58.ボイラー
ギルド会館を後にするドワーフのガイア師匠と漁民。徒歩で宿屋を過ぎ、洋服屋に差し掛かると、クリスマスに飾られた華やかな大通りが視界に入る。
『ベネチア』での『仮面舞踏会』では、運河沿いに水色を基調とした結晶石が中心であったが、オルレアンでは日本のクリスマスと同じように家々の軒先に飾りが付けられ、大通りの至る所にバザーの出店が様々な物を販売、大通りは大変な人ごみであふれていた。
人ごみをかき分けて、大衆浴場『ウインダム』に到着。お昼過ぎで清掃時間に入っているらしく、いつもごった返しているパルテノン神殿風の入口付近は人の出入りは閑散としていたものの、周辺はいくつものテントのブースに分かれており、夕方からの営業に備えて軒先では物販や飲食の準備が早くも始まっていた。
「なんじゃ、まだ清掃中じゃったか」
「師匠はこのまま家に戻られます?」
「嫁さんは夕方まで帰らんけえ、『ウインダム』のボイラーの調整でもしようかの~」
「えっ、何ですボイラーって?」
「お前さん、ここの温泉入っとらんのか?」
「いえ、何度もお世話になってますよ師匠。ここって天然温泉じゃないんですか?」
「火山が無いオルレアンにそんなもん無いわい。ここの温水はわしが作ったボイラーに火の結晶石を使って水を温めとるんじゃよ」
「ええ!?地下から温泉が湧いてるものと思ってましたよ。まさか師匠が作ったボイラーと魔法の石で水が温められてたなんて・・」
「ジェットバスやら風の結晶石を使った細工も、ほとんどわしが持ち込んだんじゃぞ、かっかっか」
「この大衆浴場『ウインダム』って、ほとんど師匠が作った技術で動いてたんですね」
風や火の結晶石で、どうやら水が温められたり、服がすぐに乾く機械が置かれていたのは師匠のアイデアらしい。雑談をしながら『ウインダム』に入ると、いつもの受付のおばちゃんがいた。
「やあ坊や、それにガイアも」
「母ちゃん、今日も頑張っとるの~」
「ええ!?受付のおばちゃん、ガイア師匠のお母様だったんですか?」
「そうじゃそうじゃ、知らんかったかのか小僧、かっかっか」
「まあまあ、ガイアのお弟子さんじゃったか、かっかっか」
「似てる・・い、いつもガイア師匠にお世話になってるエルミタージュの学院生です」
「ほお~あのエルミタージュの、こりゃあ利口な坊やじゃわい」
「母ちゃん、ボイラーの点検するでな、ちょっと中入るで」
「ああ、頼んだよ。そうそう坊や、あんたさっきギルドから連絡が来た冒険者だね?あんたのブースはすぐそこにしといたから、よろしくね坊や」
「ええ!?受付のすぐ隣じゃないですか」
「かっかっか、良かったの小僧~。清掃中でしばらく時間かかるで、ちょっとボイラーの点検手伝ってもらえんかの~」
「もちろんです師匠!」
15年前と変わらず受付をしていたおばあちゃんは、なんとガイア先生のお母様。しかもよしみで、クエストのブースは受付のすぐ隣にしてもらえた。今回のクエストも『ベネチア』と同じく歩合制、やりようによっては稼げるチャンス・・・と欲を出してこれまで何度も失敗してきたな。
「どした小僧」
「ええ、いや、なんでも・・はは」
今はガイア師匠のボイラー点検に集中しよう。ガイア師匠について行き、いつもは入らないエルミタージュ従業員用の通路を通り、地下に階段を下りていく。
降りた先には巨大なボイラー室と書かれた表札のある部屋につく。中に入ると巨大な空間が広がっており、右側には小学校の靴箱のようなたくさんの入れ物が壁際に置かれ、赤く輝く結晶石や、青く輝く結晶石がたくさん置かれていた。
部屋のまっすぐ奥には巨大なストーブのような機械が置かれており、作業員が赤く輝く結晶石を右側のマスから取り出しては、ボイラーの中に次々と入れていた。
