19.自覚
大通りをギルド方向に下っていく、途中市場らしきエリアを過ぎ、見慣れた大衆浴場『ウインダム』が見えてきた、どうやら街の中心部まで戻ってこれたようだ。陽もまだ高い。
今日は受験料として金貨10枚、守衛のワイロで金貨2枚、合計金貨12枚も散財してしまった。このまま1日過ごしていては、3日かそこいらで貯金も尽きてしまう、何でもいいから働きたい。
大通りをギルド方向へ進む、途中行き交う人や馬車、洋服店を右に過ぎ、宿屋を過ぎて、オルレアン連合ギルドに帰ってきた。ここまででお芋を乗せた皿は空になり、あまりの美味しさにすべて食べつくしてしまった。芋だけ食べてのどが詰まる、ギルドの受付近くにある無料の水をいただくことにする。
ウォーターサーバーのような機械の上に水色の結晶が光を放っている、利用していた人の後をついてマネをして利用する。ボタンを押すと水色の結晶が一瞬青く輝き、蛇口の先から一口大の水の塊らしきぷよぷよした物体を一度手のひらに受けて口に運ぶ。口に入れると魔法でも解けたように水に変わり、ゴクリ一飲み、お芋で詰まったのどがすぐに潤った。
1階の入口案内のお姉さんの姿は見えない、お昼でも行ってるのだろうか?ホールをそのまま進み、1番窓口に向かう。
「あ、スズキ君お帰り!どうだった?」
「ダメでした、全然」
「だから言ったでしょ~」
1番窓口受付のサリーさんに惨敗した事を報告。帰ってきた事に気づいた2番窓口のリンダさんと、3番窓口のエミリーさんも1番窓口のカウンターの職員側に集まってきた。3番窓口のエミリーさんが独特の口調で話はじめる。
「筆記は?」
「ダメでした」
「面接は?」
「まったく、途中で追い出されました」
「・・無能」
「ううっ・・」
「ちょっとエミリー、本当の事言っちゃ可哀そうでしょ~。あっそういえばスズキ君、渡した金貨は持って帰ってきた?落としてないよね?」
「全部使い切りました」
「え!?1日で金貨12枚も!馬鹿でしょスズキ君」
「ううっ・・」
「ちょっとサリー、いじめない。スズキ君、こっち」
「・・はい」
散々受験の準備をあせらせておいて惨敗した惨めな冒険者、鈴木一郎。これからの再就職先のあっせんを受けるべく2番窓口へと向かう。2番窓口のリンダさんから引き続き説教をくらう。
「スズキ君、お金は大事に使おうね」
「・・はい、反省してます」
「今回のクエスト、失敗で良いよね」
「・・はい、もちろんです。あの」
「ん?なに?」
「受験がクエストになってたの・・知りませんでした」
「セバス様が今回の受験をギルド発注のクエストにして下さったのよ。じゃないと、私たち朝の手続き業務外の私用で罰せられてたんだからね」
「すいません。皆さんを危険にさらしてしまって・・」
「分かったなら今度から気を付ける、子供なんだから大目に見ます。調子に乗った私たちも悪かったし、お互い様よ」
「はい、感謝してます」
「お礼の気持ちは仕事で返す、それが冒険者よスズキ君」
「分かりました。あの、リンダさん、何でも良いので僕、働きたいです」
「今探してあげるから、ちょっと待ってね」
1番窓口と3番窓口は他の冒険者が手続きを始めた。リンダさんはタブレットビジョンをスライドさせながら、自分でもできる仕事を必死に探してくれているはず、感謝しかない。
「清掃業務なんだけど、こんなのでも良いかな?」
