83.亡命(ぼうめい)
あれっ・・ここどこだ?水の中・・昔実家の親父の家の近くに流れてた川で泳いでるみたい、とても心地いい。なんだか、手足が無いような感覚・・しっぽで泳いでる?まるで・・魚みたいだな・・。
(こっちじゃないよ・・)
えっ、誰?こっちって・・この声知ってる、聞き覚えがある。
(こっちじゃないよ、あなたはまだ・・こっちに来ちゃ駄目・・)
不思議だ、頭の中では考えられるのに、まるで手足の感覚が無い。とても温かくて、やさしい声の方へ進みたい、そっちに早く行きたい。
(こっちじゃないよ・・あなたはまだ・・守るべき人がいるでしょ?・・)
水の流れに、川の流れに逆らって進もうとするのに、全然前に進めない。むしろ・・押し戻されて・・で、でも・・水の中が温かい・・まるで膝枕してもらって、頭を撫でてもらってるようなぬくもり・・優しい声がする・・母さん・・。
「・・君、・・キ君、スズキ君!」
「・・かあさ・・ん?」
段々視界が見えてくると、ぼんやりした先に・・耳の長い2人・・では無く、耳の長いエルフがいた。
「ミュ、ミューラ・・それにサラ先生も・・」
「・・死に損ねた」
「ちょっと、サラ!勝手に殺さない!」
「ミューラ・・ここは・・って、また牢屋じゃないですか!」
「そうよ、ここ、『ベネチア』の王宮の地下なの」
「『ベネチア』!?オルレアンじゃあ・・」
「あなたの命が危険だったから、サラを通じてアクア王女にお願いしてこっちに亡命して来たの・・」
「あなたは処刑寸前。姉さんがもう少し遅かったら、あなたは死んでた」
「なんですそれ!?・・はっ!それでさっき三途の川泳いでたんですね・・」
「なにスズキ君、その三途の川って?」
「あ、ええ・・えっと、僕の生まれた国で、死に際に渡る川の事です。さっき死んだ母さんに少しだけ会えた気がします・・ちょっと嬉しかったな・・」
「そのまま渡り切ってしまえば良かったわね」
「ちょっとサラ!勝手に殺さないでってば!」
「姉さんの男の死期は近いわ」
「だから違うって言ってるの!」
「あの・・聖女じゃないんですから、姉妹喧嘩はよそでお願いします」
「(2人)なにが姉妹喧嘩よ!」
落ち着いて辺りを見回すと、完全に牢屋、布の農民服、宿屋の馬小屋の干し草ベッドには劣るものの、こちらもなかなか良いあんばいの草のベッド、寝心地は良さそうだ。
「よく・・僕、死にませんでしたね」
「死んだわよ、一度」
「ちょっとサラは黙ってて!セバス兄さんがオルレアン脱出の直前まで『黄泉がえり』をかけてくれてたの。途中で兵士に見つかりそうになって、後はあなたの生命力次第の危険な状態で・・」
「ちっ・・」
「サラ!なんです今のは!?」
「ちょっと2人とも。とりあえず薬草を・・あれ・・ギルドカードとかも何も無い・・」
「全部オルレアンに置いて来たわよ、ギルドカードなんて持ってると場所がバレるでしょ?」
「・・そういう重要な情報は先に全部開示して下さいよ」
「あなたをかくまえるのも時間の問題。『3国同盟』が締結されている今の『ベネチア』に対して、犯人引き渡し要求がオルレアンから来てる。いくらアクア様でも、これ以上はかばえない」
「そうそう、そういう重要な情報を早く・・って!死ぬじゃ無いですか!?そもそもなんの罪です僕!?」
「聖女様の御前で変態行為を働いた罪よ・・」
「聖女様の前で変態行為なんか何も・・僕じゃ無くて・・石像が割れた瞬間、ちらっと見えたあれが原因ですか!?あれって、本当にあの子だったんです?」
「そうよ」
「スズキ君、聖女アイリス様が復活されたわ。オルレアンはおろか、『3国同盟』の各国がお祭り騒ぎなの」
「はは・・大体分かりました。この前、娘の聖女2人にも変態行為の前科がありますし僕・・」
「変態行為の前科あり。これで前科2犯、再犯、処刑、火あぶりまたは水責め」
「どっちも死んじゃうじゃないですか・・はぁ~」
「だからそうならないように、今アクア王女やキグナス将軍にも頑張ってもらってるの」
「そんな国を動かさないとダメな感じなんですか?」
「『光属性』を持つ聖女は、オルレアン、『ベネチア』、『マドリード』でもあの三聖女様をおいて他にいないの。あなたもそれは分かってるでしょ?」
「だからいつもいつも距離を置こうとしてるのに、勝手に近づいてくるのは向こうの方なんですから・・また裁判だの処刑だの・・もう何もかもどうでも良いですよ・・」
