42.水の誓い
聖女ルナが王宮へ去っていくと、指導役の兵士から声がかかる。広場には指導役の兵士と、『水の鎧』を装備した3人の冒険者が立っていた。
「さすが銀等級冒険者様、見事なお手並みでした」
「えっ?僕は何も・・」
そういうと、隣にいた同じく『水の鎧』を装備した冒険者が、頭の兜を脱いで手に持つ。マスクを取るなりスラっとさらさらした髪が肩まで落ちる。青い瞳、黒い髪の若い女の子が笑顔でこちらを見ていた。
「ねえ、あなたもそれ、外さない?」
「えっ、はい」
「そっちのあなたも、自己紹介しとこう。同じルナ様親衛隊でしょ?」
「ああ、もちろんだ」
もう1人の男の声がした方も頭の兜を外す。短く赤い髪がピンと天につんつん伸び、体格のがっちりした若い男の子が笑顔でこちらを見ていた。
「俺の名前はジェフ=ジョン、ジョンって呼んでくれ、銀等級」
「私の名前はクラウド=エリス、エリスって呼んでね、銀等級さん」
「えっ、クラウドって、あのクラウド!?」
「あら、私の名前に何か?」
「ああ、ごめん。勘違いかな、アイリス・・様やラインハルトと一緒にいたのは、もう15年も前の話だし・・」
「嘘でしょ!何であなた、お父様の事知ってるの?」
「ええ!?お父さん?」
クラウド=エリスと名乗ったこの女の子、さらさらした黒い髪、凛々しい顔立ち、どことなくクラウドの面影を感じる。自分も槍と盾を地面に置いて、兜を片腕に持ちマスクを外す。クラウドとはエルミタージュ85期生の同級生で、石化してすぐ生き別れた事を簡単に説明する。
「へ~石化・・あなた15年もエルミタージュで石像してたんだ。講堂前の『伝説の農民像』の話、お父様の言ってた事は本当だったのね」
「クラウドが何か言ってたの?」
「うん、おとぎ話みたいに子供の頃からずっと聞かされてて、たしか今は行方不明のラインハルト伯爵と決闘して負けたんでしょ?」
「ううっ・・なんでそれを・・。ってか、ラインハルト、行方不明?」
「そうよ、もう15年も前の事件でしょ?聖女アイリス様の失踪と時を同じくした大事件。今もお父様、お2人を探す手がかりを探しに『王立図書館』に通われてるし・・」
「そうなんですね。クラウド・・なつかしい・・」
「あなたはお父様の事覚えてるの?」
「もちろん。森でクエストで偶然出会った時も、85回目のエルミタージュの受験の時も、決闘の時も、自分がピンチの時に守ろうとしてくれた、凄くいいやつ・・会いたいな、クラウド・・」
「ふふ、そうなんだ。あのお父様がね~、この緊急クエスト終わったらお父様に会いに来る?」
「もちろん。お願いします、えっと・・エリス・・さん」
「エリスで良いわよ銀等級さん、名前は?」
「スズキ、スズキイチロウです」
「そう、銀等級のスズキさん、これから親衛隊宜しくお願いします」
2人で握手する。女性で体年齢が同じくらいの若い女性だけど、長身で身長170㎝はもう超えているだろう。大人びた印象を感じる。なによりあのクラウドの娘って言ってる、こんなに心強い事は無い。
「今度は俺だな」
「よろしく、ジョンさん」
男のジェフ=ジョンと握手する。こちらも長身で、エリスと同じくらいの背丈。『水の鎧』を着ているが、がっしりした体格は顔の輪郭からも容易に想像できる、頼りになりそうな印象だ。
「あのさ・・俺・・」
「どうしたのジョンさん」
「銀等級の顔見るまで気づかなかったんだけどさ・・その、すまん!!」
「え!?」
いきなりジョンがこっちに向かって座り込むや、土下座して謝ってくる。
「どうしたのジョン?頭をあげてよ」
「すまん、本当にすまない。エルミタージュで銀等級が裁判されてた時、俺、調子に乗って死刑とか叫んでしまって。この通り、俺を許してくれ!」
「え?それ、なんだっけ?」
「ほら~、ミューラ先生が大事な人って叫んでたでしょ?」
「あ、ああ!あの冤罪裁判・・を見てたって事は・・2人とも・・」
「そう、私たち2人、エルミタージュの100期生よ」