「はい、何でも、どこに行けば良いんです?」
「大衆浴場の『ウインダム』知ってる?」
「あ、はい!毎日通ってるので」
「ちょうど夕方からの営業に備えて清掃してるらしいんだけど、いつもの作業員が風邪をひいたみたいで欠員、ちょうど募集が今入ったわね」
「お願いします、今すぐ」
「でもこれ1日銀貨3枚だよ・・」
「最高です、何でもやります」
「・・分かったわ、はいギルドカード出して」
「お願いします」
しばらくして2番窓口でのクエスト登録が終わるや、急いで大衆浴場『ウインダム』へと向かう。
「いってらっしゃいませ~っと、リンダ~、私の彼氏どこ行った?」
「あんたの彼氏は『ウインダム』よサリー」
「え~よくそんなの引き受けたわね・・ちょっと変わったのかな、あの子」
「あら、惚れ直したの?」
「あんな借金まみれの子にいくわけないでしょ~」
(ざわ ざわ)オルレアン連合ギルドのギルド会館前でざわめきが起きている。
「あれ、何だろ」
(ざわ ざわ)ギルド会館前に馬車が到着する。
「どうも要人が来たみたいだけど、今日セバス様午後は出張でしょ?エミリー、誰か来るって予定あった?」
「無い」
(ざわ ざわ)ギルド会館1階ホールでどよめきが起きていた。
大衆浴場『ウインダム』1階ロビーに到着。入口には<現在清掃中につきご利用になれません>の看板が立っていた。昼間にここに来たことは無かったので知らなかったが、この時間帯から夕方くらいまでは清掃で閉まってたんだな、今日知れて良かった。
「すいませ~ん。ギルドの紹介で来ました」
「ギルドカード見せて」
「はい、これです」
「ブロンズ冒険者さんが、何でまたこんなところに・・そういえばうちによく来る子だね」
「あっ覚えててくれてます?僕、最近ここ利用してて、今日の仕事すごく楽しみなんです」
「まあまあ、それじゃあさっそく頼むよ」
「はい、何でもします、お願いします!」
まずは『ウインダム』施設内の男子大浴場から清掃開始、なんせオルレアンの人口を一手に受け持つ大浴場、とにかく広い。そしてオルレアンの男子人口に比して差別的な狭さ、朝夕のもっとも込み合う時間に当たると最後、隣のおじいちゃんとまさに肌と肌のふれあいが待っている。
施設内には他にサウナや、どんな原理か知らないがジェットバスのような泡がジャブジャブ出ているお風呂もある。日本の温泉施設にそっくりだ。
続いてロビー、入口入ってのエントランスは大きな受付窓口があり、銅貨3枚を支払ってロッカーのカギをもらい、ほどなく男子と女子に分かれて進む、このシステムは万国共通らしい。
唯一物足りないのが飲食物の提供が一切ない事、免許や許可が必要なのかは分からないが、コーヒー牛乳は基本中の基本。風呂上がりの一杯こそ国民の至福のひと時、しばらくオルレアンに滞在する事になるならぜひ導入を提案したい、責任者が誰なのかは分からないけど。
建物外観のパルテノン神殿周辺をくまなく掃除する頃には、太陽は地平線に沈みかけ夕方になっていた。
ここ3日『ウインダム』に来て1階の受付にいたおばちゃん、まさか今日のクエストの依頼人とは思いもしなかった。清掃が終わりに差し掛かる時、受付で預かってもらっていたエルミタージュからお芋の入った容器を一度洗っておく。
流れでメイドさんがお芋ごと捨てないようにそのまま持ってきてしまっていた、明日には守衛さんのところに行ってメイドさんに返してもらうようお願いしよう。
