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04:愛徒(ラブニカ)


 首に走る痛みでシリルは目を覚ました。

 首をさするとどうやら手当がしてあるようで、包帯のようなものが幾重にも巻かれていた。疲れがまだ残っているのか、彼の頭は靄が掛かったように霞んで朦朧としていた。


 (ここは…)


 起き上がろうとするシリルだが思うように体が動かない。何かに巻きつかれたように固まる体。不思議に思う彼だが、その違和感の正体は存外すぐに判明した。


 「あら、お目覚めですか?」


 不意に耳元に吹きかかる暖かな吐息と甘い声色。反射的に右を向くと、柔らかな表情で頬を赤らめた女の顔が目の前にあった。

 瞬間凍結する思考と同時に、右手への感触に神経が集中する。柔らかく、しっとりとして暖かな感触。

 目線を落とすとそこには豊満な谷間に吸い込まれるようにして挟まれた己の右腕が確認できた。


 『ななななななな!!?』


 凍結した思考は、緊張と羞恥の業火に焼かれ瞬間的に沸騰。シリルは跳ねるようにしてベットから跳びのき、知らぬ間に隣で寝ていた女を指差しては耳まで赤くして叫ぶ。


 『なんですかあなた!む、胸が、ななななんで隣で寝て…』

 「…っ!」


 その女は彼の声を聞くや否や、痙攣したように震え、宙を仰いではピタリと止まる。その姿を見てシリルの脳裏には、あの焼き付いた地獄のような光景がフラッシュバックする。


 (しまった)


 慌てて口を抑えるも時既に遅し。

 彼の声は恋人(ラバーズ)の声。つまりは人を狂気に陥れる破滅の声である。その力がどれほどのものか、嫌という程理解している彼にとっては思わず漏らしてしまっただけの声にも関わらず、絶望と後悔に押し潰されそうになる。

 膝立ちで天井を見上げたまま少しも動かない彼女の元に駆け寄り触れようとした瞬間、彼女は虚ろな表情で口を開いた。


 「あぁっ…んっ。堪らない、感じちゃう…。でもいけません、いけませんわエリザベート。今は駄目よ」


 ギョッとするシリルを他所に、彼女は虚ろに目を伏せては恍惚とした表情で顔を紅潮させて快楽に浸っていた。

 予想外の状況に再び思考が停止するも、彼女は気持ちを抑えるように深呼吸してはシリルに向かって頭を下げて言った。


 「お待ちしておりました、シリル様。代表であるこの私、エリザベート・グロリアが誓います。これより我々愛徒(ラブニカ)は貴方様の忠実なる下僕。何なりとお使い下さいませ」


 やけに胸が空いた修道服に身を包んだ桃色ロングの彼女は、服従の証にとこうべを垂れる。終始混乱しっぱなしのシリルは彼女の言うことなど特に気にするわけでもなく、今一番感じている疑問について億劫になりながらも口を開いた。


 『あなたは僕の声を聞いてどうにもならないんですか?』


 小さく、本当に小さくそう問いかけた。

 あの惨劇は忘れようにも忘れられないほど鮮明に焼き付いている。そしてその惨劇が起きた理由も嫌というほど理解している。

 故に分からない。自分の、恋人(ラバーズ)の声を聞いたにも関わらず彼女は狂うことなく淡々とした様子で喋っていた。どこにも異常は見られず、妖艶な笑顔を浮かべながら彼女はシリルの問いかけに答える。


 「どうにもならない、というわけではありませんね」

 『!』


 少し俯いて顔をしかめるエリザベートにシリルは慌てて口を押さえる。やはりこの声は人を簡単に殺せるほどの凶器。もしかしたら、この人とはまともに話すことができるかもしれないというほんの少しの願い。独りよがりの身勝手な願望のせいでまた一人殺してしまうと涙を浮かべる彼であったが、彼の予想に反する様に彼女はもじもじとしながら顔を赤らめる。


 「その、お恥ずかしい話なのですが。シリル様のお声を聞くと、その…疼いてしまって……」


 そう言って彼女はバツが悪そうに口元を隠しながら、下腹部を切なそうに弄る。

 性に対する頓着のないシリルでも彼女のその姿は妖艶に見えて顔を赤らめる。


 『なななななな!』


 慌てるシリルに小悪魔の様ないたずらな笑みを向けるエリザベートは、ゆっくりと立ち上がっては彼の手を引く。


 「下劣で愚鈍な私にあなたの声をもっと聞かせてください。さぁ続きはベットで」


 シリルの手を引っ張りベッドへと連れ込もうとするその時、薄暗いその部屋の古びたドアが勢いよく開かれた。


 「エリザァ!一人で抜け駆けしてんじゃねーぞ!」


 開かれた扉から飛び出てきた桃色のツインテールで水着のような格好をした少女は、おっぱじめようとする二人に怒号を飛ばしながら慌てて駆け込んでくる。額に青筋を立ててながら、腰に据えたトマホークをエリザベートに向けて振り上げる。対するエリザベートは彼女のその姿を一瞥しては小さく舌打ちをして、するりと胸元から取り出した細長い刃で振り下ろされた攻撃を受け止める。


