31.首輪
王立学院エルミタージュ 朝、昨日15年ぶりの黒装束の襲撃は2大聖女の活躍により撃退されたと夜のうちにオルレアン中に知れわたる。
特に闇のゴブリンチャンピオンとゴブリンの大軍を一瞬で打ち倒した聖女の噂はオルレアンの国中に伝わり、15年前の惨事より少ない被害で済んだ事も手伝い、人々は口々に聖女の活躍を称えていた。
その聖女たちとは、うってかわり、牢屋で朝を迎える男が1人。
(かつ かつ かつ かつ)「スズキ君、スズキ君起きて!」
「う~ん、ミュ、ミューラ?今せっかく眠り始めたのに起こさないでよ」
このオルレアンに来て5日かそこら、15年経過したとはいえ石化が解けてまる1日、このオルレアンに来て自分にとっては1週間も経っていない。
何でこう毎日毎日事件が起こるのか・・。ミューラが牢屋の檻越しに、早く起きろと大きな声を上げる。
「寝ちゃダメ!もう学院に行く時間です!」
「ええ!?学院ってどこの?」
「エルミタージュに決まってるでしょ!」
「嘘でしょ!昨日あんな事件があったばかりだってのに」
「もちろん今日は朝の1時間目だけで終了、要塞もボロボロだし、ゴブリンたちに施設は破壊されてるし」
「なおさら今日は休校にしましょうよ」
「エルミタージュの卒業に、出席日数が足りなくなるの」
「ああ、貴族のお坊ちゃまのために・・ちょっと出て、すぐ帰るんですね。じゃあ、おやすみなさい~、ふぁ~」
「何アクビしてんのよ!あなたも行くの!」
「え?だって僕、変態行為で今謹慎中の身ですし・・昨日から全然寝てませんし」
「授業は出ていいって交渉してきたの、学院長の許可も取ったから。ここにずっといるよりマシでしょ?」
「そ、そりゃあそうですけど・・ミュ、ミューラのお願いなら何でも通るんですね・・・」
「アイリス様との約束、守らないつもり?」
「ううっ・・い、行きますよ・・もちろん」
それを言われては行かないわけにはいかない、約束守るって、この前、約束したもんな・・アイリス・・。今は行方不明と聞いている。15年も経ち、かなり大人になっているに違いない。
しかもあのジャンヌとルナの2人の娘まで産んで、きっと結婚もしているはず。ミューラからの話だけ聞くと、まるで遠い外国で起きているような出来事だが、マミ・・いや、アイリスとうりふたつの双子の姉妹・・実の子供と言われても、何の疑いようも無い。
マミの面影を重ねた女の子、いや、マミが本当にオルレアンに自分と同じようにやってきていて、アイリスという名で振る舞い、自分の事を追いかけてきたんじゃないかと、今でもずっと思っている。
石化した自分を見て、彼女がこのオルレアンで他の男と結婚し、子供をもうけたとしても、15年の歳月が過ぎれば、それは当たり前の事なのかも知れない、そう、それがたとえ、本当にマミだったとしても、そうで無くても。
(がらがらがらがら・・)牢屋の檻が開くと、ミューラが何やら首輪とロープを持っている・・嫌な予感しかしない。ミューラは笑顔でこちらの首に首輪とロープを付けてくる。
(がちゃがちゃ)
「ふんふ~ん、はい、オッケー」
「・・・一応聞きますけど、この首輪なんです?」
「何って、逃げないようにつけてるに決まってるでしょ?」
「・・・授業中これ付けて講義受けろって事です?」
「そうだよ~何か問題でも?」
「おおありですよ!犬じゃないんですから、これじゃあまるで奴隷じゃないですか?」
「学院長のセントルイス様が、何かあったら「首をはねろ!」ってうるさいのよ~」
「僕こんな状態で、とてもこのエルミタージュを卒業できる気がまったくしませんが」
「大丈夫、大丈夫。ほら、好きな男の子は首に縄付けとくって言うじゃない?先生スズキ君が大事過ぎて、イタズラしちゃうかも~」
「・・・もういいんで、行きましょうか」
「そだね、さすがスズキ君、割り切りが早い!大人だね~」
もうすでに40手前だっての。体は子供、心は大人、そうです、僕が変なおじさんです。口笛を吹きながら上機嫌のミューラが、こちらの首輪につながるロープを引っ張る。この羞恥プレイ、日本の秋葉原でしかまずお目にかかれない。もはや何も感じない。
