40.更新
王立学院エルミタージュにある『風の神殿』で『風のクリスタル』の啓示を聞いたものの、『水のクリスタル』がある『ベネチア』とは現在国交が無いため、国のトップから親書を送るしか、現在は手立てが無いとの話。
さらにその親書を『水属性』を持つジャンヌの姉、ルナが直接届けに行くと言い出した。『水のクリスタル』を闇の襲撃から防ぐため、エルミタージュを後にし、全員でまずギルド会館にいるサンダースギルド長に会いに行く事になった。
オルレアン連合ギルド会館 2階応接室
ギルド長机に座るサンダースと、その膝の上に乗ってお姫様抱っこされているジャンヌ。ジャンヌがサンダースパパにあらかた、これまでのいきさつを説明している様子。見る限り、父親の膝に座ってじゃれあっている親子の会話にしか聞こえない。
「あのね~パパ、それでね~」
「お~そうかそうか」
ちゃんと伝わってるのかあれで?
「・・何、ルナが1人で!?ルナ!!お前もこっちに来なさい」
「はい、お父様」
ガタイのデカいサンダースパパの左ひざ上にジャンヌが移動するや、空いたスペースの右ひざ上にルナお姉ちゃんもちょんと座り、話を始める。2人とも制服姿で下校したばかりの女学院生。ガイア先生とミューラもいるなか、自分の目の前にシュールな光景が広がる。
「何もお前が行かなくても」
「その、お父様。どうしてもわたくしが~」
何やらもめている様子、これは長くなりそうだ。
(ちょんちょん)
ん?うしろで背中を指で刺されたので、振り向くと2番窓口受付をしていたリンダさんの姿があった。
「スズキ君、ちょっといいかな?」
「ええ、なんか長くなりそうですね」
「そうなのよ、いつもあんな感じだからさ、今のうちに手続き済ませちゃおうと思ってきたの。スズキ君のギルドカード更新まだでしょ?」
「そうでした。今朝慌ててエルミタージュ登校したんで、今ギルドカード2枚あるんでした」
エルミタージュの防御要塞の兵士に間違えて渡してしまった事を思い出す。サンダースパパと娘2人、ミューラ、ガイアを部屋に残して、リンダさんとともに部屋の外に出る。
「(ぱたん)も~いっつもあんな感じなのよね~」
「はは、サンダース様嬉しそうでしたね」
「もうベッタベタ、見てるこっちが嫌になっちゃのよね~」
「あの姉妹はずっとギルド会館に?」
「普段は聖女様お二人は王宮で寝泊りしてるわよ。姉のルナ様は聖女様であると同時に神官様でもあるから、『西洋教会』関係のお仕事で大聖堂のミサとか礼拝とか、毎日大忙し」
「ルナ様は真面目なんですね」
「そうよ、まるで15年前のアイリス様みたい。どんなに忙しくても礼拝は欠かされないし、小さな時から孤児院の慰問もされてオルレアンの人からとても慕われてるの。まるで・・アイリス様の生まれ変わりみたいだわ」
「アイリス・・」
「あ、ごめんね。ちょっと無神経だったわね・・」
「いえ。そんな事ありませんよリンダさん」
「ふふ、あなたは変わらないわねスズキ君」
リンダさんと2階応接室を出てから、中央階段を1階に一緒に降りながら会話を続ける。
「ジャンヌ様はルナ様と対照的でとても活発的なお子様で、たまに湧く『闇属性』のモンスターは、ほとんどジャンヌ様がクエストで退治していただいてるの。どんなにピンチの時でも、決して仲間を見捨てない勇敢な聖騎士様。この前の活躍で『ナイト』の称号を付与された時は、オルレアンの人はみんな自分の事のように喜んでいたわ」
「2人とも、僕が石化している間にそんな活躍をしていたんですね」
「そうだよ~。アイリス様が行方不明になられて・・オルレアンのみんなにとって、あの2人の聖女様は・・私たちにとっての希望なのよ」
オルレアンに2人しかいない『光属性』の聖女である2人。その存在の大きさを、リンダさんの言葉でとても重く感じた。面と向かって話をする2人の姿からは、それをおごり、たかぶるようなそぶりは感じない。
散々牢屋に入れられて、ひどい目にあわされてきたが、2人に対する誤解が少し解けたような気がした。
「あ、言っとくけど。あの2人には絶対手を出しちゃいけないからね!」
「分かってますよ。さっきのあの様子、ちゃんと見てましたから」
「そだよ~、何かあったら怖いよ~」
