35.オルレアン杯
朝7時51分 オルレアン連合ギルド 入口
ミューラの話では、王立学院エルミタージュは時間に厳しく、あらゆる場所に時計が置かれており、特に正門は必ず8時00分に閉まり、各講義の行われる教室に8時15分までに着席していないと単位および出席日数にはカウントされないらしい。たとえそれは、オルレアンの聖女様とて例外では無いと。
オルレアン連合ギルドの入口前、先生のミューラ、今年の入学生である第100期生のルナ、ジャンヌ、そして15年の留年を経て再び登校する事になった第85期生のスズキが、今まさに遅刻の危機に瀕していた。
「いい事3人とも、遅刻すれば今日の出席日数は間違いなくカウントゼロ。黒装束のふたたびの襲撃が来れば、休校になる可能性も否定できない。そうなれば既定の出席日数が足りなくなって、あなたたちは間違いなく留年よ」
「(2人)はい、先生!!」
「はい・・」
真面目なルナとジャンヌの姉妹が真剣に返事をする。不真面目な学生が適当に返事する。
「ちょっとスズキ君、何その死んだ魚のような目は!やる気も無いし、そんなんじゃ間に合わない!」
「先生、先生は『瞬足』で一瞬で着くかも知れませんけど、農民の僕の足では十中八九間に合いませんよ。馬車はおろか、この前大通り歩いていって、普通に3・40分はかかりましたし」
「そんなの知ってる、はい!乗って!!」
「(3人)ええ!!」
突然おんぶの体制で腰をかがめるミューラ先生。
「スズキ君、はい!さっさと乗って!」
「え・・また・・ですか・・・」
「いいから早く!『瞬足』の使えるジャンヌ様はルナ様をお願いします!・・ジャンヌ様?」
腰をかがめたミューラと騎馬戦を行う直前、ジャンヌが鬼の形相で、プルプルと体を震わせてこちらを見ている。
「どうしたのジャンヌ?あなた、さっきから様子が変よ・・」
「ルナお姉様、そんな事・・(ぷるぷる)」
「スズキ君、分かってると思うけど、敏感なんだから触らないでよね」
「先生!この男といつもそんな事してるの!?」
「ジャンヌ様、いつもじゃありません。たまにです」
「ますます駄目!ちょっと、あんたはミューラ先生禁止!こっちに乗れ!」
「(2人と1エルフ)ええ!?」
突然おんぶの体制で腰をかがめるジャンヌ、引き続き鬼の形相でこちらを睨みつけながら騎馬戦の構え。明らかにこの3人と1エルフの中で小さな体型の女の子がしゃがみ、おんぶできるよう両手を背中の後ろにまわす。
日本全国の運動会でもなかなかお目にかかれないシュールな光景に、辺りで聖女様に気づいた通行人から驚きの声が上がっている。
「ルナ姉様はミューラ先生に乗って!私も嫌だけど、そっち見てるよりはずっとマシだよ!」
「もう時間がありません!ルナ様、私以外にはジャンヌ様しか『瞬足』が使えません。本人もやる気ですので、ここは従いましょう、良いですね」
「かしこまりました・・では、お願いします」
「あんたも早く乗りなさい!」
「あんた・・」
マミも俺の事、「あんた」って呼んでたんだよな・・。ジャンヌの怒った表情が、元嫁マミの面影と重なる。たしかこの子はまだ15歳・・って、うちの子とタメ!?
