8.大衆浴場
朝 ギルド前宿屋201号室 起床
窓から差し込む朝日がまぶしい、更年期障害発生懸念のある中年男子が目を覚ます。たしか朝食も付いてると宿の受付のお姉さんが言っていた。
今が何時なのか時計が無いので分からない。もしやと思い昨日手に入れた黄色い『スキルカード』と赤い『ギルドカード』の2つを手にし机の上に置く。
中央をタッチして浮かびあがるタブレットサイズのビジョンを確認する。ビジョンの右上あたりに時計表示があるのを期待したが・・無かった。そういえばギルド会館でも思ったが、どうして時計が一つもないんだこの国?
1階に降りて食事場へ向かう。
「おはようございます」
「おはよう」
昨日ソースをおまけしてくれた食事係のお姉さんが笑顔で挨拶してくれる、営業スマイルが心地よい。
朝食はパンとスープにスクランブルエッグ。ケチャップはさすがになさそうだが、昨日出たガラス瓶に入ったソースがまた置いてある、黒っぽい色からして日本のソースを連想させるが、この国の万能ソースか何かなのかな?味しないけどね。
今日も1人で合唱、そして食事。
「いただきます」
すでに別居してるマミは分からないが、あの子は今頃どうしてるだろうか。すでに食事も別々だったし、適当に毎日コンビニでカップラーメンやら買って食べてたから食事には困らないだろう。
なにより嫌われていた父がいなくなり、逆にせいせいしているかも知れない。この前も洗濯機回そうとしたら「洗濯別にしてくれない?」と言われてピエンになったパパ・・・。
「あの~今日の食事はいかがですか?」
「えっ、あっ、最高です。すごくおいしい」
「ふふっ、ありがとうございます」
若き食事係に優しい嘘をつく、あいかわらず味は感じない、塩っけが全く無い食事。謎のソースをかけてみるもまったく味に変化を感じない。営業スマイルで去っていくお姉さん、恋の予感も感じない。
食事を終えると、起床後感じていた空腹感は満たされた。味は感じないものの、お腹だけは空くらしい、やはり更年期障害なのか・・・。
「いってらっしゃいませ~」
宿の受付のお姉さんに営業スマイルで見送られる。大衆浴場はギルド会館とは反対方向にさらに道なりに歩くとあるらしい、朝から通っている人も多いらしく、目立つから絶対分かります~との事だ。
朝早かったせいか、途中歩く通り沿いのお店はまだ開いてないようだ。服を売ってるような看板のお店が目に入る。お店のガラスに映る自分、やはりどう見ても40歳手前には見えない若さ、身長も縮んでしまった。
同時に映る自分の着ている服、上下布の農民装備、これでこん棒を装備すればすぐにでもスライムを狩りに出られる、シチュエーション的に最高に空気読めてる自分を自画自賛しつつ、大衆浴場へ到着、途中メタルスライムには出会わなかった。
「な、なんだ」
思わず声が出る、パルテノン神殿風?大理石造りでローマ風に仕立てましたと言わんばかりの建物に、人がゴミのように吸い込まれて行く。これ箱根に旅行で行った時に車から見えた謎の温泉施設にそっくり、やっちゃった感満載の大衆浴場に来てしまった。
一瞬帰ろうかと思って止まって考える、宿に帰ったところで風呂は無い。臭わないのは自分の体臭だけで、実は周りの人には凄く臭っているとテレビで見た事がある。今日間違ってミューラさんにでも会ってみろ、「スズキ君臭いわ」とか言われたら3カ月は引きずる、間違いない。
「いらっしゃいませ~」
体臭を消すべく、人間のゴミである自分もパルテノン神殿に吸い込まれる。この大衆浴場『ウインダム』とかいう風の神様といった大層な名前があるらしい・・と入口の受付に説明書きが書いてあった。
入口周辺には年配の男性・女性が多い印象。日本の温泉施設も定年退職を迎えた高齢者のサロンと化している、天国だかオルレアンだか分からないが、どこも人間行動は変わらないらしい。
「ありがとうございました~」
入浴を終えてギルド会館を目指す、期待していた混浴ハッピーワールドの期待は見事に裏切られ、高齢男性がひしめくデスバレーと化していた。てか日本と同じで、明らかに女子の方が建物の大きさに比して面積が広い、間違いない。性に無頓着な無法地帯では無く、道徳と倫理に支配された秩序ある街オルレアン。
「あっ、おはよう~スズキ君」
背徳の街オルレ・・・ん?
「あっ、おはようございますミューラさん」
「名前を呼ぶときはミューラ!」
「あっ、すいません、つい」
「もう、ボーっと歩いてて、変な事でも考えてたんでしょ~」
「えっと、大体そんな感じです」
「どんな感じ?」
「オルレアンもミューラも素敵だなって、あはは」
「ちょっと意味分からないんですけど」
昨日永遠の別れを告げたエルフとさっそく再開、オルレアンという国はよほど狭いらしい・・てか何でいる場所が分かったんだ?大衆浴場が混浴で無かった事に憤りを感じているとは言えず、適当に誤魔化す。
「ところでどうだった?」
「え?何がです?」
「ギルドカード!ちゃんと見たのって聞いてるの!」
「え?あっ」
「やっぱり見てない、自分の能力くらい把握しておいてってちゃんと教えた」
「そうでした、そうでした」
時計機能が付いて無くて使えないカードだなってくらいしか調べてなかった。そういえば昨日ミューラから「ギルドカードを見れば自分のオリジナルスキルが分かる、冒険に役立つから必ずチェック!」をチェックしていなかった。
「スズキ君、いっつも私の言う事聞き流してるでしょ~。聞いてるようで全然聞いてないし~」
「いやいや、聞いてます、聞いてますって」
美人と先生は怒らせるとかなり面倒だ。