47.養殖物
『ベネチア』のギルド会館で『仮面舞踏会』露店出店のクエストを受けた4人。指定された中央広場に向かう頃には、夜のとばりが降りていた。
辺りには仮面を付けた人たちが通りを埋め、運河の脇道沿いは色とりどりの結晶石がキラキラと夜の運河を照らしていた。ギルド会館から5分程度歩くと、ひときわ明るく夜空の中で照らされた広場が見えてきた。すでに行き交う人の波が、その中央広場を行き来していた。
「まあ・・」
「綺麗・・」
聖女ルナとエリスが見とれている。中央広場をさらに囲むように立っている2階建ての建物には結晶石がちりばめられ、水色・マリンブルーと青系統の輝きに広場は統一されており、広場中央の芝生地帯には長机にイスが並べられ、一種のフードコートのようになっていた。
露店で様々な飲食物を販売しており、あるものはアルコールを、あるものは香ばしい香りをした海産物の焼き物を手に、広場の至るところで仮面を付けた人々が食事をしていた。
「ねえお母様、あれ買って!」
「僕も僕も!あれ食べながらゴンドラ乗って花火みたい!」
この後花火の打ち上げもあるようだ、子供たちが親に連れられて一緒に小さな仮面をつけてはしゃいでいた。ギルドのクエストに指定された露店の場所に行ってみると、中央広場の一番端のスペース、人通りはまばらだ。
「ここか~ちょっと場所が悪いわね」
「銀等級、とりあえず倉庫だな。あっちに見える、きっとあれだぜ」
目の良いジョンについて行く。ギルドから配布された案内図を確認しながら倉庫に到着、エリスが扉を開ける。
「(がらがらがら)わ~」
「こりゃ凄いな銀等級」
4人が倉庫に入るや、思わず息をのむ光景が広がる。倉庫の中はとても広く、様々な物資が2段・3段と棚に積まれていた。何やら記号が棚に振られており、白い麻袋に入れられた物資、麻袋に隠れて、中に何が入っているのか外からすぐには分からない。
「あ、こりゃ小麦だな・・」
「こっちは塩もあるわよ」
『水の鎧』のマスクから、目元のガードを上にあげて、エリスとジョンの2人が手当たり次第に中を見ていた。
「こんだけ材料あるなら、『魚』の縛りがなければ少しはましな物売れたのに。私もちょっとした料理くらいなら作れたんだけどな~」
「へ~エリス、お前がね~」
「なにジョン、なんか文句でも」
「無いってエリス、なに怖い顔してんだよ。そりゃあ、お前の料理なら、1皿金貨1枚はいけるかもな」
「あれ・・この倉庫・・」
「はは・・ん?どうした銀等級?」
「いや・・僕、冒険者やる前、こんな倉庫で商品管理してたんで」
「へ~銀等級が、そんな事してたんだな」
商品の並びが前職の倉庫と似ている、そうか!配列が一緒なのか。商品管理とはすなわち在庫管理。綺麗に棚に管理されている在庫、棚の記号は同じ種類の材料や食材を表しているんだとすぐに理解できた。前職の経験が生かされるとは、3年半のブラック企業生活も無駄では無かった。
「塩、砂糖、香辛料・・なるほど・・ここが調味料エリアっと」
「スズキ様?」
「小麦粉か・・ここは原材料っと」
「ねえイチロウ君、早く『魚』探そうよ。そんなのいくら見てたって、『ベネチア』の販売許可が無いんだから、『魚』焼いて露店で出すくらいしか考えてないんでしょ?」
「今、なんか出てきそうなんだ、ファミリーにうけが良くて、美味しい『魚』のアイデア・・」
「そんな都合の良い料理ないでしょ~」
「スズキ様!こっちにお魚がたくさんございます!」
「あっ!さすがルナ様」
「おい銀等級!ルナ様が『魚』見つけて・・って、おい銀等級!聞いてんのか?」
「お、思いついた・・思い出した・・あっ、そっちはもういらない」
「え?でも・・」
「なんでよイチロウ君、早く『魚』焼かないと夜が明けちゃうよ?もうあきらめたんなら、早くオルレアン帰ろうよ~」
「あった!豆・・ここの倉庫、なかなかよく整理されてる」
「なに倉庫褒めてんのよ」
「小麦粉・・水・・豆・・砂糖・・ふっ、ふふふ」
「どうした銀等級?」
「ついに諦めたイチロウ君?」
「実は僕、オルレアンにくる前に5回転職してまして」
「ごっ!」
「銀等級!お前、その若さで嘘だろ?」
「前職はここと同じような倉庫の商品管理してたんですけど・・その前は、正社員でたくさん魚を焼いてたんですよ」
