38.風の啓示
2時間目の授業、ガイア先生の『精錬』の授業が終了する。気づいた時には、鉄や鉛の塊を色々な形に変える技術をマスターしていた。話をまるで聞いてなかったのに、体は勝手に覚えてくれるらしい、なんて優秀な体。
「かっかっか、小僧、これで農具もたくさん作れるぞい」
「それはすごく嬉しいです。わ~い・・」
使わないなこの技術。農具ならホームセンターで売ってるでしょ?なんで1時間も『金床』叩き続けて、こんなの自分で作らないといけないのか、令和時代の僕には理解できない。優秀な若い体に対して、中年男子のおっさんの心はすさんでいる。
「(げしっ)痛た!」
「これ小僧、鉄をけるで無い!鉄の神様のたたりがあるでな」
外に出ようとして鉄の塊につまづき負傷する農民。職人、ドワーフ、技術者の皆さん、毎日お勤めご苦労様です。こんな技術とか思ってすいません、反省してます、尊敬してます、体力1しか無いんで許して下さい。
(そっちじゃないよ・・いそいで・・)
「あっ・・また・・」
「どした小僧?」
「その・・啓示ってやつが、また聞こえて・・」
「ほお、啓示とな・・こりゃまた、たまげた。『風のクリスタル』様が、お前のこと、呼んどるのかも知れんな」
「え?『風のクリスタル』ですか?それって・・」
「『風の神殿』じゃな。どれ、このまま今日最後の3時間目、始めてみようかの」
「それって、これから行くって事ですか?」
「あそこはあの15年前の事件以来、関係者以外立ち入り禁止じゃからの。通行には今では大教皇様か聖女様、冒険者とて銀等級冒険者以上の序列ランクが必要じゃ」
「ああ、じゃあ僕は入れませんね・・」
「何を言っとるか?小僧、お前さん、今朝銀等級冒険者になったばかりじゃろうが」
「え?あ!そうですよ!」
「かっかっか、おまえさんには『風の神殿』に入る資格がある。さあ行くぞい」
「分かりましたガイア先生!」
煙突のある工房のような教室を出て、そのまま3時間目の授業、風の神殿に向かう。時間は11時を少し過ぎたところ、本日エルミタージュでの最後の授業。
太陽が直上にのぼり、からっとした空気の中にあって心地よい日差しが照り付ける。日本の蒸し蒸しした空気とは大違いでとても過ごしやすい、これも『風のクリスタル』の加護のおかげなのだろう、オルレアンでも良い作物が育ちそうだ。
『風の神殿』近くの防御要塞に到着。先日の襲撃の跡が、まだ生々しく残っている。要塞入口の兵士たちが挨拶してくる。
「ガイア様に敬礼!」
「かっかっか、元気元気。これよりこの小僧を『風の神殿』へ連れて行く」
「しかし・・ガイア様、いかにガイア様のご指示とはいえ、このような農民を・・規定に反します」
「くっくっく、ほれ、小僧。あれを」
「はい、ギルドカードです」
「これは赤いブロンズ冒険者、やはり規定に・・」
「ごめんなさい。そういえばまだギルドで更新してもらって無かった。はい、こっち。今朝もらったばかりなんで、すいません、間違えました」
「おい誰か、結晶石を持ってこい」
「はい、ただいま」
門番がもう1人の門番に指示し、なにやら自分の銀色のギルドカードを結晶石と呼ばれるビジョンにかざしてチェックしている。偽物で無いか確認してるのかな?まるで空港の手荷物検査のようだ。
「これはまさしく本物!し、失礼致しました!銀等級冒険者様に敬礼!!」
「ええ!?そんなあらたまらなくても大丈夫ですよ、僕、農民で・・」
「そうは参りません。この国のブロンズ冒険者以下、すべてあなた様の部下となります」
「かっかっか、まあ行くぞ小僧。好きにさせてやろうでは無いか」
「はい。では行って参ります(びしっ)」
「お気をつけて!(びしっ!)」
互いに敬礼をして別れる。突然オルレアンの下位冒険者たちが部下になった。レベル1で体力1、スキルは『筆記』や『採掘』としょぼいスキルばっかり。名ばかり管理職とは私の事。
「ああ!あちらにおられるのは聖女様!全員、聖女様に敬礼!!(びしっ!)」
え?聖女だって?兵士たちの敬礼しているうしろを振り向くと、なんと制服姿のルナとジャンヌの2人だった。
「あっ・・あなた・・」
「それにガイア様も!」
「かっかっか、なるほどなるほど。『風の啓示』を聞いたのは、小僧だけではなかったようじゃの~」
「ええ!?まさかそっちも?」
「ジャンヌが『風の啓示』が聞こえるからって来てみたら、まさか、あなたまでいるなんて・・」
「くっくっく、話は早そうじゃわい。さあ、『風のクリスタル』様のつぶやきじゃわい、行ってみようかのう~」
「(3人)はい」
