57.借金王
エルミタージュの授業が終わり、ルナとジャンヌは馬車に乗って先に消えていった。講堂前からガイア師匠と一緒に白い石畳をまっすぐ正門方向へ歩く。
白い石畳は馬車が2台すれ違える広さ、脇には歩道があり、その回りには芝生が広がる。ラインハルトに決闘を申し込まれ、危うく『みねうち』で死にかけたのが昨日の事のように感じる・・僕にとっては、ほんの数日前の事なんだけどね。
「師匠、サンダース様に話って、『3大天使』とか『クリスタルの使徒』とかの話ですか?」
「そうじゃの~、あいつの耳には入れといた方がええじゃろうけい」
「サンダース様って、『雷のクリスタル』の使徒だったんですよね?」
「おお、そうじゃわい。30年前、世界でも屈指の武闘家、サンダースがよう雷の力を使って暴れておったわい。必殺の『電撃パンチ』で、ゴブリンどもが木っ端みじんに吹き飛んでのう~」
「で・・『電撃パンチ』・・」
またきたよ必殺、必ず殺すと書いて必殺。ダニ、ノミ、花粉、スズキイチロウまで『電撃パンチ』で分子レベルまで分解されてしまう・・想像するだけで体力1が吹き飛びそうだ」
(妄想)「消え失せろゴミども!正義の力で!!(ブンカウィッシュ!!)」
娘さんたちとはなるべく関わり合いにならないようにしないと・・・。
正門を出て右に曲がり、オルレアン市街に進む。ここを最後に歩いたのが、あのお芋の日とは夢にも思わなかった。しばらく歩くと、街の様子に変化を感じる。
「あっ師匠、なんだか街にイルミネーションが・・」
「おお、今日はクリスマスじゃったの~」
「クリスマス・・」
街の至るところにクリスマスの飾りが見られる。昨日の『ベネチア』の『仮面舞踏会』とはまた違うデコレーション、日本のクリスマスとまったく同じだ。
ミューラ先生の授業で、オルレアンは『風のクリスタル』の加護のおかげで、気候が一年中安定しているらしい。日本のように冬ではなく、こんな心地よい気候の中でもクリスマスがあるんだと不思議に感じる。
「すごい人ですね・・」
「こりゃ市場の方は通れんの~。小僧、あっちの脇道進むぞい」
「はい」
少し高低が高い位置にあるエルミタージュ。白い石畳をそのまま進み、少し迂回しつつまずは市場まで行こうとしたが、クリスマスで出店がたくさん出ているようで、通り抜けるのはとても時間がかかりそうな人ごみであふれかえっているのが見えた。
ガイア師匠について行き、エルミタージュへ最初に受験に来た時と同じようなコースを逆に進んで行く。
エルミタージュからはU字の石畳の道を反時計回りに大衆浴場『ウインダム』を目指すコースと、今進んでいるギルド会館へのU字を通らず細い脇道を突っ切るショートカットコースが存在する。
受験の時にリンダさんに見せてもらった地図を映したデータがまだ残っているだろうが、殴り書きの自分の書いた『地図』ではあてにならない。
何も見ずにガイア師匠について行く。脇道とはいえ、薄暗い中でも家々の玄関には小さなクリスマスツリーや、結晶石のイルミネーションが昼間から輝いており、人の行き来もそこそこ多く、おそらく市場からあふれた人が同じようにショートカットのコースを選んで通っているのだろうと察しがついた。
しばらく歩くと、大衆浴場『ウインダム』に向かう途中にあった洋服屋近くの脇道を出た。視界の先には15年前よく止まっていた宿、その向こうには立派になったギルド会館が見えてきた。
クリスタルに輝く外装、建物は大きな棟が3つそびえ、中心棟が最も高く、両脇の2つの棟がやや小さくも辺りの建物をはるかに超える高さ。
ガイア師匠と歩いて向かい、ギルド会館に入る。
「それじゃあ小僧、わしはサンダースに会いに行くが、お前さんはどうする?一緒にくるか?」
