反抗期の聖女は今日も世界に祈らない
この世界には代々聖女様と呼ばれる存在がいる。
右手の甲に聖女の証と呼ばれる痣を持って生まれる女児が見つかると、神殿が引き取り聖女として育てあげるのだ。そうして歴代の聖女様はお役目として次代が産まれるまで世界の安寧のために祈りを捧げることとなる。
「世界の安寧のためとか意味わかんない!ベーっだ!!」
今代の聖女様は現在14歳。絶賛反抗期中であった。
最近の聖女様は色々思うことがあるらしく、親代わりでもある教育係の司教様とシスター殿や聖女としてのお勤めに対して特に反抗気味だ。今日も朝の祈りの時間を無視して隠れてしまい、四阿のベンチの陰に座り込んでおサボり中である。
俺は今代の聖女様が神殿に引き取られてきた赤ん坊の時から護衛として側にいるのが仕事だ。だから今も、おサボり中の聖女様の側に立っている。未だ愛らしい幼さを持つ少女だが、初めて出会った時から随分成長したものだ。14歳といえば俺が聖女様に出会った歳と同じであり、ほんと月日が経つのは早いと感慨深い。
「ねぇ、そこに立っていると私が此処に隠れているって気づかれてしまうから、ちょっと座って欲しいのだけれど」
「はいはい。これでいいですか」
「ありがと」
俺がしみじみとしていると聖女様は自分の隣を指差して俺にも座るように指示をする。言われた通りに聖女様の隣に座って隠れるように身を屈めると、お礼をきちんと言ってくれる聖女様はお優しい。
ずっと神殿の生活宮で暮らしている聖女様は、根がとても素直な性格なのと、聖女教育の賜物で所作が綺麗なものだから、反抗期で悪ぶっていても可愛らしさが先に立つ。護衛として必要以上の関わりは持てないが、俺がこの生活宮で一番歳が近いこともあり、聖女様のことはまるで妹のように見守ってしまう。反抗期ということでツンツンしていることも多くなったが、それもまた彼女が成長している証だろうと考えると、兄というよりどうも親目線になっているような気がしないでもない。
「何?あなたも私のこと叱るわけ」
俺が座ってからずっと黙っていたせいかどうやら怒られると思ったようで、口を尖らせて拗ねた顔した聖女様がジト目でこちらを見ている。実に可愛らしい。しかし此処でだらしがない顔をすれば、父親を嫌う娘の如く嫌がられそうなので、頬が緩まぬように表情筋を引き締めて返事をする。
「いや、俺はそんなことしませんよ。護衛ですから聖女様の側にいてお守りするだけです」
「聖女様ね……私、聖女なんかに産まれたくなかった」
思わず漏らしてしまった本音だったのか、少しばつが悪そうに眉にしわを寄せるとピャッと隠れるように膝に蹲ってしまった聖女様。小動物のようで実に可愛らしい仕草である。けれども聖女様がお心を痛めているのも確かであるので、俺の心も非常に辛い。赤ん坊の頃から我々神殿に勤める者の心を癒してくださっていた聖女様には、そんな辛そうな顔ではなくずっと笑っていて欲しいのだ。
昔から続いている決まり事に選ばれし者だから、と産まれてすぐに親元から連れて来れられてずっとこの神殿の奥で生活している聖女様が成長し自分というものを確立していく中で、もしかしたらこの環境を嫌うこともあるだろう。一時期の感情であれば良いのだが、そうでなかった場合聖女様に万が一があるかもしれない。護衛の俺は今代の聖女様を守ることが仕事だ。心身ともに健やかであってほしい。目の前のまだ幼い少女である聖女様を曇らせる憂いを晴らしたいと思った俺は気づけば問いかけていた。
「……此処はお辛いですか」
「よくわからないわ……だって此処以外を知らないのだもの。産まれた時から聖女だって育てられた私は聖女である自分しか知らないわ……でもそれって何か心がモヤモヤするの」
隠していた顔を持ち上げてどこか遠くを見るような目をした聖女様は、可愛らしいというよりも清らかな美しさが際立っていた。やはり目の前の少女は聖なるお方なのだと思わず心が震えてしまうが、そんな己れに聖女様がまだ気づいていないのであれば、それは恐らく強制されたもののようで不安なのだろう。
「聖女様でおられることに、まるで自分がいないようで不安なのですか?」
「そうなのかしら。……うん。確かに貴方の言う通り不安なのかもしれないわ。だから皆のことが嫌いじゃないのにイライラしちゃって、最近ひどいことしているわよね。……今日もお祈りしないで隠れているもの」
反抗的な態度を取ってしまうことに罪悪感があるらしく、聖女様は眉を下げて再び下を向いてしまった。土をいじってしまいそうなくらい、いじけている様子の聖女様も実に可愛らしい。俺が自身の14の時を思い出してもそんな可愛い部分など一切なかったので、やはり聖女様は特別に可愛らしい方なのだろう。
聖女様に癒されつつも過去の自分を振り返ってしまった俺は顔を顰めてしまう。
