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第2話 孤独(1)

 「ただいま」


 ひとしきり泣いた後、ソラはルミに「このことは黙っていて」と言って帰宅した。

 コウはまだ帰宅していないようだ。


(パパが知ったら……)


 事故で死んだ記憶に残っていない母親とそっくりのアイドルを見ただけで大泣きしてしまったのだ。自分が受けた衝撃の大きさを考えると、実際にユキナと生活をしていた父親がこのことを知ったらどうなってしまうのだろう。


(言えないよ)


 ソラは心の底でジクジクする痛みに耐えながらも、そう決意するのであった。


***


「ただいまぁ」

「ソラちゃ~ん」


 ソラから遅れること15分ほどでコウが隣に住むネギ先輩一家を連れて帰ってきた。


「うげ」

「うげってなんだよ、うげって」


 その後ろに立つアサヒを見てソラは顔をしかめる。


「ネギおじさん、こんばんは」

「コウ、お前のせいで俺はいまだにソラちゃんからネギ呼ばわりだよ」

「ネギ先輩、仕方無いですよ」

「その頭が悪いのだ」


 そう言って、ネギ先輩の背後から長身の金髪女性が現れた。

 ネギ先輩の妻で、アサヒの母親であるセリだ。


「こんばんは、ソラちゃん」

「こんばんは、セリおばさん」


 幼い頃は母親代わりのように可愛がってくれたセリにソラが飛びつく。


「う~ん、可愛い。うちの馬鹿オスどもとは大違い」

「母ちゃん、父ちゃんが傷つくから、そういう言い方やめろよな」


 セリの言葉に泣き崩れるネギ先輩と、それを支えるアサヒ。

 この親子はいいコンビなのである。


「アサヒ、お前にも言っているんだよ」

「まじか」


 アサヒもセリのことばに崩れ落ち、そのまま熔ける。


「アサヒ! 人間止めちゃ駄目!」


 ソラがそれを見て怒り出す。


「あ、ソラが口をきいた」


 ニヤリと笑った後、アサヒが一瞬でも元に戻った。

 ソラが逃げるように帰宅してしまったことを気にしていたのだ。

 

「ちっ」


 昼から無視を続けていたソラは騙されたとばかりに、もう一度顔をしかめた後にそっぽを向く。その顔は少し赤い。


「青春ねぇ」


 セリが呟き、


「アサヒ君、第1世代の前でのエフェクトは気を遣いなさい」


 コウがアサヒの行動を優しくとがめる。


「はーい」


 コウの言う事だけはなぜか素直に聞くアサヒだった。


「ねぇ、セリ。父親の威厳って」

「無い」


 ネギ先輩はバッサリとセリに切り捨てられていた。


***


 月に何度も行っている合同の食事会。

 今日のメニューは焼肉だった。


(牛タン……懐かしいな)


 ソラの出産当日、焼肉を食べにいったことを思い出しながら、コウは牛タンを口にいれる。


「パパもママのところに行ったの?」

「うん、今日は月命日だったからね。ほら、ソラ、牛タンが焼けているぞ」

「あ、ああ、うん」


 ソラも牛タンのエピソードは知っている。

 乙女的には自分の誕生に牛タンが関わっていたというのは複雑な気分だったのだが、


(危なかった)


 慰霊碑でニアミスをするところだったのである。

 タイミングが違っていれば、ミウのことがコウにバレていたかもしれない。


「コウは相変わらずユキナちゃんばかりだな。もうそろそろ新しいかぶべっ」


 コウの様子をみてネギ先輩が何かを提案しようとしたところで殴り飛ばされた。


「システム! なんでセリの暴力はチェックされないんだ」


 変な姿勢で転がりながら叫ぶネギ先輩だったがシステムは反応しない。


「先輩が暴力と思っていないからじゃないですか?」

「俺はそんなドMじゃない」

「父ちゃん!」

「ぐわっ」


 今度はアサヒの蹴りが炸裂した。


「ソラの前で恥ずかしいことを言うなよ」

「なんだよアサヒ! 父ちゃんはドMじゃぐわぁ……」


 もう一度セリに殴られたネギ先輩は天井を突き破り遥か上空に吹き飛んでいった。

 勿論、エフェクトだ。


「セリさん、気にしなくていいよ」

「うちの馬鹿がごめんなさい」


 コウは優しい笑みを浮かべながら静かに顔を横に振った。


「みんなが気を遣ってくれているのは解っているけど、この先何十年、何百年と続く人生。ゆっくりとソラの成長を見守れるこの時間をもう少し味わいたいと思っているので。今はそれだけで充分なんです」


 コウに再婚を薦める人は何人もいた。

 コロニーは、倫理的には現実と同じであり、日本からの移住組に関しては原則一夫一妻制を推奨している。長い人生を孤独な状態で過ごすというのは、身体が健康でも精神上に問題が出るのではと言われているからだ。

 

 現実世界よりも切実に結婚を勧められるというのは、一部の人にとって中々酷な話ではあったが、それでもシステムの監視があるために匿名ゆえの暴挙にでるような事が不可能となり、逆に出会いのハードルは下がっていたのだ。


 他方、現実世界との同じ倫理基準に対し疑問を持つ人もいて、一夫多妻、多夫一妻、多夫多妻といった形態を取るような人たちもいる。


 だが、長い人生のひとときを一人のパートナーと向き合って共有するという人の方が多い。

 生活苦から解放され多種多様なハラスメントやDVはシステムが検出する。

 現実世界で引きずっていた、これら悪しき関係性は移行後に一気に解消されたため離婚率も大幅に減っていた。


 一人で生活するも善し。

 家族と生活するのも善し。


 他者を侵害しない上での保証された価値観の多様性は、旧来の家族の結びつきを強くするという面白い現象を引き起こしていたのだ。


 ゆえに、父と娘で生活するコウに対しては善意から新しいパートナーを探してはどうだろうとう提案が複数あった。


「ユキナのことがどうしても忘れられないというのではないんですけどね。やっぱり、まだ早いかな」


(うそ)


 ソラは知っている。

 コウが今でもユキナのことを思っていることを。


(駄目だ。パパは全然ママを忘れていない。そんなパパがミウのことを知ったらどうなっちゃうの……)


 絶対バレないようにしなければならない。

 幸い、コウはアイドルの動画など見ることはない。

 ソラが注意していれば大丈夫だろう。


「あ、そういえばコウおじさん。知ってる? ミウっていう電子アイドルがソラの母ちゃんそっくりなんだよ」


 アサヒの空気を読まない一言で固まるソラ。

 台無しであった。

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