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第2話 孤独(3)

 アドミニストレーターの主な仕事はリソースの偏りの解消である。

 システム内における住民の全ての活動はリソースの配分によって行われる。

 リソースは文字通りシステムにおける資源であり、この電子世界(コロニー)における経済活動の根幹である。


 システムのよりインフラに近い下位レイヤから見るとリソースは現実世界の月面地下に設置されている大規模なデーターセンターにおけるCPUとメモリの占有率である。電子移行した人々は、このCPUとメモリを占有し、その魂における行動をシステム内で具現化している。


 一方で人々の生活基盤であるシステムの上位レイヤ、すなわちアプリケーションとしての電子世界(コロニー)としての資源は経済活動を行う上での通貨単位でもある。

 人々がシステムから無条件で配布されるリソースを利用し生活を行い、自らの経済活動において余剰となるリソースを稼ぎ出し、自分達の生活に彩りを付ける。


 このリソースだが、人口集中している場所やその他の要因で一時的な偏りを生むことがある。この偏りが少ない場合は問題無いのだが、放置していくことで特定エリアに割いているリソースの半分以上が特定箇所に集中するような事態を引き起こすこともあり、そのモニタリングをコウ達アドミニストレーターが行っているのだ。


「24区C-9。平均より2%の上昇。原因不明。特に人が集まっているわけではないですね」


 モニターを眺めているコウがチーム長であるトツカに指示を求める。


「散らすか……いや……シライ、31区B-7に余剰分を流せ。この後、凹みそうだ」

「わかりました」


 偏在するリソースは周囲へ散らすことで平準化するか、逆に不足する場所へ供給することで安定をはかる。高度に発達したシステム自身がこれを行うことも出来るのだが、そのためにリソースを割くよりは、そもそもリソースを使う存在である人々が仕事としておこなった方が合理的だという判断が出たことでアドミニストレーター職が生まれた。


「対応完了、両地区とも安定しました」

「次、2時間後に高確率でデカいのが出ると警告が出た。場所判明にはあと45分」

「了解、待機します」


 移行した世界においても人々はそれなりに働いているのであった。


***


 仕事を終え帰宅したコウは、いつもならリビングで出迎えてくれているソラが居ないことに気が付いた。一応、ステータスは在宅にはなっている。


『ただいま、ソラ、部屋にいるの?』


 そのメッセージを受け、ソラが自分の部屋から出てきた。


「おかえりなさい、パパ」

「ああ、ただいま。どうした? 何かあったか?」

「ううん、大丈夫。ごはんは?」


(何かあったとしか思えないけど、恋の悩みだったら困る)


 コウはそう考えながらコンソールを上げ、夕飯の献立を検討した。


「ポトフは?」

「うん……いいよ、それで」


 ソラがそういってイベントリから食器などを取り出しテーブルに並べた。

 それと同時にコウが支払ったリソースを消費して皿の上に熱々のポトフが注がれる。

 まるで魔法のような世界だ。

自分達で自炊することもできるのだが、完成品を並べるよりも料理をするという行為で先にリソースを消費する。直接完成品を手に入れた方がリソースの消費が少ないのだ。


 自炊というのはこの世界では一種の遊びとして捉えられている。


「ユキナ、いただきます」

「いただきます」

「ソラ? ママに挨拶は?」


 シライ家では食事の前にはユキナの写真に必ず挨拶をしていた。

 ソラがそれを無視して食事を始めたのだ。


「ソラ、家族は一緒に……」

「ママはいないもん」

「ソラ?」 


 しばらくポトフを黙々と食べていたソラが、コウの言葉に突然立ち上がった。

 その目には大粒の涙がこぼれ落ちそうになっていた。


「ソラ……?」

「ママはここにいないもん」

「ソラ、突然どうしたんだ」


 コウの言葉にソラが目を閉じた。

 その瞬間に溜まっていた涙がこぼれる。


「ふぅ」


 大きな溜息を吐くとソラは目を開け笑った。


「……ごめん、パパ。今日は食欲がないから、いいや。ご馳走様」

「食欲って、ソラ?」

「お休みなさい」


 ソラはそういって皿を片付け部屋に戻ってしまった。


***


 部屋に戻ったソラはそのままベッドに横になっていた。

 気持ちが抑えられなくなっていたのだ。


(ママに会いたい)


 ただ、それだけだった。

 写真や動画ではない本物のユキナに。


 でも、コウには知られてはいけなかった。

 激しい後悔と母親への恋慕からソラはいつものように動画の再生を行う。


 ベッドの上にはミウの姿が浮かび――


***


「ソラ……」


 部屋に戻ってしまったソラをコウは呆然と見送っていた。

 これまで一度も反抗されたことなどなかった。

 よくできた自慢の娘だと思っていた。

 父親を気遣い、いつも明るく振る舞い――


「僕がソラをそういう娘にしてしまっていたのか?」


 そういえばソラから、ソラ自身の気持ちとしてユキナのことを聞いたことは無かった。


『パパ、ママのお迎えに行こうね』

『パパ、ママは来るのかな、来るといいね』

『パパ、ママがいないと寂しいね。元気出してね』


 いつも、自分のことを気遣う娘の言葉。

 ソラはコウを通してしかユキナのことを語っていなかった。

 ソラがユキナを探して泣いていたのは、こちらの世界に移行してきたあの日だけだった。


(まだ1歳だったソラが僕に気を遣っていた……そんな馬鹿な……)


 だが、思い返してもソラからユキナに会いたいという言葉を聞いたことはなかった。

 コウは冷めてしまったポトフを片付け、ヨロヨロと立ち上がった。


「ソラ……開けてくれるかな」


 ソラの部屋の前に立つコウの声は弱々しい。

 ソラが見せてくれていた笑顔が、何かを我慢していた結果だとしたら。

 今、父親としてソラの前に立つ資格があるのだろうか。


「ソラ……開けるよ」


 コウ達の住居はコウが所有権を持つ。

 保護者の管理権限を合わせて、ドアの解錠は可能なのだ。

 

 しばらく待って返事がなかったコウは、覚悟を決めて扉を開ける。


「ソラ、ごめん。パパが無神経だった……えっ?」



 ソラは泣き疲れてベッドの上で眠っていた。

 そしてそのすぐ横に……ユキナが立っていた。

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