88.緊急家族会議
エルミタージュ学院2時間目、ミューラ先生の『火属性とわたし』の講義が開始される。なにやら1列目の真ん中で、ルナとエリスがギルドカードのメモ機能を使ってやり取りをしている、どうせ良からぬ事を相談しているのだろう。
たしかアイリスと最後に食事したのって・・あのお芋トラブルの時以来かな。エルミタージュの受験の日だったし、あれが食事と言えるのか微妙なところ・・ああ、なんか分かったかも。
あの日ちゃんと食事出来なかったから、その代わりに今日お誘いされた、あの頑固者のあの子の考えそうな事だ。
「・・・はい、そこのぼーっとしているスズキ君!」
「へ?」
(あはははは)ぼーっとしていると、突然のミューラ先生からのご指名タイム、学院生から笑いが起こる。
「ぼーっとしないの!『火のクリスタル』のある国の名前は?」
「・・・『熱海』です」
(あはははは)教室大爆笑。
「も~いつもいつもそればっかり!スズキ君、困ったらとりあえずそれ言っとけば良いとか思ってるんでしょ!そこに立ってなさい!(びしっ!)」
「はい」
「・・・アイリス様、お願いします」
「ふふふ、はいミューラ先生。『マドリード』です」
「さすがアイリス様。はいみんな、ここテストに出ます!」
(ぱちぱちぱち)教室で拍手が起こり、全員がテストの答えをメモしている。そんな大した問題でも無いだろうと、2問連続で間違って立たされている自分が心の中で激しくツッコむ。
傷ついた足がさらに損傷していく、もはや考える気力が残されていない。時間だけが過ぎていく。
「・・・はい、では2時間目の授業終了です。みんな、お疲れ様」
(ぐたっ)足がもう限界・・はっ、こんな時は・・マドリード産の薬草の出番・・(むしゃむしゃ)。
「・・・最低」
「(むしゃむしゃ)ん?なんすか?」
「・・口の中の物、ちゃんと飲み込んでからしゃべってもらえる?」
「(ごくん)・・・失礼します」
「ちょっと、なに逃げようとしてんのよ?」
「ちょっとジャンヌ、お口」
「は~い」
「次の授業に行くに決まってますよ。今度はエリスまでなんです?」
「私があなたを説得しに来たの。お2人のお母様、相当今日のお食事会、楽しみにされてるみたいよイチロウ君」
「・・・エリス、もう行くしかない感じ?」
「そうね」
「どこに行けば良い?」
「ちょっとあんた、なんでエリスさんの言う事は聞くのよ!」
「聖女の話は信用できないからですよ」
「なんですって!」
「ちょっとジャンヌはお黙りなさい!スズキ様、その発言はわたくしも聞き捨てなりません」
「ルナ様も興奮しないで下さい、3時間目の授業始まっちゃいますから。ここは私に任せて下さい」
「・・エリスにお任せするのです」
「はいはい、そうして下さい。それでねイチロウ君、特に行く場所、決めてないんだって」
「えっ、なんですそれ?」
「殿方が決めて欲しいって」
「・・それって、僕が誘ってるテイなんですか?」
「聖女のお母様が、旦那がいるのにお誘いできるわけないでしょ?」
「もっともなご意見・・ますます不自然でしょエリス?」
「そう!私もそう思う、なんであんたを誘うわけよ?ルナ様といけば良いじゃない」
「やっぱりそうですよね・・。僕、ちょっと今日会って、本人に言っておきますよ」
「お母様と一緒に行っていただけるのですかスズキ様?」
「どこに行くのよあんた?」
「場所は・・ギルド会館前の宿屋の食堂で」
「ちょっとあんた!なんで宿屋で食事すんのよ!」
「誤解しないで下さいよ。僕、このオルレアンで食事できる場所、そこしか知らないんですから」
「この前あんたが馬小屋で寝てた宿屋でしょ?」
「そうそう、そこです」
「・・・最低」
「はいはい、ジャンヌ様、もうそれで良いじゃないですか。どうせギルド会館近いから、終わったらすぐクエスト行って、借金の返済したいんでしょイチロウ君?」
「さすがエリス、僕の事を一番分かってるのはやっぱりエリスだね」
「はいはい、褒めても何も出ないわよ。ルナ様、王宮の近衛兵に声をかけといて下さい、宿屋周辺を立ち入り禁止でお願いします」
「分かりましたエリス、お母様には指一本触れさせません」
「ジャンヌもお母様をお守りするよ!」
「皆さん・・一体アイリスを何から守るつもりですか?」
「あなたからに決まってるでしょ?(3人)」
3人が席から離れて教室の1列目に戻って行く。お母様の元に帰って事態を報告する姉妹、お母様は何やら喜ばれているご様子。
マドリード産の薬草で足が歩けるまでに回復。間接的に講師であるエルフ姉妹先生たちからの波状攻撃からなんとか2時間しのぎ切った。
もはや体力1が吹き飛びかねない、急ぎ3時間目恒例の師匠の元へ急いで逃げ込む事にする。教室を脱出、いつもの煙突小屋に行くと、小屋の前でちょうどガイア師匠と出くわした。
