22.登校拒否
夕方 オルレアン連合ギルド1階 1・2・3番受付窓口
「お疲れ様でした~っと。ふ~、ねえリンダ、私の彼氏は~」
「まだ戻ってこないそうよ、エルミタージュから」
「・・消された」
「ちょっとエミリー、不吉な事言わないでよね」
「大変だ!」
「あら」
「何かしら」
「ブロンズ冒険者の農民が、入口で倒れてるぞ!」
「ブロンズ・・」
「農民・・スズキ君だ!」
1番窓口サリー、2番窓口リンダ、3番窓口エミリーがギルド会館1階入口へ向かう。
「ス、スズキ君!」
ギルド会館1階入口前で倒れ込むスズキ。そのままギルド会館の治療室へ連れていかれ、ベッドに横にされる。そのまま、ベッドから起き上がる事は無かった。
翌朝5日目 王立学院エルミタージュ 新入学院生専用棟 教室
「はい、それでは授業を始めます。わたしの専攻は『火属性』、職業は『レンジャー』、こう見えても銀等級冒険者|だから、甘く見ないで頂戴ね」
壇上で火属性の講義を始める先生の姿。新入学院生が真剣に授業を聞く。授業が終了し、1列目に座る修道服を着た女の子に、先生が声をかける。
「やっほー、アイリス様」
「ああ、ミューラ様」
「ミューラでいいって、いつも言ってるでしょ?相変わらずね聖女様、何かあった?」
「いえ・・別に・・」
「何かあったのね・・話そう」
「・・はい」
「ごめんなさいねあなたたち。この後アイリス様は、先生と特別講義です」
「はい、先生。ではアイリス様、ごきげんよう」
「いこ」
取り巻きの修道服の女の子を残し、アイリスとミューラが教室を出る。
同刻、ギルド会館1階、治療室。
「・・・君、・・・キ君、スズキ君」
「はっ・・・」
知らない天井。
「大丈夫?スズキ君」
「ああ、サリーさん。おはようございます」
「も~のんき過ぎ!心配したんだからね~」
「ああ、すいません。いててて、体、むちゃくちゃ、痛いです・・はは」
「エルミタージュで何かあった?」
「あ、はい。ライン=ハルトに決闘を申し込まれまして、はは」
「それで大けが?傷は治ってたみたいだけど・・」
「ああ、そういえば・・なんででしょうね?」
「起きられる?」
「あ、たぶん・・」
体を起こして、ベッドから降り地面を立つ。良かった、とりあえず五体満足、手足もついてる、まだまだ働けそうだ。体を確認しながらあるものが無い事に気づく。
「あ、そういえば・・」
「どうした?」
「しょ、『署名状』・・無くしちゃいました」
「そんなのいいから、体よく見てもらった方が良いよ。骨折れちゃってる子とかいるし」
「ああ、クラウドみたいにですね・・いてて」
すぐに先生が駆けつける。ギルドに専属で配置されている専属医の先生によると、肋骨が何本か折れてしまっているらしい。冗談で言ったつもりが、本当にクラウドと同じ事になってしまった。
サリーさんに「今日1日この部屋使って良い」、リンダさんから「セバス様の許可は取っています」との話。エミリーさんは「・・弱い」とつぶやき、無表情のままこちらを確認するなり消えるように部屋から去っていった。
それにしても昨日1日、入学式の後ひどい目にあった。「必殺!」とか叫んで、本気で殺しにきてたのに、なんで生きてるんだろ?理由が分からず、体も痛いので、サリーさんに言われた通りベッドに仰向けに横になり、天井を見つめる。
「アイリス様・・か」
聖女様、言葉通りの天使らしいが、ラインハルトとの決闘に負けた、もう2度と顔を合わせる事も無いだろう。思い返すと、彼女に対しても色んな事を口走ってしまった記憶がある、マミに似てる、本当に、あの子は。
天井を見つめながら思い返す、アイリス・・泣いてたような・・雨が降ってきて、よく分からなかった。そういえば、去年、マミを泣かせてしまった事があったっけ。
(回想)(「・・・ずっと待ってたのよ私、信じられない・・」)
ブラック企業で働いてた前職、上司に「今日結婚記念日なんで、妻と食事するので」とあれだけ前々からお願いしてたのに、あの日、急にクライアントから急ぎの仕事が入ったとかで、クビをちらつかせてなくなく残業。
遅くなってもいいように家で食事を作って待ってくれていたマミ、車飛ばして帰ったんだが、日付が次の日に変わってしまっていた・・なんて情けない男なんだ俺は。
窓の外から刺す光が夕焼けに変わり、次第に陽は沈み、夜になる。気を利かせて、受付窓口の3人が食事を昼、夜運んでくれた。「お金払います」と言ったら、「いいから寝てなさい」と返された、体が傷ついている時、人の・・エルフの優しさが身に染みる。
(がちゃ)
ん?治療室の扉が開く音がする・・ま、まさか・・刺客?
