87.食事のお誘い
月曜日、エルミタージュへ登校、今日は誰とも会いたくない。昨日ギルド会館でエルフに絡まれた後、そのまま宿屋へ直行。またしても満室のため、夕食を食堂で食べてから裏手の馬小屋で一夜を明かした。
今日は特に・・聖女と名のつく者とは絶対に顔を合わせたく無い。
馬臭激しい体を大衆浴場『ウインダム』で清め、馬小屋で同僚に挨拶をして正門を8時前にくぐる。白い石畳の道を億劫になりながら歩いて進む。
学校に行きたくないのは、きっと香水のせいに違いない。
「あっ、いたよルナお姉様!」
「スズキ様!」
さっそく悪魔の聖女2人に発見される。
ほぼすべての授業がある講堂から繋がる校舎には、どのみちこの講堂前を必ず最初に通る、登校がバレるのは必然。
近づいてくる悪魔の姉妹、顔は引きつっている、あちらも本当は会いたくないに違いないが事情は大体察しがつく。
遠巻きになにやらこちらの様子を伺うように、建物の影からちらちら覗いている修道服の女の視線は無視する。
「あのねあのね」
「スズキ様・・ちょっとお渡ししたい物があるのですが」
「失礼します」
「なんで逃げんのよ!」
「ちゃんと受け取っていただかないと、わたくしたちが困るのです!」
「僕は一切困りませんから。あなたたち2人に絡まれて、迷惑してるのはこっちの方なんです」
「なによあんた!下手に出てれば良い気になんじゃ無いわよ!」
「ちょっとジャンヌ、お口が乱暴です・・まったくあなたは、スズキ様の前だけ、どうしていつもいつもそう乱暴な物言いになるのですか?」
「そんな事ないよ!お姉ちゃんだって昨日も散々こいつの文句言ってたでしょ」
「それは言わない約束!」
「失礼します」
「ちょっと待って下さいスズキ様!」
「だから逃げるなって言ってるの!」
悪魔の聖女2人に両手を掴まれ逃げられない。
こちらはレベル1、能力差は歴然。周りにいた生徒から羨望のまなざしで見られる、見世物じゃないんだよこっちは。
段々腹が立ってきたが、一度気持ちを落ち着かせ深呼吸、中年男子たるものここは大人の対応を。
「(ふうっ)・・・分かりました。見れば良いんですね、そのなんとかを?」
「分かっていただけましたか」
「そうだよ~早く見ないと、授業始まっちゃうよ」
「・・・あっちで、さっきからこちらをチラチラ見てる方の品ですか?」
「そだよ」
「ちょっとジャンヌ、最初にそれ言わない約束だったでしょ?」
「どうせ見ればバレるってお姉ちゃん」
「・・・もう良いんで、さっさと出してもらえます?」
「はい、これ」
「・・・(ちらっ)お断りします」
「ちょっと、全然見てないでしょあんた!ちゃんと見なさいよ!」
「女性に対してそれは失礼ですスズキ様!」
「分かりました分かりました。ちゃんと見るので、1時間目の間にちゃんと見ますから」
何やら手紙をジャンヌから受け取り、サラ先生の『水属性とわたし』の1時間目の授業へ向かう。サラ先生の授業は参加するだけで単位が貰える、テストが不安な私には必須の講義。
「あら、聖女様3人もこちらに」
「3人ともさらさらした髪、綺麗なお顔がそっくり、なんて素敵なんでしょう」
サラ先生の講義はミューラ先生に引けを取らない人気の授業、当然生徒が殺到。このエルミタージュでも最も広い講義室は、ゆうに2・300人は超える大所帯。
窓際の一番上の一番端に陣取る中、一番前の席の真ん中に座る聖女3人は嫌でも目立つ、ルナお姉ちゃんの隣にはさらにエリスも座っている。
イナズマブラザーズの姿が今日は見えない、昨日のゴブリンチャンピオンの火球で弟がけがをしたとか言っていたな、キノコ王国へ帰還でもしたに違いない。
中央のお母さんアイリスが娘姉妹と同級生・・意味不明過ぎて違和感半端ない・・とにかく関わり合いにならないようにせねば。
「おい銀等級、なんだよその手紙?まさか・・聖女様からなのか?」
「殺害予告だよジョン君、デスレターと呼ばれる新手の殺人兵器だ。この手紙に名前を書かれていた者は、空から天使が舞い降りて聖なるパワーで心臓が止まり息絶える。蘇生されるか保証はどこにもない、君も一緒に見たまえ、さあ」
「やめろって銀等級。またこの前みたいに俺を巻き添えにするなって」
「薄情だなジョン君、君のそういうところ、嫌いじゃない」
「中身は教えなくて良いからな、逝く時はお前だけ行ってこい。セバス様のところには俺が担いで行ってやるからよ」
「後は頼んだ」
先に心の友に遺言を残し、とりあえず『黄泉がえり』の死亡保険をかけておく。このアイリスママからの手紙とやらを・・・勇気を出して開いてみる。
「(拝啓 早春の風の候 いかがお過ごしでしょうか?・・)」
オルレアン風のビジネス文書の出だし、なんだこれ、業務連絡?昨日は女王陛下と一緒に一夜を過ごしていたはず、一体誰がこの子に指導した?
