50.水の危機
『ベネチア』、滝が流れる丘の上にあるお城。その正門をくぐる事に成功した4人の前に現れた謎の青い髪のエルフ。大臣謁見のチャンスをあえて捨て、啓示に従いミューラによく似たエルフの女性についていく。
お城の敷地内には、オルレアンと同じようにいくつもの施設があり、どこに誰がいるのか全く情報が無い。真夜中の王宮内で迷子になるのは必然。ここはリスクがあっても、たとえ罠でも、可能性にかけてこのエルフについていく他無い。
敷地内をしばらく歩き、ある王宮の建物に入る。ここまで『ベネチア』の他の兵士に一切出会わなかった、まるで兵士を避けて歩いているようにさえ感じる。建物の2階へ、いくつも部屋が通路に並ぶ中、おもむろに青い髪のエルフが立ち止まる。
「ここ・・入って」
「いいなエリス、ジョン」
「もちろん」
「ルナ様は最後にお入り下さい」
「はい、かしこまりました」
青い髪のエルフが扉を開ける。広い王室の部屋、至るところの家具、結晶石の照明がキラキラ輝いている。
部屋の中央には、マリンブルーの鎧を身にまとった、白いひげを生やした老兵と、その隣にまだ幼さが残る青い長い髪の女の子が座っていた。部屋の扉を閉めたサラと呼ばれていたエルフが声を発する。
「王女様の御前、無礼です」
「王女・・」
「ここはわたくしが、皆、頭を下げなさい」
一番最後に部屋に入ったルナが、王女と呼ばれた女の子の前に出てひれ伏し、顔を下に向ける。ルナに続くように、オルレアンの3人も片足でしゃがみ、頭を下げる。
「くるしゅうない、おもてをあげよ」
しゃべり方もまだ幼いが、教育されているのだろう、王女としての威厳の片りんを感じさせる話し方だ。王女という事は、王妃がいて、王様の子供、つまり娘の王女か・・。
「ゆるす、名をなのれ」
「オルレアン王国、マミフレナ=アイリス=ダルクが娘、マミフレナ=ルナ=ダルクにございます」
「ほお!あのダルク家の娘か」
イスに座る王女の隣にいる、マリンブルーの鎧を装備した老兵が声をかける。どうやらオルレアンの公爵、ダルク家を知っているらしい。以前ミューラから爵位について話は聞いたのだが、貴族の序列はさっぱり分からない。
アイリスが今の日本の皇族くらい由緒ただしい家柄なのだろうとおぼろげに感じる程度、ルナと普通に会話する分には、特に普通の人との違いは自分には分からない。つまるところ、自分はギルドの平社員で、ルナは社長・部長クラスの娘さん・・まずい!今度からちゃんと敬語を使わないと・・。
「わしの名前はキグナス、この『ベネチア』王国、兵士団の将軍である」
将軍・・つまり、軍のトップって事か・・。この白いひげのおじさんが、信じられない。漁民の自分が、こんな場所にいて良いのか不安になってくる。
「こちらにおられるお方こそ、我が『ベネチア王国』第一王女、アクア=マリン様にございます」
「ははー(4人)」
「じいや、ダルク家とな?」
「オルレアンいちの貴族の家柄にござりますアクア様。アイリス聖女様は幼い頃より私も存じております」
なんとこの青い老兵、アイリスの事を知っているようだ。幼い女王陛下はいまいちピンときていない様子。
「そなた、そのアイリスの娘、ルナともうしたな。わらわになにようじゃ?」
「はい、オルレアン王国 シャルル=ドゴール女王陛下からの親書をお届けにあがりました」
「シャルルとな?」
「アクア様、『風のクリスタル』のあるオルレアンのシャルル7世様の親書にございます。閲覧の必要有りと進言致します」
「・・よかろう、サラ」
「はい、アクア様」
サラと呼ばれる、ここまで4人を連れてきてくれた青い髪のエルフがルナ様から親書を受け取り、アクアと呼ばれる第一王女へ手渡す。オルレアンの4人はその場にひれ伏したまま、片膝を地面につけ、アクア王女の閲覧を固唾を飲み、顔を下に向けたまま待つ。
「じいや、わが『ベネチア』の、『水のクリスタル』にききがせまっておるようじゃ」
「な、なんですと!そんな、偽りではありますまいか・・」
「事実にございます」
「ルナと申したな、聖女アイリスの娘よ」
「はい」
「その根拠を申してみよ、良いですなアクア様?」
「・・かまわん」
「はい、理由は2つございます。1つ目は、『水のクリスタル』啓示により先にいただいた『風のクリスタル』に満月の夜、危機が迫るとの親書・・残念ながら親書の内容通り、満月の夜、黒装束の闇による襲撃を受けました」
「まことか!して、『風のクリスタル』は?」