「俺も聖女様くらいの時に覚えがあります。俺の場合は……ちょっと悪さの度合いが過ぎてしまってだいぶシゴかれましたが、まぁそのおかげで聖女様の護衛になれましたから良い思い出ですね」
当時の俺はそれはもう聖女様にとても聞かせることはできないアレコレをやっていたものだ。ついに捕まった騎士団に拾われて団長直々にシゴかれるまでは、とても反抗期では済まされないような振る舞いだったと思う。その後神殿で聖女様の護衛をするようになって穏やかな生活を送れるようになると、当時のことは黒歴史だと各方面に申し訳ないと思うくらいには成長できた思う。
何より自分には今は守りたいものがあり、それが出来るのが嬉しい。
「あなたも大変だったのね」
「きっと人間はみんな生きてるだけで大変なんですよ」
「聖女って決まっているだけ私はまだ楽なのかもしれないわね」
俺との会話で何か感じることがあったのか、聖女様は自分事として聖女という立場を見つめられるようになったのかもしれない。全く成長期は素晴らしい。そしてこうして聖女様の成長を近くで見守ることができるなんて幸せな人生と言えるのではないだろうか。
「であるならば、俺は今代の聖女様の護衛として生きると決めてからだいぶ楽に過ごしていますので、これからも楽しく生きていけると思います。ずっと貴女の側にいますよ」
ずっと、という言葉を使ったからか、恥じらいながらもこちらを見てくる聖女様はとてつもなく可愛らしい。この神殿の生活宮には、決められた資格の持つ限られた人間しか生活できないようになっているので、此処で暮らす者みな家族のような絆が出来ていると思うし、その中心は間違いなく目の前にいる聖女様だろう。
「……あのね、いつか次代の聖女が産まれて私が聖女を辞めることになったとしたら……どうする?」
いまいち真意の掴めない質問であるが、聖女様は何か将来に気にかかることがあるらしい。とりあえず次代の聖女様が誕生したら今代の聖女様はこの生活宮から出なければならない。その時初めて外に出ることができるわけではあるが、国から手厚い保障があるので暮らしの心配はしなくても大丈夫であろう。それがいつになるかは、聖女の証を持つ次代の誕生次第であるので分からない。俺は聖女様が外に出られた時どうするのだろうか。今代の聖女様の成長を日々感じていたので正直考えたこともなかった。
あまり深く考えて黙りすぎていても心配してしまうだろうと、とりあえずわかることを口にしてみる。
「ここに勤めているものは皆、今代の聖女様のためにいますからね。次代の聖女様には次代の者たちが選ばれるでしょうから、今代の聖女様である貴女が此処を離れるときは俺たちも此処を離れる時なのでしょう」
「うーん、そういうことじゃないのだけれど……」
どうやら聖女様の聞きたかった答えではなかったようである。顔を赤くしてモジモジしてしまっている姿がいじらしくて、実に可愛らしい仕草である。
14年前、騎士団の団長に教育されたとはいえ如何しようもなかった俺は、縛るものなどないのだからと制約のもとに過去を手放して、この神殿でまだ名付けもされていない赤ん坊であった聖女様の護衛になった。初めてお会いした聖女様は、よく見えていないはずなのに此方を見て笑ってくれたのだ。
「俺の聖女様は貴女だけですよ。いつか貴女が聖女と名乗らずに別の名を名乗れるようになり、その名でお声がけするようになったとしても、俺の聖女様はずっと貴女だけです。あの日から俺の世界の安寧を与えてくださっているのは今代の聖女様なのですから」
「私が名前を貰って名乗るようになったその時には、貴方の名前を呼んでもいいかしら」
「是非に。恥ずかしい過去に置いてきた今は必要のない名前ですが、聖女様に呼んでいただけるのならまたその名が戻ってきても良いと思ってしまいますね」
聖女は生まれた時から聖人として名を持たず、人々に聖女様と呼ばれ敬われる。そしてやがて次代の聖女が生まれ、神殿を出る時に名を与えられて人になるのだ。神殿の生活宮で聖女様と共に過ごすことになる者たちも、制約のもとに今までの全てを置いて神殿に入り聖女様と共になることになる。なので此処では決して自分の名前を名乗ることはなく、皆与えられた役職名で呼ぶことになっているのだ。
「……司教様とシスターにも色々謝らないと。ねぇ、一緒についてきてくれる?」
つらつらと考えていたら、聖女様は気持ちを切り替えたのかスッキリとした表情をして立ち上がり未だ座っている俺を見下ろしている。新鮮な角度からの聖女様も実に可愛らしい。
「もちろんです。俺は今代の聖女様である貴女の護衛ですから」
この世界には聖女様がいる。今代の聖女様は14歳。
絶賛反抗期中で今日も世界の安寧を祈らない。けれども明日からはきっと。