「脅かさないで下さいよ、すでに何かあったら「消すぞ小僧」って言われてるんですから」
「ふふ、そうなのね。よし着いた」
雑談をしていると、1階の受付窓口までたどり着いた。以前の窓口と違い、横一列に並んだ銀行や役所のような受付窓口。2番窓口受付に案内される、どうやら15年前からリンダさんの持ち場は変わらないらしい。
「あ、なんかここに座るの久しぶりな気がします」
「そうだよ!私も15年ぶり」
「僕にとっては2日ぶりぐらいですよ。リンダさん、相変わらず美人ですね」
「また言う事がおじさん臭いんだから、本当変わらないわねスズキ君は。はい、カード出して」
「はい」
ブロンズ冒険者時代の赤いギルドカードと、今朝もらった銀等級冒険者の銀色のカードを2番窓口のリンダさんに提出する。
リンダさんがギルドカードの更新をしていると、ミューラが声をかけてきた。
「やっほーリンダ」
「あらミューラ、もう終わったの?」
「うん、さっきね。まだかかりそう?」
「ごめ~ん、今ギルドカード更新始めちゃって」
「時間かかりそうね・・ごめんねスズキ君、話がまとまって、今からサンダース様の書状を王宮のシャルル7世様にお届けに行ってくるの。正式に王宮サイドに謁見が必要だから、聖女様2人とガイア様にも陳情してもらうつもり」
「結局ルナ様1人ですよね・・サンダースさん、よく折れましたね」
「そうよ~ルナ様が頑張ったわ。まあ・・最後はジャンヌ様が、今夜一緒にパパとお風呂に入ってくれる事で解決したんだけどね・・」
「この国は滅びそうですね・・」
「え?何か言った?」
「いえ、なにも、別に・・ぼ、僕、しばらくギルドで手続きしてますんで、『水のクリスタル』も危ないし、ミューラは早くみんなと行って」
「うん。ごめんねスズキ君、そうさせてもらうね」
「良いんです、僕は今回手伝えそうもありませんし」
ミューラは手を振って1階ギルド会館の出口へ向かって行く。リンダさんと手続きをそのまま進める事にする。
「はい、まずはギルドカードの更新手続き終了ね。これ、新しいあなた様のカードです」
「新しい、僕の、カード・・」
最初は正社員切符なんて勘違いしてたけど、コモン冒険者、ブロンズ冒険者になって、いよいよ銀等級冒険者、まるで出世物語だな。
まあ、どうせこれから面倒な仕事がわんさかくるんだろうが、お金をたくさん稼がないと・・稼がないと?
「あのリンダさん。僕の月金貨10枚の自動送金、今どうなってます!」
「えっと、確認してみる・・」
困る困るよ、15年も石化してたら、住宅ローンの7万円も、マミへの養育費3万円も、一体今どうなってるんだ?
「あ、今月もちゃんと引かれてる・・金貨10枚」
「本当ですか!よ、よかった・・って、僕15年石化してたんですよね?全然お金稼いで無いのに、残高今いくらになってます?」
「えっとね~おお~これはこれは」
「な、なんですかなんですか?」
「えっ言っちゃって良いの?」
「リンダさんここの職員ですよね?どんな数字になってても受け入れます、早く教えて」
「金貨・・マイナス764枚」
「うぐっ!!」
「スズキ君、その若さでこの借金・・やるわね」
どこからこの数字が出てくるんだ?考えろ、考えろ。
「あ、あの・・リンダさん。まず、僕が石化する前の残高いくらでした?」
「そうだね、ちょっと履歴見てみるね・・そうそう、スズキ君が石化した日の残高が金貨36枚だね、まだプラスだね、ふふ」
「嬉しそうに言わないで下さいよ・・えっと、毎月金貨10枚かける12カ月かける15年・・すいません、そろばんとかありませんか?」
「何よそろばんって?」
「あ、ごめんなさい・・えっとノートノート・・」
ミューラから教えてもらったスキルカードのノートアイコンを起動する。タブレット表示には『アカレンジャー』『ベネチア』とだけ書かれていた。とりあえず借金の計算を手計算で、えっと、金貨10枚かける12カ月で、年間金貨は120枚必要っと。120枚かける15年間で計算式を・・しめて借金、金貨1800枚!!って、それでも合わない。
「あっスズキ君、銀等級冒険者の任命金が入ってるわよ」
「えっ、それっていくらです?」
「なんと金貨1000枚!」
「そんなに・・」
「いつ死ぬか分からない危険なクエストも多くなるから、死亡手当を先に払っとくのよ」
