はい」
「お姉さん。食事券、早く、死んじゃうから」
「は、は、はい(ぷるぷる)」
「はいもらいました。奥が食堂なんです、宿のお部屋は2階、どうせなら全部鍵でもかけておいて下さい!」
「(兵士)鍵をすべてここへ出しなさい!」
「は、は、はい・・(じゃらじゃら)」
(かんかんかん!・・・)何人もの兵士が宿屋の2階へ上り、本当にすべての部屋の鍵を閉めに行った、どんだけ信用無いんだよ。
「アイリス。奥が食堂なんだ、よくここで食事してからクエスト行ってる」
「まあ、ではイチロウ様がいつも食べられてるものをいただけるのですね」
「そうだね・・はは。王宮の食事と比べたらどうか分からないけど、僕は結構気に入ってるよ」
「もちろんいただきます、お残ししないように」
「そうだね・・それって・・」
「昨日、王宮で女王陛下にお話させていただきました。これまで王宮では、お残しする事が当たり前のようでしたので・・」
「お話って・・お残しは許しませんみたいな?」
「ふふっ、そうです」
「はは、アイリスらしいね」
「わたくしらしい?」
「頑固なとこだよ、ミューラと一緒で、昔から変わらないねアイリスは」
「・・イチロウ様は、少し変わられましたね」
「えっ、そう?」
「ふふ・・まいりましょう」
「はは、立ち話もなんだし、行こうか」
「はい」
エルミタージュで最初に話をした時、ギルド会館の治療室、『風の神殿』。この子と会う時は、いつも切迫した場所でしか無かった気がする。
15年ぶりにして、ようやく初めてゆっくり話をする機会に恵まれたのかも知れない。1つの席に、向かい合って座る。よく見ると、アイリス、髪になにか飾りを付けていた。
「綺麗な髪飾りだね」
「まあイチロウ様、口がお上手ですね」
「そんな意味で言ったんじゃあ」
「ふふ、はい、気に入っております。ルナが昨日、わたくしにプレゼントしてくれたのです」
「へえ~。さすが長女、良いセンスしてる」
「センス?・・ですか?」
「ああ、えっと、アイリスに似合うのをちゃんと選んでるって事」
「ふふ、イチロウ様はいつもいつも、よくわたくしの知らない言葉を使われるのですね」
「えっ、そうかな・・」
「あのマイナなんとかとおっしゃられたのは・・どのような意味なのですか?」
「えっ、それ、なんだっけ?」
「あ、も、もうしわけございません。今のお話はお忘れ下さい」
「えっ、そ、そう。あはは、なんだろ、はは」
「それでは・・授業でよく使われていた『熱海』というのは、あれはどういう意味なのですか?」
「ええ!?ツッコむのそこ?」
「イチロウ様は意味を知っているのに、わたくしは意味を知らないのは不公平です」
「またそればっかり、いいじゃないですか別に。たいした事じゃ無いんですから」
「わたくしに秘密は作らないで下さい」
「いいじゃないですか、1つや2つ」
「1つも許しません」
「マジで?」
「・・そのマジというのは、一体どういう意味なのですか?」
「え!?えっと、えっと・・」
「わたくしにお話できないような、やらしい事なのですか?」
「どこでそんな危険な言葉を覚えたんですか?」
「・・ジャンヌから昨日教えてもらいました」
「あまりジャンヌの言う事は真に受けない方が良いですよ」
「どうしてですか?」
「あの子、口悪いでしょ?」
「・・ぷっ、ふふふ」
「なんですか今度は?」
「ふふふ、あの子の事、わたくしより、よくご存じなのですねイチロウ様は」
「それなら長女の方は頑固ですよ、本当アイリスそっくりだよお姉ちゃんは」
「ふふふ。ああ、もう、おかしい」
「お、お、お待たせ・・いた、いたしました」
「ああどうも、はいアイリス、ランチきたよ」
「ランチとは何ですか?」
「ええ!?ア、アイリスさ・・」
「ふふ・・はい?」
「・・いや、何でも無い」
「隠し事は許しませんって、さっきから申しております」
「だから何でも無いって。ほら、温かいうちに食べよう。これこれ!この謎ソースが美味しいんですよ」