「なによ正社員って?」
「『魚』焼いてたのか!じゃあ料理は得意なんだろ?早く『魚』持ってって、あそこで売りさばこうぜ銀等級」
「ねえ。誰か倉庫から火をおこすもの探してくれない?」
「小さな炎でも宜しければ、わたくしの魔法で・・」
「凄いじゃないかルナ様!」
「え、いえ。本当に、小っちゃくて・・苦手なんです、火の魔法が・・」
「ルナ様こっち来て!」
「は、はあ・・」
「よし、じゃあ2人とも、持ってる『盾』をこっちに!」
「え?」
「良いけど・・はい」
『転移結晶』でこちらに来た際、兵士たちに『槍』は3人とも取り上げられていた。自分の『水の鎧』はもう無く、3人とも小さな『盾』を背中にしょっていた。
「ルナ様、この『盾』、火の魔法で温められます?」
「やってみます・・ファイア(しゅぼ)・・」
聖女ルナが「ファイア」と唱える。両手の先から小さな炎が弱々しく出ている。ミューラの出す『炎の矢』は攻撃力の塊のような激しい炎が出ていたが、ルナの可愛らしい炎は、家庭用のガスコンロでも焚いている程度の火力しか出ていない。
いいバーベキューが楽しめそうだ。ルナが両手を『盾』に近づけると、温められた『盾』が赤く熱を帯び始める。
「おお、良いですねルナ様、最高の熱加減です」
「そうなのでしょうか・・わたくしの炎では、ゴブリン1匹倒せなくて・・『火属性』は苦手なのです。子供の頃、先生に毎日お叱りをいただいて・・」
「いや、もう最高です。良いお嫁さんになれますよルナ様」
「な、な、何をおっしゃられるのですかあなたは!」
「あっ、盾の表層が溶け始めたんで、このくらいで。次の盾お願いしますルナ様」
「・・はい。ファイア(しゅぼ)」
「おい銀等級!そのかなづち、なにする気だよ?」
「なにって、エルミタージュでガイア先生に習った『精錬』だけど(カン!カン!カン!カン!)」
「おいおい!盾になるする気だよ銀等級?」
「ジョン、まあ見てろって(カン!カン!カン!カン!」
これぞガイア師匠仕込みの『精錬』スキル。盾に熱があるうちに、すかさず金床で形を整えていく。スキルカードの『精錬』スキルのおかげで、思い通りの形に金属の盾が変形していく。
ガイア先生の授業を聞いておいて本当に良かった。倉庫にあった金床を使って、今日の2時間目の授業をリプレイする。
「まあ。スズキ様、それ・・お魚・・」
「(カン!カン!カン!カン!)あっ、分かりますルナ様?」
「凄い・・って、イチロウ君、魚の置物でも作るつもり?」
「(カン!カン!カン!カン!)よし出来た!エリス、ジョン、時間が無い。2人とも両手空いてるね?」
「イチロウ君が盾全部、そんなのにしちゃったから何も持ってないわよ」
「エリスは『小麦粉』と『豆』、まずは持てるだけ。ジョン、『鍋』と『砂糖』持って」
「わたくしは・・」
「ルナ様は机を運ぶの手伝って」
「はい」
「銀等級、俺、なにするのかさっぱり分かってないんだが」
「そうよイチロウ君、『魚』以外売れないんだよ?漁民でしょあなた、さっきのギルドの話聞いてたの?」
「売るよもちろん、甘い『魚』」
「甘い『魚』?(3人)」
不思議がる3人に指示し、机はルナと2人で倉庫から持ち出す。エリスとジョンは材料を運び。指定された露店は中央広場からは離れているが、倉庫からは比較的近く、ジョンが倉庫から資材や材料を搬送する、運び終わると指示した材料を作業台に設置した『鍋』に入れていく。
「ルナ様、また火をお願いします」
「はい・・ファイア(しゅぼ)・・(ぐつぐつぐつ)」
「凄いよルナ様!ミューラだと爆発するくらい火力が高いから、これくらいが最高!本当良いお嫁さんになるよルナ様は」
「このような小さな火が役に立つ日がこようとは・・そうようなものなのでしょうか・・(ぐつぐつぐつ)」
「よしエリス、『豆』と『砂糖』、あとそれから・・」
「ちょっとイチロウ君、なに作る気?ぜんぜん『魚』じゃないんですけど」
「いいからいいから・・分量は1:2で・・あ、ジョン、はい、アクとって」
「アク?なんだよそれ」
豆を煮て出るアクをすくった事が無いようだ。ジョンに指導して豆をぐつぐつ煮ていく。
「(ざっざ!)ルナ様、今後は水・・出ます?」
「もうお好きに指示なさって下さい・・ウォーター(じゃ~)」
「はいエリス、豆潰して。終わったら砂糖入れるから」
