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第2話 孤独(2)

 一瞬、間が空いたもののコウがアサヒの言葉に反応した。


「へぇ、どんな子なの?」

「あ、動画を持っているからすぐ出せるよ」

「駄目!」


 アサヒの行動をソラが強く制止した。


「ソラ?」


 らしからぬ行動に訝るコウ。


「あ、だって電子アイドルだよ。気持ち悪いじゃん。ママに似ているなんて。ママじゃないのに」

「あー、確かに」


 コウは呑気にそう答える。


「でも、本当にそっくりなんだよ。ソラも観てみなよ」

「いやだ!」

「アサヒ」


 アサヒがなおも食い下がろうとするのをセリがゲンコツで止めた。

 

「痛いよ、母ちゃん」


 痛がるフリをするアサヒを無視してセリがソラに謝る。


「ごめんなさい、ソラちゃん。観たくないよね。私も嫌だな。ユキナにちょっと似ているアイドルなんて。ユキナは本当に綺麗だったから」

「だから似てるんじゃ無くて、そっくりって、父ちゃん、耳を引っ張るなよ!」

「さぁ、馬鹿息子。もう子どもは寝る時間だし、帰ろうか。コウ、すまん。デリカシーというのは俺が母親のお腹に忘れてきたので、こいつにも遺伝していないんだ」

「父ちゃん、俺は遺伝子なんて古い情報で生まれたんじゃない……母ちゃん、ストップ! ストップ、ちょっとシステム! 暴力! 暴力!」


 なおも騒ぎ立てるアサヒをネギ先輩とセリが引きずるように連れ出していった。


「おやすみ、コウ。また明日な」

「はい、おやすみなさい」

「ソラちゃん、またね」

「はーい、セリさん」

「ソラ、明日は一緒に登校するぞ」

「しないよ、馬鹿アサヒ」


 玄関が閉まりシライ家には静寂が訪れる。


「パパ?」

「うん? どうしたソラ」

「ううん、なんでもない」


(よかった。気にしていないみたい)


 ミウの話はあまり興味を持たなかったようだ。

 食後の食器などのオブジェクトを清浄してイベントリに仕舞うように指示しているコウを横目に見ながら、ソラは胸をなで下ろしていた。


***


 夜。


「ママ……」


 コウの前では気持ち悪いといったミウの動画。

 ソラはその動画をベッドの上でじっと座りみつめていた。


 青緑色の髪を持つ母親そっくりの電子アイドル。

 写真やコウやセリの記憶から作られた動画しかしらなかったユキナの姿。


 アサヒの言うとおり、似ているというレベルの話では無い。

 瓜二つ。

 ただ髪の色と目の色が違うだけの母親。


「ママ……」


 ただ、ソラはそれだけを呟く。

 ずっと押し殺していた感情。

 記憶に無い母親への恋慕。


 コウからは目一杯の愛情を受けていた。

 おばあちゃん代わりのミウラやオノからも愛されていた。

 おじいちゃん代わりの教授。

 隣のネギおじさんと、セリさん。

 それにアサヒ。


 でも足りなかったもの。

 ソラが渇望して止まなかったもの。

 

 そして幼い頃からその思いに蓋をし、厳重に鍵を掛けていたはずの心からの望み。


「ママ……ママ……」


 ソラには、もう押しとどめる事はできなかった。

 こんなにも、会ったことがなかった母親に会いたいと思っていた自分の気持ちを。


***


 (ソラの様子がおかしい)


 コウは、ここ数日、いつも通りに振る舞うソラの目の奥に憂いのようなものを感じていた。

 見かけは明るいのだが、どこか何かに意識を取られているように感じられる。

 こまった時はネギ先輩。

 それがコウのスタンスである。


「ソラちゃんの様子がおかしい?」

「はい」


 休憩時間に珈琲を飲みながらコウはネギ先輩に相談をしていた。


「この間、焼肉を食べたじゃないですか。その次の日から……うーん、いつも通りなんだけどどこか悩みを抱えているというか。明るいけど暗いというか……」

「そりゃ、恋だな」

「……ですかね」


 コウもそれを考えなかった訳では無かった。

 高校生になり恋の一つや二つ、していても困らない。


「……コウさんや。なぜ、特殊拘束許可申請をしようとしているんだ?」

「え? だって、ソラの相手をぶち込まないと」

「ちょっと待ってぇ!」


 自然な動作でコンソールを操作していたコウを止め、ネギ先輩が慌ててキャンセルを行う。


「コウ、アドミン権限を持っている俺達がやると洒落にならんから」

「洒落?」

「マジなのか? 怖えよ」

「……冗談ですよ」


 冗談とは取れなかったコウの行動に冷や汗を掻きつつも、とりあえず特殊拘束許可申請などという最終手段の行使権限を自分達が持ってる危うさにネギ先輩は少し悩む。


「しかし、俺達みたいなペーペーに管理権限なんて与えてもいいのかね。システムは何を考えているのか」

「そうですね」


 移行オペレーターの多くが電子世界(コロニー)においてアドミニストレーターになった。特にコウ達東日本エリアの移行センター出身者については移行作業に伴う高い職業意識をもったその姿勢がシステムに評価されレベル3の管理権限を付与されている。


「一番すごいのはネギ先輩ですけどね」

「そうか?」


 業務棟倒壊時にはすでに移行済みだったネギ先輩は管理職と同じレベル4の管理権限を持っている。レベル5が最上位であることを考えると破格の権限であり、『ぺーぺー』であるネギ先輩が持っているのはシステムがそう評価したからに過ぎない。


「まぁ、俺はレベルが高いけどお前は範囲がな」


 一方、コウは管理レベルは3までしかもっていないものの、全世界に対してその権限を行使することができる。ネギ先輩はあくまで旧東日本出身者を対象とした権限であり、どちらが高い権限を持っているのかと言うと微妙なところだ。


「でも特別拘束に関しては僕は申請しかできないですからね」


 レベル4であれば特別拘束指示が可能だ。

 コウが行おうとしていたのはあくまでもネギ先輩に対して申請を行うことだけ。


「だが、申請履歴が残るだけでもシステムが何を言い出すかわからんぞ」

「そうですね。だから冗談ですよ」


 そう笑うコウの目は笑っていなかった。


(どんだけソラちゃんが好きすぎるんだよ。アサヒ……お前苦労するぞ)


 アサヒがソラに思いを寄せていることは両家族を含め周知の事実なのである。

 勿論コウもそれを知っているが、あくまで幼馴染みの延長としてとらえており、そこに本当の恋愛感情があるとは思っていない。


 ただ一つの恋しか知らないコウにとっては、ソラとアサヒの関係は子ども同士がじゃれているようにしかみえないのだ。 


「誰でしょうね。ソラが悩んでいる相手は」

「だからコンソールから手を離せぇ!」


 相変わらず騒がしい二人であった。

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