「いえいえ、僕は借金の返済がありますので」
「そうか」
わざわざ殺されに行くわけにはいかないので、一度ガイア師匠と別れる漁民。クエスト受注のため、1階の1番窓口を目指す。1番窓口には、いつものエルフの受付担当が笑顔で出迎えしてくれた。
「サリーさん!」
「スズキ君!なんでこんなところにいるのよ!」
「えっ、何です、久しぶりせっかく来たのに」
「今日はクリスマス!ほとんどの冒険者は王族から1年間の労をねぎらわれに、王宮でパーティーに参加する日なんだよ」
「そうなんですね。じゃあなにか良いクエスト残ってたりしませんかね?他の冒険者が来ないうちに、安全で、僕にも出来て、そこそこ稼げるやつお願いします」
「ちょっとスズキ君、銀等級なんだよ?美味しいものたくさん出るんだよ?今日1回しかないんだから、今日はクエストお休みして行きなさいよ~」
「今日1回しかないんなら、サリーさんこそ毎日頑張ってるんですから行ってきて下さいよ」
「リンダとエミリーは昼間の部から参加してるの。今日は討伐系クエストは発注されないし、ギルド会館来てる冒険者も少ないでしょ?」
「言われてみれば・・ほとんど人がいないですね」
「私は夜の部から参加するの。王宮の料理が食べ放題、こんなチャンス逃す手は無いわ、それに・・」
「彼氏さんと行くんですか?」
「もう、なんで分かったのよ」
「そりゃあ美人さんのサリーさんに、彼氏がいない方が不自然じゃないですか」
「も~相変わらず口が上手いんだからスズキ君は。この日に備えて間に合わせたの、か・れ・し」
「そうですか・・」
今日サリーさんは最近出来た彼氏と王宮のパーティーへ行くらしい。2番窓口のリンダさんと、3番窓口のエミリーさんはもう王宮のパーティーに参加しているようだ。
「だからスズキ君も王宮行こうよ、クエストは明日から頑張ればいいでしょ?」
「僕は借金の返済で首が回らないんですよ。それともそのパーティー出たらお金って出たりします?」
「出るわけないでしょ。その代わり無料なの」
「じゃあ、なおさら遊んでる暇無いんですよ。石化して15年も寝てる間に、どれだけ借金増えたと思ってるんですか・・ちなみ僕の借金、今いくらでしたっけ」
「えっとね~(しゅしゅ)おお~、驚きの借金がなんと金貨764枚」
「すぐにクエストお願いします」
「そうね~こりゃパーティーなんか行ってる場合じゃないわね。えっとね~(しゅしゅ)あ!スズキ君、この前の『ベネチア』の報奨金がまだ入金されてないよ」
「えっ、何ですそれ?」
「『指定緊急招集』のクエスト、成功したんだね」
「ああ、そういえば今朝まで『ベネチア』いましたね。黒い服のハンターに追われてて、すっかり忘れてましたよ」
「なにそれ?・・報奨金が王族から出てるわね・・おお!聞いて驚け、なんと金貨50枚」
「そ・・そうですか・・」
「え~リアクション低すぎ~もっと喜べ~」
「借金の金貨764枚に入金して下さい・・焼け石に水ですが・・」
「ちょっと待って。先に口座に入れちゃう前に、ちょっと引き出ししといた方が良いよ」
「何でです?ギルドカードって借金できる機能があるんでしたよね?」
「それはスズキ君のギルドカードだけ、特別にギルド長が金貨10枚の引き落としを続けられるように付けてた機能なの!」
「ええ!?誰でも借金できるわけじゃないんですか?」
「理由は私にも分からないわよ、聞いた事無いしそんな機能。他の冒険者だって勝手にそんな借金できるカードなんて持って無いんだから」
「そうなん・・ですか・・」
なんでわざわざ石化した自分のカードに借金できる機能を特別に認めたのだろうか?
