表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/97

第1話 予兆(4)

「はい、授業はここまで」


 教師が授業の終わりを告げる。

 電子世界に移行後も授業のスタイルは大きく変わることはなかった。

 わざわざ人が教える必要があるのかという議論もあったのだが、一定数、教える仕事を続けたいというニーズもあり、安全面での問題がこの世界では配慮する必要が無いということから、授業については人が行うことになっていた。


 義務教育という面では、何を教えるかという点も議論されたが、無限とも言える時間を今後過ごす事を考えると高等教育を受ける機会はいくらでもあるため、倫理観の醸成や移行前の歴史という点に注力されるようになっていた。


「歴史の授業、面倒臭いな」


 そうぼやくアサヒの声を無視して、ソラは隣に座るルミの腕を掴むとイベントリからスケートボードを取り出し、一目散に教室を飛び出した。


 ルミとの昼の会話を思い出し、恥ずかしくてアサヒの顔が見れなかったのだ。


「おーい、ソラぁぁ」


 背後から幼馴染みの声が聞こえるがそれは完全に無視。

 校門を出ると、一気に最高速度まで加速。通学路を走り続けた。

 高校生の立場では、街中で出せる速度にはシステム的な制約があるため、スタートで引き離したら、アサヒがいくら頑張っても追いつくことは出来ない。ショートカットをするための移動用の転移ゲートとなるポータルも存在するが、ある程度距離が離れた拠点間移動に使うためのものであり、学校からソラやアサヒが住む住宅まで一気に移動する手段は無いのだ。


「あははは」


 ソラに引きずられているルミは自分の身体の設定を少しいじり、風にはためくように身体を布のような材質に変更していた。


「ルミ、人間を止めちゃだめ!」

「楽しいよぉ」


 アサヒやルミのような、こちらの世界で生まれた子供達は、このように安易に身体の設定を変更して遊ぶ。勿論、これも一定の制約があるのだが、この程度のエフェクトは問題無い。だが、現実世界から移行してきた人達は、身体の形を変えてしまうようなエフェクトを利用しない。本能的に気持ち悪いのだ。


「ソラもやってみなよー。グニャグニャ人間は楽しいよぉ」

「気持ち悪いから無理!」


 それは1歳という幼い年齢で移行していたソラも同じだった。


 ***


 学校から一定の距離を駆け抜けたソラは、ルミとともに景色の良い丘の上に来ていた。

 今日はユキナの月命日であり、毎月、ユキナの名前がある石碑まで来るのがソラにとっても習慣化しているのだ。


 移行前に事故で母を失ったソラには、ユキナの記憶は全く無い。

 ただコウが見せてくれる再現した動画や写真が母に関する数少ない情報源だ。


 不幸だとは思わなかった。

 隣にはアサヒの母であるセリおばさんが住んでいたし、ミウラとオノのおばあちゃんも、よく小さい頃から遊びに来て可愛がってくれた。


 ただ母の写真を見るときに時折見せる父の深い悲しみに触れると、胸の奥がズキッとすることがある。


 ――ママ、パパに元気を分けてあげて。まだママのことが忘れられないみたい。


 ソラは広い芝生の広場の中央にある石碑に向かって、いつものようにそう願うと、背後でソラに気を使って静かにパーソナルエリアの中だけで音楽をかけていたルミに声をかけた。


「ルミ、何を聴いているの?」

「うん? ああ、ミウちゃんの曲」

「ミウちゃん?」

「知らない? 最近、少しずつ流行りだしているんだけどなぁ」

「へぇ……どんな曲?」

「聴いてみる?」

「うん」


 ソラの返事を受けてルミが音楽の聞こえる範囲を少し拡張した。

 澄んだ伸びやかな声がソラの耳に飛び込んでくる。


「アイドル?」

「そう。運営の仕事が神がかっているから魂があるみたいに見えるけど、どうやら電子アイドルらしいよ」

「へぇ」


 移行した魂を持つ人間。

 その魂から生まれる新しい世代の魂をもった子供たち。

 それ以外にシステムが生み出す電子人格を持つ疑似ヒューマン。

 この世界には3種類の人間が生活している。

 電子アイドルというのは、疑似ヒューマンが演じているアイドルなのだ。


 移行前の世界とは違い、人間と同じ電子の存在であるため、会うこともできるし、ほぼ人と変わらない会話もできる。ただ、魂だけを持たない存在なのである。


「あれ?」


 曲を聴いているうちにソラはどこか違和感を覚えた。


 違和感?

 違う。

 聞いたことがある。

 いつ? 

 どこで?


「あれ? どうしたのソラ?」

「え?」


 ルミに言われてソラは自分が涙を流していることに気が付いた。


「なんで私、涙を?」

「ミウちゃんの声に感動した? でも、アップテンポの曲だし、泣くところないけどなぁ」

「そうだよね。なんで私、泣いているんだろう」


 ソラにも理解ができなかった。

 ただミウの声を聴いた瞬間、心の奥底に大切にしまっていた箱が開いてしまったような、そんなもどかしい感情に襲われたのだ。


 どこか懐かしい声。

 どこか胸を打つ声。


「ねぇ、この子の画像って出せる?」

「いいよ」


 ルミは二つ返事で設定を変更し、歌声だけでなく二人の間にミウの動画を映し出した。


「ほら、綺麗な子でしょ……って、ソラ、どうしたの? ねぇ、ソラ!」


 突然、号泣を始めたソラにルミが慌てた。


「なんかあった? ごめん、ソラ、消すね。本当にごめん!」


 そう言って慌ててミウの動画を消そうとするルミの腕を掴んでソラが泣いたまま首を振る。その視線は歌い続けているミウに釘付けになっていた。


「ママ……」

「え? ママって?」


 ソラの声にルミが固まる。


 ソラの目にははっきりと映っていた。

 髪の色が電子世界(コロニー)のアイドルらしく青緑に染められていた。目の色も青く違っている。それでも、その姿形は間違い無い。ソラが毎朝眺めているユキナと瓜二つの顔。


「ママだ……」


 ソラは熱に浮かされたように、もう一度呟いた。

第2部第1章第1話終わり。

週末はお休みさせていただき第2話は6/10より開始いたします。

第1部の現実世界とは違い、電子世界で繰り広げられる物語、楽しんでいただけていると幸いです。

ご感想や面白いよというツイートなどしていただけると作者は小躍りいたしますので、是非よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
面白いと思っていただけたら、ブックマークをしていただいたり、最新話の☆☆☆☆☆をクリックしていただけると、著者のやる気につながります。感想とかあると小躍りします
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