 「ノエル。あなたには講堂で待っているように言っていたはずなのだけれど」

 「あ?勝手に手ぇ出してるアバズレの言うことなんて聞いてられっかよ」


 激しい金属音を鳴らしてぶつかり合う二人。唖然とするシリルを差し置いて二人は武器を振り回しながら怒号を飛ばし合う。


 「アバズレとは言ってくれるじゃない。一度鏡を見て出直してきてはいかが?そんな貧相な体つきでありながら露出過多の格好。私なら恥ずかしくて外も出歩けないわね」

 「おいおい、俺のこの肉体はこれで完成された美なんだよ。美意識壊れてんじゃねぇのか?馬鹿みてぇな脂肪を二つもぶら下げた上にそれをみっともなく見せびらかしてるアバズレがよ」

 『ちょっと二人とも落ち着いてくださいよ!』


 本気で血を見ることになりそうなほどピリついた二人の間に割って入るシリル。そんな彼の声に体を震わせて大きな反応を見せる二人。どちらも異様に顔を赤らめては荒い息でシリルを見つめる。


 「うぐ…、なかなかどうして直に聞くと理性が飛びそうだなおい」

 「何を当たり前のことを。シリル様は我らが主のお声をその身に宿した死徒なのだから当然でしょう」

 『あの、二人共目が座ってますよ…』


 チクチクと刺さる目線に身の危険を感じながらシリルはゆっくりと後ずさるも、血走った目つきの二人は息を荒らげてにじり寄ってくる。


 「なぁ使徒様よ、先っぽだけでいいから。な?な!?」

 「シリル様、私と一夜をお過ごしに…」

 「はいはい、二人共いい加減にしてください」


 理性を失いかけた二人の頭をコツンと叩き叱りつける、新たに出てきた三人目の桃色髪の少女は申し訳なさそうにシリルへ向けて頭を下げた。


 「申し訳ございませんシリル様。この二人が無礼を働いたようで」

 「リリは使徒様の声聞いてねぇからそんなこと言えんだろうがよ。聞けば俺の言うことも分かるってのによ」

 「御託はいいかからノエルも頭を下げなさい。我らが主の死徒様に向けて無礼だと言うのがわかりませんか」

 「リリ、あなたにも講堂で待つよう言っておいたはずなのだけれど?」

 「信用なりませんから見に来て正解でしたよ」


 リリと呼ばれた少女は、この惨状にため息をつきながら呆れた顔で二人を睨みつける。


 「二人とも節操がないといいますか、何につけても度が過ぎてるんですよね」

 「ネメアもそう思うかも!!」


 そう言ってリリの背中からぴょこりと顔を覗かせたのはこれまた桃色髪の修道服少女。他の桃色と比べてだいぶ幼い出で立ちの少女はリリの背中に張り付いたまま満面の笑みで言った。


 「エリザもノエルも、リリの言うこと聞かないと後で怖いかもだよ!リリ怒らせてもネメア助けてあげないかも!」

 「えぇ、私って怒るとそんなに怖いですか?」

 「あら、自覚なかったのかしら?あなたキレると見境なく暴れるじゃない」

 「さすがの俺もブチギレたお前を抑えるのには一苦労だもんなぁ」

 「そそそんな!シリル様の前で恥ずかしいこと言わないでくださいよ!」


 そう言って赤くなった顔を隠すリリ。そして桃色シスター四人を前にしたシリルはそんな彼女らの会話を呆然として聞いてるだけであった。


 「ほ、ほら!シリル様も困惑していますよ!」

 「シリル様固まったまま動かないかも!ねぇエリザ。ちゃんとネメア達のこと言ってるの?」

 「えぇ、ちゃんとお伝えしたのですが。まぁ全員揃ったことですし、改めて」


 こほんと小さく咳払いした後に、エリザベート含む四人の桃色少女達はシリルの前に膝をつき、頭を下げてひれ伏した。


 「私達は愛徒(ラブニカ)。これからシリル様の手となり足となり動く貴方様の下僕でございます。先刻、我らが主よりお聞き致しました。最愛にして唯一無二の眷属である死徒としてシリル・チップチェイス様を選ばれたと。我ら愛徒は我が主の望むまま、その死徒であるシリル様に忠を尽くします」


 エリザベートはそのままゆっくりと顔を上げてはシリルの手を優しく包んで言った。


 「全ては我らを愛し、我らが愛する主のために。逆位置のアルカナにして黒の6番目である恋人(ラバーズ)様のために共に全てを(あい)しましょう」



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