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62.ブラック企業

 馬小屋で1泊し、目を覚ますと聖女2人の姿があったが、口の悪い漁民のせいで先に帰ってしまった。

 馬小屋でしっかり臭いも体についてしまったので、食堂で朝食を済ませ、受付のお姉さんの見送りを受ける。


「いってらっしゃいませ旦那様。クリスマスが終わりましたので、今のところベッドには空きがありますが、今日は金曜日ですので休日になる前に予約をお勧め致します」

「ぜひお願いします」


 干し草のベッドには慣れているが、このままでは本当に馬になってしまう。

 今朝のあの2人の「見てはいけないものを見てしまった」表情を毎日エルミタージュでさげすまれてもかなわない。

 ここはヒューマンに戻るため、普通のお部屋を確保したい。


「素泊まり1泊銀貨1枚、今2泊ご予約いただくと、銀貨2枚でお食事を無料でお付けできます」

「それでお願いします」


 受付のお姉さんのおすすめプランをチョイス。

 オルレアンではお金こそ正義、銀貨2枚をポケットマネーからお支払い。

 オルレアンの聖女2人からは家畜扱い、受付のお姉さんは営業スマイルで微笑んでくれる、彼女こそ私にとっての天使だ。


「行ってらっしゃいませ旦那様」

「行って来ます」


 笑顔でお見送りを受ける、天使様にとって金さえもらえば、もはや私は用済み。この宿は従業員教育がしっかりしている。

 お世話になった馬小屋の干し草ベッドを整えて出発したかったので、一度宿裏手の馬小屋に行く事にする。


「(ひひ~ん)」

「(ぶるる)」


「お前らも頑張れよ」


 これから重たい馬車を引くであろう同胞(どうほう)に別れを告げ、干し草のベッドを(たい)らからブースの(はじ)に寄せて馬小屋を後にする。

 そのまま歩いて大衆浴場『ウインダム』を目指す。それにしてもまだ朝早い、受付のお姉さん今日は金曜日って言ってたな。

 ギルドカードをおもむろに起動する。


「あっ、時間が・・」


 驚いた、エルミタージュ内でしか見る事が無かった時計、時間の概念。銀色のギルドカードを起動し、タブレットビジョンの(はじ)をよくよく見ると、時刻は「7時05分」と表示されていた。

 15年前と同じであれば、学校の正門は必ず8時00分に閉まり、各講義の行われる教室に8時15分までに着席していないと単位および出席日数にはカウントされなかったんだったな。


 8時までにはさすがにまだ時間がある、予定通りに大衆浴場『ウインダム』を目指すことにする。

 それにしてもあの2人、人目を避けるなら早くも出るだろうけど、なんでわざわざこんな朝早くから・・言いたいことがあるならエルミタージュで登校してから言えばいいだろうに。


 徒歩で宿から『ウインダム』に到着。時間は「7時10分」を指していた。パルテノン神殿風の入口を抜けて受付窓口に、ガイア師匠のお母様が今日も受付窓口に座っていた。

 受付すぐ隣には、水の結晶石が入った冷たい水に付けられた3種類の瓶があり、それぞれ『コーヒー牛乳』『レモン牛乳』『イチゴ牛乳』さらに銅貨1枚の値札がついていた。


「おはよう坊や」

「おはようございますお母様、『コーヒー牛乳』売れ行きいかがです?」

「かっかっか、見ての通りさね」


 24時間営業の大衆浴場『ウインダム』。

 ボイラー室の作業員の話では、深夜と夕方前の2回清掃時間が入るので、実質24時間というわけではないようだが、銅貨3枚で入れる巨大温泉施設には今朝からたくさんのおじいちゃんおばあちゃんが集まりサロンと化していた。

 受付隣の『コーヒー牛乳』たちを、なにやら無人の機械にギルドカードをおじいちゃんたちが乗せるなり「ぴぴっ!」と音がなっている。


「お母様、あの機械は?」

「ああ、あそこにギルドカードを乗せると、残高から銅貨1枚が引かれるんだよ」

「ええ!?そんな機能が、それにあんなおじいちゃんがギルドカードを?」

「かっかっか、今『コーヒー牛乳』を持ってったのはブラストって言うて、昔は王宮の近衛兵をやっていた剣の達人じゃった冒険者じゃよ」


「そうなんですか・・ここ、引退した冒険者の人がたくさん利用してるんですね」

「ああ、下のボイラー室もケガやなんかで討伐できない冒険者も多くてのう。ガイアがみんなが働ける場所を作りたい言うて、それで私も手伝ってるんだわ」

「偉すぎるじゃないですか、お母様も師匠も」

「かっかっか、ガイアはいい子じゃよ」


 お母さんは何歳になってもお母さんなんだと感じる。うちの母さんは幼い頃に他界して、小さい頃はよく父さんに連れられて銭湯に通った。

 未だに親父は野菜やら芋やらたくさん送ってくる、きっと母さんの代わりをあんな歳でも続けようとしているに違いない。

 このオルレアンでも日本でも、親という存在の偉大さを感じずにはいられない・・そういえばあの2人・・俺と一緒で・・お父さんのサンダースはずっと一緒にいるけど・・アイリスお母さんは小さい時からずっといないまま育ってたんだな・・さっきはちょっと言い過ぎたかも・・。