「我が聖女アイリスが双子の妹、聖女ジャンヌの活躍により、ゴブリンチャンピオン以下ゴブリンの大軍を浄化する事に成功。『風の神殿』手前にて、なんとか闇の襲撃を防ぐ事ができました。『ベネチア』からの親書が無くば、事前の兵の備えもできなかったでしょう」
「なるほど・・2つ目は?」
「聖女アイリスが双子、わたくし長女ルナは『光属性』と『水属性』を。対して妹は『光属性』と『風属性』を持っております」
「ふむ、それがなにか?」
「『風属性』をもつ妹の聖女ジャンヌが、『風の神殿』にて昨日、啓示を受けました。『水のクリスタル』に危機が迫っていると・・」
ん?『風属性』が無いと、『風のクリスタル』の啓示聞けないのかな?なんかそれっぽいの、オルレアンでも、さっき『ベネチア』王宮正門でも聞いたと思ってたんだけど・・まさか・・自分のはただの空耳・・ただの更年期障害・・だったのか・・。
「昨日とな・・聖女の娘が・・」
「じいや、『水のクリスタル』がきけんなのか?」
「アクア様・・どうやら事実のようにござります・・このまま大臣と争っていては、取り返しのつかない事態に・・」
大臣と争っている?どうやら『ベネチア』内部でもいろいろ内輪もめがあるようだ。じいやと呼ばれる老兵が頭を抱えていた、その時。
(ドォォォォーーン!)「敵襲ーー!!」
「なっ?」
「しまった、遅かった!」
「いかん、『水の神殿』の方向のようじゃ・・『水のクリスタル』が!」
その場にいた全員が爆発音に動揺する中、ルナが1人声をあげる。
「『水のクリスタル』を守りにいきます、それがわたくしの使命」
「ルナ様!」
「よく言ったルナ様!」
「ちょっとイチロウ君もジョンまで、ルナ様を危険な目には・・」
「エリス様、わたくしも、アイリスお母様が守りたかったクリスタルを・・守りたいのです」
「も~、ルナ様、じゃあ、お願いがあります」
「はい?」
「わたしの事は、エリスって呼んで下さい!エリス様じゃなくって、エリスです」
「・・エリス」
「はい、それでよし!行くわよルナ様!あなたは私が命に代えても守ります」
「ちょっと待てよエリス、俺たち3人で『月の雫』だろ?ルナ様の盾になるのは、このジョン様って決まってんだよ」
「はいはい、行くわよ。良いわねイチロウ君」
「うん。良いんだねルナ様?」
「もちろんです・・」
杖を持つルナ、その手は少し震えていた。
「オルレアンの水の戦士たちよ、『水の神殿』へ行ってくれるのか?」
「はい」
「もちろんです」
「キグナス将軍、わたくしの『光属性』無くば、闇を浄化する事は不可能です」
「おっしゃる通り。アクア様、この『ベネチア』には『光属性』の戦士は1人としておりません。『風のクリスタル』の啓示が正しければ、あの爆発は間違いなく闇の襲撃、光無くば、手に負えません」
「じいや、『水のクリスタル』のききならば、わらわもいく」
「え!?」
「王女様も?危険です」
「わしもアクア王女とご一緒する。どうか共にお連れして欲しい」
「危険な場所になぜ王女様を?」
「わらわにとって、『水のクリスタル』は・・わらわのすべてなのじゃ」
「すべて・・」
「どうやら、お互い事情はありますが、目的は一緒のようですね」
「サラ、『感知』スキルを」
「・・はい」
どうやら青い髪のエルフのお姉さんは、ミューラと同じく『感知』スキルを持っているらしい。・・という事は、このお姉さんも・・職業はレンジャーなのか?『感知』スキルがあるなら、正門からここまで兵士に出会わなかったのもうなずける。
「・・黒い影・・闇が4つ」
「4つ!そいつら、間違いなく黒装束のやつらですよ!」
「『水の神殿』にもう近い・・まっすぐ向かってる」
「なぜ『水のクリスタル』の場所を・・」
「サラ、アクア様をお守りし、『水のクリスタル』まで案内を」
「はい」
「アクア様、このじいや、命をかけてあなた様をお守り致します」
サラの先導で、なんと王女を含めて『水の神殿』へ向かう事になる。危険が迫っていると分かっている『水の神殿』に、あえて王女を同行させる決断をしたキグナス将軍。
『ベネチア』サイドの事情はまだ分からないが、こちらもルナ様が『水のクリスタル』を守る決断をされた、それに『月の雫』は従うしかない。
(ドォォォォーーン!)
お城の敷地内と思われる王宮のあちらこちらで爆発する音が聞こえる。兵士たちの叫びがこだまする。『水のクリスタル』に、危機が迫っている。




