18.罪
マミとうりふたつの若い女の子に壁ドンされ、「お食事いただきましょう」とテーブルに誘導される。恐怖しか感じない、あの顔はどう見ても元嫁であり、夫婦として15年連れ添ったマミの顔。
テーブル席に向かうまでの間、そのあまりの同一性から1つの仮説にいきつく、本当に本人なのかも知れないと。
「さあ、いただきましょう」
「えっ、えっと・・」
「ふふ、そんなに緊張なさらずに」
ミューラは生まれた時からアイリスを知っていると言っていたが、理由は分からないがマミが自分と同じようにこのオルレアンに来ていたとしても不思議では無い。
「そんなに見つめて、わたくしの顔に何かついていますか?」
「え?ご、ごめんなさい」
「ふふ、謝ってばかり」
見れば見るほど謎が深まる。だがマミならこの程度の演技もできる、とにかく賢い女性だった。そう、以前働いていた会社で上司に誘われて喜んで・・じゃない、仕方なく付き合ったお姉さんのお店から帰ったあの時のマミだって・・・。
(回想)(「あらあなた、お帰りなさい、やけに遅かったわね」)
(「えっ、えっと・・ただいまマミさん」)
(「そんなに見つめて、私の顔に何かついてる?」)
(「いや、そんな事ないよ。今日も可愛いなって、あはは」)
(こつ こつ こつ)(「どうして今日のあなたは、私をさん付けで呼ぶわけ?」)
マミが近づいてくるたびに、死の危険を感じ、自然と後ずさりしてしまう。
(こつ こつ こつ)(「あなたは一体、どこに行ってたわけ?」)
近づいてくるのと同じ歩を後ずさりしていく、段々と後ろの壁が迫り、これ以上後ずさりできなくなる。
(「あなた・・」)
(ドン)自宅マンションの壁に到達。眼前にオニの形相をしたマミが迫る。
(受験会場下の階 テーブル席)
「ひーー」
「どうされました?」
忘れようとしていた記憶を自らフラッシュバックさせてしまう。目の前にいる修道服を着た女の子、もしかして本当のマミで、あいかわらずあの日の事を根に持っているんじゃないのか?
「あの、あなたのお名前を教えていただけませんか?」
「え?スズキですけど・・」
「そのお名前は存じております」
「えっ・・それで十分じゃないですか?」
アイリスがこちらを笑顔で凝視する、怒った時のマミにそっくりだ。
「あなたはわたくしの名を知っているのに、わたくしはあなたの名を知りません。それは不公平です」
「えっ?ああ、そういう事・・鈴木、鈴木一郎・・です」
「イチロウ・・イチロウ様・・イチロウ様」
「どうかしました?」
テーブル席で不思議なやりとりを続けていると、修道服を着た別の女の子がこちらの話に割って入る。
「アイリス様、あちらの席へお戻りになられては」
「いえ、わたくしはこちらでいただきます」
「そんな事をおっしゃらずに」
入口すぐのテーブル席に、修道服を着たアイリスに加えて、同じく修道服を着た女子たちが3人テーブル席に集まり、自分とクラウドの隣にいたアイリスとの間に割って入ってきた。立食形式のパーティー会場で、アイリスと呼ばれるこの子の動きに全員が視線を注いでいる。
しばらくすると大広間の奥から1組の集団がこちらに近づいてくるのが見える。綺麗なドレスに身を包んだ取り巻きの女子達の中心に、受験会場で一番最後に教室に入ってきた男、ライン=ハルトがいた。
「アイリス様、いかがなさいましたか?」
ライン=ハルトは5・6人の女子を従えてくるので、小さなテーブル席はすぐに人で埋まってしまう。先ほどの修道服を着た女子3人のさらに間を割って入る。こちらが席を譲るとアイリスとはテーブルを挟んだ反対側まで遠くなった。ラインハルトとアイリスの会話を聞き取る事は出来ない。
「やれやれ、ハルトの嫉妬がまた始まったな」
「嫉妬?その・・2人はどういう関係なんです?」
「許嫁だな」
「そうなんですね」
「驚かねえのかよ」
「見れば分かりますし、知りませんけど身分とか高いんですよね?」
「ああ、超が付くほど。アイリス様は『西洋教会『』大教皇の1人娘、ハルトはあの歳で伯爵ときた、俺はいつも連れまわされてやってらんね~ぜ、まったく」
「はは、クラウドも苦労してるんだね」
しばらくして右手のドレスを着た若い女の子が突然声をあげる。
