63.留学
大衆浴場『ウインダム』で、ガイア師匠のお母様と個人間契約を結んだ漁民。
毎月金貨10枚の引き落とし、金貨7枚は自宅マンションの35年住宅ローンの返済、残り金貨3枚は元妻ともはや言っていい15年前に別れたマミと子供の養育費の永久支払契約、離婚協議の同意事項。ここに来てこのオルレアンで、それを相殺できる毎月金貨10枚の定期収入を得る事に成功した。
毎月金貨10枚の支払い、そして毎月金貨10枚の入金、すなわちプラマイ0・・もっとせびっても良かったかな・・。
お母様と契約し、急ぎ『ウインダム』で風呂に入って服を洗浄して乾燥、施設から出るころには、ギルドカードの時計は「7時35分」と表示されていた。
急がないと正門が閉まるので、小走りにエルミタージュへ向かう。この『ウインダム』からなら、自分の足でも走ればまだ8時には間に合うだろう。
市場を過ぎ、白い石畳が見えてくる。クリスマスの飾りがまだところどころに残っている、年に1度のお祭りを名残惜しむように飾られていた。
正門に到着、ぎりぎり「7時58分」、危ないところだった。正門の守衛から声をかけられる。
「エルミタージュの学院生だな?」
「はい。ギルドカードを・・」
「銀等級!銀等級様に敬礼!(びしっ!)」
「お勤めご苦労様です(びしっ!)」
「銀等級様、本日は8時15分より講堂にてセントルイス学院長よりお話があるとの事です。全学院生集会となります(びっ!)」
「かしこまりました(びしっ!)」
どうやら学院長からありがたいお話があるらしい。急ぎ正門まっすぐ進んだ講堂へ向かう。
後ろでは正門が8時になり閉められる音がする。講堂に入る、講堂内はとても広く、白い壁、白い床。講堂内はいくつもの光の石が置かれ、キラキラした輝きを放ち明るく照らされていた。
学院生はほとんどが学院の制服姿・・にも関わらず自分だけ布の服、学院の学生服なんて支給されなかった、まさか有料でどこかで買わないといけないのか?学院長がいる壇上を段々の席に4・500人はゆうに超える学院生が座る圧巻の光景。
ある一角には修道服を着た若い男女が混じって座る、きっと西洋教会の関係者なのだろう。壇上にはセントルイス学院長を先頭に、角帽とつけた教師陣が続く。
「これより全学院集会を開始致します。学院長、よろしくお願い致します」
「私はエルミタージュ 学院長 セントルイスである。アクア王女をここに」
アクアだって!しばらくすると、水色の鎧を身にまとった兵士に連れられて、『ベネチア』で会った事のある王女様じゃないか・・。
「こちらにおわすお方は、『ベネチア王国』第一王女、アクア=マリン様である」
「王女様だって!」
「あんなお若いのに」
講堂内にどよめきが起き、講堂内に学院生の驚きの声が響く。
「静粛に!(かんかん!)。先の『風の神殿』への闇の襲撃、こちらにおられるアクア=マリン様の親書により事前に伝えられ、聖女様によって闇が払われたのはここにいる者すべての周知の事であろう」
「あの『ベネチア』からの親書って、アクア王女様からだったのね」
講堂内でふたたび、どよめきが起きる。
「静粛に!(かんかん!)。そして昨日、『ベネチア』への『風のクリスタル』様による啓示を聖女ジャンヌ様がお聞きになり、『水属性』を持つ聖女ルナ様が『ベネチア』へ訪問。その際、『ベネチア』の『水のクリスタル』への闇の襲撃を払いのけたルナ様の功績を称え、今晩、王宮にてシャルル=ドゴール女王陛下との『風・水』同盟締結のために、今日はこのエルミタージュに表敬訪問をされてこられた」
「おおーー!」
