44.試練
『転移結晶』により、『水のクリスタル』のある『ベネチア』入りを果たした聖女ルナと親衛隊『月の雫』の3人は、『ベネチア』側で待機していた兵士に囲まれていた。
「ギルドカードを見せろ!」
「早く出せ!それから3人とも『槍』をこちらに渡すように、それとも戦うつもりか貴様ら?」
「随分乱暴ね・・はい」
3人の持っていた『槍』を取り上げられる。クラウドの娘、エリスがギルドカードを兵士に差し出す。やはりこちらの国でも、結晶石を使ったチェックが行われていた。話にあった、『水属性』で無いかのチェックをしているに違いない。
「ん?お前、『水属性』じゃ無いな」
「う、嘘よ!オルレアンでは間違いなく結晶石で」
「壊れてたんじゃないのか?」
「そんなはずは・・」
なんと『ベネチア』側の兵士が、エリスを『水属性』では無いと言い出し、周囲を囲んでいた5・6人の兵士たちが、持っていた剣を抜き、切りかかる体制に入る。
こちら側は聖女ルナ様と『水の鎧』を装備した3人とはいえ、ここで戦っては親書どころでは無くなる。一色触発の状況に追い打ちをかけるように、1人だけ他の兵士より重装備の鎧を装備しているリーダーらしき兵士が前に出ると、聖女ルナを見て声を上げる。
「お、そっちのお嬢ちゃんはちょっとこっちに来な」
「待ちなさい。何をするつもりよあなたたち?」
「そうだぞお前ら。聖女様に向かってなんて無礼を!」
「待つんだジョン!」
「なんだよ銀等級!お前も悔しくないのかよ」
「冷静になれ、ルナ様を見ろ」
「えっ、あ・・」
聖女ルナの顔は顔面蒼白になり、親書を届けられないかも知れない状況とその責任の重さで押しつぶされそうになっていた。
「早まるなジョン、ここでしくじれば、ルナ様の立場が無くなる」
「だからって」
ジョンはルナ様を守ろうとして冷静さを失っている。どうする、考えろ、考えろ。これじゃあまるで、15年前のエルミタージュの正門で、守衛に最初にギルドカードを疑われた時と同じ状況・・同じ・・状況・・。この中で冷静な判断が出来そうなエリスに声をかける。
「エリス、ちょっといいか?」
「何、銀等級・・」
兵士たちに囲まれている、エリスの耳元で小声でささやくようにボソボソと話す。
「金、持ってるか?」
「ちょっとだけ」
「金貨は?」
「無い、あなたは?」
「こっちも銀貨しか・・」
「駄目、あったとしても『オルレアン』と『ベネチア』で流通してる金貨の種類が違うの。昔と違って通貨の等価交換条約が今は破棄されてる。物を通して交換しないとこちらの国で硬貨は使えないわ・・」
「だったら・・」
「ちょっとあなた!」
とっさに思いつき、自分の装備していた『水の鎧』を脱ぎ出すと、全員があっけにとられてこちらの方に注目する。重装備の鎧を装備しているリーダーらしき兵士がたまらずこちらに声をかけてくる。
「・・お前、何してる?しかも何だその服、漁民か?」
「そ、そ~そ~、そうなんですよ、あはははは」
「・・あなた、農民様?」
「ルナ様、ちょっと黙ってて(しっ!)」
「はい・・」
「あはははは、僕、オルレアンの漁民なんですけど、成り行きでこんなところまで来ちゃいまして。あ~、この『水の鎧』、すっごく重たくて、とても着てられませんよ~」
「なに!『水の鎧』だって!」
「兵士長!あの30年前に少しだけ作られた、『水属性』専用防具の事じゃないですか!?『アカデミア』の授業で聞いた事があります。もう『ベネチア』では手に入らない、『オルレアン』でのみ作られていた一級品の代物だって」
食いついた。しかも色々こちらの知らない情報が出てきた。『水の鎧』を地面に置いて、兵士長と言われている重装備のリーダーに声をかける。
「あの兵士長さん。僕、これ装備してても意味無いんで、誰かもらってくれる人、どこかにいないかな~」
