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32.ナイト

 エルミタージュ 『風の神殿』修復中の要塞(ようさい) 地下 牢屋


 太陽が地平線に沈みかけ、夕日で空が赤く燃えていた。


(かつ かつ かつ かつ)「スズキ君、スズキ君起きて!」


「スヤスヤ・・」

「スズキ君、起きてってば!」

「スヤー・・・」

「・・ミニファイヤアロー(ぼそっ)」

「(ブスッ)あち!あっちい!」


 草のベッドが以外に気持ちよく、囚人(しゅうじん)生活最大の醍醐味(だいごみ)、『お昼寝』をしていたところをお尻に赤い矢がつき刺さる。


「ミュ、ミューラ!今何かやったでしょ?」

「私は別に何も」

「スキルまた使ったでしょ?お兄さんにチクりますよ」

「それはダメ~」

(ひま)なんですか先生?僕まだ眠いので、もう少し寝かせて下さいよ。朝、授業終わって食事して、まだ4・5時間しか()ってないじゃないですか?」


 このエルミタージュ学院内には、時計があちこちに設置されており、オルレアンのギルド会館周辺や大衆浴場『ウインダム』内には無かった、時間の経過を感じさせる。


「寝ちゃダメ!もう王宮に行く時間です!」

「ええ!?王宮って、どこの?」

「お城よお城、オルレアン王宮に決まってるでしょ!」

「あの先生・・」

「ミューラ!・・なにスズキ君?」

「なんです、その王宮って?」


 ふたたびミューラに首輪に付いたロープで連れられ、牢屋(ろうや)の階段を上り講堂前まで行くと、綺麗な馬車が扉を開けて待っていた。


「ミューラ様、お待ちしておりました。そちらの奴隷(どれい)ですか?」

「ええ、この子も連れていきます」


 自然に()り立つ会話が腹がたつ、誰が奴隷だよ・・ああ、自分か。元嫁マミに付き従い(つきしたがい)、前職のブラック企業では結婚記念日に残業する社畜奴隷(しゃちくどれい)とは私の事。


「ごめんねスズキ君、王宮に事情を話してたら、説明面倒(めんどう)になっちゃって」

「・・奴隷1人連れて行きますって・・」

「言っちゃった。さすがスズキ君、分かってる~」

「ええ、いいんです、もう、何もかも・・」

「また暗くなって~元気出していこ、元気!」

「訳も分からずとりあえずここまで来ましたけど、何しに僕が王宮へ?用があるなら、ミューラだけで十分でしょ?」

「う~ん、ちょっと事情があってね~」


 嫌な予感がびんびんする。ミューラは馬車で移動する間、美味しいものが食べられるだの、綺麗(きれい)なお姉さんがたくさんいるだの、繁華街(はんかがい)の客引きのような甘い誘惑(ゆうわく)で必死に王宮へ行きたくなるよう話をする。


綺麗(きれい)なお姉さんはいいとして、僕、パーティーとか嫌ですよ、こんな服装ですし・・」

「大丈夫、私も一緒にいるから」

「それが心配なんですよ」

「え~なんで~」


 馬車のガラスの窓からオルレアンの街の景色が流れていく。大通りの石畳(いしだたみ)を進む馬車の窓からは、今まで通った事のない景色へと変化していく。窓の外からは、大衆浴場『ウインダム』近くから見えていたお城が、今や眼前に大きくそびえ立っていた。


「ミューラ様と奴隷が到着しました」

お通し(おとうし)しろ」


 お城の内部まで馬車が進み、しばらくすると降ろされる。


「ミューラ様はこちらへ、ドレスをご用意しております。その、この者はいかがなされますか?よろしければこちらでお預かり致しますが?」

「それでお願いします」

「勝手にしゃべらない!連れて行きますので、このロープお願いします」

「かしこまりました」


 ご主人様、ミューラから門番(もんばん)へ一時的に変更。ミューラはドレスアップしているらしく、一足先にパーティー会場へ案内される。


「おいミューラ様の奴隷、あそこの(はじ)の席で待っていなさい」

「分かりました」


 また場違い(ばちがい)な場所に来てしまった。パーティー会場の中央では綺麗な服を着た男女がダンスを踊り、会場内は音楽隊によるクラシカルな演奏が華やか(はなやか)にいとなわれていた。


「ジャンヌ様、オルレアンで女性初の『ナイト』の称号(しょうごう)を授けられたそうよ」

「さすが聖女様」


 口々にジャンヌの噂を耳にする、どうやらアイリスの娘が勲章(くんしょう)でももらったらしい、アイリスそっくりの双子の姉妹、このオルレアンでは救世主の扱いらしい。


 立食パーティー、どんな料理も食べ飲み放題。一応(いちおう)奴隷の身、目立たないように水だけ飲みながらミューラを待つ。


「ヤッホー、待った?」

「・・似合ってますね」

「え~なにその素っ気(そっけ)ないお世辞(せじ)、もっと感動しなさいよ~」

「してますって。美人は何着ても美人ですから、いいじゃないですか()めてるんだから」

「な~んかスズキ君、いつもいつもおじさんくさいのよね~」

「ええ、もうおじさんですから」


 ドレスアップしたミューラが待機していたテーブルに着くや、周りにいた貴族であろう人々が集まり、ひっきりなしにミューラに挨拶(あいさつ)をしている。


「はい、また今度・・ふ~王宮の晩餐会(セレモニー)も大変」

「あの、僕いらなくないです?」

駄目(だめ)なのよ、()てくれないと、ここに」

「もう帰っていいですか?牢屋(ろうや)に戻りたいんですけど」

「え~今来たばっかりでしょ~」


 早く草のベッドに横になりたい囚人(しゅうじん)、しきりに牢屋(ろうや)に帰りたがる。せっかくなので、テーブルの食事を1つずつ、つまんでいく。どの料理もとても美味しい、囚人(しゅうじん)生活では味わえない塩っ気(しおっけ)のある食べ物がたくさんだ。


