11.面影(おもかげ)
ギルド会館で職業登録を済ませ、ついに無職からの脱却を達成した。石畳の道をミューラに励まされながら歩く、どこに向かっているのかふと気になった。
「あの、今日はどちらへ?」
「も~さっきクエスト説明してたの、聞いてなかったでしょ~」
「はい、さっぱり」
「もういいわ。今クリスタルの加護の届かない森の方で、ゴブリンらしき悪い魔物が街の人を襲ってるらしいの。私たちはその調査と、魔物の巣の場所の特定が今回の任務」
「そんな危険なところ、近寄ったらあぶないじゃないですか」
「だ・か・ら、私たち冒険者が行くんでしょ。ゴブリンが出たら、スズキ君は私の後ろで隠れてて」
ミューラは背中にある弓矢を見せつけ、「私に任せなさい」と言わんばかりの顔をしている。こうやって油断させて、この弓矢でこちらを背後から狙い撃ちされるかも。
石畳の道が途中で途切れる、上空を見るとクリスタルの加護であるカーテンの境目が空にうっすり見える。ここから先は危険地帯だ。
「いいスズキ君、ここからは気合入れていくわよ!」
「分かりました」
今までリラックスしていたミューラの顔が引き締まる、ここから先は命の危険がある場所だと、こちらも気を引き締める。ゴブリンから襲われないよう、後ろからエルフに狙い撃ちされないよう、慎重に歩を進める。
「(男の声)敵襲ー」
「行くわよスズキ君」
「は、はい」
男の叫び声が森の奥から聞こえてきた、ミューラが駆け出す、後をついて行く。森が少し開けたところで、3人の鎧をまとった騎士たちが剣を振りかざして何かと戦っている様子が目に入ってきた。人ではない緑色の肌、剣を手に飛び跳ねては騎士たちに切りかかる、あれが、ゴブリン・・・。
「さがって!」
「(騎士たち)はい!」
ミューラは背中にあった弓を手にすると、矢を射る体制に入る。何やら口元でささやいているのが見える、すると突然矢の先から炎が走る。
ミューラの指示で3人の騎士がミューラの後ろに逃げ込むと同時に、ゴブリンは奇声をあげ、剣を振りかざして、こちらに襲い掛かってきた。
「ギギィィー!」
「炎の矢!」
(ブス!!)
一閃、ミューラの弓から放たれた炎の矢がゴブリンの頭部を直撃したかと思うと、ゴブリンの体が灰のように崩れていく。ゴブリンの体の原型は無くなり、放たれた矢は何やら黒く輝く宝石のようなものに突き刺さっていた。
「(騎士)ミューラ様!」
「大丈夫?状況は?」
「ゴブリンの群れに襲われました、群れの中にゴブリンチャンピオンが」
「チャンピオンですって!?」
「(遠くから男の声が響く)うわー(バキッ!!)」
「まさか、あの声・・クラウド!」
「(ゴブリンの声があたりから聞こえる)ギギィィー」
「アイリス様が危険です!ここは我々がしのぎます、急ぎクラウド様の救援を」
「『感知』スキルで気配がしてる、大きい、まずい!スズキ君、来て!」
「ええ!?何ですそれ」
レンジャーのミューラ固有スキル『感知』で、目視では確認できない森の向こうで仲間が危険にさらされている事を感じ取ったようだ。すぐにミューラが弓矢を体の前に持ち替えると、突然おんぶの体制で腰をかがめる。
「あなた走るの遅いでしょ!子供1人何てことない、さっさと乗って!」
「えっ、さすがにそれは・・」
「いいから早く!」
腰をかがめたミューラに睨まれ、渋々背中にまたがる。中年オヤジ屈辱の騎馬戦。
「きゃ、敏感なんだから触らないでって」
「ご、ごめん。わざとじゃ」
ミューラの耳に触れてしまい、先生からお叱りを受ける。
「もういい!捕まってて・・『瞬足』!」
「うわぁ!」
レンジャーのミューラが『瞬足』と叫ぶや、物凄い速さで周りの景色が流れていく。振り落とされないよう、ミューラの背中に必死にしがみつく。
「止まるよスズキ君!」
「ええっ!うわーー」
急停止、弾みでミューラの背中からすっ飛び、茂みの中に吹っ飛ばされた。
茂みから起き上がり、辺りを見渡すと先ほどよりも大きく開けた場所に出た。
「うう」
嗚咽が聞こえ左を向くと、すぐ近くで赤い鎧を着た騎士が倒れこんでいる。近くの大きな大木を見ると、不自然にへこんだ跡がくっきりと残り、修道服を着た女の子がその騎士を介抱していた。
(ズシーン!ズシーン!)