「なんだと小僧!」
「あ、これさっき『オルレアン』の王宮で支給された正真正銘の本物。使わないまでも、売っちゃえば家の1つや2つ買えちゃいませんかね~」
「ふむ・・なるほどなるほど・・賢いな小僧」
「兵士長!」
「お前らは黙っていろ!」
「はい・・」
「僕たち、親書を届けに来ただけなんで、明日の朝までには戻らないといけませんので・・この『転移結晶』のゲートが明日閉じるまでここで待ってていただければ、ここにいる2人の『水の鎧』も、もういらなくなっちゃうんですけどね~」
「なっ・・」
「銀等級・・お前・・」
「ふふふ・・はっはっは、それで交渉しているつもりか小僧~」
「いや、僕、子供なんで。偉い大人の人とは、とてもとても。もしかして僕、とてももったいない事言っちゃってたりしますかね?」
「はははは、いや、そんな事は無いぞ小僧。さあ、前金をいただこうか」
「はいはい、どうぞどうぞ」
兵士長と呼ばれていた男に、地面に置いた『水の鎧』を差し出すと、兵士長はご機嫌になったようで、顔のニヤつきが止まらなくなっていた。
「あっ、僕ら親書を届けたら戻ってきますんで」
「ああ、小僧、帰るまでしっかり守っててやるぞ、なははは」
「さあ、話はつきました。いくぞみんな!さあルナ様も」
「はい」
「よいのですか兵士長!」
「『水の鎧』がここに1つ、明日の朝にはさらに2つ。奴らは必ずここを通らなければ『オルレアン』には戻れない、最高の取引では無いか!あーはっはっは」
なんとか『ベネチア』の兵士をやり過ごす事が出来た。どこか分からない建物を出ると、太陽の光が突然目に入る。
「きゃ!」
「眩しい!」
建物を出ると、太陽の日差しが見渡す限りの海をきらきら照らす、海辺の近くにいたようだ。海の向こうには、うっすら1つ島が見える。辺りを見渡すと、海岸線に沿って白い家々が立ち並び、海のあちらこちらの近海ではオルレアンでは見られなかった漁をしている漁船の姿がたくさん目に入ってくる。
海岸線のいたるところに港や船乗り場が立ち並び、振り向くと運河が何本も街々の間を流れ、街の人が小さな船で移動をしている姿が見えた。街の奥の小高い丘の上から側面に滝が落ちており、その滝の上に、大きなお城が見えていた。
滝から流れた水が運河に絶え間ない水を供給する、どうして水源の無いであろう丘の上から滝が流れ落ちるのか分からないが、この街全体が、まさに、水の都『ベネチア』という大都市なんだと、4人はオルレアンで見る事の無かった初めての光景にしばらく絶句した。
「あの・・スズキ様・・」
「え?なに・・あー!ごめんなさい!」
「なに?」
「いかがされましたかルナ様!」
「え、いえ、大丈夫・・です」
兵士たちから逃げ出る途中、無意識に聖女ルナの左手を右手で握って連れ出ていた。ずっと繋ぎっぱなしだったようだ・・セガールに消される危険な行為を・・凄く柔らかくて冷たい手だった。ジョンがこちらに声をかけてくる。
「しかし、さすがは銀等級」
「本当、昼間のルナ様の時と言い、本当、口がお上手。とても同じくらいの歳とは思えない、さすが銀等級様ね」
「はは。よく言われます・・」
「あの・・あなたが・・どうしてここに?」
「えっと・・ルナ様」
「はい」
「明日の夜明けまでしか時間はありません。これから先何があるかも分からない、先にその手にある女王陛下の親書を届けに行きましょう」
「私も銀等級と同意見、ルナ様、お早く使命を終わらせてしまいましょう」
「最初にドジっちゃいましたが、こっから先は任せて下さい!俺たち、ルナ様の親衛隊ですから!」
「みなさん・・ありがとう・・」
聖女ルナが涙を流す。一筋一筋の涙が頬をつたり、『ベネチア』の運河に、雫となって落ちていった。




