49.水のエルフ
ギルド会館でアイリスの残した『署名状』を確認したルナ。困惑した表情のまま、今なすべき事をまっとうする使命感から、自然と駆け足になる。
「あ!」
「人がたくさん!」
目の前の運河には無数のゴンドラが漂い、あるものは酒を手に、あるものは食事をしながら夜空を見上げていた。
「お父さん、花火まだかな~」
「もうすぐ始まるよ」
時計が無いので時間が分からないが、親子連れが花火がうち上がるのを、今か今かと待っている。日付をまたぐまでは、まだいくぶん時間がありそうだ。
「ゴンドラには乗れない、運河に沿って走ろう(ガチャンガチャン)」
「ルナ様、大丈夫ですか?(ガチャンガチャン)」
「はい、わたくしは大丈夫です」
『水の鎧』を装備したエリスとジョンが先導して走る。ルナと漁民の順に、昼間一度向かった丘の上のお城へふたたび向かう。時折行き交う人が多くなり、徒歩で人ごみを切り分けて進む。年に一度の『仮面舞踏会』。みんな顔に人それぞれの仮面を付けていた。
「おっ!そこの漁民!ひっくっ」
「えっ、え?」
「仮面付けてねえぞ~こいつ、ひっくっ」
完全に酔っぱらった『ベネチア』の人に絡まれる漁民。
「貴族の俺たちの言う事が聞けないって言うのか~こいつを付けろ!」
「うわ!やめて下さいよ」
「何してるのイチロウ君!急いで!」
「うわっ・・分かったエリス」
先行していた3人が一度立ち止まる。酔っぱらい2人を振り払って3人に追いつく、顔に何かかぶせられており、視界が狭くなる。
「ははは!銀等級、なんだよそれ、傑作だな」
「ぷっふふ、この急いでる時に何してんのイチロウ君」
「え?どうなってます僕?」
「ふふふ、『変な仮面』ですね、よくお似合いですよスズキ様」
3人に指摘されて、慌てて貴族と名乗った酔っぱらいがかぶせてきた仮面を取ると、酒の匂いのする仮面舞踏会用の仮面。急いでいるので外すなり、おもむろに農民服のズボンのポケットに突っ込んで、すぐに歩みを再開した。
運河沿いの道を進む。昼間とは違って、至る所に色とりどりの結晶石がイルミネーションのようにちりばめられ、ゴンドラも青い結晶の光を放つ船や、黄色い結晶の光を放つ船など、1隻1隻が運河を漂う。
船にはたくさんの人が乗っており、全員が上を眺めていた。運河を抜けてしばらく石畳の道が続き、反時計回りのU字に丘を目指して上っていく。2・30メートルほどの立派な石橋の先にある、お城の正門が見えてきた。石橋に足を踏み入れた瞬間・・。
「(ひゅ~ん)パーーン!!(ひゅ~ん)パーーン!!」
「おいみんな!見ろよ銀等級!」
「綺麗!ルナ様!」
「本当・・綺麗です・・」
丘の上の正門前の石橋。石橋の上には4人だけ。丘の上の橋から、夜の『ベネチア』が一望できる。滝は絶え間なく流れ続け、運河へと水がキラキラ流れていく。滝は花火が放つ光に照らされ、花火の色に一瞬染まる。絶え間なく打ちあがる花火の光に、街の方から歓声が聞こえてくる。
「みんな・・確かに綺麗だけど、今は先を急ごう!」
「そうだな銀等級。俺、ルナ様と一緒に花火見れただけで満足だぜ」
「あんたはうるさい、仕事行くわよ仕事。ルナ様、ここから正念場ですよ」
「はい。心得ております」
昼間失敗した王宮への親書を届ける今日最大のミッションに挑むべく、ふたたび正門前にやってくる。正門につくと、正門の脇になる小さな入口に守衛があり、昼間いた兵士2人が花火を眺めているところ、どうやらこちらに気づいたようだ。
「ははは・・おっ?昼間のオルレアンの連中じゃないか?」
「なにしに来た?さあ、帰った帰った」
「お勤めご苦労様です!(びしっ!)」
「なんだこの漁民?」
『風の神殿』で防衛要塞の兵士に挨拶するごとく、右手の指を伸ばし、空へ45度に額にあてて敬礼する。
「まずはこちらを、皆さまへの差し入れです」
「ん?」
「なんだその『魚』は?」
「イチロウ君、それ・・」
「エリス・・任せて・・」
「うん・・」
先ほどブースで最後に焼いておいた残り1つの『たい焼き』を差し入れとして兵士に差し出す。
「僕、漁民なので、お魚いかがかな~って、あはは」
「ふん、まあいいだろう。貰っておいてやろう・・ん?なんだその布の袋は?(じゃら)」
「おい!これ、金貨じゃないか!?漁民、お前何を考えて」
「僕は『魚』の差し入れに来ただけでして・・ちょっと王宮にお届け物があるんです」
兵士は『たい焼き』と一緒に渡した布の袋を確認している。布の袋の中には、先ほど稼いだ金貨が入っていた。2人の兵士が布の袋の中身を驚いた表情を浮かべながら中身をあさっていた。
「王宮に届け物が終わりましたら、すぐにここに戻ってきますので・・その時は・・」
先ほど金貨が入っていた布の袋とは、別の布の袋を兵士に見えるように服の中からそっと見せる。中身こそ見えないように、袋を出すと「(じゃら)」っとした硬貨が触れ合う音が聞こえる。
「おい漁民、これは前金って事で良いのか?」
「そう思っていただいて結構です」
「こんな危険なマネをして、お前たち、何をするつもりだ?」
「どうしても王族の方にお届けしたいものがあるんです」
「何かあれば処刑なんだぞ?」
