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07:友達


 目が覚めて天井が違うことも、二回目ともなれば反応も薄いものだ。

 ミリアーナに連れられた日から一晩明けた朝、シリルは悩んでいた。というのも、人の体に腕や足を絡めたまま、大きないびきをかいて寝ているこの娘をどうするか困っていたのだった。


 (ミルスさんが言ってた通りだなぁ。大口開けて気持ちよさそうに…)


 隣を見ると鼻先で気持ちよさそうに寝ているミリアーナの顔が飛び込んでくる。しかし、こう、なんというか。品性に欠けるというと言い過ぎだが、これほどまでに女の子らしさが欠けているとなると興奮しようもないというか。


 (ごめんねミリア)


 心の中では謝りながらも、容赦なくミリアーナの頬に肘を入れ込むシリル。顔が不細工に押しつぶされて呻き声をあげるミリアーナに、お構いなしと無理やり離そうと肘を突き刺す。密着してるにも関わらず存在を把握できない膨らみに内面だけじゃなくて外見も…などと失礼極まりないことを考えるシリル。


 「んあー、あと五分ー」


 夢うつつ、寝言で駄々をこねるミリアーナのその腕は万力の様に力強く、腕をどうにかすれば足が、足をどうにかすれば腕がと、鼬ごっこ状態が続く。


 (筋肉の塊に縛られてるみたいだ)


 対処を誤れば締め落とされかねないほどの力に悪戦苦闘するシリル。両手を使ってようやくミリアの片手と渡り合えるレベルである。このままだとこの娘に絞め殺されてしまうと命の危機に四苦八苦している中、救いの女神がひょっこりと顔を出す。


 「二人とも朝ですよ。起きない学校に遅刻しちゃ…あら?あらあらまぁまぁ!お邪魔でしたかね〜」


 前言撤回。ただの死神だった。

 二人を起こしにきたミルスはくんずほぐれつ抱き合う様を見るや否や、悪戯な笑みを浮かべてドアを閉めようとする。そんなミルスを逃してはならないと、シリルは目を見開きながらミリアーナの顔を手で押しのけてSOSのサインを出す。


 「ふふ、冗談よ。どうせミリアに抱きつかれて抜け出せないんでしょう?この子昔からそうなのよね。私達と寝ていた頃もこうだったのよ」


 やれやれとため息をつきながら部屋に入ってくるミルスに安堵するシリル。彼女は徐にミリアーナの耳元に手をそう言って小さく呟く。


 「ミリアちゃん、朝ごはんはお肉ですよ」

 「お肉!!?」


 ミルスの呟きに合わせて、シリルを放り投げて飛び起きるミリアーナ。眠気など知らない言葉ですねと言わんばかりにベッドから飛び降りて、一階のリビングへと足早に去って行った。


 「どお?うちの子、男らしいでしょ?」

 「…」


 おっしゃる通りですと、シリルは苦笑いを浮かべつつ、ミルスと二人一階へと降りていく。

 リビングのテーブルには軽い朝食が並べられ、その席の一つには絶望に染まったミリアーナの姿が見えた。


 「嘘つき…お肉なんてないじゃん…」


 彼女の前に並べられているのはパンやスープや野菜。肉の一欠片も見当たらないその朝食に彼女はミルスを睨みつけてはぶつぶつと悪態をついていた。


 「文句言わないの。それに毎朝ついてる嘘なんだからいい加減分かりなさいよ。ママ、将来誰かに騙されないか不安で仕方ないわ」

 「うぅ…」


 毎朝嘘つかれて落胆しているミリアの姿を想像して思わず笑みが溢れるシリル。その顔を見て馬鹿にされたと憤慨するミリアーナが食卓を賑わせる中、仕事用の綺麗な服に着替えたルグロが顔を覗かせる。


 「なんだなんだ、楽しそうじゃないか二人共」

 「違うわパパ!こいつ私のこと馬鹿にして!」

 「何でもいいが二人共早く準備をしなさい。シリル、今日から君には学校に通ってもらう」


 喚くミリアと苦笑いを浮かべてなだめようとするシリルの二人だったが、ルグロからの思わぬ一言のよって顔を見合わせて目を丸くする。


 「私は先に学校へ行っているから二人共遅刻しないように」

 「ま、待ってパパ!こいつが学校に行くってどういうことよ!」

 「…!?…!!」


 ミリアの慌てた声に続いてシリルも首を振って同調する。昨日の今日でどうしてそこまで話が飛躍するのかと慌てる二人だが、ルグロは気にすることなく扉を開いてはニカッと笑って言った。


 「私はこの街で一番偉いからね」


 そのまま出かけてしまったルグロの背中を唖然と見送る二人。


 「あの人はこの町の町長をしているの。その上学校の先生まで引き受けちゃってね。あぁ見えて頑張り屋さんなのよ?」


 呆気にとられたシリルに言い聞かせるようにしてそう言うミルスは、反論しようとメモを取り出す彼にパンを突きつけては「遅刻しちゃうわよ」と笑う。誤魔化されたようなスッキリしない気持ちはあるが、恩を仇で返す訳にはいかないとシリルは大人しくメモを置いた。