「早くしろ!」
「はい・・」
美人と先生の言う事は素直に聞く、それが男の流儀。怒られるのは嫌なので、防御に極振りするのが弱者の鉄則。自分の身を女の子に託し、今、騎馬戦を開始する。
「キャ!変なとこ触んないでよ!パパに言いつけるわよ!」
「何もしてません!それだけは、ご勘弁を!」
騎乗の瞬間、さすがに肩に触れてしまう。両手を万歳、触っていい場所などどこにも無い、僕は痴漢じゃありません。この物語と体力1がいつ吹き飛ぶか分からない。正門が閉まるまで、グダグダした分あとわずか、留年の危機をかけ、いま2頭が出走する。
(ファンファ~レ)パ~ンパパパ、パパパパ~、パパパパ~ン。パパパパ~ン。パパ・パンパンパンパンパンパ~ン、パンパンパンパンパン~ン、パパパパ~~~~~ン。
「行くわよジャンヌ様!準備は!」
「いけます!」
「(1人と1エルフ)『瞬足』!!」
さあ2頭の馬が、スタート地点、ギルド会館前を飛び出す。第1レーン、ミューラ号、背中の騎手には可愛い女の子がまたがる。かたや第2レーンのジャンヌ号、鬼の形相で猛ダッシュ、背中の騎手は今にも振り落とされそうな勢いで風圧に負け体が後ろに大きくのけぞる。第1コーナーのギルド前宿屋を抜け、洋服店を過ぎ去った。さあ!ここからは人ごみ激しい大通り。第2コーナー前方には大衆浴場ウインダムの姿が飛び込んでくる。早朝からおじいちゃんおばあちゃんがパルテノン神殿に吸い込まれて行く横を、ミューラ号とジャンヌ号が光の速さで合間を縫ってジグザク走行。おおっと!ここで第3コーナー晴天の空の向こうに大きなお城が飛び込んでくる。ここは昨日囚人が女の子にビンタをくらい体力1が吹き飛びかけた因縁の城、もちろん2頭はお城を通り過ぎ、すぐさま第4コーナーのカーブに入る。ここが最大の難関お買い物市場。ふたたび人のゴミ・ゴミ・ゴミ。おおっと!ミューラ号、大通り右側の建物にジャ~プ、屋上に着地するや、人ごみを避けて可憐な疾走、背中の女の子は目をつぶって必死に背中に食らいつく。ななな!なんと大通り左手のジャンヌ号、大通り左側建物2階の壁の側面を90度の体勢で重力に逆らい疾走、背中のゴミは泡を吹きすでに失神状態だ。さあ最後の直線だ!石畳が白く変わり、ゴールのエルミタージュが見えてきた!鉄製の柵が左手に並び、2頭、ここで並んだ!ミューラ号に追いつく、ジャンヌ号我先に到着せんと最後のスパートをかける!泡を吹いて失神している騎手は風圧をもろに浴びつつまさに邪魔の一言、正門あとわずか!残り3ハロン、ミューラ号、ここで250年の年季を見せつけ1馬身差わずかにリード、おおっと!ジャンヌ号、15歳の若さを前面に打ち出し、後ろにのけぞる邪魔な騎手のケツにムチが入った!!叩きまくり無理矢理起こす。さらにここできた~!必殺の前傾姿勢サンダーススペシャルの構え、風を切り裂き大きく加速する!両頭全力、最後の追い込み!ミューラ号くる、ジャンヌ号抜き返す、正門まもなく、さあ、タイムは!!
(ぎぎーーバタン!!)正門の扉が閉まる。
「(ざっキキッ!)間に合った。ジャンヌ様は?」
「(ざざっキキキキッ!!)ぬわーー(ゴロゴロゴロゴロ)」
ジャンヌ号急停止、背中からすっ飛び、正門中庭の芝生の上に吹っ飛ばされた。衝撃で意識が・・もうろうと・・する・・。
「・・大丈夫?」
地面に仰向けに横たわる、体が痛い、動かない。
頭に枕のような感触、人のぬくもりがする、甘い香り、温かい。
うっすら目を開けると、心配そうにのぞき込む女の子の顔が浮かんできた。
「マ、マミ・・」
「・・・マミですよ」
「俺・・ジェット・・ううっ・・ゆ、ゆめの・・くにの・・、苦手だから・・あの時・・一緒に・・乗ろうって・・・誘ってくれたのに・・」
「・・それで」
「こっちに・・きて・・馬に乗って・・思い出した・・断ったりして・・本当に・・ごめん・・俺・・あの時の事・・今凄く・・後悔・・してる・・ううっ・・」
「それはダメだね・・」
女の子は、膝枕をしたまま、優しく頭を何度も、何度も撫でる。
「イチロウ?」
「イチロ・・え?」
ぼんやりしていた視界が開け、目をしっかりと見開く。
「お、お前・・」
「?」
膝枕をされていた頭をガバっとあげ、腰をついたまま両手を地面につく。
「マ・・」
「マ?」
(「・・あんた何?この私と一緒に乗れないとでも言うの?」)
元嫁マミがフラッシュバックする。
(「久しぶりに遊園地行こうって、誘ってくれたの、あんたじゃないのよ!」)
「す、すまん・・マミ・・お、俺が・・」
「逃げないでよ・・」
(「散々入口並んで、入場チケットは買い忘れてるし」)
「本当にあれ、ごめん!オッケーしてくれて、嬉しくて、すっかり忘れてて」
(「チケットは買い忘れる・・あれも怖い・・これも怖い・・」)
「ご、ごめ・・」
(「こ・の・無能がーー!!」)
「ごめんマミ!もう2度と誘わないから、頼む!俺を、許してくれーー!!」
「ちょっと!も~なんでよ~」
講堂へ向かって猛ダッシュ、講堂の時計の針は「8時00分」丁度を指していた。