大地が揺れ、森の木々が振動し、体は地面から突き上げられる。大きな巨体、人のそれではない大きさ、ここいらの木より体が大きい巨体が歩くたびに地震が起こっているように地面が揺れる。
「ウォォォォォーーー!!」
「こっちよ!炎の矢!!」
(ブスッ!!)「ウォーー」
ミューラの先制攻撃。ゴブリンチャンピオンの左手に突き刺さり、火が左手全体に燃え移る。
「クラウド、アイリス様」
「ああ、ミューラ様、来てくれたのですね」
ミューラはあたりをキョロキョロする、誰かを探しているようだ。このあたりには倒れている赤い鎧の騎士と、修道服を着た女の子の2人しかいなかった。
「アイリス様、ライン=ハルトは?」
「最初の群れを1人で追いかけて」
「なんですって・・」
「続けざまにゴブリンの群れが・・罠でした・・クラウドがチャンピオンからわたくしをかばって」
「ウォォォーー」
(ズシーン!ズシーン!)
ゴブリンチャンピオンの左手の炎をすでに消えていた。右手で矢を抜き取りながら、怒りに満ちた表情でこちらに向かってくる。
「ううっ・・ミューラ・・」
「クラウド、しゃべらないで」
「お前ひとりじゃ火力が足りねえ。アイリス様をお連れして、今すぐ逃げろ」
「クラウド様を放ってはいけません」
アイリスという女性がクラウドに両手をかざしながら話をしている。両手がかざすクラウドの体は光に包まれていた。
「俺はあんたの盾なんだよ!ミューラ、さっさと連れていけ!」
「でも・・・はっ、スズキ君!」
「はひ?」
思考停止で完全に固まってしまっていたところを、ミューラから突然のお呼び出し。
「『上位昇進』!私にお願い!」
「えっ、え?」
(ズシーン!ズシーン)「ガーーーーーー!!」
ゴブリンチャンピオンは歩を止め両手を天にかざす。叫びを変えるや頭上に大きな火の塊ができる。炎の塊がチャンピオンの頭上でどんどんと大きさを増していく。
「まずい!ファイヤーボール!スズキ君、出して!赤いやつ!はやく!」
「えっ、あ、ギルドカードの事・・」
赤いギルドカードを出してタブレットサイズのビジョンを起動、星のマークをすぐに押す。ビジョンにある星マークを押すと『上位昇進』と表示され、指で押すと一瞬光輝く。発光はすぐに止み、ギルドカードとは別に黄金色のカードが出現、左手に取る。
「受け取って!」
「(ベシ!)|うわ!」
ミューラがスキルカードをこちらに投げつけて顔面に直撃。額から地面に落ちる前に右手でつかむ。
「スズキ君!私のカード!早く入れて!」
黄金色のカードはサイズが黄色のスキルカードより若干小さい。ミューラから少し離れた位置、大きな声で叫ぶ。
「ミューラ、これどこ入れるの!」
「左、左の穴!早く!」
ミューラのスキルカードに左から入れる。もたもたしている間に、ゴブリンチャンピオンのファイヤーボールはチャンピオンの顔の何倍もの大きさに膨れ上がっていた。
「何も起きません!」
「入れるの!もっと奥まで!」
言われるままにカードを奥まで入れると、スキルカードに『上位昇進』と浮かび上がる。
「ガーーーーーーー!」(ドン!)