「ああ、なるほど・・」
借金がこれまでの自動送金15年間分で1800枚。そこから任命金1000枚を引いて借金が残り金貨800枚。残高に残っていたのが金貨36枚だから、800-36枚は・・・764枚。借金が金貨764枚、ぴったり、合っちゃったよ先生。
「・・・あのリンダさん。1つ聞いても良いです?」
「どうぞどうぞ、何でも聞いて」
「もしかして、ギルドカードって、借金できる機能とか・・」
「あるわよ」
「うぐっ」
まさかそんな機能まで・・。序列はどんどん上がって、昇進したのに借金がどんどん膨らんでいく。
「でも、利息とか15年分も付いたら、もっととんでもない数字になってるんじゃあ?」
「なに?利息って?」
「え?」
まさかこのギルド、利息って概念が無いのか?住宅ローンの月7万円だって、実際には元金が5万円、自分の組んだ長期固定金利だと利息はずっと2万円。
よって合わせて7万円ずつ住宅ローンを返済しても、2万円は銀行に利息で持って行かれて、借金の本体である元金は毎月5万円ずつしか減っていない。
オルレアンの国全体がそうなのかは分からないが、少なくともギルドの借金制度において利息は存在しないようだ、これは不幸中の幸い・・。
ここで分かった事が2つある。まず自動送金している金貨10枚、つまり10万円が、ひたすら15年間送金され続けている事実。まず1つ目は住宅ローンの返済にまわっているはず。たしかに金貨764枚、764万円借金がオルレアンで増えてしまったが、これは自宅マンションの返済にまわっていると思われる。
見方を変えれば、オルレアンで借金をして、自宅マンションの住宅ローンを返済していたわけか・・って、借金して借金返してる、自転車操業じゃありませんか!
「スズキ君、大丈夫?顔、青いよ」
「ああ、気にしないで下さい・・はは」
金貨10枚、つまり10万円のうち、3万円、金貨3枚は養育費。つまりはマミとうちの子への養育費の3万円もちゃんと15年間続いていた。
マミも働いているから子供の生活費と教育費の足しにはなっているだろう・・もう子供が何歳になってるのか考えるのも怖くなってきた。マミは一体いま何歳だ?15年の時間の経過の怖さをあらためて感じ、血の気が引いてきた。
「リンダさん。僕、それでも頑張って仕事・・じゃないや、クエスト・・頑張ります・・」
「おっ!そうだよスズキ君、スズキ君はそうでなくちゃ」
もう考えるのも億劫になってきた。15年か・・本当に大変な時間なんだな。ただ、今の自分に出来る事は・・この金貨月10枚の自動送金を続けて、元よめマミとの離婚協議の約定を果たしていかなければならない・・中年男子、つらいよ・・。
「あのリンダさん。オルレアンって、宝くじってあります?」
「うんあるよ、今ギルドの7番窓口で売ってるの。1等前後賞を合わせて、なんと金貨1000枚!」
「それさえ当たれば一発で借金が」
「はい残念です、ギルドカードの借金がある冒険者は、たとえ銀等級と言えども宝くじ買えません」
「うぐっ」
「そんな楽して借金返そうなんて、あなた甘いわよ!」
「そうですね・・初心に帰って、真面目に働きます・・」
「よろしい。もう、本当におじさん臭いんだからスズキ君は」
銀等級冒険者なら、いくらかマシなクエストにもありつけるかも知れない。ルナ様が『ベネチア』に行っている間、クエストをたくさんこなしておこう。ルナ様が孤児院の慰問をされ、ジャンヌ様がオルレアンを闇から救われている最中、自分は石になってエルミタージュの講堂前で伝説の農民像となり、ひたすら毎月借金を重ねていたんだな・・。今日から真面目に聖女様をあがめよう。
「あ、スズキ君、職業どうする?このまま農民?」
「え?それ以外に選択肢ありましたっけ?」
「ちょっと待ってね~ええ!!『漁民』、嘘でしょ!」
「『漁民』なら、15年前にもしょっちゅう勧めてくれてたじゃないですか?」
「15年前はそこそこいたんだけど、今じゃあオルレアンでは絶滅危惧種みたいなもの。特に『ベネチア』との人の行き来が無くなってからは、『水属性』のヒューマンやエルフなんてまずお目にかかれなくなったんだもの」
「属性って、突然身につくものじゃないんですか?」
「あなた、エルミタージュでミューラの講義聞いてるんじゃないの?」