「ご苦労じゃな皆の衆」
「ガイア様!」
「おい、ガイア様がいらっしゃったぞ!」
「まあそう気い使うなて、かっかっか」
ガイア師匠が来るなり、大部屋で作業していたたくさんの作業員が近づいて、口々にガイア師匠に挨拶していた。
お母様も働かれているうえ、このボイラーやら『ウインダム』の施設はガイア師匠が作ったという物。これのおかげでご飯を食べられる人もこの中には多いはず、ガイア師匠への敬意を全員から感じた。
「じゃあ小僧、ちょっとわしについて来てくれんかの~」
「はい師匠」
ガイア師匠に連れられて中央奥の巨大ボイラーの配管近くに来た。先ほどいた作業員何名かも一緒についてくる。
「ここじゃの~」
「はい、配管からガスが漏れておりまして」
「すまんが小僧、この小さな配管、わしら大人じゃ通れんけい・・」
「分かりました。奥に行って『精錬』で配管の穴を塞げば良いんですね」
「すまんの~」
「おやすい御用です」
配管に繋がる小さな隙間を進み、『精錬』スキルで一発で穴を塞ぐ。
「おお!ガスが止まりました」
「小僧~戻ってこ~い」
「分かりましたー」
先ほどまで漏れ出ていた白い蒸気が止まっていた、どうやら成功したらしい。
「すまんが小僧、実はあちこち漏れとっての~」
「そうなんですね、早く言ってくれれば毎日来てるのに。指示して下さい、すぐに行きます」
「すまんの~」
その後、ガイア師匠と作業員に指示され、『精錬』を使って次々とボイラーの漏れ出たガスを止めていく。少し時間はかかったが、作業員の言った場所もすべて周り、ガイア師匠が最終点検してオッケーが出た。
「よ~し小僧、ようやった。こりゃあ助かったわい、かっかっか」
「助かるのは僕の方ですよ。『ウインダム』で温泉入るの、毎日楽しみなんですから」
「そうかそうか。さっそく入っていくか?」
「そうしたいのは山々なんですが、まずはブースでクエストしないと。まだ何も準備してないので、せっかく受付隣で条件が良くても、今のところ何も売るものが無くて・・」
「ガイア様、こちらの方は?」
「エルミタージュのわしの教え子での、銀等級冒険者でクエストに来とるんじゃよ」
「おお!」
「その歳で銀等級とは」
「真に受けないで下さい。ただの小僧ですし、何もスキルが無くて・・はは」
「銀等級様、この『ウインダム』の倉庫にも、王宮より今晩に備えてたくさんの物資の支給があります」
「必要なものがあれば、我々も手伝いますよ。さっきのお礼を」
「えっ皆さんはお仕事の途中ですよね?そんなの結構ですよ」
「まあ小僧、こいつらそう言っとる。夜にはみんな帰るでな、何かありゃわしも手伝ってやるで」
「ありがとうございます・・そ、そういえば、この『ウインダム』って、飲食の販売が無いなって15年前から思ってたんですけど・・」
「ああ、そうじゃの」
「言われてみれば」
「せめて風呂上がりの一杯。『コーヒー牛乳』なんて欲しいなって、ずっと思ってまして」
「なんじゃ?そのコーヒー牛乳ちゅうもんは?」
「何かご用意いたしますか?」
「ご指示いただければ、我々が倉庫より調達して参ります」
「本当ですか!・・でも許可とか・・」
「あとでわしが、ここの責任者の母ちゃんに言っとくけい」
「ええ!?お母様、ここの責任者だったんですか?」
「そうじゃ、どした?」
「え・・いえ、で、では皆さん。僕の言う物を準備して下さい。ガイア師匠、ガラスの小瓶を作って欲しいんですが」
「そんなもん、今日なら資材がいくらでもあるで、いくらでも作れるぞ。どんだけ欲しいんじゃ?」
「えっと・・」
作業員のみなさんに指示を出し、『コーヒー豆』『砂糖』『水』『牛乳』を持ってきてもらうようお願いする。