「(もぐもぐ)そういえば、晩餐会(セレモニー)って何です?」

「今日昼間(ひるま)王宮で、ジャンヌ様が『ナイト』の称号(しょうごう)を付与されたの」

「ああ、なんか誰か言ってましたね。あれだけのゴブリン一瞬で吹き飛ばしたんですから、まあ妥当(だとう)勲章(くんしょう)じゃないですかね」


(ざわざわざわ・・ぱちぱちぱち)パーティー会場の奥の方で、何やら拍手が巻き起こっている。王宮でのセレモニー、本日のメインゲスト2人が登場したのだろう、会場内から歓声が上がる。ミューラが気にせず話を続ける。


「なに冷静(れいせい)分析(ぶんせき)してんのよ、あ・な・たのおかげでしょ?」

「ここにいる誰1人として、僕の功績(こうせき)知りませんし、信じませんよ」

「私は知ってるし、ずっと信じてたわよ」

「それで僕は十分です」


「本当に・・(よく)が無いのね」

「目立つのは嫌なんです、昔から」

「そう・・変わらないのね」

「僕にとっては石化前も昨日の事です。昨日だって、ミューラが来てくれるって、ずっと信じてましたよ」

「スズキ君・・・あっ」

「え?」


(こつ こつ こつ)歩く音が近づいてくる。


「ルナ様。どちらへ?」


(こつ こつ こつ)歩く音がさらに近づく。


「ルナ様、あのような奴隷にお近づきになってはなりません」


 パーティー会場の奥を向いていたミューラの表情が変わる。ミューラが向いている方へ振り向くと、透き通った(すきとおった)ひときわ綺麗なドレスに身を包んだ女の子が、歩きながらこちらに近づいてきた。顔を見た瞬間、一瞬で全身が凍り付く。


「マ、マミ・・」


 石化が解けて気が緩んで(ゆるんで)いた。結婚して15年間連れ添った女とうりふたつの顔を見て、その名をおもわず口に出してしまう。


(こつ こつ こつ)「どうしてあなたは、わたくしの名を知っているのです?」


 女の子が近づいてくるたびに、自然と後ずさりしてしまう。


(こつ こつ こつ)「どうしてあなたは、石になっていたのです?」


 近づいてくるのと同じ()を後ずさりしていく、段々と後ろの壁が迫り、これ以上後ずさりできなくなる。


「あなたはなぜ・・」


(ドン)会場の壁に到達。眼前に昨日の夜、神官のような服を着ていたお姉ちゃんのルナに詰め寄られ、マミの面影(おもかげ)が重なり言葉を失う。


「わたくしの事を・・恐れているのです?」


「う・・マミ・・ごめん」


おもわず目を背け、その場から逃げ出し走り出した矢先、突然目の前に女の子が現れる。


「(ばっ!)なっ・・」


顔を見た瞬間、一瞬で全身が凍り付く。


「こ、こっちにもマミ・・」


 昨日セーラー服のような騎士の姿をしていた妹のジャンヌが、綺麗なドレスに身を包み、眼前に立ちふさがるや、怒ったような表情でこちらに歩み寄ってくる。


(こつ こつ こつ)「どうしてあなたは、わたしの名前を知ってるの?」


女の子が近づいてくるたびに、自然と後ずさりしてしまう。


(こつ こつ こつ)「なんで石になってたの?」


近づいてくるのと同じ歩を後ずさりしていく、段々と後ろの壁が迫り、これ以上後ずさりできなくなる。


「なんで・・」


(ドン)会場の壁に到達。眼前に、ジャンヌが迫る。


「わたしの事を・・怖がってるの?」


「う・・ご、ごめん・・」


 お姉ちゃんのルナも近寄り、妹のジャンヌと挟み撃ちになる。会場内の全員がこの光景を注目し、クラシックな音楽だけが鳴り響いていた。


 しばらく無言でいると、ジャンヌがこちらに声をかけてくる。なにやら言いにくそうに、モジモジしながらつぶやく。


「あ、あのね・・」


「う、うん・・」


「ずっと・・聞きたい事があってね・・」


「・・うん」


「あの・・メイクなんとかって・・さ」


「・・・え?」


なんだっけ。


「あれって・・」


なんだっけ、なんだっけ。


「やっぱり・・言わないと・・駄目(だめ)?」


 会場でクラシックの音だけが流れる。魚脳みその自分、まったく思い出せない。


「あ、ああ!あれね、あれは・・冗談(じょうだん)、あははは・・」


 ジャンヌの目が涙ぐみ、鬼の形相(ぎょうそう)でこちらを睨み(にらみ)つける。


馬鹿馬鹿馬鹿(ばかばかばか)!ちょっと言っちゃったじゃないのよ!(バシッ!!)」


「痛ってぇ!!(ばたっ)」


「ちょっとジャンヌ様、スズキ君弱いから!死んじゃいますから!」

奴隷(どれい)が倒れたぞ~」

衛生兵(えいせいへい)~」


意識が遠のいていく・・・。












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