「ねえ坊や」

「・・あっ、はい。何ですかお母様?」


「この『コーヒー牛乳』なんだけどねぇ、これをずっとここで売るのを許して欲しいんだよ。みんな美味しい美味しいって、お風呂上がりにみ~んな買ってくんだよ」


「全然いいですよお母様。ボイラー室のみなさんは、全員作り方マスターしてますし、みなさんの給料の足しにでもして下さい」


「タダってわけにもいかなくてねぇ、どうだね、売り上げの1割や2割持って行ってもらって構わんけどねぇ」


「1日どれくらい出そうですかね?」

「今朝のこの時間で・・もう300本は無くなってねぇ」

「さ、300も!」


 銅貨300枚、銀貨30枚、金貨3枚がこの早朝のわずか数時間で・・おじいちゃんおばあちゃんの朝は早い。

 大通りにそこまでの人出を感じなかったが、たしかに『ウインダム』の中はデスバレーになっている。

 たくさんの高齢のヒューマンやドワーフでごった返している。


「ブラストなんかはもう足が悪いからねえ。昔は王立図書館にでも通ってたみたいだけど、最近は家から近いここに風呂に入ってばかりだよ。さっきも入る前に『コーヒー牛乳』1つ飲んで、風呂上がりにまた買って、よほど気に入ったみたいだよ」


「ああ、なるほど。リピーターの方がこれから多そうですね」

「下のボイラー室にお願いしてとりあえず500用意しといたんだけど・・この分じゃあ夜も合わせてまた2000用意しとこうかね」

「追加ですか?」


 お母様の需要見込みは適切かも知れない。

 受付でお母様と話をしているが、自動会計機にギルドカードをキャッシュレス決済で次々とおじいちゃんおばあちゃんたちが『コーヒー牛乳』や『レモン牛乳』を会計していく。

 水の結晶に浸かる瓶たちが、次々におじいちゃんたちの手に消えていく。


「お母様・・売り上げの1割なんてもらったら、とんでもない金額になりますからやめましょう」

「なんでだね坊や?欲が無いねえあんたは」

「1日この分だと最低1000本くらい、いけそうですね」

「3000はいくだろうに」

「なおさらダメです。こんなに簡単にお金が手に入ったら、僕、ダメヒューマンになっちゃいます」

「年金みたいでええんでないかい?ブラストも王宮から毎月年金もらって生活しとるし」


「まだ若い僕が毎月年金なんかもらったら、毎日食っちゃ寝して、また自宅警備員に逆戻りですよ」

「なんじゃその、なんとか警備員って?」

「宜しければ、金貨月10枚っていかがですか?」


「金貨月100枚でも構わんよ。毎日金貨30枚、月30日で金貨900枚。材料費と作業員の給料引いても、こっちがぼろ儲けじゃわい」


「10枚で結構です。その分作業員の給料を手厚くして下さい。それにボイラーだって、昨日直しましたけどあっちこっちガスが漏れてて結構痛んでますよ。修理用の鉱石や燃料の火の結晶石だってお金かかるでしょうし、この『ウインダム』の施設の整備にしっかりお金を使って下さい、お願いします」


「本当欲が無い坊やじゃわい、ほれ、ギルドカード」

「えっ?なんでですお母様?」

「わしとお前さんで契約するんじゃよ、『コーヒー牛乳』の販売権利と、金貨月10枚の交換契約じゃよ」

「そんな個人間の契約もこのギルドカードで出来るんですね」


「ああ、そうさね。これを使って家の売買なんかも出来るからねえ。口約束だけじゃと、大きな買い物できんじゃろう」

「たしかに・・金貨10枚も毎月いただけるなら、僕は大助かりです」

「かっかっか、正直言うて、入浴代銅貨3枚じゃあ毎月赤字じゃったけえ、値上げも考えとったんじゃよ」

「ええ!そんなにきつかったんですここ?」

「かっかっか、年金暮らしのみんなの楽しみを奪うところじゃったよ。坊やのおかげで、これからは毎日黒字になりそうじゃわい、かっかっか」

「それは良かったですね・・はは」


 下のボイラー室の作業員が今でさえ24時間働かされているのに、さらに『コーヒー牛乳』大量生産というさらなる労働を与えてしまった。

 このお母様、絶対に下の作業員をさらに働かせる気満々だ。


「くれぐれも作業員の労働時間管理は適切にお願いします」

「おお坊や、分かっとる分かっとる。かっかっか」


 本当に分かってるのか、まったく分からない。大衆浴場『ウインダム』、その外見とは違い、地下では作業員がボイラー室と『コーヒー牛乳』工場を24時間体制で稼働させるブラック企業に豹変(ひょうへん)してしまったのは、きっと私のせいでは無い。





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