ゴブリンチャンピオンがこちら目がけて両手を振り下ろし、ファイヤーボールが眼前へせまる。
「叫んで!」
「『上位昇進』!」
ミューラの体が光に包まれる。
【上位昇進ミューラ 属性『火』】
【職業】『レンジャー』→『竜レンジャー』
【レベル】『レベル25』→『レベル75』
【固有装備】『ドラゴンシールド』『ドラゴンアロー』『竜装ドラグーン』
(ドォーーン!!)
ファイヤーボールが直撃する瞬間、ミューラが前面に出てシールドをかざす。火球の炎があたりに拡散、炎に包まれかと目をとっさに閉じた。
(シューーー・・・)
拡散した炎がちりじりになり、白い煙となって霧のように一瞬に消え去った。
「思った通り、いや、それ以上・・」
「ミューラ!」
レンジャーとして動きやすい服装をしていたミューラの様相が一変、竜の紋章が刻まれた緑色のシールド、黄金のラインが入った鎧、背中には深紅の大弓。
「ガァァァーーーー!!」
ゴブリンチャンピオンは両手を天にかざし、再びファイヤーボールの体勢を構える。同時にミューラはシールドを投げ捨て、深紅の大弓を構える。
「沈みなさい!」
「ガァァーーー!!」
ゴブリンチャンピオンは両手を振り下ろし、まだ小さいファイヤーボールを発射。
「バーニング・アロー!!」
赤い閃光が深紅の大弓から放たれ、ファイヤーボールをかき消しゴブリンチャンピオンの頭部に打ち込まれる。
(バァァァァンッ!!・・・シューーー・・・・)
ゴブリンチャンピオンの頭に直撃、体の上部から黒い灰となって徐々に崩れ落ちて、やがて消えてなくなってしまった。
(コツンッ)
ゴブリンチャンピオンの体の中心から、黒く光る宝石のような塊が地面に落下した。
「ふ~おしまい」
「ミューラ・・あっ」
ミューラが光に包まれると、装備が無くなり、元の軽装に戻っていた。
「時間切れみたいね」
「何がです?」
「時間!スズキ君の『上位昇進』、たったの3分しか持たないんだもん。もうちょっと長いとお姉さん嬉しいんだけどな~」
「えっ、そう言われましても・・・」
「あの・・ミューラ様、こちらのお方は?」
クラウドと呼ばれていた赤い鎧の騎士を介抱していた女性がこちらに声をかけてくる。
「アイリス様、この子はスズ・・スズキ君、どした?」
「マ、マ・・・」
「?」
アイリスと呼ばれる女の子と正面でまともに向き合う。どう見ても、いや若すぎる、しかし、元嫁のマミにうりふたつ。
「マミ・・お前、何でこんなところに・・」
「え?」
「スズキ君、その名前、どうして」
元妻マミがフラッシュバックする。
(「・・こんなところでまたウロチョロして!」)
「ごめんマミ、俺が悪かった!」
「・・わたくしが何かしましたか?」
(「どうしてあなたはいつもこうなの!」
「こめんマミ、謝るから・・」
「スズキ君、落ち着いて」
(バン!離婚届けを机に叩き付ける「もう私の前で、2度とその顔見せないで!」)
「マミ、ごめん、もう絶対合わない!顔も見せないから、俺を、許してくれ!!」
「あっ!スズキ君、待って!!」
元嫁マミの面影とアイリスという名の少女が重なる。彼女が声を発するたびに、過去がフラッシュバックする。気づいた時には自分は、彼女から、逃げ出していた。