「(学院でお顔を合わす事ができず、寂しく思っております)」
・・律儀に15年前のライン=ハルトとの決闘の約束を果たすらしい。なんならそのままずっと合わさなくても。
「(今日の授業が終わりましたら、お食事などご一緒にいかがでしょうか?良い返答をお待ちしております)」
ん?食事!?ご一緒って・・誰と?良い返答?疑問が尽きない・・。1時間目の授業がまるで頭に入ってこない。
「どうだった銀等級?」
「授業が終わったら体育館の裏に来いって、ジョン君」
「俺は一緒に行かないからな・・またこの前みたいになるんだろ?」
「さすがジョン君、分かってる。私はもう戻って来ないだろう、君と過ごせた日々を神に感謝する」
「・・・はい、そこでおしゃべりしてるスズキ君」
「へ?」
(あはははは)神に感謝していると、突然のサラ先生からのご指名タイム、学院生から笑いが起こる。
「ぼーっとしない・・『水のクリスタル』のある国の名前は?」
「・・『熱海』です」
(あはははは)教室大爆笑。
「・・そこに立ってなさい」
「はい」
「・・アイリス様、お願いします」
「ふふ、はい、『ベネチア』です」
「さすがアイリス様」
(ぱちぱちぱち)教室で拍手が起こる、そんな大した問題でも無いだろうと、間違って立たされている自分が心の中で激しくツッコむ。
1時間目の授業がまだ半分も終わっていない、さっそく体力1の大部分をそがれ、激しく重傷を負う足。
1時間目の授業が終了する、足が棒のように痛い、サラ先生は授業終了を宣言すると、さっさと教室を後にして消えていった。
このまま立てそうに無いので、同じ教室で2時間目のミューラ先生の講義『火属性とわたし』もテスト問題大解放の単位が確実に取れそうな私に必須の授業。このまま座って2時間目の授業を待つことに。
「銀等級、俺2時間目は『槍術』の授業で、3時間目はエリスと一緒に『防御陣形』の授業行くけど、お前も一緒に来ないか?」
「無理・・動けない・・」
「そうか・・まあこのまま座ってろって。どうせ3時間目はガイア先生とこ行くんだろ?」
「ああ。お昼は・・」
「お前、体育館の裏・・行くんだろ?」
「うっ・・忘れるとこだった・・」
「・・行かないともっとヤバいんじゃないのか?」
「ううっ・・沈没しそうになったら救難信号を打ち上げるから、ちゃんと拾ってくれ・・」
「分かった分かった、ガイア先生に青い花火作ってもらってちゃんと握っとけ、どこに打ちあがってもすぐに『月の雫』がかけつけてやるからよ」
「それって、ルナ様に逆らえる要素ゼロなんじゃないのか?」
「そりゃそうだろ。俺もエリスもルナ様親衛隊だぜ?」
「お前ら・・最高の仲間だな」
『水属性』のジョンが2時間目の授業へ船出する。この大海原のエルミタージュワールド、救難信号は必至アイテム。
足が回復次第、すぐにガイア師匠に作ってもらわないと・・。援軍が到着したところで、逆に敵に寝返る可能性が非常に高い。頼りになるな、『月の雫』は。
「なにやってんの?」
「2時間目はどちらに行かれますかスズキ様?」
「げっ、なんで2人が・・」
「なにが「げっ!」よ、まさか手紙もまだ読んでないんじゃないでしょうね?」
「読みました、読みましたよ。読んじゃったからこんな事になったんじゃないですか」
「スズキ様は・・どうされます?」
「僕はこのままここでミューラ先生の授業受けますよ」