「『風・水』同盟・・15年ぶりの同盟復活ね」
「さすが聖女ルナ様、私たちが眠っている間も、『ベネチア』の危機を救われてたのね」
「ルナ様万歳!(ぱちぱちぱち)」
「ベネチア万歳!」
(ぱちぱちぱち)
講堂内大きな拍手に包まれる。お互いの親書で、オルレアンとベネチアが闇の襲撃を払いのけた功績。
アクア王女の親書のお礼、ジャンヌの啓示、ルナの闇の撃退に、学院生から割れんばかりの拍手が続く。
「(ぱちぱち・・・)静粛に!(かんかん!)本日ベネチアのアクア王女に、このエルミタージュまでご足労いただいたのは他でもない。現在ベネチアにあるエルミタージュの姉妹校、『アカデミア』が先の闇の襲撃によって施設が損害を受けておる。そのため、『アカデミア』に通われていたアクア王女は、しばらくの間、わがオルレアンのエルミタージュに短期留学される事となった」
「おおーー」
「ベネチアの王女様がこのエルミタージュに」
「(かんかん!)また、同盟再締結の人事交流の一環として、王宮兵士団長キグナス将軍、王宮近衛兵でもある銀等級冒険者、エルフのサラ様におかれては、本日の講義よりしばらくの間講師として赴任していただく事となった。なおサラ様はミューラ先生の妹君にあたり・・」
「ミューラ先生の妹だってよ!!」
「まじで可愛い!!どおりで似てると思ったよ!!」
(がやがやがや)講堂の男子陣から歓声が上がる、ミューラ先生どんだけ人気なんだよ・・。青い髪のショートカットのエルフの女性が、アクア様の隣に立っていた。ベネチアでの王宮では、大臣に姿を変えていた諸刃との接触を、あの人の誘導で回避する事が出来た。
「(かんかんかん!!)こりゃ!ミューラ先生とサラ先生に、もしもの事があれば、ここにいる全員留年じゃぞ!!」
「ええーー」
「セントルイス学院長、冷静に、冷静に」
「はぁはぁ・・ふ~・・(かんかんかん!)よって、くれぐれもベネチアの方々に粗相の無いように、エルミタージュの学院生としての品位をここに」
「・・で、では、これにて全学院集会を終了いたします」
セントルイス学院長のミューラ先生と妹のサラ先生への情熱は十分に伝わった、どんだけ好きなんだ。
なにが品位だと突っ込みたくなるが、すでに石化していたとはいえ留年15年の身、留年16年ともなれば、この風の国オルレアンの世間という厳しい風がひと風ふけば、一瞬で私という船が難破してしまう。
講堂の全学院集会は解散、全員1時間目の授業へ向かう。ここ数日で分かった事が、どうやら午前中の3時間目までしか授業は無いという事。
単位制かつ出席日数も卒業要件、参加した授業の教師によるテストに合格すれば、その授業の卒業が認定され、それも単位以外の卒業要件にカウントされているようだ。そういえばミューラ、昨日はクリスマスなのにテストを作るとか言ってたな。
ミューラの授業は人気が集中して、いつも1時間目が終わったら2時間目の授業も一杯になるらしい。無理して全部自分で準備していなければいいが・・。
1時間目のミューラの授業教室へ向かう。今日は全学院集会が長引いたので、1時間目はテストだけのはず。教室に向かう途中の廊下で、後ろから声をかけられる。
「イチロウ君!」
「エリス・・それに、2人も・・」
エリスと一緒に、聖女ルナとジャンヌの姿もあった。今朝2人にひどい事を言ってしまったのでバツが悪い。
「どうしたの3人とも・・あっ、イチロウ君、なんで昨日王宮のクリスマスパーティー来なかったのよ!」
「借金の返済があるからに決まってるでしょ」
「借金!?」