体が痛いので顔だけ扉の方を向くと、マントで顔を覆った2人組の何者かがこの治療室に侵入してきた。
「ひっ!?」
思わず声をあげるも、2人組はマントで全身を隠したまま、一直線にこちらに向かってくる。この部屋には自分しか病人はいない、とどめを刺しに・・。
「スズキ君!」
「ひーーっ、ん?ミュ、ミューラ?」
「良かった~良かったよ~無事だったんだ!」
ミューラが顔と大きな耳を頭を覆っていたフードをめくるや、こちらに抱きついてきた。
「いててて!痛い、痛い、折れてるからミューラ」
「えっ、あ!ごめんなさい」
「ううっ」
肋骨さらに損傷。
「は~とりあえず良かった。アイリス様から話を聞いた時は、耳が飛び出るくらいビックリしたわよ」
「ミューラはもう飛び出てるでしょ、耳」
「も~うっさい。まあそれだけ元気なら本当に大丈夫そうね、私、あなた死んだとばっかり思ってたの」
「そうなんですよ、今生きてるのが不思議なくらいで」
久しぶりにミューラと再会、相変わらずのやりとりに安心感を感じる。隣のマントを羽織ったままのもう1人が気になるが、ミューラがそのまま話を続ける。
「よくここが分かりましたね・・あっ、また『感知』スキル使いましたね?」
「それは秘密って言ってる、まだ兄さんにしゃべってないでしょうね?」
「何度も出そうで出なかったです、まだ、ぎり、大丈夫です」
「本当でしょうね~」
「ふふ」
もう一人のマントを羽織った方から、何やらほくそ笑む声が漏れ聞こえるが、ミューラと引き続きいつもの会話を続ける。
「ラインハルト、『必殺!』とか殺しにきてましたよ、死んでましたよ」
「ハルトはスキル持ちで『みねうち』が使えるの」
「え?じゃあ安全じゃないですか・・なんだ、大けがしたけど、結局死なずに済んだのか・・」
「普通の人なら!スズキ君レベル1しかないでしょ?体力も1、『みねうち』意味分かってる?」
「え?体力1残るから、『みねうち』のライトニングなんとかなら『必殺!』でも死なないんじゃないです?」
「『みねうち』の最低破壊力は1、どんなにレベルが低くても1。スズキ君弱すぎるから、『みねうち』くらうとダメージが1通って死んじゃうの!」
「ええ!!いててて・・それじゃあ『上位昇進』自分にかけてなかったら本当に死んじゃってたじゃないですか!・・いててて」
「ぷっ、ふふ」
もう一人のマントを羽織った方から、やはり笑う声が漏れ聞こえる。ミューラとさらに会話を続ける。
「あのね、スズキ君・・」
「はい・・」
ミューラが突然しんみりした表情に変わる。
「実は・・私ね・・」
ミューラが言いにくそうに、言葉に詰まっている。
「私・・本当は、サンダース様の勅命で、あなたの事、監視してたの!」
「・・ええ、知ってましたけど・・今さら何を?」
「え、ええ!?だって私、完璧だったでしょ?すごく自然な感じで、バレるわけ・・」
「不自然過ぎてバレバレでしたよ。理由もゴブリンの出現と僕が同時に現れたとかなんでしょ?ミューラが自分で言ってたじゃないですか」
「え?私、そんな事言ってたっけ?」
「言ってました!初対面の男にやたら無防備だし、最初っからやたら優しくしてくれるし、耳だって「敏感なの~」とか言っといて僕にガンガン触らせてくるじゃないですか」
「そんな事してない!それに耳はエルフの女の子にとって大事なの。触らせていいのは・・夫婦になる・・男の子だけなんだからね・・」
「ぷっ、ふふふ」
「ちょっとアイリス様!さっきから私の事、馬鹿にしてるでしょ~」
「え!アイ(うぐぅ)」
ミューラに手で口を塞がれる。
「あっ、名前言わない!万一バレたらどうするのよ!(小声)」
羽織の中の主はアイリスだった、頭を覆っていたフードをめくると、アイリスが笑顔で笑っていた。
「ほんとうに、もう、おかしくって・・ふふふ」
「な、なんでここに・・」
「あら、思ったより仲良いじゃない。先生心配して損しちゃった」