「・・う、うぐ!」
「あ、ごめん!スズキ君早く歩いてよ、ロープ短いんだから」
「わ、わん」
ミューラの犬となり、牢屋の階段を上に上がる。
「ミューラ様、おはようございます!」
「はい、おはよう」
兵士たちが敬礼する中、ミューラが先に歩き、農民服の奴隷が後ろをロープにつながれたまま歩いて続く。牢屋の上の要塞は、先日の黒装束の襲撃で大きく損傷していた。
「ねえミューラ、街の方は大丈夫なのかな?」
「15年前は街の中心部までゴブリンで埋め尽くされたけど、今回はエルミタージュの結界の内側でゴブリンが発生したみたいね・・街の方はほとんど無傷だったの」
「え?じゃあどうやって敵はエルミタージュの中に?」
「敵がどうやって結界を突破したのか・・なぜクリスタルの加護内でゴブリンが生きていられたのか・・チャンピオンの召還といい、謎が多いわね」
「全然分かってないって事ですね・・」
「でも、敵に誤算が生じた・・」
「誤算って?」
ミューラが歩くのをやめ、顔を目の前に近づけてくる。
「ふふ」
「なに?」
「相変わらず鈍感ね」
「そうですけど、それが何か?」
「まあいいわ、早く行こ。基本受けたい授業を自由に選べる単位制の学院だけど、スズキ君は状況が状況だから、今日は私の授業を受けてもらいます」
「ええ、期待してます」
「何よそれ、どうせつまんない授業してるんだろって思ってるでしょ~」
「ええ、違います?」
「何よそれ!」
いつものやりとりを続けつつ、石像になっていた講堂前まで到着する。
「ミューラ先生、おはようございます」
「ミューラ先生、その奴隷いかがなされました?」
随分年下の・・もとい体年齢は同学年の貴族の子供たちが次々と馬車を降りて講堂へ向かって行く。エルミタージュ指定の制服姿をした学院生たちが学院に登校、中には西洋教会関係者の若い修道服の女の子たちが混じっている。
現在の住まいはエルミタージュ敷地内の牢屋。首にロープを付けられ、学校の先生の奴隷として校内を連れまわされる。上級生の生徒たちから慕われているのか、ミューラへのあいさつがとどまる事は無く、首にロープを付けられた自分を、好奇心の塊のように熱い羨望が注がれる、なんたる恥辱プレイ。
ミューラが今日講義する教室は、なんと先日受けた講堂左手の2階にある受験会場待機教室。クラウドやラインハルト、1階でのお芋騒ぎが懐かしい。思えば、まだ入学式しか登校してなかった。サンダース様にもらった『署名状』を手に、退学を言うつもりだったんだよな。
教室にミューラが先に入る。ゆうに100人は超える生徒が着席した大きな教室、映画館のように1列目2列目と段々と配置され、生徒がミューラ先生の登場に視線を注ぐ。
「おはようございますミューラ先生」
「先生、今日も美人、何て綺麗な髪」
貴族の子息たちから感嘆の声が聞こえ、続いてロープでつなげられた犬が教室内に姿を現す。
「な、なんだあの農民」
「このまえ死刑判決受けてた変態だぞあいつ」
「あ、みんな聞いてちょうだい。今日はこの子も授業を受けます」
「ええー!?」
「先生、大丈夫ですか?」
「そんな農民、2日前の受験の時にはいませんでしたよ?」
教室内がざわつく。ところどころで生徒から非難の声が上がる。
「はい、みんな静かに。この子は15年前の第85期生、正真正銘、受験試験を突破したエルミタージュの生徒です」
「えー!奴隷じゃないの?」
「今年は第100期生だろ?15年も留年してんのかよあいつ」
石化の事実を知らない生徒から疑問の声があがり続ける。
「はいはい静かに、スズキ君はそこね」
「ええ!何で先生の隣なんですか?」
「ロープここにつないどくね、『筆記』は出来るでしょ?今日の講義、テストに出ます!」
「ええ!」
「ギルドカード、開いて」
「え、ええ」
言われるまま、ギルドカードを起動する。
「このアイコン、そうそれ、タッチして」