銀等級冒険者のドワーフ、ガイア先生を先頭に、ルナ、ジャンヌ、農民の順番に要塞の中を抜け、しばらく歩くと『風の神殿』に到着する。
「ここ・・」
「小僧・・そういえばお前さん、15年前にここで戦ったそうじゃの?」
「はい・・激戦でした・・。ここで、僕と兵士たちが黒装束の影と戦いになって。最後は『風の神殿』を守る兵士たちが陣形を組んで突撃して突破口を開いてくれたんです。僕を『風のクリスタル』の部屋まで導くのに、どれだけの兵士が犠牲になったのか・・」
「そんな・・」
「知らなかったよ・・」
「行こうかの・・」
15年前とはいえ、自分にとっては石化したほんの数日前の出来事。本当に昨日の事のように、まだ兵士たちの突撃する声が聞こえてくるようだ。周囲から小鳥のさえずりが聞こえ、当時の面影はまったくと言って良いほど無い。ドワーフと3人は『風の神殿』内部に入る。
「こっちです、『風のクリスタル』の部屋、ここを右に」
「おお、さすがじゃの小僧」
「15年前も『風の神殿』に入ったのは初めてで、その時、道に迷ったんです。そしたら、声が聞こえて、そっちじゃないよって、いそいでって・・。アイリスを助けたくって、本当はもっと早く走りたかったんです。でもその時、僕、胸の肋骨折れてて・・」
「そんな体で、お母様を助けに?」
「うん、ルナ様のお母さんだったね。あの子・・アイリスってさ、僕の同級生で・・・」
「お母様と同級生?85期生って事?」
「うん、とても頑固で、とても優しくて、とても強い人だった。15年前『風のクリスタル』の部屋についた時・・」
『風の神殿』内部の通路を歩き、部屋の扉からエメラルドグリーンの光が漏れ出る部屋が通路左手に見えてきた。間違いない、あそこが、この前、15年前、アイリスとの、マミとの・・最後に会った場所。
ルナとジャンヌが、『風のクリスタル』の部屋の扉を2人で開ける。
扉を開くと、通路の先までエメラルドグリーンの光が波紋のように広がり、周囲を温かく、優しく照らす。部屋の奥の台座には、15年前と変わらず、大きなエメラルドグリーンの結晶が浮かんでいた。
「綺麗・・」
「素敵・・」
ルナとジャンヌが『風のクリスタル』に見とれている。ただ、自分にとってこの光は・・あの15年前の思い出がよみがえる。
「ねえ、イチ・・ロウ?」
「え?ジャンヌ・・うん」
「お母様と、ここで・・15年前・・」
「黒装束の影2つと・・闇のクリスタルってそいつら言ってて・・」
「闇のクリスタルじゃと!まさかそんな大それた堕落の象徴を、この神聖な『風の神殿』に持ち込むなど・・ゆるせん!」
「この部屋に入ったら、そいつら、黒い炎で『風のクリスタル』目がけて攻撃してて・・必死にアイリスが、光の壁で『風のクリスタル』を守ってて・・」
「それで、あなたは『上位昇進』をお母様にかけたのですね」
「そうです、ルナ様・・本当は、ミューラにかけるつもりでエルミタージュに来てて・・なりゆきで・・ここまで来る事になって・・」
「小僧・・それも『風のクリスタル』様のお導きじゃったのかも分らんな」
「あんたは・・その、どうして石像になったの?」
「『上位昇進』かけたアイリスが『ホーリーマザー』になって・・」
「『ホーリーマザー』ですって!それは神に等しい存在です」
「なんか影のやつらもそう言ってて、突然手に持ってた黒い結晶を投げつけられて・・」
「なるほど・・小僧・・お前さんの『上位昇進』を封じて、アイリス様がふたたび『ホーリーマザー』になれんように仕向けたんじゃの。敵ながら、なかなかの策士じゃわい」
「その後は・・あまり・・言いたくありません・・」
「ごめんなさい。わたくしたち・・」
「あなたの事を、誤解しておりました・・。心より、お詫び致します」
「え?」
ルナとジャンヌが、『風のクリスタル』を背に、エメラルドグリーンの光を背に並んでこちらに頭を下げてくる。
「(2人)お母様を助けて下さって、ありがとうございました」
「2人とも・・頭をあげ・・」
(ピカッ!!)『風のクリスタル』の優しかった波紋の光が爆発する。辺りの空間が、エメラルドグリーンの光に包まれ、足元と天井、空間の境が無くなり、全員がエメラルドグリーンの宇宙に浮かんでいた。
(いそいで・・)
「これは・・この声ですよ、啓示!」
「わたくしにも聞こえます、ジャンヌは?」
「ルナお姉様、私の聞こえた声もこれだよ!」
「わしにも聞こえるわい・・まるで、100年前に聞いた『土のクリスタル』の声によう似とるの~」
(いそいで・・みずのくりすたるに・・)
「え?」
「『水のクリスタル』が、どうされたんですか?」
(みずのくりすたるに・・やみが・・せまって・・)
「(全員)闇・・」