「あ~はいはい・・なにやってんのかしら、こんなところで・・」
指定された露店の場所は、ちょっとしたキャンプでも出来そうなブースになっており、下水を流す流し場が2つのブースに対して1つ設置されていた。運河の水が汚水で濁ってはいなかった。『ベネチア』では、きっと上下水道が発達しているに違いない。
「おっ何か作るのかい、お隣さん?」
「ええ、『魚』です」
「は?そりゃどう見ても料理だろ?販売許可取ってるのか?」
「そうよイチロウ君、これじゃあ兵士に捕まっちゃうよ。もうこんな事やめようよ」
「大丈夫ですエリスさん、ちゃんと作ってるじゃないですか、『魚』」
指示通り魔法でサポートするルナをよそに、ジョンとエリスは不思議そうにこちらの料理を見つめている。
「さて、つなぎもオッケーと。時間も無い、ルナ様、火をお願いします。ジョンはその白いつなぎをここの穴に1杯ずつ入れて」
「は、はい。『ファイア』(しゅぼ)」
「よし、この『魚』の形した穴に入れてきゃ良いんだな銀等級」
ジョンが盾を金床で『精錬』した『魚』の型をとった鉄器に、『小麦粉』を水で溶いたつなぎを入れていく。つなぎが鉄器に注がれると、『魚』の形に広がり固まる。
「よしエリス、さっき作った『あんこ』お願い」
「え?これ、『あんこ』って言うの?わたし見た事ないんだけど」
「食べてみる、ほら」
一口サイズにスプーンですくった『あんこ』をエリスに食べさせる。
「あ、甘い!美味しい!」
「はい、2人もどうぞ」
ルナ様とジョンにも別のスプーンですくって食べさせる。
「おいしい!」
「おいしくて甘いです、王宮でも食べた事がございません」
「じゃあエリス、作業続けて。はい、そのスプーンで、しっぽの先までしっかり伸ばして」
「うん。こんな感じで良い?」
「いいねエリス!上手だよ、いい嫁さんになりそう」
「えっ、なによそれ?」
「ははは、エリスが嫁さんって(ドスっ!)ぐはっ!」
「あんたは黙ってなさい(しゅ!しゅ!)」
エリスがジョンの入れたつなぎが固まるのを待って、『あんこ』をスプーンですくって乗せていく。
「凄い!イチロウ君がなにしたいのか分かったわ、これが『魚』って事ね!」
「これがお魚?」
「ルナ様もすぐ分かりますよ、それじゃあほら(パン!)」
盾から『精錬』した鉄器には5つの魚を形どった。左に縦に5匹の胴体下半分、右に縦に5匹の胴体上半分。(パン!)と一度鉄器を閉じて、左に出来ていた『魚』を右に移す。
「まあ!」
「凄いぜ銀等級!これ、正真正銘『魚』じゃねえか!」
「お、なんだなんだ」
「甘い良い香り、それ売り物?」
「はい、『たい焼き』です!おひとつ、いかがでしょうか?」
「『たい焼き』?聞いた事無いわね」
「お母さん、あれ欲しい~」
「そう。おひとつ貰える?」
「はい、銅貨3枚でいいかしら?」
「はい!もちろんです」
材料はすべて王族から支給されたギルドのもの。『ベネチア』の人もそれを知ってて、サービス料を冒険者に払う仕組みが歩合制と先ほどギルドから説明を受けていた。
材料の条件はみんな同じ、いかにサービスと付加価値を出すかが、今回のクエストの報酬を決めるよく出来たシステム。これなら冒険者も稼ごうと必死になるし、王族サイドは祭りを盛り上げ民衆への威厳を保てる。
「はい、どうも」
「ありがとうございます!」
「お母さん、食べていい?」
「良いわよ、可愛いお魚さんね。お母さんもしっぽ食べていいかしら?」
「うん(もぐもぐ)甘くて美味しい!」
「(もぐもぐ)あら、本当美味しい!もう4つ頂ける?」
「え!?」
「はい、もちろんです。ジョン、頼む」
「おお。あちち、ちょ、ちょっと待って」
「あんたクビ。はい、どうぞ~」
「はい、ありがとう。お父さんたちに持って行きましょう」
「わ~い」
「おい、その『たい焼き』こっちにも頼むよ。一つ銀貨1枚出すから」
「こっちにも『たい焼き』お願い」
「あっ、すぐに作りますから。ジョン、先に並んだ人から中央広場と逆方向に、倉庫に向かって列伸ばして。並んだ人に一つ銀貨1枚からお願いしますって言っておいて」
「分かった。みなさん、『たい焼き』で~す。こちらに並んで下さい~」
「エリスはつなぎと『あんこ』頼む、ルナ様お願いします」