「はい、ご苦労さん。ついでに一風呂浴びてくかい?」
「え、良いんですか?」
「ああ、まだ客もいないし、一番風呂だね」
「やったー、ありがとうございます」
今日1日、エルミタージュまで全力疾走。お昼は『ウインダム』で清掃作業と1日中動いて汗まみれ。受付でロッカーのカギを受け取り更衣室へ。服を脱いで、まず更衣室にあらかじめある温泉の洗濯スペースで着ている服を全部洗う。
「臭うな・・臭い・・におう・・」
なぜだろう・・今日エルミタージュに行ってから、お芋の味がしたり、においがするようになった。ま、まさか・・・今日たくさん運動して、更年期障害が改善したからではないだろうか・・。珍しく走ったし、珍しく働いてるし、きっとそうに違いない。
服を洗うと、温泉が湧き出る洗濯スペースの隣に、これまたウォーターサーバーのような今度は緑色の結晶の機械が置いてある。これはすでに何度か使っていて、洗った服を入れてフタをしてボタンを押すと、緑色の結晶が一瞬光輝き、風が巻き起こる。
しばらくしてフタを開けると、濡れていた服は一瞬でカラッカラに乾く優れた逸品。普段忙しい奥様にぜひご利用いただきたいので・・なな、なんと、このお値段、さあ、今すぐ、お電話を。
「ふり~だいやる~ぜろいちにいぜろ~」
ロッカーに服を入れ、誰もいない広い大浴場に1人で入浴しながら口ずさむ。普段は老人たちのデスバレー、今は肌と肌の触れ合いは一切ない、なんて天国なんだここは。
「お風呂までありがとうございます、お粗末様でした」
「今日は助かったよ、またお願いね、坊や」
「はい、ぜひ」
『ウインダム』の外に出ると、街灯が1つ1つ大通りに沿って光を灯す。電気はこのオルレアンに無いだろうに、どういう原理で灯るんだろうな?手にはお芋を乗せてた皿、綺麗に洗ったし、明日ちゃんと返しに行かないとな。
洋服屋を右手に過ぎ、宿に一度寄る事にする。
「すいませ~ん」
「はーい、あ、旦那さん」
「今日1部屋空いてます?」
「もちろんです、お2人ですか?」
「いえ、今日も1人です。お願いします」
「昨日と同じ部屋にしますね、お食事は?」
「もちろんお願いします。とりあえず1泊で」
「はい、銀貨1枚です」
初日に引き出ししておいた銀貨を使って支払いを済ませる。キャッシュレス決済こそ無いが、腰についてるこのサイフのような布袋、いくらか入れても重さをあまり感じない。小銭がないと朝の守衛みたいな事もあるし、後で落としてもいい程度引き出ししておこう。
「あ、すいません。ちょっとギルドに寄ってくるんで、このお皿、預かっててもらえませんか?」
「はい、お部屋の方に運んで鍵を閉めておきますね」
「お願いします」
なんだかんだでまたこの宿を利用する事になる、今日の稼ぎは銀貨3枚、金貨を12枚も使ってしまい大赤字だが、今日の事は勉強代と思って忘れる事にしよう。毎日コンスタントに銀貨を稼いでいけば、毎月の金貨10枚の目標には十分届くだろう。
そんな事を考えながら歩いていると、あたりはすっかり夜になっていた。ギルド会館に到着、ここって24時間営業なのかな?1階入口に入ると、昼間はいなかった受付のお姉さんが立っていた。
「あ、帰ってきた!」
「え?」
受付のお姉さんがこちらの顔を見るや、血相を変えてホール奥の受付窓口の方へ走っていく。業務を投げ出して、何をやってるんだあの子は?