「おお、どうした小僧?」
「・・師匠。聞いて下さい・・」
「かっかっか、また何かあったかいの?」
「おお有りですよ、助けて下さいよ師匠」
「かっかっか、まあ入れ」
師匠に誘導されエルミタージュ新喜劇、煙突小屋教室へ入場。3時間目、三聖女の拷問について学院生である自分がガイア先生に講義を始める。
「かっかっか」
「笑い事じゃないですよ師匠、聖女が大暴れですよ、師匠の力で止めて下さいよ」
「わしには何もできんぞ」
「サンダース様に密告するとか、いろいろチャネルがあるじゃないですか師匠には?」
「かっかっか、まあ、サンダースに言ったところで、アイリス様は止められんじゃろうて」
「ええ!?なんで?オルレアンって、そんなに奥さんの地位って高いんですか?旦那がいるのに他の男と食事とか、週刊誌が殺到ですよ」
「かっかっか、オルレアンじゃあ、旦那を10人抱えとる貴族の婦人もざらじゃわいて」
「僕の国では、それ、大問題ですよ。PTAが黙っちゃいませんよ」
「なんじゃ?PTAって?」
「逆らったら最後、その国では生きていけなくなる怖い貴族の集まりの事ですよ」
「上下関係厳しそうじゃのう~」
「絶対君主制ですよ、前例世襲の封建国家ですよ」
「なるほどの~まるでわしの家みたいじゃわい」
「師匠の王国と一緒にしないで下さいよ」
「かっかっか、分かった分かった。まあアイリス様は国の宝じゃて、アイリス様が右と言うたら右じゃわい」
「は~・・なんでこの国の男は諦めがこうも早い事か・・僕が、がつんと言ってやりますよ。こんな事、愛が無いと駄目なんです」
「かっかっか、お前さん、若いのに言いよるの~」
「僕は愛のクリスタルの使徒ですよ師匠」
「そんなクリスタルあったかいの?」
ガイア師匠とくだらない話をしていると、あっという間に3時間目が終了する。
どの道このエルミタージュの正門は1つ、街はおろか、ギルド会館へ戻るにもあの講堂前を通過する以外に手段は無い。
「ガイア師匠、青い花火か、緊急事態を知らせる発光弾とかありませんか?できれば日本製で、大型モンスターにも対応出来て、ちゃんと頼りになる仲間が来てくれるやつお願いします」
「そんなもん無いの」
「ですよね」
ガイア師匠に最後の別れを告げ、煙突小屋を後にする。もはや万策尽きた、こうなったら作戦変更。
旦那がいるのに他の男と食事をするという不貞な聖女に、愛の戦士である自分がガツンと言ってやる。
腰の布袋に、マドリード産の薬草がたくさん入っている事を再度確認し、講堂前まで歩いて戻る。貴族のお坊ちゃま達を待つ馬車がたくさん止まっており、その中にひときわ輝く聖女号が、講堂前のど真ん中に陣取って、獲物を捕らえようと今か今かと待っている様子。
「あ、来た!」
「スズキ様、遅いのです!」
「えっ?アイリスは?」
「あんたがギルド会館前の宿屋なんて変な場所指定するから、護衛の関係で先にパパのところに行ったのよ!」
「ああ、サンダース様のいるギルド会館ですね。たしかに宿屋はすぐ目の前ですから・・そのまま4人で食事でもしてきたらどうです?」
「お母様が凄く嬉しそうにして先に行っちゃったの!」
「わたくしたちとは違う馬車で、先に行かれてしまいまして・・」
「・・まったく、娘2人をほったらかしにして、何がお母様ですか」
「スズキ様?」
「お母様と2人で食事、嬉しくないの?」
「どこがですか?2人ともおかしいって、ちゃんとお母様に言った方が良いですよ。こんなかわいい娘が2人もいるのに、15年ぶりに再会したんです、家族との食事を優先させるべきですよ。サンダース様には・・怖いので、アイリスに、僕からがつんと言っておきますから」
「スズキ様・・まるで、本当のお父様みたいです・・」
「あんたとは思えない発言ね・・」
「はいはい、僕はもうおじさんですから。じゃあ僕、歩くの遅いんで行きますね」
「ちょっとお待ちください」
「あんたも馬車に乗りなさい、今日は特別に同席許してあげるから」
「どういう風の吹き回しですか?ジャンヌ様が同じ馬車に乗れなんて、今日のオルレアンは暴風になりそうですね」
「いちいち一言多いのよあんたは!私とお姉ちゃんも遠巻きに監視するんだから、ついて行くに決まってるでしょ!」
「ちょっとジャンヌ、それは秘密にする約束でしょ」
「・・・とりあえず行きましょうか」
「は~い」
「スズキ様。ご機嫌を直して下さいまし」
「別に怒ってませんからルナ様。僕、愛のクリスタルの使徒ですから、断じて誠意ある行動を取ります、お母様には指一本触れませんので」
「スズキ様・・まるで大人の男性の発言ですね・・」
「あんたとは思えない発言ね」
「運転手の方、聖女様乗りましたんで、早く馬車を出して下さい」
勝手に運転手に指示を出し、馬車をすみやかに発進させる。