□■□■□■□




 「ちょっと!あんたいつまでそこに立ってるつもりなのよ!遅刻するってば!」


 ミリアーナが声を荒らげるも右から左へとすり抜けていくシリル。それもそのはず、学校として連れてこられた目の前の大きな建物は彼の人生の中で一番立派で、もはや物語の中に入ってしまったと見紛うばかりに大きかった。


 (大きい…)


 自身の知る学び舎との圧倒的なスケールの差に驚き校門の前で立ち尽くすシリルに痺れを切らしたミリアーナは、彼の腕を掴んでは無理やり校舎へと引きずっていく。

 何もかもが新しく見えるシリルが我に帰った時には教卓の前に立たされ、目の前のたくさんの生徒達の目線に晒されている状態だった。


 「今日からこの学校に入学することになったシリルだ。彼は声が出せなくてね。皆、彼の手助けをしてあげるように」

 「「「はーい」」」


 元気の良い生徒達の大きな返事に気圧されながらも、シリルは勝手に声が出せないことを告げてしまった隣にいるルグロを不安げな目で見つめる。


 「やぁシリル。ここが君の新しい場所だ。担任は私だから困ったことがあれば何でも聞きなさい」


 そう言って笑うルグロの笑顔に負け、シリルは諦めたように指定された席へと座る。


 「ねぇねぇ」

 「!!?」


 不意に話しかけられ隣を見てみると、同じ歳ぐらいの緑髪の少年がシリルの肩をつんつんと突く。


 「声が出せないって本当?」

 「…」


 ずぐりと胸の奥が痛むような気がした。

 この瞬間が嫌いだ。声が出せないことを聞かれるこの瞬間が一番惨めでどうしようもない不安に苛まれる。

 シリルは慣れた手つきでペンを走らせては、少年の前へと掲げる。


 [そうだよ]


 シリルは彼から視線を逸らしたまま固く目を瞑る。

 見たくない。聞きたくない。でもルグロの好意を蔑ろにはできない。否定されたらまた静かに端で誰の目にも留まらないように過ごそう。

 かつての学び舎での過去を思い出しながら一人そう決心するシリルだったが、少年はその髪に目を通すや否や満面の笑みを浮かべて言った。


 「そっか。お互い色々と大変だろうけど頑張ろうね!」

 「…?」


 予想だにしない言葉に彼を見るシリル。楽しそうに笑う彼の足元を見ると、彼が座っているのが普通の椅子ではないことに気が付いた。


 「僕はドニア。見て分かると思うけど、僕は歩けなくてさ。こうやって車椅子でしか移動できないんだ」


 それは初めて見た、自分と同じ大きな欠陥を持った少年の姿だった。

 普通の人が当たり前にできることが当たり前にできない。歩くということは声が出せないことよりも大変だということはすぐにでも理解できた。故に分からない。どうしてそこまでのハンデを背負っているというにも関わらず、そんな顔で笑えるのだろうか。

 そう考えるよりも先に手が動いていた。

 シリルは震える手つきでメモに文字を書いてドニアに渡す。


 [君はどうしてそんなに笑っていられるの?]


 思えば短絡的な質問だったと思う。彼は不思議そうな顔を浮かべるも思い出したかのように笑って周りを指差し始めた。


 「あの子はゲラルト。目が見えないんだ。あの子は耳が聞こえなくて、あの子は僕と同じで足が動かない。そして…」


 そう話を続けるドニアにちょっと待ってくれと服の端をつまむシリル。そんな彼にドニアは一層笑みを深めて言った。


 「このクラスにはね、”僕達“と同じ普通の人よりも出来ないことが多い人が半分くらいいるんだよ。皆色々なことに困ってる。でも皆でそれを補い合って学校生活を送ってるんだ」


 周りを見渡せば皆笑顔を浮かべていた。そしてその半数近くが自分と同じとのことだった。

 自分の知らない世界。不自由な生活を送る人とそうではない人とが手を取り合って暮らす世界。こんな優しい世界は見たことがなかった。蔑まれ、疎まれていただけのこの欠陥が、ここでは些細な問題だと笑い飛ばせるという。この学校の校舎といい、何から何まで、本当に物語の世界に入り込んでしまったようだった。

 彼との話に盛り上がる最中、ふと目線を感じる気がして横を見るとミリアーナが心配そうな顔を浮かべてこっちを見ていた。今朝の男らしさはどこへやら、あわあわと口を押さえて我が子を見守る母親のようなその顔に、シリルは吹き出してしまう。その姿を見て安心したのかミリアーナは少し照れくさそうな笑みを浮かべる。シリルもその笑顔に満面の笑みを返す。


 (あぁ、そうか)


 助けてくれたのはミリアーナだった。

 物語の彼女じゃない。ミリアーナをそれと重ねるのはあまりにも自分勝手だ。そうだ、ここは物語の中なんかじゃない。


 (ありがとうミリア)


 森の中で絶望の淵に沈む僕を引っ張り上げてくれた彼女。得体の知れない僕を受け入れてくれた彼女の両親。そしてこんな暖かな場所をくれた。ならば自分も踏み出してみよう。


 シリルは得意の速筆でメモに一文書き記すとドニアの前に掲げた。


 [僕と友達になってください]


 ドニアは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに優しい笑みを浮かべて頷いた。


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