第1話 予兆(3)
「お先に失礼します。ネギ先輩」
コウは目の前に並んでいた未処理や処理中の問題について、緊急のものが無い事を再度確認すると、残ったものに明日以降対応というフラグを立てモニタをオフに切り換えた。
「おう、今日は早引けか?」
「はい。ユキナの所に」
「そうか。ユキナちゃんによろしくな」
コウは職場である管理センターの同僚であり、隣に住むネギ先輩に見送られ建物の外へ出た。コウはコロニーを維持するために様々なモニタリングをしているアドミニストレーター職に、ネギ先輩とともに就いている。
ネギ先輩は彼の妻でありユキナの親友でもあったセリともにシングルファザーとなったコウを公私ともに支えてくれた。ソラの幼馴染みであるアサヒは、この夫婦の一人息子だ。
電子移行オペレーションセンターは移行の最終段階でテロリスト達の強襲を受け建物ごと崩壊、多くの職員達が殉職した。脳死さえしていなければ、身体が瀕死の状況であっても移行が出来たのだが、殉職した職員達は移行前に殺されたか建物と運命をともにしてしまったのだ。
コロニーでは別の仕事に就いても、ノンビリ暮らしてもよかったのだが、移行に成功した多くの職員は、彼らの犠牲で移行することができたこの世界を維持するために、システムを支える管理者の道を選んでいたのだ。
それはテロリストにより妻を喪ったコウも同様だった。
勿論、仕事をしているのは彼らだけでは無い。
同じように多くの人達は何らかの仕事に就いている。
永遠にも等しい電子データとしての生を続ける以上、その支えとなる何かが必要なのだ。
またシステムも、労働意欲を維持するために最低限のリソースを無条件に分配しつつ、何らかの『贅沢』をするためのリソースについては、労働対価を前提とするように調整されていた
「ユキナ……ソラがますます君に似てきたよ」
東日本電子移行オペレーションセンター職員碑と書かれた小さな石碑が、自然に囲まれた小高い丘の上に建てられている。石碑自体は高さが一メートルくらいの小さなオブジェクトだが、石碑がある敷地は広大だ。そしてこの広さにもかかわらず公共の施設では無い。誰でも入る事のできるようにしてはあるが、あくまでも私有のスペースとなっている。リソースの無駄遣いと揶揄する人もいたが、生き残った元東日本移行センターのオペレーター達、遺族、そしてその命を賭した誇り高き仕事に感銘を受けた全世界の関係者が自分達のリソースを持ち出しあって作り出している場所なのである。
石碑の一番最後にユキナの名前がある。
ここに刻まれた名前だけがユキナが残したこの世界での痕跡だ。
職員とともに犠牲になった唯一の民間人。
まだ一歳になっていなかったソラをコウに託し建物とともに行方不明になった妻。最後まで諦めずに待ち続けたコウだったが、全人類の滅びを発表されたあの日に、職員やその遺族達の好意もあってユキナの名前も慰霊碑に追加されることになった。
だから、ここがユキナの墓なのか?
「情けないな。ソラは立派に成長したのに、僕はまだ君がいなくなった事を受け入れられないよ」
もう涙を流すことは無い。
でも忘れる事など……ただの一日もできなかった。
『人類は滅びました……』
あの日、電子世界に鳴り響いた残酷なアナウンス。
種族としての人類の終わり。
移行に反対し、残る事を決意していた人達も結局耐えきれずに移行をしてきた。物流が崩壊し、科学文明を手放した状況で、襲い来る自然災害の前に生きていける程強い人は多くなかったのだ。
「でも、ここでは永遠に生き続けられるんだね。ねぇ、君を失った僕は幸せなんだろうか?」
ソラがいなければ、僕がここで生き続ける意味などなかった。
それでも――
『電子移行した人達は幸せになるの?』
君が残した疑問を証明するために、僕は生き続けるよ――
いつものように慰霊碑の目の前で自分の決意を思い返し、持ってきた花を地面にそっと置くと、慰霊碑に背を向けコウは帰路についた。




