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84.今一度問う

 ベネチアの『転移結晶』の前、大勢のベネチアの兵士に囲まれる中、ゲートから現れた人影。修道服を着た若い女の子。マミにそっくりな顔立ち。聖女ルナとジャンヌの姉妹より、少し大人びた表情・・間違いない、あの子だ。


「アイリス・・」

「イチロウ様」

「・・・」


 絶句する。

 彼女の存在が信じられない。

 彼女が今自分の目の前にいる事が信じられない。


「・・すぐにこのお(かた)の首輪を外すのです」

「しかし聖女様・・この囚人は・・」

「わたくしに2度同じ事を言わせるのですか?」

「はは!ただいま!!」


 聖女アイリスに凝視(ぎょうし)されたベネチアの兵士が、自分の首に付けられていた首輪をあわてて外す。


「(がちゃ!)はぁ・・苦しかった・・」

「申し訳ございませんイチロウ様。丸2日、石化が解けたばかりとはいえ、よもや『ベネチア』におられたとは・・気づくのが遅れた事をお()び申し上げます」

「丸2日!?・・そうか、今日は日曜日・・『黄泉がえり』して、そんなに寝てたなんて・・あっ・・」

「あ?」


「ああ、えっと・・お腹・・空いた・・」

「ぷっふふふ」

「笑うなよアイリス!」


「ふふふ、そうですわね、2日何もお口にされていませんものねイチロウ様。何を召し上がりますか?お(いも)でもいかがでしょうか?」

「それが良いねアイリス。僕の事、よく・・分かってる・・」


「はい、よく存じております。ではオルレアンへお戻りを・・」

「いやアイリス・・僕は、もうそっちには・・」

「・・イチロウ様、これを・・」


 アイリスが何やら紙の巻物のようなものを両手に持ち、こちらに見せてくる。


「それは・・ボロボロ・・もしかしてこれって、15年前のサンダース様の『署名状』!?」

「・・はい」


 まだそんな物持ってたなんて、アイリスは一体何を考えているんだ?それになんでこの子、今、僕の目の前にいるんだ?


「イチロウ様の『上位昇進(レベルブースト)』で、長き眠りより目覚める事が出来ました」

「『上位昇進(レベルブースト)』って・・この前、君の石像の前で使ったあのスキルカード・・それじゃあ、あれってまさか・・・」

「はい、わたくしのカードです」


アイリスはおもむろ に傷んだ黄色いスキルカードを見せる。この前『風の神殿』で、石像の前に落ちていたカード、あれはアイリスのスキルカード・・でも、どうして・・。

 疑問が尽きない中、アイリスが話しかけてくる。


「15年前・・イチロウ様の石化を解く方法が『光のクリスタル』にあると知ったわたくしは、それを求め、この『ベネチア』の地へ向かいました」

「『光のクリスタル』って・・でも何でそのサンダース様の『署名状』なんか今頃出てくるの?もうとっくに捨てられてるとばかり・・」

「わたくしが・・・肌身離さず持ち歩いておりましたものですので・・」


「そう・・はは、なんでだろ・・それでアイリス。15年前『ベネチア』に来て、なんでオルレアンに戻らなかったの?」

「・・戻れませんでした・・黒装束の影に見つかり・・イチロウ様と同じ運命を・・」

「石にされたって事!?15年前に?」


「はい・・黒装束で顔が隠され、何者かまでは分かりませんでしたが・・隣にいた影が、確かに・・『奈落(ならく)』と・・」


奈落(ならく)だって!?」

「・・はい」

「15年前、確かに諸刃(もろは)と一緒にいた影・・」

諸刃(もろは)・・でございますか?」


「うん・・ほら、15年前『風のクリスタル』とアイリスに黒い結晶で攻撃してきたのが奈落(ならく)で、その隣にいたのが諸刃(もろは)だよ」

「そうでございましたか・・」

諸刃(もろは)の方は、『マドリード』の火力動力炉『テムジン』が襲撃された時に、ルナ様とミューラがやっつけたよ」

「イチロウ様のお力を使われたのですか?」


「えっ、そう・・『2重上位昇進(ツインブースト)』・・なんか『上位昇進(レベルブースト)』が2人までかけられるようになってさ・・はは・・なんでだろ」

「では、わたくしも、イチロウ様も・・あの奈落(ならく)に石に・・」


「そう考えて、間違いなさそうだね・・はは」

「いかがなされましたか?」

「いや、なんでアイリスそんなに若いのかなって、ずっと疑問だったから。僕も結局同じ理由なんだけどさ・・まさか、ルナ様とジャンヌ様を産んで、すぐ奈落(ならく)に石化させられてたなんて・・」


「わたくしは、イチロウ様が石化されてからの日々は・・とても耐えられない日々でした・・」

「そう・・ごめん」


「謝る事ではございません。わたくしの身代わりに、闇のクリスタルから守っていただいたのは、わたくしの方なのです」

「あれで守ったとはとても言えないよ・・」

「それにわたくしはまだ、あの時の答えを聞いてはおりません」

「えっ、答えって・・」


 アイリスが、サンダース様に書いてもらった『署名状』を手渡してくる。


「・・これ・・あの時と・・同じ・・」

「イチロウ様」

「はい・・」


「今一度、あなたへ問います」

「・・はい」


 聖女アイリスが『署名状』を、こちらに両手で握って渡してくる。


「これを出すのか、出さないのか。それはイチロウ様にゆだねます」

「アイリス・・」


「イチロウ様の・・あなたの可能性を閉ざすようなことは、絶対におやめください」

「アイリス・・・答えはもう、とっくに出てるよ・・15年前に」

「そうでございました・・その答えをお聞かせ願いませんか?」


「どうせ行かないって言ったって、アイリス、君は超が付くほど頑固(がんこ)なんだから・・この『ベネチア』はおろか、天国の果てまで追いかけてくるつもりでしょ?」

「当然です」


「はぁ~だろ~」

「ふふ、観念(かんねん)なさいましたか?」

「してる、してるって、とっくに・・15年前に」


「ふふふ・・・では参りましょう。あなた様が帰るべき場所へ」

「・・そっちは、つらい事の方が多いんだけどね」


「それでも、来ていただけるのですか?」

「・・どうせそれも嫌って言っても、僕が行くまでついてくるんでしょ?」

「当然です」


「僕が逃げてもまた探しにくるんでしょ?」

「もちろんです」


「・・本当に頑固・・変わらないね君は」

「イチロウ様は・・変わられましたね」


「どこが?ちょっといい男になった?」

「イチロウ様は元々(もともと)いい殿方(とのがた)です」


「それは言い過ぎ」

「どうしてですか?」


「僕は君の双子に、大分(だいぶん)嫌われてる」


「ぷっ、ふふふ」

「あはははは」


「お戻りでよろしいでしょうか?」

「ちゃんと弁護(べんご)してよアイリス。僕、今あっちで指名手配(しめいてはい)なんだからね」

「イチロウ様・・」

「何?」

「指名手配とは、一体どういう意味なのですか?」


 この子は知らない言葉があるとやたら質問してくるようだ。

 同級生のアイリスと並んで、談笑(だんしょう)しながら、歩いてオルレアンへの『転移結晶』前に着く。オルレアンへのゲートは、2人を迎い(むかい)入れるように青く温かな光を放っていた。

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