「これですか?」
「かけていいです?」
「はい、お願い致します」
「(しゅしゅ!)とりあえずサラダだけ。食べてみて」
「はい・・(もぐっ)」
「どう、アイリス?」
「(ごくっ)・・凄くおいしいです」
「だろ、これが美味しいんだって(どばっ!)ああ!!」
「ぷっふふふ」
「笑うなって」
くだらないやりとりが、よほど面白いらしい。終始笑いっぱなしの食事会が進行する。
こんな風に、マミとも・・昔・・付き合ってた頃は、2人で、よく食事に行ってたな・・。
しまった!なにやってんだよ、まだ分からないが離婚協議中の身、昨日前世が魚だのなんだのセバスさんと話をしたけど、なに、よそ様の奥さんと楽しくお食事してんだよ、さすがにまずい。
我に返り、先ほどまでルナとジャンヌに宣言していた「ガツンと言って」を、ここにきてギリギリ思い出す。
「ねえアイリス・・真剣に聞いて欲しい事があって・・いいかな・・」
「ふふ・・・は、はい・・」
「あのさ・・」
「・・はい」
「・・・」
真面目に見つめられる、見れば見るほどマミにそっくり。気持ちが落ち着いて、冷静に考えてみる。
会って実質数日の聖女様が、こんなに親しく初対面の男とやりとりできるのか?これまでのやりとりが演技で、実は私がマミなんですなんて言われても不思議では無い。
昨日のミューラとの話は一度忘れよう、前世もへったくれもない、セバスさんの言ってた『転移』ってのも気になる。
そのままこっちの世界に来る事なんてあるわけ無いと分かっていても、一番理解不能なのがまさに自分自身の存在。そして目の前のマミそっくりのこの子の存在。
とにかく賢いマミ、彼女は歩く助演女優賞。ここまでですら演技と言われ、自分は彼女の手のひらで踊っていたに過ぎないのかも知れない・・そうだった。石化が解けて・・ルナとジャンヌと会って・・ルナと一緒に『ベネチア』へ行こうとしたのは・・すべてをそれを聞くため・・・。
「2つだけ・・質問・・良いかな・・」
「2つで良いのですか?」
「・・怖いから、今日は2つにしとく」
「ふふ・・はい」
「・・あのさ」
「・・はい」
「(ごくりっ)僕らさ・・昔・・け・・」
「・・イチロウ様?」
「(どきどき)け・・結婚して夫婦だったり・・してないよね?」
「・・イチロウ様・・」
「なっ・・なに?」
「実は・・わたくしも・・」
「えっ!?」
「イチロウ様が・・『風の神殿』で・・石化されて・・ずっと・・気になっておりまして・・」
「な、なに?」
「・・言われてみれば・・その・・覚えてはいないのですが・・昔、イチロウ様と・・結婚して・・夫婦であったような気が・・ずっとしておりました・・」
「ええ!?ア、アイリスも!?」
「・・はい」
「で、でも。ルナとジャンヌは、本当の娘なんだよね?」
「はい、もちろんわたくしがお腹を痛めた双子です」
「そうか・・」
「イチロウ様・・・『転生』という概念がございます」
「て、『転生』?」
昨日セバスさんが言ってたやつ・・。
「西洋教会の教えで、生まれてから現世の夫婦は、前世でももちろん夫婦。死して天に召されれば、ふたたび未来で出会い、夫婦は繋がる運命なのです」
あれ?ちょっと違うような・・。
「はは・・このオルレアンに15年前に初めて来てさ・・アイリスに会ったのって・・たった2日後の事だったよね・・」
「・・わたくしは、このオルレアンには生まれた時からおりました・・」
「はは・・『転生』・・もしかしたら・・マミが・・アイリスに・・。やっぱり、僕、1回、あの時トラックで・・死んじゃったのかも知れない・・」
「亡くなられた?イチロウ様が?」
「うん。僕さ、まだ若いよね?」
「はい、もちろんです」
「僕の前世か分からないけど・・アイリスにそっくりな奥さんと結婚してたんだ・・最後に会ったのが40歳手前で・・年取ってたはずなのに・・そこで事故で死んじゃって・・」
「まあ・・そうなのですね・・」