「何が仲だよミューラ、顔合わせるなって昨日誓ったばかりなんだから」
「イチロウ様。そのような寂しい事を言わないで下さい」
「え?」
「わたくしとも、ミューラ様と同じようにお話して欲しいのです」
「えっ、え?」
「それとスズキ君、何よこれ」
「あっそれ!無くしたと思ってたセガールの署名状!」
「誰?セガールって」
「ああ、えっと、ギルド長に書いてもらった・・」
「・・合格辞退って、どういうつもり?」
「・・なんでそれ拾いまして・・」
「わたくしが昨日、偶然見つけてしまいまして・・」
「そ、そう。ああ、あの時・・」
昨日、この子に膝枕をしてもらいながら、仰向けに、倒れていたんだったな。
「・・学院には通わないつもり?」
「・・はい」
「やはり、イチロウ様はあの事を気にされているのですか?」
「え、ああ。あのお芋・・」
「芋って何よ、私それ知らない」
「み、ミューラはいなかったから。それに、それだけでも無いし、農民の俺なんかに、あそこは似つかわしくないというか、なんというか、はは・・」
「・・学院ではお顔は合わせません」
「え?」
「アイリス様?」
「その誓いは守ります。その代わり・・」
アイリスが署名状を手に取ると、こちらに両手で握って渡してくる。
「これを出すのか、出さないのか。それはイチロウ様にゆだねます・・ただ・・」
「ア、アイリス・・」
「イチロウ様の、あなたの可能性を閉ざすようなことは、絶対におやめください・・うっうう」
アイリスが署名状をこちらに渡すと、両手を顔にあて泣き始めた。
泣いている彼女の姿が、マミの結婚記念日と重なった。
「はいアイリス様、よく頑張った、偉いわよあなたは。それにひきかえ、スズキ君!」
「は、はい・・」
「わたしね、エルミタージュの先生してるの」
「え!っいててて、ミュ、ミューラがエルミタージュの先生?」
「そう、アイリス様の様子が変だったから、今日話を聞いてここに連れてきたってわけ。無理矢理、私が、勝手にね」
「ミュ、ミューラ・・・」
「合格辞退もいいけど、できればあなたには学院に通って欲しい。アイリス様の気持ち、分かる?」
「・・はい」
「決闘の誓いを破る必要も無い、ただ、分かって欲しかったの。気持ちが伝われば、今日はそれで充分。もう、そろそろまずいわね、アイリス様、ごめんなさいね」
「ぐすっ、いえ、これだけ話せて、わたくしは十分満足です」
「スズキ君、最後に!」
「は、はい!」
「鈍感な君に念のため言っとくけど、ここにくるのも、顔をあわせるのも、すっごく大変な事なんだからね!以上、じゃあアイリス様、羽織をまたお願いしますね」
「はい」
「あ、あの・・」
「スズキ君、君がどんな選択をしても、わたしたちは、あなたの味方だからね」
「・・・」
2人が扉の外へそっと出ていく。おそらく学院か、教会か知らないが、抜け出してきたに違いない。
「あ、あれ・・」
2人が去って、扉が閉まる。扉の下に黄色いカードが落ちている。
「まったく、なにやって・・あっ、これ・・」
黄色のスキルカード、しかも・・アイリス様の・・。
体が痛いので、ベッドにふたたび横になる、夢のようなひと時だった、あの2人が本物なのか、まるで実感が無い。しかし手にある黄色いアイリス様の忘れ物が、さっきの出来事が事実だったのだと物語る。
「お皿の次は、聖女様の落とし物・・か」
内緒で街に出てきただろう、ギルドに届けるわけにも行かない。明日エルミタージュへ行くしかないな、守衛にでも渡しておこう。段々疲れて眠くなってくる、夜遅く、遅い夜か・・。
(回想)(「・・・ずっと待ってたのよ、私」)
マミ・・去年結婚記念日すっぽかして、本当にすまなかった。女の子を泣かせる天才だな僕は・・。先ほどのミューラの言葉、アイリス様の涙が胸に突き刺さる。
僕はまた、あの時と同じ過ちを、繰り返そうとしている。




