6.ギルドカード
オルレアン連合ギルド会館2階 応接室で念願の正社員の切符、ギルドカードを手に入れた。圧迫面接で何が良かったのか分からないが、素直に回答、紳士な態度が好結果につながったはずだ、きっとそうに違いない。
2階で副ギルド長のセバスさんとドリフのおっさんに別れを告げ、ミューラと2人で1階のホールに降りる。
「いきなり冒険者になるんだもん、びっくりしちゃった」
「僕も同感です。ミューラさんもその、冒険者なんですね」
「うん、一応ね」
先ほど2階でドリフのおっさんに冒険者のランクについて教えてもらってた時に、ミューラも同じ冒険者で、しかも序列と呼ばれるランクが2つも上の序列3位 銀等級冒険者と知る。
平社員の序列5位 コモンクラスからするとはるか上の課長とか部長クラス、彼女とは天と地ほどの身分差があると感じた。
「まずはギルドカードの登録から終わらせちゃいましょう。まったく、会った初日からこんな話させるなんて、なんて子なんでしょ」
「あの、ミューラさん。僕そんなに子供じゃないですよ」
40歳手前のおっさんに何を言ってるんだこのお姉さんは。
「子供でしょ?ほら、そこの鏡」
「え?」
鏡に映った自分の姿を見て絶句する。若すぎる、間違いなく40歳手前の体じゃない、中学生かよって思わせるほど童顔。ただただ、若い頃の自分としか感じないのに、自分の体を触り現実である事を実感させられる。なんの冗談だよこれ。
「あっ、えっと・・」
「そんな歳で借金とか離婚とか、言ってる事まるでデタラメだし」
「番号札1番のスズキ様~1番窓口にお越し下さい~」
「ほら、呼ばれてる」
「はい・・」
ずっと今日一日、40歳手前の鈴木一郎でいた。当たり前のはず、でも、何かが、違う・・。
「はいスズキ様、ギルドカードをお願いします」
「はい」
副ギルド長のセバスからもらった赤色のギルドカードを1番窓口のお姉さんに渡す。
「やったねスズキ君、おめでとう」
「何がです?」
「初めて登録するギルドでコモンクラスに任命されるとお金が貰えるのよ」
「本当ですか!」
「あは、何か元気になったね」
お金がもらえる、嬉しい、急に元気が湧いてくる。ミューラさんの話では、ギルドカードは預金通帳みたいなのも兼ねているらしく、今やってる手続きはその口座作成で、しかもお金も振り込まれるらしい。ギルドっていうのはハローワークと一緒に銀行もやってるんだな。
「いくら、いくら貰えます?」
「聞いて驚け、何と金貨10枚」
「へ?それって銀貨だと何枚です?」
「100枚だけど・・どした?」
期待して損した、千円が100枚で10万円、これじゃあ養育費と住宅ローンの返済と合わせて一か月分にしかならない。がっかりしているうちに、受付のお姉さんから声がかかる。
「はい、登録完了しました・・あれっ?」
「どうしたの?」
ミューラが1番窓口のお姉さんに話しかける。窓口のお姉さんは、カードから発せられた光がタブレットサイズに広がる画面をスマホのようになぞっては何度も確かめている様子。
「おかしいですねスズキさん、以前冒険者として別のギルドで登録を受けられた事はありませんか?」
「今日オルレアンに初めて来たこの子が、2つもギルド跨げるわけないでしょ?」
「そう・・ですね。稀にいらっしゃるので一応お伺いしましたが、その、残高がいくらか残ってまして」
「えっ?残高って、預金残高の事ですか?」
「ギルドカードは冒険者にならないと手に入らないはずでしょ?残高なんてあるわけ」
「いくらありますお姉さん?」
「その、今回の任命金の金貨10枚を除いて・・元々金貨10枚ほど入っていますね」
「金貨10枚?」
金貨10枚、10万円・・なんだそりゃ?
「その、とりあえず任命金と合わせて金貨20枚あるって事でいいですよね」
「はい、そうなります」
その後ミューラさんにここらの物価を確認して少し引き出しする事にした。今日中には自宅マンションに帰れそうもない、今日の寝床も確保せねば。近隣の宿は相場で銀貨1・2枚もあれば泊まれるらしい。食事はピンキリで、贅沢しなければ銅貨2・3枚、2・300円程度でお腹は満たせるそうだ。
ギルドカードの登録手続きも終わり、ミューラさんとギルド会館の外に出る。日は沈みかけており夕方、もうすぐ夜になりそうだ。
「ミューラさん、今日1日本当に助かりました。何とお礼を言ったら良いか」
「いいのよ別に、気にしないで。浜辺で寝てたのは最初ビックリしたけど、啓示のおかげで話かけて良かったわ」
「啓示?なんですそれ?」
「私、エルフでしょ?ヒューマンより少し敏感なの」
「はぁ・・」
「たまたま寄ったら君がいただけ、それだけよ」
「そうなんですね、それでも僕は大助かりです」
「ギルドカードは無くさない事。それも再発行に金貨5枚」
「え!そうなんですか?」
「スキルカードも無くさない、2枚合わせて金貨10枚」
「スキルって、浜辺で開いた黄色のカードです?」
「それ以上は自分で調べる、それじゃあ私はこれで」
「ミューラさん、また会えますか?」
「きっとね・・それと・・」
「はい?」
「私のことは・・ミューラでいいわよスズキ君」
「はい」
不思議な人・・もといエルフさん、悪い人ではなさそうだ。少し話をしただけですっかり日が落ちて辺りが暗くなる。
「えっと、宿っと・・とりあえず左かな」
パッと見て左と右手に宿らしき看板が見える、看板がベッドになってる、間違いないだろう。
(そっちじゃないよ・・)
え?何か声が聞こえたような・・気のせいかな。直感で決める事に間違いは多い、宿がどちらが良いのか分からないけど。
なんとなく判断を変えて、今度は右手の宿に向かう事にする。・・・声がしなくなった、やっぱり気のせいかな。
右手の通りを宿の看板目がけて進む、薄暗い街の遠くにお城らしきシルエットが浮かんでる。
本当は今日向かうはずだった、日本のコンビニの緑色の光はどこにも見えなかった。