「前世の記憶が残ってて、ずっとアイリスが奥さんだと、勘違いしちゃってて・・ごめん!じょ、冗談!そんな事、あるわけ・・」
「・・その奥様はわたくしで、わたくしはイチロウ様の前世の妻では無いのですか?」
「え、え?」
「きっとそうです、そうに違いございません」
「なっ、アイリス。また変な事言って。それに僕、オルレアンに来て初めて気づいた時は、ここじゃなくて、はま・・」
「わたくしは変な事は言っておりません」
「お、怒るなよ」
「怒ってなどおりません」
「ジャンヌみたいに・・分かりやすいんだよアイリスは」
「うう・・」
「その顔、怒った時のジャンヌにそっくりだよ」
「・・2つ目は何ですか?お早くお願い致します」
「こわい・・この際だからハッキリ言うけど、もっと2人の娘を大切にしてやれって」
「・・えっ?」
「もう出てきたらどうなんだ、ルナ!ジャンヌ!」
「・・ここで呼ぶわけ?」
「お母様、申し訳ございません。盗み聞きするようなマネをしてしまいまして」
「2人とも・・」
「まったく・・いつからどこにいたのか知りませんが、2人とも生まれてからずっと、お母様無しで15年も我慢して生きてきたんですよ。僕も母さん早く死んじゃったから、2人の気持ちは痛いほどよく分かるんです」
「イチロウ様・・」
「2日前は3人で一緒に寝たんでしょ?でも昨日は女王陛下と一緒で、結局2人をまたほったらかしにして・・少しも離れたくないんですよ、甘えたいんですよ2人とも」
「スズキ様、わたくしたちはそんな事一言も!」
「ちょっとあんた、何好き勝手言ってんのよ!」
「ほら見てみろよアイリス、ルナは抱え込もうとしてすぐ我慢する。ジャンヌは誤魔化そうとするとすぐ怒る。どっちもアイリスにそっくりだよ」
「あんたね、お母様に向かって何様のつもりよ?」
「同級生様だよ、僕はアイリスと同じ85期生なんだから、タメに向かってエルミタージュで意見できるのは僕だけなの」
「イチロウ様・・」
「ん?なにアイリス?」
「2人の事、わたくしよりもよくご存じなのですね」
「お母様・・」
「お母様ったら・・どうしてスズキ様とそんなにお食事されたかったのです?」
「ルナ・・お母さんはまだイチロウ様とあまりお話した事がないのです。だから・・お話がどうしてもしたくて・・2人をほおってしまって・・ごめんなさい・・」
「な、泣くなよアイリス、馬鹿だろ2人とも、なに泣かせてるんだよ」
「泣かせたのあんたでしょこの馬鹿!」
「結局こうなっちゃっただろ!だから僕じゃなくて、最初に昼飯4人でパパと食べに行けって、今日1日ずっと言っただろ!」
「もう、スズキ様もジャンヌも落ち着いて!」
「はぁはぁ・・そうですねルナ様・・ちょっといい?そこの2人・・アイリスもとりあえず泣くのは無し」
「・・は、はい」
「なによ?」
「ルナとジャンヌは、昼飯食べた?」
「・・まだ」
「・・なにも」
「・・奥にいるお姉さ~ん!」
「は、は~い!」
「ランチ2つ追加!特急でお願いします」
「は、は~い!ただいま~!」
「なによあんた、わたしたちも一緒に食べさせるつもり?」
「もうわたくしたちはおいとましますので、このままお母様とお食事を続けて下さい」
「良いから食べていって!パパはいないけど親子3人で食べれるだろ?これなら僕も満足しますから」
「あの・・イチロウ様・・」
「ん?なに、アイリス?」
「特急とは、一体どのような意味ですか?」
「・・アイリスさ」
「・・はい」
「ちょっと馬鹿でしょ」
「あんた!今日の授業、全問不正解だったあんたが、お母様を馬鹿にしてんじゃないわよ!」
「うるさいなジャンヌ、お前らが変な手紙よこさなかったら、冷静に答えられてたんだよ!」
「ぷっ・・ふふふ」
「ジャンヌはお口が悪すぎます、スズキ様もお黙りなさい!お母様は笑ってないで、2人をお止めになられて下さい!!」
「お待たせ致しました・・って、なんで聖女様3人がこんなところにいるのですか!」