「そっちもそうだけど、手紙もどうだって聞いてるの」
「どうって・・結局2人とも内容知ってるって事で良いんですか?」
「そだよ」
「こらジャンヌ!言わない約束でしょ?」
「ここに返事聞きに来てるんだから、どうせバレるでしょお姉ちゃん?」
「お口!もうっ、聖女としての品位はどこに行ったのですかジャンヌ!」
「あの・・僕、休みたいんで。今日1日聖女はお断りなんです、姉妹喧嘩はヨソでしてもらえませんか?」
「だれが姉妹喧嘩よ!」
「ちょっとジャンヌったら、もう・・それで、いかがされますかスズキ様?」
「・・ちょっと2人とも良いかな?」
「なあに?」
「どうされましたか?」
「おかしくないです?一緒に食事行きたいとか・・2人はついて来てくれるの?」
「そんなわけないでしょ」
「一緒とは・・一言も・・」
「ますますおかしいですよ、やっと親子水入らずなのに。一緒に食事行くなら、パパと4人で行ったらいいでしょ?」
「実はわたくしもそう思っておりまして・・」
「えっ、土曜日お姉ちゃん、一言もそんな事言って無かったでしょ~?」
「そうでしょルナ様?2人の母さん頑固だからさ、なんか僕が忘れちゃってる15年前の約束か何かで食事食べさせようとしてるだけだと思うんですよ」
「そんな大事な事、なんであなたはいつもいつも忘れてしまうのですか!」
「そんな風な感じでも無かったけどな~」
「ジャンヌはお黙りなさい!」
「は~い」
「行くんだったらサンダースパパと4人で行ったら?」
「あっ、私もそれが良い!そうしよそうしよ、お姉ちゃん~」
「ちょっと待ちなさいジャンヌ、スズキ様も都合の良い方に誘導しないで下さい。お母様のお気持ちもちゃんと汲んで差し上げないと」
「どうせルナ様が言いにくいだけなんでしょ?僕がガツンと言ってやりますから、ここに連れてきて下さいよ。僕、足が痛くて歩けないんで」
「・・・最低」
「それはダメなのです」
「どうして?」
「お母様が15年前の約定がなんとかとおっしゃられていて、エルミタージュ学院内では絶対にスズキ様とお顔を合わせないと言っておられたのです」
「ああ、もう2人も知ってるんだね」
「ああじゃありません!それは覚えてらしたんですねスズキ様!今までずっと黙ってて、わたくしたちに他に何か隠してるんじゃありませんか?」
「そうよそうよ、今まで秘密にしてたでしょあんた。さっさと全部白状しなさいよ!」
「知りませんよ、もう15年前ですよ?昨日の晩飯も何食べたか忘れる魚脳みその僕が、15年前の約束なんて記憶できるわけないじゃないですか?」
「・・・最低」
(き~んこ~んか~んこ~ん)
「ああ!」
「もう!早く言わないから、授業始まっちゃうでしょ!」
「さあ2人とも、聖女様が授業中立ち歩いてて良いんですか?早くお席にお戻りになられた方がいいんじゃないですか?」
「また都合の良い時だけ聖女扱いを・・このままでは、お母様にご報告できません・・」
「お姉ちゃん~お母さんもエリスさんも呼んでるよ~」
「また『筆談』で相談します。わたくしもどうして良いか、よく分からなくなってきました」
「今日のお食事は無しと言っておいて下さい」
「そんなわけにはまいりません!行きますよジャンヌ!」
「お姉ちゃん怖いよ~」
聖女ルナとジャンヌが教室の1列目に降りて戻って行く。しかしどうしたものか、家族をほったらかしにして食事とか、なに考えてるんだあの聖女様は。