「そうなんですか!」
土下座を続けるジョンを抱え上げ、謝るのをやめるよう声をかける。
「その、石化が15年ぶりに解けて、あんな状態になっちゃって。ジョンに責任は無いから謝らないでよ」
「いや、すまん。周りに流されて、本当に申し訳なかった」
「それは私も一緒。まさか銀等級冒険者だったなんて。お父様の同級生だし、そんな人が変態行為なんかするわけ・・」
「うぐぐ・・ちょっと、あの時の事はあんまり思い出させないでよ・・奴隷生活、結構つらくて・・」
「ごめんなさい・・」
牢屋には入れられるは、アカレンジャーにエルミタージュ学院内を犬のごとく連れまわされ、あげくは王宮の晩餐会で野獣にかみつかれ生死の境をさまよった黒歴史。早く忘れてしまいたい。
「あのさ銀等級。さっきのあんたの話、見事だったぜ」
「え?」
「本当、私、しびれちゃったわ」
「えっあ、ああ、口だけだから・・はは。僕、かなり、弱いし・・」
聖女ルナのやせ我慢をした気丈な表情に、マミを悲しませ続けた過去が重なった。なんだかここまで、このオルレアンで、過去の過ちにたびたび気づかされる。
前職の倉庫の商品管理では、人と全く触れ合わずに、暗い倉庫でただひたすら家族をかえりみず働き続けていた。心地よい風が通るこの王宮の広場で、昔気づかなかった自分の気持ちを見つめ直しているのかも知れない。
「あのさ銀等級」
「どうしたジョン、もうお世辞はやめてよ」
「い、いや。先に確認したい事があってさ・・その。俺たち、ルナ様の親衛隊・・なんだよな」
「ああ、つい言っちゃったから、もうそうなんだと思うよ。本人もまんざらでもなさそうだったし」
「そうだよな!嫌じゃなさそうだったよな、ルナ様・・」
「はは~ん、ジョン。あんたルナ様に惚れてるな~」
「うるさいエリス!お前には関係ないだろ!」
なるほど、ジョンはルナの親衛隊である事を誇り以上に思っているらしい。ここまでの2人との会話をする限り、この2人、信用できる、頼りにできそうな相棒たちだ。
「なあ銀等級。せっかくルナ様の親衛隊やるんだし、何か親衛隊に名前をつけようぜ」
「なにそれ、私そういうの好き。でも私たち3人だし・・」
「良いじゃねえか、なあ銀等級?」
「うん。良いと思うけど・・」
「まず俺からだな、えっと・・三剣士ってどうだ?」
「はい却下。え~と、私は~、ロイヤルナイツとかどうかな?シンプルで良いでしょ?」
「2人とも若いですね・・」
「えっ、何か言った?」
「いや、何も・・えっと僕は・・『月の雫』なんて、いいかも知れませんね」
「月って・・ルナ様の事だよな銀等級?」
「雫は・・さっきのルナ様の涙?」
「ええ。『水属性』で僕ら3人、水ですし。月のルナ様から零れ落ちた、涙の戦士・・みたいな・・はは」
「なにそれ、私たちにピッタリじゃない!」
「それでいこう!ルナ様親衛隊『月の雫』最高の名前じゃねえか銀等級」
「じゃあ決まりですね」
「よし、じゃあ誓いだな」
「そうね」
「えっ何です誓いって?」
「誓いの言葉、『風のクリスタル』様への約束よ」
「この誓いを破った奴は、『風のクリスタル』様の罰が下るんだぜ。子供の頃から親に聞かされてる、オルレアン約束の儀式」
「はい、私から。宣誓!クラウド=エリスが誓う」
「次、俺。宣誓!ジェフ=ジョンが誓う」
「宣誓、スズキイチロウが誓う」
「(3人)『月の雫』は、いついかなる時も、ルナ様を守り、その使命を全うする事を、今日、ここに、誓う」
流れでこんな宣誓をしてしまった。またルナを泣かせるような事をすれば、きっと『風のクリスタル』の罰が当たるに違いない。
『月の雫』、新宿歌舞伎町にある、いわゆる夜の街のお店の名前。
前職の上司に誘われて喜んで・・じゃない、無理矢理連れていかれ、マミにバレて死の夜を味わった闇の名前が思わず出てしまったのは、汚れを知らないこの若者たち2人には、とても言える話では無かった。