「分かりました、ファイア(しゅぼ)」
「この小麦粉がこんな『魚』になるなんてね~(しゅ!しゅ!)」
「(ガチャン!)はい完成、エリス頼む」
「はい、『たい焼き』おいくつにされます?」
「全部頼む、銀貨5枚な」
「え!は、はい」
「エリスどうした?早く次のつなぎ頼むよ。お客さんもう10組くらい並んでるからさ」
「こんなにもらっちゃって良いのかな・・」
「今日は年に1度の『仮面舞踏会』でしょ?財布のヒモも緩んで当然だよ」
日本の祭りと一緒で、普段買わない値段でも『かき氷』や『りんご飴』も飛ぶように売れる。人間心理、家族サービスも手伝って親の財布もゆるゆるになるだろう。オルレアンのギルド長は娘に常に緩みっぱなしだが、『ベネチア』の民が年に一度のお祭りをいかに楽しんでいるのか、『たい焼き』ブースに並ぶ長い行列が物語っている。
「は~い、最後尾こちらで~す。『たい焼き』銀貨1枚からお願いしま~す」
「おいくつですか?」
「『たい焼き』5つ全部くれ、はい銀貨5枚」
「まいどあり~」
「スズキ様は、ずっとこのような事を?」
「え?そうだけど。『たい焼き』作ってたのは2年くらいかな?隣にタピオカ店が出来ちゃって、お店が潰れてクビになっちゃってさ・・はは」
「タピオカ・・ですか?」
「ああ。今度また話すよ、さあルナ様、火をお願いします」
「すいません・・。ファイア(しゅぼ)」
飛ぶように売れていく『たい焼き』。列が膨れ上がるにつれ、作るスピードも上げていく。魔法というのは本当に便利だ。ルナは火力が調整できるので、指示通り火加減を調整してくれる。
エリスは接客につなぎと『あんこ』の2足のわらじ、慣れてくるにしたがってスピードも「しゅ!しゅ!」と早くなってきた。銀貨1枚に価格を統一したのも正解だ。
「おい、お前たち!何を売っておるのか!」
「あ、どうも~。もちろん『魚』ですよ、ほら」
「これが『魚』だと?」
「はい、『たい焼き』です」
兵士3人がどこから来たのか巡回に来た。エリスに変わり対応に入る。
「お疲れ様です。エリス、ギルドカードでクエストの証明書出して」
「ええ、ちょっと待って。はい、これ」
「ふ、ふむ。確かにギルドの正式なクエストのようだな・・」
「あ、兵士さん。この『たい焼き』、1つ銀貨1枚なんですけど、よろしければ・・」
「おお、そうかそうか。賢い小僧だな、頑張りなさい」
「はい、お勤めご苦労様です」
「ふ~、本当、イチロウ君は口が上手いわね~とても同い年くらいと思えないわ」
「はは、口だけですよ」
兵士を何とかやり過ごし、列をさばく事に集中。つなぎも『あんこ』も多めに用意しておいたが、さすがに残りも心もとなくなってきた。
「ジョン!」
「ああ、なんだ銀等級」
「そこまでで列切って!材料無くなるから」
「おお、分かった。すいませ~ん、もう売り切れでして~」
次第に『たい焼き』の列が短くなっていき、最後の3人組の家族に3つの『たい焼き』をエリスが手渡すと、子供が嬉しそうに手に持ってその場から立ち去って行った。
「ふ~おしまい。疲れた~」
「銀等級、すげーなお前」
「はは、昔の仕事がここで役立つなんて思わなかったよ。ルナ様の火の魔法のおかげですよ」
「わたくしは何も・・役立つなんて言われたのは初めてです・・」
「じゃあ『たい焼き』最後の2つ、みんなで食べよう」
ガイア師匠仕込みの盾を『精錬』した『たい焼き』用の金型は、一度に5つ焼ける仕様。材料は丁度無くなったので、ここにある2つが最後の『たい焼き』。1つはエリスに渡し、手に持つ『たい焼き』を胴体から2つに割ってジョンに半分渡す。それを見たエリスも、胴体を割ってルナ様に渡す。
「では」
「みんなで」
「いただきま~す。(モグモグ)お、おいし~い」
「(モグモグ)あ、あっちぃ!」
「はは、ジョン、がっつき過ぎ。ルナ様、ちょっとずつ食べて下さい」
「は、はい。ふ~ふ~」
「あれ?ルナ様猫舌でした?」
「だ、大丈夫です。(パク)ん!?」
「ど、どうされました!」
「(モグモグ)お、おいしいのです」
「ぷっ」
「ははは(3人)」
「どうして笑うのですか!」
ルナ様の『たい焼き』を食べる姿を見て笑いが止まらない『月の雫』の3人。作業台の机の上にある硬貨を入れる布袋には、売り上げ代の銀貨がぎっしり詰まっていた。