何やらスマホのメモのようなアイコンが増えていた、15年前には無かったアプリだ。タッチするとタブレットサイズのビジョンが投影される。
「手でなぞって記録されるの、ノートに使ってね。ちゃんと記録しとかないと、テストで0点だぞ」
そう言って講義を始めるために、黒板を背に壇上に上がるミューラ。もう日本の大学の講義とまったく同じスタイル、黒板には今日の講義のタイトルが光を放つプロジェクターのような石から表示され、『属性』とシンプルな表示がされていた。壇上は1段高くなっており、先生の講義用に机が置かれている。
「ははは、あいつ見てみろよ」
ミューラが用意したと見られる自分の席は最悪、これ小学校の机とイスじゃん。ロープを机にくくりつけ、適当感満載の状態で、教室の1列目よりはるか前、壇上を見上げる目の前の位置で黒板を見上げる。もう好きにしてくれ、自分が守りたかった、アイリスとの約束って一体・・・。
「はい、今日の授業は属性について。この1時間目しか今日は授業無いから、みんな集中して聞いてちょうだい」
「はい!」
ミューラはとにかく話が上手い、ミューラの発言にみんなが集中する。美人の先生の言う事を素直に聞く生徒たちと犬が1匹。
「ではまず質問から、はい、スズキ君!」
「ええ!?何ですか?」
(はははは)教室から笑い声が上がる。犬が美人教師より質問される。
「私の属性を答えて」
「・・・『火属性』です」
「はい正解、ここテストに出ます!」
全員が一斉にメモを取る、バラして良いのか試験問題?おかしいでしょ。
「この世界には8つの属性が存在し、『火』『風』『土』『雷』『水』『光』『闇』の7属性、これはみんなも知っての通り、それぞれの力関係があります・・」
8つの属性に対して、7つしか説明が無かったような・・あとの1つって何属性なんだ?ミューラが最初に「ここ試験に出ます!」って言ってからは、ここ試験発言が無くなり授業が進行していく。
受験問題があんな感じだ、きっとミューラ先生のテストも問題が1つしか出題されないに違いない。てかノートとる必要ないじゃないか!見ろ、教室内の100名を超す生徒たち、もはや誰1人ノート書いてませんよ、どうなってんだエルミタージュ。
この学院なら毎日部活やバイトし放題。夜は合コン・・あっ、今の日本の大学と変わらないかも。
「『光』属性は唯一『闇』に対抗できる属性で、『光』属性をお持ちなのは、我がオルレアンではこの教室にいらっしゃるルナ様とジャンヌ様だけです」
「おおーー」
「さすが聖女様だ!」
どうやら『光』属性の話題であの姉妹がこの教室にいるらしい、100人以上は間違いなくいる教室内、誰がどこにいるか分からない。もうテストの答えも聞いたし、石化が解けて昨日から一睡もしていない、だんだん眠くなってくる。
(ふぁ~)アクビが出るよまったく。
「先生!農民がいまアクビしてました」
「ええ!?」
な、なに?一列目で今話題に上がっていた聖女姉妹のどっちかからチクられた。1列目よりさらに前の小学校の机とイスに座っている、後ろの生徒の方を振り向くと、1列目に座ってたルナとジャンヌが視線を逸らす。なんで、どうして、観察でもされてたのか?
「こら、スズキ君!」
「あっ、はい・・」
「そこに立ってなさい」
「ぐぐっ・・」
(あはははは)教室内で笑いが起こる。
(がらがらがらがら・・バーーン!!)牢屋の檻が閉まる。
(ばたっ)地べたに引かれた草のベッドに体をうつぶせに倒れ込む。
「ちょっとスズキ君、大丈夫?」
ミューラが檻の外から話しかける。授業中立たされて、体力の限界だ。もう眠たくて、反応する気力も残っていない。
「私エルフだから、2・3日寝なくても大丈夫なの・・スズキ君はもう限界よね・・」
アカレンジャーは24時間オルレアンの平和を守れるらしい・・もう限界・・眠い・・。
「スズキ君、今晩王宮主催の晩餐会あるから、時間になったらよろしくね。じゃあ私、用事あるから行くね」
ミューラはそう言い残し牢屋の階段を上がっていく。
まる1日寝ていない囚人の耳に、その声は届いていなかった。