続いてガイア師匠の『高等精錬』スキルで、子供の頃に親父に連れられてよく通った銭湯の『コーヒー牛乳』を再現すべく、身振り手振りでジェスチャーをしながら、ガラスの小瓶を再現してもらう。
ボイラーの近くには『精錬』するための火の結晶石がたくさんあり、鉱石なども『ウインダム』で使用するためふんだんに取り揃えられていた。
「良いです師匠、最高の出来です!」
「ほう・・そうかそうか、かっかっか・・で、これをどうするんじゃ?」
「銀等級様ー、持ってまいりましたー」
「ありがとうございます。では試作品をすぐに」
部屋には寝泊りできるような炊事場やお手洗い、仮眠室も設けられており、24時間、大衆浴場『ウインダム』を稼働できるよう作業員が交代勤務できる設備が整っていた。
炊事場を利用して、子供の頃のあの味、『コーヒー牛乳』を再現する事にする。何を隠そう、前の前の前の職業、転職5回の3回目の職業、工場の製造ライン作業員とは私の事。
「あ、あの。何か冷やすものとかありませんかね?あはは・・」
「『精錬』用の水の結晶石があるわい。あれを使って温度下げりゃあえいわい」
「魔法の石って、照明とかボイラーに使ったり、物を冷やしたり便利ですね」
「まあ、その分、金もかかるていのう、かーっかっか」
ガイア師匠の『高等精錬』スキルで作ったガラス瓶に、炊事場で作った『コーヒー牛乳』を流し込む。師匠に小さなフタも作ってもらった、ガラスの瓶の表面には『コーヒー牛乳』と牛のマーク。
色はコーヒー色の茶色くも、牛乳のまろやかな色映えがたまらない。イメージ通りの『コーヒー牛乳』を水の張った器に10本ほどセットして、ガイア師匠が水の結晶を入れる。冷気がその周辺から立ち込めてきて、ガラス瓶が冷えているのが分かった。
「ガイア師匠、なんで水が冷えてきたんですか?」
「水の結晶石に塩を混ぜたんじゃよ。水の結晶石は塩分に反応して溶けて、水より温度の低い水の結晶が常温の水と混ざる。つまりどんどん温度は下がるんじゃよ」
「へ~それなら僕でも『アイスクリーム』とかも簡単に作れそうですね」
「なんじゃ、その『アイスクリーム』は?」
「えっああ、今度作ったら師匠に献上します。さあ、『コーヒー牛乳』冷えてきました、皆さんで試してみましょう。味は僕がさっき見てますんで、キンキンに冷えたこの風呂上がりの至福の1杯を皆さんで、ぜひ」
「それじゃあ、いただいてみようかの~」
「では銀等級様、我々もいただきます」
「はい、では皆さん、クリスマスの日のお仕事お疲れ様です。乾杯!」
「乾杯!(全員)」
(ごくごく)う、うまい!オルレアンでの初『コーヒー牛乳』、感動の一杯だ。
「おお!これは冷たくて美味しい」
「のどごしがたまらんの~。こりゃあ風呂上がりに1杯欲しいわい」
「僕が求めていた味がここに凝縮されています。ぜひ『ウインダム』の利用者の皆さんにこの味を味わってもらいたいです」
「小僧、どれぐらい用意するんじゃ?」
「ガイア師匠、ガラスの小瓶は後で洗ったら使いまわせますか?」
「そうじゃの~こんなに美味しいもん、今毎日出したらええの~。母ちゃんにも飲ませたいの」
「これなら・・」
「なんじゃ小僧?」
「あとは・・レモンと・・イチゴと・・」
「どうされましたか銀等級様?」
「あ、皆さん。もう少し、揃えてもらいたものがありまして・・」
「はい?」
大量生産体制に入る大衆浴場『ウインダム』のボイラー室。大量にガラスの小瓶を生産するドワーフ、大量のコーヒーを製造する作業員、レモンとイチゴも乱れ飛ぶシュールな光景。
コーヒー色、レモン色、イチゴ色の牛乳が入った大量のガラス瓶が、水の結晶の容器に投入され、次々とキンキンに冷やされていった。