「いさぎ良し、姉さん、オルレアンに即刻引き渡しましょう。アクア王女の命令でここまで保護してきましたが、私はアクア王女の方が大事」
「ちょっとサラ」
「はっきり言いますねサラ先生、あなたのそういうところが好きですよ」
「あら、ありがとう」
「僕もそう思います。これ以上、僕をかくまってくれるアクア様の方が心配です、相当無理してるんでしょうし。出るとこ出て、罪でも何でも認めますよ」
「そんなに投げやりにならないで・・・スズキ君、君がどんな選択をしても、わたしたちは最後まで、あなたの味方だからね」
「姉さん、そろそろ」
「ええ、分かってる。ごめんなさいスズキ君、これ以上はここにいられないの。必ず助けにくるから、もう少し辛抱して、お願い」
「姉さんの男の死期は近いわ」
「あなたはちょっと黙っててサラ!(がらがらがら・・バターン!)」
牢屋の檻が閉ざされ、静かな静寂が訪れる。2人が来るまでに、セバスさんが『黄泉がえり』を使ってくれた頃から、一体どれくらい眠っていたんだろう。ギルドカードも何も持っていない、時間の経過がまったく分からない。
「こっちじゃないよ・・か・・」
起きる前の、三途の川のような流れの中で、確かに母さんによく似た温かい声を聞いた。母さんによく似た、温かなぬくもりも感じた。死期が近づいているから・・母さんに・・もうすぐ会えるのかな。
アクア様・・たしか前に、『水のクリスタル』には『水属性』の死んだ人が故郷として帰っていくから、死んだお父様やお母様が『水のクリスタル』にいるって言ってたな・・。
それなら、もしかして、今まで聞いてきた「そっちじゃないよ」って啓示・・さっきの「こっちじゃないよ」って・・まるで・・啓示みたいな・・。母さんが・・呼んでる・・。
(カン カン カン)牢屋の外の階段を誰かが下りてくる音がする。
「囚人1号、外に出ろ。オルレアンへの引き渡しを行う!」
「・・はい」
(ガラガラガラ・・)牢屋の檻が開かれ、首輪をつけられる。どうやら、ミューラとサラ先生は間に合わなかったようだ。
「歩け!」
「・・はい」
囚人になるのも2度目、どうやらこの訳の分からない世界では、どの道、僕は厄介者の異端者らしい。
思えばオルレアンの浜辺で打ちあがっていた時から、海から来た厄介者の『水属性』。ミューラにもギルド長の勅命で、闇の黒装束の一味と疑われて後を付け回されていた。
「ぐずぐずするな!」
「・・はい」
最初に出会った聖女も相当頑固だったが、2人の娘にも散々振り回されて、何度も消されかかって、牢屋でも何日も過ごして来たな。
「早くしろ!わがベネチアに恥をかかせるな!」
「・・はい」
雷の国『トロント』から来た雷兄弟。ゴブリンチャンピオンすら、『上位昇進』無しにあの短時間で倒してしまったらしい、1日1回3分だけの僕は・・もはや完全に用済み。
「遅かったぞ!オルレアン側が早く引き渡すよう催促している、早く連れてこんか!」
「申し訳ございません。この囚人の足がやたら遅いものでして・・」
「まったく迷惑な囚人だ!」
「・・はい」
「はい以外に言えんのか貴様は!」
「・・はい」
ベネチア側の『転移結晶』の青いゲートの前に立つ。兵士の集団が槍や剣をかまえて、早くオルレアン側へ行くようせかしている。
こちらの国にとっても、かくまってくれているアクア王女やキグナス将軍にとっても、オルレアンの囚人など邪魔な存在以外何者でも無いだろう。
「ご迷惑をおかけしました・・」
「クリスタルの加護があらん事を!あなた様は、処刑されるような方ではありませんぞ!」
「誰だ!?何を言っている!」
囲んでいた兵士の集団の中から、1人だけこちらに向かって勇気づける言葉を発してくれる兵士の叫びが聞こえる。
どうやら、ベネチアでの闇の襲撃の件、僕の事を知っている兵士がこの中に混じっているようだ・・それだけで救われた気持ちになる。
アクア王女やキグナス将軍、ミューラやサラ先生の姿は見えない。このゲートをくぐれば、どんな仕打ちが待っているのか分からない・・ただ自分には、このゲートをくぐる以外、他になすすべは無い。
「もうすぐ会えるね・・母さん」
『転移結晶』のゲートへ踏み出した瞬間・・ゲートの向こう側から・・こちらのいるベネチア側に向かって歩みを進めてくる人影が見えてくる。