「昨日はクリスマス手当てがついて稼ぎ時だったんです、ただそれだけですよ」
「苦労してるのね、イチロウ君・・」
「・・・あのね」
「うん・・」
おもむろに、ジャンヌが前に出て話しにくそうにこっちを見ている。この顔・・この表情・・・。
(回想)「・・あのさ一郎」
「うん、どうしたマミ?」
「いまやろうとしてるそのゲームさ・・一郎が剣士と僧侶のレベル99まで育てた最強データあるじゃん・・」
「うん、俺のラスボス前の『冒険の書その1』のセーブデータでしょ?マミがやりたいって、この前『冒険の書その2』でレベル1体力1で始めたんだよね?」
「うん、それでね・・ごめん・・ボタン間違っちゃって・・」
「え・・(ぴこぴこ)えええ!!」
あの時の、申し訳なさそうなマミの顔にそっくりだ・・。
「・・そのね」
「・・うん」
「朝ね、馬車でルナお姉様とお話してね、ジャンヌもお洋服全部ひとり占めして・・悪かったなって思って・・」
「ああ・・そのこと・・買うなって言ってるんじゃないんだ・・全部はダメだろって・・それだけ言いたくて・・」
「うん、私もそう思う。今まで気づかなかったよ・・ありがとね」
「そうか・・ごめんジャンヌ様。僕もさ、母さん、子供の頃いなくなってさ・・」
「えっ、そうなの?」
「うん・・なんて言うか、お父さんに甘えたいっていうか・・てか、僕もすっごく甘えてたし、今でもずっと。ジャンヌ様さ、お父さんに甘えてただけなんだって、冷静になって考えて、ちょっと・・言い過ぎたなって・・僕の方こそ・・ごめん」
「スズキ様・・わたくしも・・気づかせていただいて、本当にありがとうございました」
「ああ、ルナ様も一緒ですよ・・礼拝なんて良い事だし、悪い事じゃないし・・でもルナ様も悪いですよ、我慢し過ぎなんです、あなたはいつも」
「そうでしょうか・・」
「我慢して、金曜日とかギリギリまでサンダースさんに相談できなくて、だからクエストがいつも緊急になるんですよ。冒険者だってクエスト無いとその家族も食べていけないんです。緊急じゃなくて普通のクエストなら、毎日大歓迎ですよ。もっと・・その・・早めに、お父さんに相談して下さい」
「はい、そう致します」
「ちょっとちょっと。3人とも、私の知らない事ばっかり!」
「ごめんなさいエリス・・あっ」
「もうすぐミューラ先生のテストですね、急ぎましょう」
「ねえあんた・・いつも『熱海』『熱海』って言ってるけど、テスト大丈夫なんでしょうね?」
「大丈夫ですよジャンヌ様、ちゃんとメモしてますから」
「・・・ちょっと見せて」
「ええ、良いですけど・・」
銀色のギルドカードのメモ機能をタッチする、メモには『アカレンジャー』『ベネチア』『マドリード』と書かれていた。
「ちょっとあんた馬鹿でしょ!なによこの『アカレンジャー』って?」
「え?『火属性』でレンジャーのミューラ先生の事ですけど、なにか?」
「やっぱりあんた馬鹿!先生の属性を答えろってテストに出るの!『アカレンジャー』ってなんの事よ?『火属性』って書かないと、あんたまた留年するわよ!」
「ええ!?そうなんですか?」
「ぷっ、ふふふ」
「あははは、イチロウ君馬鹿でしょ?ジャンヌ様がチェックしてなかったら、それそのまま書いてたんじゃないの?」
「書いてましたよ、危なかったですよジャンヌ様。本当にありがとうございます、留年するところでしたよ」
(き~んこ~んか~んこ~ん)
「あっ、テスト始まる!」
「この馬鹿のせいで、私たちまで留年しちゃう!ルナお姉様、急ぎましょう!」
「待ってジャンヌ」
3人の女学院生と、1人の漁民が教室へ走って向かう。