「聞いてはいるんですが。早口でよく聞き取れない事も多くて、理解も浅くて・・」
「も~本当はダメなんだけど教えてあげる。属性は遺伝でしか伝わらないの」
「遺伝?それって・・親がその属性じゃないと、子供も持たないって事です?」
「そうよ。アイリス様のお子様2人も『光属性』でしょ?聖女様だから、2属性持ちって特殊なところはあるんだろうけど」
「聖女様なら、何でもありなんですね・・。確かにアイリスも『光属性』ですから、2人が『光属性』なのも納得できます。血液型みたいなもんですね・・」
「なにそのなんとか型って?」
「ああ、いえ、なんでも」
「それはそうと、スズキ君のご両親も、どちらか『水属性』だったんでしょ?」
「え~、おやじ・・じゃないや、父さんは農民だったんで・・誰でもなれる職業なので、僕には何とも・・その、『漁民』になれるってところからして、やっぱり僕、『水属性』あるんですよね?」
「そうなるわね・・詳しく検査しないと分からないけど、結晶石に『漁民』が選択できるから、まず間違いなく『水属性』ね」
(ブブーブブーブブー)2番窓口に提出していた銀色のギルドカードから、アラート音が鳴り響き真っ赤な画面がタブレットビジョンに表示される。
「うわっ!」
「びっくり!・・なになに・・これって、ギルド連合ギルド要領第4条『指定緊急招集』じゃない!」
「なんですそれ?」
「オルレアン国内にいる『水属性』を持つ冒険者は、職業を問わず王宮へ集合せよって・・いわゆる『緊急クエスト』ね」
「僕が『水属性』だからこのギルドカード赤くなったんですか?そういえばルナ様も・・」
「ルナ様は聖女様だから、生まれた時から金等級冒険者。『指定緊急招集』からは除外されてる」
「金等級?それって・・」
「白金等級はこのオルレアンには1人としていないから、実質冒険者の頂点」
「あの子たちが?僕より上で、サンダース様と同じ序列?」
「そうよ、今まであなた、何だと思ってたの?」
ただの野獣の女の子だと思っていた・・ということは・・社長クラス!平社員からすればまさに神に等しき存在!自分は今朝、社長の背中にまたがってしまっていたのか・・なんたる無礼を・・。
「それにしても『火属性』や『風属性』ならいくらでもいるのに、なんで『水属性』なのかしら?」
「これ、行かないとどうなります?」
「国外追放に決まってる!」
「ですよね・・よく分からないですが、僕、借金たくさんあるんで・・行ってきます」
「あ、待ってスズキ君」
「え?」
「どうせ『水属性』持ってるなら、『漁民』に職業変更しとこうよ」
「僕は『農民』の方がしっくりきますし・・」
「体力は変わらないけど、腕力とか『水属性』の補正がかかって『漁民』でいる方がプラスになるのよ?」
「それって、大衆浴場『ウインダム』の清掃クエストとかする時便利じゃないですか?」
「そうだよ~『農民』なんて正直、誰でもなれるし、清掃も物資の運搬も腕力いるでしょ?海の男って良いじゃない、モテるぞ~」
「モテる・・やります、僕、『漁民』になります!」
「はいはい。も~相変わらず単純ね」
「えっ何か言いました?」
「ううん、何でも・・はいオッケー。スズキ様、『漁民』転職おめでとうございます」
「よ、よし。心なしか、腕力が増えたような気がします!」
「そうだね。何か海の男になったよスズキ君、かっこいい」
「はいはい。それじゃあこの『指定緊急招集』行ってきます。王宮でしたよね?」
「場所分かる?『地図』書こうか?」
「大丈夫です、前に野獣に襲われたところなんで覚えてます」
「野獣?」
「ああ、えっと、聖なる野獣です。それじゃあ、借金返済に向けて、今日からまたよろしくお願いします、リンダさん」
「はいはい、何年かかるか分からないけど、お金はとても大切よ。完済まで私がしっかりサポートしてあげます」
「よろしくお願いします」
2番窓口リンダさんに別れを告げ、ギルド会館を走って飛び出す。心なしか、足も速くなってる気がする。『瞬足』スキルは無いけれど、王宮までひとっ走りしよう。まずは目標が見えてきた。会えないけれど確かにいるマミとあの子の養育費を稼ぐため、まずは15年の間にたまった借金を完済するため、クエストたくさんこなしていこう。