「それはそうと、なんで報奨金の金貨50枚すぐ入れちゃいけないんですか?」
「借金の返済に入金した全額充当されるから、一度入金したら借金完済するまで口座からお金引き出せないのよ」
「それって、今この口座からは銅貨1枚お金引き出せないって事ですか!?」
「そうです。だ・か・ら、報奨金金貨50枚を入金する前に、当面使う分だけ手元に出しておく事をお勧め致します」
「かしこまりました」
あぶないあぶない、金貨50枚全部入金しちゃってたら、借金は金貨764枚から金貨714枚に減ってたけど、手元資金がカツカツになるところだった。
「どうするスズキ君?」
「そうですね・・とりあえず金貨44枚は入金してもらって、残りは直接貰います」
「はい、かしこまりました」
サリーさんから金貨5枚と、金貨1枚分の銀貨10枚を崩して直接手元にもらう事にした。金貨と銀貨を、腰に下げている謎の布袋に入れる。布袋は不思議と、金貨と銀貨を入れても重く感じなかった。
「はい入金完了です。やったねスズキ君、金貨1800枚もあった借金がわずか2日で720枚まで減ったよ。やるね~スズキ君、稼ぐ男は違うわね」
「それ全然褒めてないですよね」
「そんな事無いって~」
日本円で1800万円あった借金が、わずか2日で720万円に減りました・・だから何だよってレベルの話。完済して0円になればなったで達成感はあるだろうが、常にマイナスからのスタートを繰り返す男、一体いつになったら夢の貯金生活が待っているのだろうか・・。
「・・とりあえずクエストお願いします」
「はいはい~(しゅしゅ)ちなみにさっきも言ったけど討伐系のクエストは・・」
「僕が討伐に出たところで、野獣に食い殺されるだけなので、検討しなくて結構です」
「はいはい、分かってるって~(しゅしゅ)」
自分の戦闘力を把握し切っている1番窓口サリーさん、話は早い。
「どうせ近くて、あんまり苦労しなくて、そこそこ稼げるやつが良いんでしょ~」
「そうですそうです、そんな感じでお願いします」
「も~本当おじさん臭い発想なんだから~(しゅしゅ)」
サリーさんが手元の結晶石のタブレットビジョンを操作する。15年前と同じ、自分にとってはいつもの変わらないやりとり。
「大衆浴場『ウインダム』で、出店のブースに空きが出たみたいね」
「ブースですか?なんか昨日の『ベネチア』と同じ流れですね」
「『ベネチア』はクリスマス・イブに合わせて『ベネチア仮面舞踏会』毎年やってて、オルレアンではクリスマスに合わせてお祭りしてるのよ」
「ああ、そうだったんですね」
「国交があった頃は、クリスマス・イブに『ベネチア』へ『転移結晶』で行って、クリスマスはオルレアンで過ごすのがスタンダードだったわよ。今じゃあそんな事全然なくなっちゃったけどね~」
「へ~お互いの国でお金を落としてくれれば、良い景気対策になりそうですね」
「凄いねスズキ君、国の政治を任せられそう、王族に向いてるんじゃない?」
「僕が王族になったら、エルフの女性全員に金貨を支給しますね」
「それいい!ぜひお願いね」
「本当にそんな事したら国の国庫が破綻しますよ」
「そうよね~私も今月カツカツだし、彼氏にちょっとおねだりしとかないと・・」
「のろけ話は良いので、クエストの内容お願いしますよサリーさん」
「ああ、えっとね、王族から物資の供給があってね・・」
「倉庫の物資は自由に使って良いので、『ウインダム』の出店で好きに物を売れば良いんですね?」
「ちょっと、私の説明取らないでよ!てか何で知ってるのよ?」
「『ベネチア』でつい先日、そのクリスマス・イブで同じクエスト受けてたんです」
「なら話は早いわね。じゃあスズキ君のブースは~」
サリーさんの指示で、大衆浴場『ウインダム』の敷地内に指定されたブースを確認する。
「・・はい、分かりました。じゃあクリスマスを盛り上げてくれば良いんですね」
「そうだけど、スズキ君なに売るつもり?」
「まあ・・倉庫で考えます」
「結局無計画なのね。あと手数料はクリスマス限定でなんと無料です!」
「え?2割じゃないんですか?」
「ギルドがそんなぼったくりしないわよ」
「分かりました。かなり良心的ですね」
「分かればよろしい、はいギルドカード出して下さい、銀等級様」
「お願いします」
オルレアンでサリーさんからクエストを受注。ちょうど手続きが終わったところで、後ろから声をかけられる。
「おお小僧、そこにおったか」
「師匠、サンダース様との話は?」
「終わったわい。ちいと『ウインダム』寄って、ひと風呂浴びて帰ろうかの~。嫁さんと夜は王宮のパーティーに行くけえの~」
「師匠、僕もクエストで『ウインダム』に行きますので、ご一緒しますね」
「おお、そうかそうか。かっかっか」
1番窓口サリーさんと別れを告げて、個人事業主スズキ社長、借金返済のため緊急出動。