まもなくすると2番受付窓口のリンダさんが、走って1階ホールの入口にいるここまでやってきた。
「スズキ君!」
「リンダさん、クエストは大成功でしたよ、はは」
「何のんきな事言ってるの!至急3階のサンダース様のところへ!早く!!」
「えっ、え?」
オルレアン連合ギルド会館3階 ギルド長室
「(とんとん)失礼します・・」
「入りなさい」
リンダさんに「さっさと上がって!」と散々せかされ、渋々ギルド長室へ向かう。初日に面接のあった2階の応接室と違って、室内に入ると両脇に本棚が並び、奥にはオルレアンの街を一望できる窓、執務机のイスに腰掛け外を眺めている大きな背中、間違いない・・・男がイスに座ったまま、クルリとこちらに振り向く。
「遅かったな小僧」
出た、セガール。
「すいません、呼び出しがかかってたなんて知らなくて」
「どこをうろついていた?」
「お風呂に・・じゃなくて『ウインダム』の清掃作業のクエスト中でした、本当です」
お風呂に入って気持ち良くなってたんじゃないんです、本当にクエストしてたんです、信じて下さい。
「・・・今日エルミタージュの試験を受けたのは本当かね?」
「あ、ええ・・ご存じだったんですね」
「・・そこでアイリス様に会われたのか?」
「えっ?ええ、会い・・ましたが、それが何か?」
「・・・先ほどアイリス様がこのギルド会館にお寄りになられた」
「え!そう・・なんですか、はは、何しに・・」
「小僧!」
「はひっ!?なんでしょう・・」
「アイリス様に粗相など無かったであろうな?」
「へ?も、もちろんです、たぶん・・」
「ふ~まったく、どうしたものか」
「あ、あの。アイリス様ってここによく来るんですか?」
「『西洋教会』の大聖堂以外には、まずもって街にはお出にならん!」
「そうなんですか・・ヒマ~だったんですかね?はは」
「小僧!(バン)」
「はひ!?」
「アイリス様はお前がいないかと、わざわざお寄りになられたのだぞ!」
「ええ!?何しに」
「心当たりは?」
「まったく」
「本当か?」
「本当ですよギルド長、僕に一体、何の用でもあるっていうんですか?」
「ふ~そうだな。わしもそう思う、もうよい、帰るがいい。それを聞きにここへ寄こした」
「・・分かりました」
「小僧!(バン)」
「は、はひ!?」
「アイリス様は国の宝、聖女様に何かあれば、その命、無いものと思え、よいな!」
「わ、分かりますた!」
セガールから長時間の拷問を受けて、3階ギルド長室から奇跡の生還。1階の2番窓口リンダさんに慰めてもらうべく、最後の力を振り絞り2番窓口に帰還を果たす。
「お帰りスズキ君、長かったね~」
「もう今日一日、精も根も使い果たしました」
「はい、ギルドカード頂戴。その頑張ったスズキ君へ報酬ちゃんと入金して差し上げましょう」
「お願いします」
これだけ頑張って本日、日給銀貨3枚、つまり3千円。宿代で銀貨1枚の支出、あとは忘れる事にしよう。
「あ、ちょっと小銭を出しておきたいので、銀貨10枚で引き出しをお願いします」
「分かったわ、金貨ばっかり使わず良い心がけです。本日の報酬を入金して引き出し、金貨の残高は35枚です、それと銀貨は・・」
「ああ、あとはいいですよ。いちいち覚えてられませんし」
「そう、スズキ君らしいわね」
「いい加減って事ですか?」
「あら、本当スズキ君、子供らしくないわよね」
「よく言われます」
2番窓口で手続きを終えて宿に戻る事にする。もうすでに疲労困ぱい疲れや痛みを感じなかったはずの体中が痛く感じる、相当疲れてるぞ。
宿に到着、1階で食事をそのままいただく事にする。
「こんばんわ~今日も来てくださったんですね~」
なじみの食事係りにディナーセットと謎ソースと塩を運んできてもらう。もしかして、今日こそは・・。
「(もぐもぐ)う、美味い!」
「本当ですか?やった!」
味がする、味がする、エルミタージュに今日行ってから、更年期障害やっと改善されたよ。いや~一時はどうなる事かと心配しちゃったよこの体。
謎ソースをたくさんかけて、ハンバーグを1口パクリ、ふんふん、ちょっと甘めのソース、ソースの奥に何か隠し味を感じる、なかなかやるなこの食堂。ようやく空腹を美味しい食事で満たせるようになり、お腹一杯で2階に上がる。
鍵を開けて部屋に入ると、ベッドの上にエルミタージュから持ってきてしまったお皿が置かれていた。明日はこれを返さないとな、皿をベッドの前にある机の上に移動させて、ベッドにダイブで飛び込む。今日はもう、このままグッスリと眠れそうだ。
今日一日、色々な事がありすぎた、もう考えるのやめにしよう。明日もちゃんと働かないと、マミに怒られてしまうからな。