「あっ、このテーブルのお芋、黒い点が・・毒に違いありません」
女の発言で取り巻きの女子たちが騒ぎ始める、料理はお芋を蒸かしたシンプルな料理、皿の上に乗せてフォークでつんつん突いている。
「誰か、ここに」
クラウドと一緒にいた位置から近い場所で、一部始終が目に入ってくる。どうするつもりなのか気になり、しばらく様子を見る。その女の子から離れたところでは、アイリスとラインハルトは2人並んで会話を続けている。ほどなく大広間にいたメイド服を着た女性が2人駆けつけた。
「お待たせしました、いかがなさいましたか?」
「このお芋」
「あ、も、申し訳ございません」
「すぐにお捨てなさい、アイリス様のお口にでも入ったらどうします」
「はい、今すぐに」
信じられない話をしていたので、すぐに声を出す。
「ちょっと待ってください」
「あらあなた、何か文句でも?」
テーブル席にいた全員が、声を上げたこちらに気づき視線を注ぐ。
「その黒い点はジャガイモの鉄分が反応したもので、少量なら体に害はありません」
「あら、さすが農民、お詳しい事」
的確な指摘をした事で、逆に周りの女子たちが笑いはじめる。
「その黒いお芋を見過ごしたのは、ここの料理人の不始末」
「そうですわ、食べないに越したことはありません、早く捨ててしまいましょう」
論理的に話をしているつもりだろうが、倫理的に食べ物を捨てるなんてありえないだろ。
「でも」
こちらが反論しようとすると、アイリスと話をしていたライン=ハルトが女子たちのすぐ後ろに立ち、話はじめる。
「僕も彼女たちの意見に賛成だ、料理人にまた新しいものを用意させよう」
「さすがライン=ハルト様」
「そうです、早く捨ててしまいましょう」
メイド服の女性2人は指示通り持ってきたお皿を地面に置いて、蒸かしたジャガイモを次々とお皿に捨てていく。
「おい、こらえとけって」
「クラウド・・」
止めようとする自分を見計らって、クラウドが前に出て静止する。
「俺も胸くそは悪いが、あの女も伯爵家の娘、余計な事を言ったらここにいられなくなるぞ」
「・・・悪いクラウド、ここでさよならだね」
「お前・・」
こんな事が許されてたまるか、実家の親父もお芋を毎年たくさん送ってくれる。このお芋を作るのに、どれだけ手間がかかっているのか子供の頃から知っている。
ドレスを着た女の子たちと、その後ろにいたライン=ハルトの前に出る。
「あら農民、何か意見でも?」
「何も言いたくありません、ただ・・ただ・・」
メイド服の女子が移したお芋の乗った皿をメイドさんから奪い取り、感情に任せて言い放つ。
「食べ物を・・」
「何よ」
「食べ物を、粗末にするな!」
(バッ!)お皿を手に抱え、大広間の出口へ走って向かう。もうこれ以上、こんなところにいたくない。
「農民風情が、何様のつもりかしら?」
「あの農民、最後に面接受けてた子でしょ?どの道今日が最初で最後、いいお土産が持って帰れて良かったじゃない」
「それもそうね、おほほほ」
走って大広間を出る、そのまま走り続け1階を出る。係りの人が驚いた様子でこちらを見ているが、制すする者は誰もいない。講堂前の芝生が両脇に広がる一本道を1人で走り抜ける、気づいた時には正門の守衛までたどり着いていた。
「おお、小僧」
「試験はどうだった?」
「はぁ、はぁ・・もう、ここには・・来ないと思います・・」
「・・そうか、残念だ小僧」
「芋、落とさんようにな」
「・・ありがとうございました」
お芋を乗せた皿を両手に抱えて、とぼとぼ歩きながらギルドの方向へ戻る事にする。学院に来るショートカットの脇道はもう憶えていないので、地図にある人通りの多く、中心部へは大きく迂回する白い石畳の大通りを歩いて帰る。
鉄製の柵が右手に長く続く、ふとお芋を一つ取り、口に含む。
「(もぐもぐ・・ゴクリ)お、おいしい!味が・・する・・なんで」
蒸かしただけのお芋、先ほどのテーブルには色々なソースが置いてあり、このお芋は素材そのものの味しかしないはず。
「ははは、どんだけ美味しいんだよお前は(パクパク)」
日本にいた時以来、3日ぶりに味わいのある食事を食べられた、こんな美味しいお芋は、生まれて初めての感動だ。