「もちろん承知の上です。ご存じのように僕たちオルレアンから来た者であると同時に、同じ『水属性』の仲間じゃないですか。こっちの2人は『水の鎧』を装備できる兵士が2名、僕は『魚』を持ってきた漁民の子供です。僕たちが間違いなく『水属性』とお2人なら分かっていただけますよね」
「う、うむ」
「たしかに・・同じ『水属性』ではあるな」
どうやら『ベネチア』では『水属性』が同じ仲間と認識してもらえるようだ。だがこちら側がかつて『ベネチア』の冒険者を処刑したオルレアン側の人間である事も事実。
「何かあったところで、子供4人じゃ何もできません。ただオルレアンの使者が、迷子になって王宮に迷い込んだだけです」
「俺たちに何のメリットがある?」
「あなたたちは僕たちをしばらく見過ごしていただければ結構です。こちらの布袋には、お渡しした倍の量が入っています。僕たちは後でここの門に戻るしかありません、その時にこの布袋はお渡しします。ここを通った事を、しばらく黙ってていただければ・・それで結構です」
「・・ふむ」
「・・どうする?」
なにやら2人の兵士が少し下がってヒソヒソ会話を始める。こちらの交渉と発覚した時のリスクを天秤にかけているに違いない。小声でエリスが声をかけてくる。
「ちょっとイチロウ君、金貨は渡したあれ以上持ってないでしょ?」
「もちろんハッタリだよ、中身は全部、銀貨か銅貨。さっきギルドで金貨に交換できなかった分」
「大丈夫?」
「まずはここを抜ける。後はそれから考える」
「結局計画無いじゃないのよ~」
「最悪、何かあればルナ様だけは逃がす。いいね、エリス、ジョン」
「もちろんだぜ銀等級。やろうぜエリス」
「そんな、皆さんそんな事をおっしゃらないで下さい」
「いいわ、私も腹をくくった」
「いい度胸だエリス、さすがクラウドの娘」
「何、調子いい事言って・・あっ兵士が」
2人の兵士の間で、何やら話がついたようだ。先ほどから最初に渡した金貨の入った布袋をしきりに確認を繰り返していた。どうやらよほど金に執着があるようだ、借金があるのか、今の報酬に不満があるのか、人は金次第で、いくらでも主君を裏切れてしまう・・。
そう、それが、自分の愛する者を、守るためでも・・マミ、ごめん、残業ばっかりして、結婚記念日も早く家に帰れなかったのは、お前たちのためだって、勝手な思い込みだったのかな・・。主君を裏切る門番に、つい自分の罪を犯した過去を重ねてしまう。
兵士は黙って「(こっちにこい)」の手でジェスチャーをして、正門右側に誘導する。正門右側に雨避けできる小さな守衛があり、人が2・3人入ると一杯になりそうな警備室のような小さな部屋に入って行く。
部屋入って正面に小さな扉がさらにあり、兵士の1人が上下2つあるうちの上のカギを開ける。続いてもう1人の兵士が、上下ある下のカギを開けると、人がかがんで通れる程度の扉が空く。
「お前たち、王族へ親書を届けたいとか言ってたな」
「はい」
「『ベネチア』王族の大臣がおられる王宮へ案内してやろう、私について来なさい」
「ありがとうございます」
「やったな銀等級、大臣なら王様に最も近い立場の人に違いない」
「ルナ様、急ぎ親書を届けましょう。ようやく道筋が見えてきました、良かったですね」
「はい、これも皆さんのおかげ・・ああっ」
ルナが突然黙り込む。守衛の小さな扉を抜けてすぐ、正門内側で、見た事のある顔立ちをした女性が立っていた。
「ミューラ・・」
「・・・あなたたちね・・一緒に来て」
「え?」
「それはどういう事?」
エリスとジョンも困惑する。正門内側に立っていた女性は、ミューラによく似た女性だった。耳が長い、間違いなくエルフの女性。ミューラとうりふたつの顔ではあるが、ミューラと違って髪が短く、青いショートカットの髪の女性だった。
「おいサラ、余計な事をするな」
「・・それはこっちのセリフ。あなたたち、私について来なさい」
「お前たち、ここを通してやったのは誰のおかげか分かっているだろう。大臣に合わせてやる、さあこっちへ」
「どうする銀等級?」
『ベネチア』の大臣に合わせてくれるという、先ほど交渉がまとまった守衛の兵士についていくべきか。それとも素性が全く分からない、ミューラにそっくりのエルフについていくべきか選択を迫られる。情報があまりに少ない、ここは確実に大臣に会えそうな兵士たちに・・。
(そっちじゃないよ・・)
「あっ・・スズキ様!」
「・・ルナ様、聞こえましたか?」
「はい、わたくしにも確かに啓示が・・」
「お、おい。2人とも」
「ルナ様、イチロウ君、どうしたの?」
「こちらのエルフの女性についていきます」
「ええ!」
「なんで、兵士についていけば大臣に会えるのよ?親書を届ければ、それでおしまいじゃない」
「いえ、それは啓示に背きます。こちらのエルフ様へついていきましょう」
「僕もルナ様と同じ意見です」
「・・こっちよ」
「・・ちっ」
大臣の元に案内しようとした兵士が、再び正門の守衛に戻り、鍵をかける音が聞こえる。
「何してるの?こっち・・」
「は、はい・・行きましょう、ルナ様」
「はい」
「エリス、ジョン。何かあれば、僕らでルナ様を」
「おう、もちろんだぜ銀等級」
「私だって、この命に代えても」
青い短い髪をした、不思議なミューラ似のエルフの後についていく4人。先ほどまで遠くで聞こえていた花火の音は止み、『ベネチア』の王宮を、夜の闇がその静けさで包み込んでいた。




